労働災害が起きました(15)

CA3I0048
CA3I0048

(M氏寄贈、四国・剣山山系)

私は、B次長やY主任に「ガントリークレーンの検査で危ないとことに、行くんじゃない。」と注意されている新監に声をかけた。
「あのー、Tさん。今日の検査なんだけど。」
「分かってます。」
新監が私の話を何も聞かずにこう答えた。

私は驚き尋ねた。
「分かっているって、何が?」
新監は答えた。
「一主任は、監督官は最も危険な場所へ行くべきだと、おっしゃりたいんでしょ。そして、もしそこで労働者が本当に危険な作業をしているのなら、その作業について、『作業停止』を命じて来いという事でしょ。」
新監は、さらに続けた。
「一主任は今まで繰り返し、原発監督の話をしてくれました。それはいい話だと思います。だけど、『監督官の神話』も『美学』も、繰り返されれば、ただの自慢話です。」

そう言えば、「物忘れが激しくなり、同じ話を繰り返すようになった」と、妻に指摘されていたことを、私は思い出した。しかし、「監督官の神話」とはうまい事を言うと思った。「神話」がない仕事なんて、つまらないからである。

(注) 「作業停止命令」とは、労働安全衛生法第98条に基づく行政命令。命令には「使用停止」「変更命令」「立入禁止」と色々あるが、すべて同法に基づくものである。
この法の第1項及び第2項は労働基準局長と労働基準監督署長がこれらの命令をできることが規定されている。労働基準監督官は通常、行政内部で厳格に定まっている基準を適用し、現場で同命令を発する。
しかし、同法第3項は、「労働者に急迫した危険がある場合」に労働基準監督官が現場で同命令を行えることを定めたものであり、法理論上は労働基準監督官は、単独で「命令」を発することができる。例えば、洪水の危機にさらされている、工事現場の作業員に対し、独断で避難を命令できる。
当該命令に従わない場合には、刑事事件として、立件することとなる。
この「使用停止等命令権限」は「立入調査権限」「特別司法警察員権限」と伴に、労働基準監督官の権威を担保する権限である。
もっとも、現場でこの権限を行使しようとすれば、後から行政内部に対し明確な説明ができなくてはならず、全責任は当該監督官が負うので、辞表覚悟でなきゃ使えない権限でもある。
私も、退職まで「署長名」で、つまり行政内部の規範に従って、この命令を発したことはあるが、単独で使用したことはない。