労働組合の陳情の思い出(1)

(旧東海道の吉田宿本陣跡・豊橋市、by T.M)

先週、正規労働者、非正規労働者のことを書いていたら、思い出したエピソードがあるので、今日はそれを書きます。

もう、20年以上前のことです。私は、某監督署の第一課長をしていました。一課長というのは、監督官と庶務担当者を管理する立場で、現在は監督課長と呼ばれている役職です。

そこで、地域の労働組合の陳情を受けることになりました。それは、多くの労働組合の組合員たちを集め、色々な役所に申し入れする中で、労働基準監督署にも陳情するといった企画でした。こういう、イベントについては各労働組合のナショナルセンターの支部(「連合」とか、「全労連」とかです)は年中行事として行っています。

(こういうイベントを、行政側は「陳情」と呼び、労働組合側は「交渉」と呼びます。つまり、行政側はあくまで国民からの要請を聞くというスタンスですが、労働組合側は「対等な話合い」という位置づけをするのです。まあ、両方とも「組織内」でどう呼ぶかは自由です。)

労働組合の陳情というのは、行政官にとって気が重いものです。何しろ、相手は大勢です。労働組合幹部の中には、みんなの前で行政の人間を吊るし上げ、組織の中の立場をよくしようとする者もいます。昔、中国映画で文化大革命時代の人民裁判の場面を観たことがありますが、陳情の場面がそのようになってしまうこともあります。

(もっとも、たいていの陳情は、行政の落ち度を指摘されることも多く、それが「重箱の隅をつかれているのか」「行政の重大な怠慢であるのか」はケースバイケースです。)

行政官は、このような席では頭を低くして時が過ぎるのを待ちます。「陳情の時は、ノラリクラリと対応する」というのが、行政側の暗黙の了解です。

その時の陳情も、私は最初は「かわす」ことだけを考えていました。組合側で話をしているのは(当局を追求しているのは)、男性1名と女性1名でした。2人とも、その労働基準監督署内に工場がある、日本有数の超大企業の職員でした。そのうち、女性がかなり感情的になり、男性がそれを抑えているようになってきました。

女性は、次のようなことを言いました。

「私は、今まで工場で生産の仕事をしていました。それが、工場の仕事がなくなり、工場の清掃の仕事をさせられるようになった。こんなひどいことがありますか」

労働基準監督署では、職場内での人事異動の話は通常扱いません。賃金と労働時間に変わりがなければ、職場内の配置転換は労働基準法違反にはならないからです。もちろん、労働組合員に嫌がらせのような配置転換を行う企業は存在します。そのような、企業は罰せられるべきである(労働者に損害賠償を行うべきである)と思います。しかし、「嫌がらせ的な配置転換」であるかどうかは、あくまで裁判官が判断することです。

ですから、女性がこのような発言をした時に、一緒に陳情にでていた署の安全衛生課長はそれを無視しようとしました。しかし、私は女性のこの発言が気になりました。そして、尋ねました。

「清掃の仕事ですか」

女性は答えました。

「そうです。そんな仕事したくありません」

この言葉に私は切れました。

(続く)