優秀な新聞記者の話(2)

(明治時代の治水・牛伏川フランス式階段工・長野県松本市、by T.M)

ある大企業の工場で、クレーン使用中の死亡災害が発生しました。クレーン運転手はその大企業の作業員で、なくなったのは関連会社の作業員でした。落度は、クレーン運転手にもありましたし、関連会社の安全管理体制の欠陥にもありました。その事故に対し、労働基準監督署が関連会社を労働安全衛生法違反で送検し、警察が大企業のクレーン運転手を業務上過失致死の罪で送検することになりました。そして、検事の指示で、監督署と警察の送検の日は同日ということになりました。

この事件について送検のことを、監督署は新聞発表することになりましたが、警察はなぜか新聞発表しないことになりました。

送検する日の前に、その関連会社には一応新聞発表のことを伝えました(監督署が、新聞発表について、被疑会社に伝えるかどうかはケースバイケースです)。関連会社の担当者は、次のように話しました。

「大事な社員が当社の落度で亡くなってしまったのですから、当社が送検されることと、新聞発表は仕方ありません。しかし、クレーン運転していた親会社の方が、お咎め無しなのは納得できません」

私は、警察での送検のことを関連会社に説明したかったのですが、立場上それはできませんでした。

(関連会社と被災者遺族は、その時点で既に「民事倍賞の和解」がなされていました。その点では、関連会社は誠意を尽くしていました。)

さて、前述のクレーン事故について、送検日に事件送致の後に「投げ込み」の新聞発表を行いました。そして、その後で監督署で取材を待っていると、何件かの新聞社から連絡がありました。どの社の記者も監督署が発表した文書の内容の確認ばかりでした。ところが、たった一人だけ次のような質問を私にしました。

「ところで、クレーン運転手はどうなったのですか」

私はその質問に、思わず「ヘー」と答えてしまいました。その記者は私の感嘆の声に「どうしたんですか」と問いかけました。私は答えました。

「他の記者と違い、あなただけが、その質問を為されたので驚いたのです。クレーン運転手は監督署では罪は問いません。労働安全衛生法違反はないからです。他の法律で裁かれとしたら、それは警察の仕事でしょう。今回の災害で警察がどう動いているのかは、私はお答えできません。」

私のこの回答に、その記者は何か感じたようでした。

翌日の各社の新聞には、労働基準監督署が関連会社を送検という記事が小さく載っただけでしたが、その新聞社は、クレーン運転者が所属する大企業も責任が問われたことを大きな記事としました。

監督署が発表した文書だけで情報のすべてと判断した記者と、その情報を手がかりとして、新たな情報を入手した記者の能力の差が明確にでた事件でした。

(後日談)

関連会社の人が後で教えてくれました。

新聞に記事が掲載された日、関連会社ではプレス報道のために待機していたそうです。でも、多くのマスコミが、大企業の方に押しかけ、何の用意もしてなかった大企業は困ったそうです。警察も送検することくらい、当事者の事業場に教えてやればいいのにと思いました。