私の出会った人々

さて、労働安全衛生の話をするのなら、次の碑のことから始めなければいけません。

 

この碑は大桟橋の傍ら、波止場会館の敷地にひっそりと建っています。港の仕事で亡くなった人たちを追悼するために、関係者が建立したものです。 毎月1日の午前9時になると、この碑の前に何十人もの作業服姿の男たちが集合します。そして碑に黙とうを捧げると、4,5人が1グループとなり、それぞれ港湾の現場パトロールに行きます。パトロールはたいへん気合いが入った厳しいもので、些細な安全管理の手落ちも見逃しません。

「おい、そこに手すりを設けろ」「歩み板はどうした」「チェンソーの使い方はそうじゃないだろ」・・・・

パトロールの後は波止場の事務所で検討会に入り、反省点が語られます。 このようなパトロールはえてしてマンネリに陥りやすいものですが、このパトロールは違います。それは、パトロールの前に行う慰霊碑への黙とうがすべてを物語っています。 港湾労働者の死亡災害の災害調査をしたことがあります。その労働者の自宅は、労働契約書には「福富町のサウナ」と記載されていました。

それぞれの人生を歩んできた人たちが港湾の現場で働いています。そして、その人たちの安全を願い、守る人がいます。 まずは、このブログの最初にそのことを記載します。

 

普通の日記(29年9月19日)

(野反湖、by T.M)

先日、「三度目の殺人」という映画を観ました。拘置所の謁見室での、殺人の疑いをかけられた男とその弁護士の会話を中心に話が進んでいきます。その映画を観た時に、監督官時代のある人との会話を思い出しました。 

ある大手流通業の社長を監督署に呼出し是正勧告書を交付したことがあります。理由は残業代不払・サービス残業です。その会社では、従業員たちが一定の時刻にタイムカードを打刻し、その後でも働いていました。従業員による匿名申告で事件が発覚したものです。 

「申し訳ございませんでした。」社長は、監督署の事務室で私と名刺交換をした直後に、こう切り出しました。私は尋ねました。「なぜ、謝るのですか。」

社長:残業代を払いませんでした。

私 :残業代を払わないことは悪いことですか。

社長:(怪訝そうに)法律違反だから悪いことです。

私 :人を殺すことは悪いことですか。そして、それは法律違反だからですか。法律に違反していなければ、人を殺すことも許されますか。サービス残業は、単に法律に違反しているから悪いことですか。

社長: ・・・・・ 

さらに私は質問を続けました。

私 :なぜ「私」に謝るのですか。

社長:いえ、個人的に「私からあなたへ」謝った訳でなく、「法人から行政機関に対し謝罪している」ことを表現したかったのです。

私 :今回の法違反について、「法人から行政機関に対し」謝罪する必要はありません。謝罪するなら、被害労働者に対し行うべきではないですか。

社長:・・・・・

 

もちろん、この時私は、社長のことを試していたのです。

随分と(私は)上から目線ですが、それは会社としての法違反の事実があるからこそ、一介の監督官が大企業の社長に対しできる会話です。 

私は、多分この時、「この社長」がなんとなく「善人だ」と感じ、コミュニケーションを取りたくなったのたのだと思います。

監督官をやっていると、そんな一瞬が時々ありました。