賃金不払い事件(4)

(武蔵野の面影、平林寺の山門、by T.M)

全国産業安全衛生大会が10月17日(水)から19日(金)までの3日間に横浜で開催されます。自宅の近所での開催なので、今年は見学に行こうかと思っていたのですが、19日にある法令研修の「労働基準法」の講師をすることになりまして、前々日から資料作り等をしなければならず、行けなくなりました。残念です。

その講習についてですが、「労災保険の事務手続き」について疑義が生じまして、昨日(土曜日)の正午ごろに某地方労働局の監督署勤務の労災担当官のスマホに電話をし、法的見解を求めたところ、なんと彼は職場で執務中でした。彼の説明によると、今年の4月から監督課の職員を増員した替わりに、労災課の職員を2割カットされたことで、毎週のように休日出勤しているとのことでした。民間企業の働き方改革を推し進める割には、労働局は相変わらず長時間労働なんだなと思いました。

さて、賃金不払い事件の話の続きです。

検事と労働基準監督官の賃金不払い事件に対する認識の相違は、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づく未払賃金の立替払いの取扱いで最も大きくなります。「賃確」(チンカク)と称されるこの事務手続きは、以前に書きましたが、労災保険料を原資として、倒産により賃金が未払となった賃金について、事業主に替わり国が立替える制度です。事業主が裁判所に破産申請し、法的な倒産をした場合は破産管財人が事務手続きを行い、事業主の夜逃げ等の事実上の倒産の場合は監督署が事務を取扱います。この未払賃金には退職金も含まれ、最大立替払額は約300万円となります。そして、この立替払いされた金銭が労災保険の資金に返還される可能性はほぼありません。

監督署が、この賃確について恐れることは、この制度が濫用されることです。つまり、倒産間近の事業主が「どうせ従業員の賃金は、国が立替えるのだから資金を別に回そう」と考え、賃金を支払う努力をやめてしまうことです。

要するに、従業員の賃金の支払いを第一として、正直に経営してきた経営者が、「なんだ、どうせ国が立替えてくれるのなら、もっと資金の別の使い道を考えれば良かった。損をした。」と思われたら、行政は困るのです。そのため、監督署は自ら賃確の事務手続きを行った事業場については、建前上必ず書類送検します。もっとも、法律的倒産をした事業場については、破産管財人が事務手続きをするので、今回の「ハレノヒ」のような特殊なケース(つまり社会的な話題となったこと)を除いては、司法手続きをしないのですから、けっこう送検基準もいい加減なところがあります。

このように、監督署サイドでは「賃確イコールけしからん」の雰囲気が強いのですが、検事サイドではまったく違う考えをもちます。30年程前に、よくこの制度について考えが至らぬマヌケな監督官(つまり「私」のことです)が、送検理由に行政が賃確手続きを行ったことを挙げた時に、検事に次のように怒られました。

「君はアホか。立替払いは、一生懸命に仕事をしてきた事業主と労働者のセーフティーネットだろ。行政がめんどくさい事務手続きを押し付けられたといって、ケシカラン罪で送検するものじゃない。」

そう言って検事は、未払賃金の額から「立替払い額」を控除し、犯罪事実としたのでした。