私の出会った人たち(3)ー 先輩

先日、賃確の話をしたので、その話をもうひとつ。

私が入省した32年前の愛知労働局には、同期の新人監督官だけで7人いた。2年目、3年目監督官もそれくらいいただろうか。みな若かったから、よく一緒に遊んだ。
その年の暮れ、クリスマスイブの夜、みんなで集まり飲もうということになった。当然女性もくる。私たちはその日がくるのを待っていた。

クリスマスイブの日、昼間暗い顔をした7,8人の女性が、私の勤務先の名古屋北労働基準監督署に来た。金属加工業でパートをしていた人たちであるが、社長が資金を持ち逃げし、会社が倒産をし賃金未払いであるとのこと。受付担当となった第2方面主任監督官のSさんは、賃確手続きを行うこととし、約ひと月後に事務処理が終えることを伝えた。来客者達は、取り敢えず賃金が補償されることをきいてほっとしたような表情で帰っていった。

その日の終業時間後のことで、私が飲み会に行こうとすると、Sさんが先ほどのパート女性たちの書類をひろげ仕事をしていた。私はSさんに尋ねた。
「Sさん、今日はクリスマスイブですよ。お子さんにケーキを買って行くって、先ほど言っていたじゃないですか。」
Sさんは答えた。
「そういう予定だったんだけど、工場のパートで一生懸命働いて、お金がもらえないって悲しいことだよ。彼女らにはああは言ったけど、年内には署長の決裁をとって目途つけたいと思ってな。」
私はその時、少し迷った。そしてこう述べた。
「私、手伝います。」
Sさんは、驚いたように言った。
「いいのか、おまえ今日パーティだろ。」
私は答えた。
「いいんですよ。多少遅れても。いつものメンバだし。」
結局、その日、Sさんと私、夜11時過ぎまで、名古屋の地下鉄の終電まで仕事をした。

それから約20年後のこと。
私が横浜西労働基準監督署の第1課長をしていた時の話。
クリスマスイブの日の午後5時頃、私はその日受理した賃確業務の事務処理をしていた。部下のOが私に声をかけてきた。そいつは、20歳代後半の男性で来春の結婚が決まっている奴だった。
「課長、クルスマスイブなのに残業ですか。」
私は答えた。
「うん、さっき受理したスーパーマーケット倒産の賃確だけどな、パートの人たちになんとか年内に支払ってやれないかと思ってな。」
Oはしばらく考えた末、私にこう述べた。
「僕が手伝います。」
私は驚いて答えた。
「だって、おまえ今日デートだろ」
Oは述べた.
「かまいません。家で待たせておきます。」

この時、私はSさんのことを思った。Sさんは自分が何を残したのかなんて、まったく気づいていないのだろう。だけどSさんの思いは、不肖の後輩の私を経て、確実に後へ続く監督官へ広まった。Sさんは、その後、病気となった奥様の看病のため、定年前に退職したと聞いた。Sさんらしいなと思った。