女性と労働安全衛生

(早川漁港上を通る西湘バイパスの斜張橋・小田原市、by T.M)

先日、ある労働安全衛生に関係する大会にでました。そこには、労働安全コンサルタント・労働衛生コンサルタントを初めとする、労働安全衛生関係の研究者等が100名以上出席していましたが、あるひとつの事実に気付き愕然としました。

女性が一人もいない。(私みたいな)60歳以上の男性ばかりだ・・・

「職長教育」「安全管理者選任時研修」等の講師をよく行いますが、講習参加者に女性がいることはまれです。衛生担当者なんて、女性がもっといいはずなのに、労働安全衛生は何で男性だけのもになっているのでしょうか。

これは企業側だけの責任ではなく、女性側の問題もあるようです。工場の現場で働く女性作業員は、安全管理等の仕事をしたがらないのが現状です。安全管理者等になると、「指導・注意」といえば聞こえはいいですが、他人のミスを指摘したり、「叱ったり」しなければならないため、「職場の和」を大切にする女性にはつらいのでしょう。

最近、建設現場や工場で女性の現場所長や工場長をみかけるようになってきました。しかし、それは現場からの叩き上げというよりも、トップダウンで上の部署からの横すべりの方がまだまだ多そうです。「職長」さんから「安全管理者」、そこから「製造部長」となって、「工場長」となる。こんな女性が多くなってきたら、職場ももっとかわると思います。
もっとも、それには「育児」等のライフスタイルが社会全体で変わっていく必要があるのですが・・・

「女性」で思いだしましたが、最近「講義」で次のようなことを説明したら、参加していた女性から叱られました。

「労働基準法で、女性の保護規定があるのは、母性保護を目的とするものだ」

因みに、この説明は、今から35年くらい前に、「男女雇用機会均等法」が施行される時に、婦人少年室(現在の雇用環境・均等部)が行っていた説明です。
この私の説明を聞いた女性は、私に対し

「女性は産む機械ではない」

と反論しました。私は、自分の説明不足を謝罪しましたが、そういえば、男女雇用機会均等法ができた時代から、厚生労働省の労働基準法に関する説明は変わってきたなと思いました。

次回は、厚生労働省の労働基準法の解釈の、明らかな変節をご紹介します(とは言っても、たいしたことではないのですが・・・)

それでも、京急だ

(京急新町検車区、by T.M)

10日程前に、踏切でトラックと衝突事故を発生させた京浜急行には、思い入れがあります。

私は、少年時代から青年期にかけて京急の沿線の街で育ちました。そして、監督官になって最初の9年間は日本全国を異動しましたが、今から25年前に京急・上大岡駅からの徒歩圏内に住むようになり、現在に至ります。ですから、61年間の人生のうち、約50年間京急を利用してきたことになります。

あの赤い電車には、高校時代を含めた青春の思い出がたくさんあります。そして、監督官時代に、ちょっとした事件で京急関係の会社の方と面談する機会を持ちましたが、その職業意識の高さと誠実さには、敬服させられたものでした。

京急は、ほとんど遅れません、京急は、めったに止まりません。どの鉄道会社と比べても、公共交通機関としての役割を果たしていると、毎日通勤に利用している私は思います

そんなに、素晴らしい京急であるから、労働安全衛生コンサルタントとして、私は申し上げます。

今回の事故について、京浜急行に多くの責任がある

今回の事故は、多くの労災犠牲者を生みました。亡くなったトラック運転手、ケガをした京急運転士を始めとして、乗客のケガ人の多くが労災に認定されると思います。労働基準監督署も、大規模災害として、あるいは死亡災害として調査中であると推察します。

今回の災害で責任を追及されるのは、次の3者でしょう。

  1. 京浜急行(運転士を含む)
  2. トラック会社(運転手を含む)
  3. 踏切に進入する道路を管理する行政機関

インターネット上では、私と同じような京急ファンが多いらしく、京急の責任を追及する声はほとんど見当たりません。また、トラック会社については、運転手が犠牲になっていることもあり、あまり非難する声が聞こえません。行政機関に非難が集中しそうな流れとなっています。

大きなトラックが狭い道に入ってこないような措置をとる責任が、管轄の行政機関にはあります。でも今回の事故の本質は、「線路上に障害物があるのに、なぜ列車が停車できなかったのか」というところにあると思います。

労働安全の分野では、「本質的安全化」・「工学的安全化」という言葉を使います。その意味するところは、「ヒューマンエラーは必ず起こるものであるから、人の判断に依存した安全対策(管理的対策)を行うのでなく、機械本来が自律的に安全の状態を維持できるようにするべきだ」というものです。

今回の事故について、「運転手が間違えて踏切にはいらないようにする」という措置は、あくまで運転手の判断に依存した、管理的対策です。また、「列車運転士が、ブレーキをより早くかければよかった」という意見も、個人に依存した措置です。

「本質的対策」もしくは「工学的対策」を目指すのなら、「物理的にトラックが踏切にはいらなようにする」あるいは「踏切に障害物があるなら、列車が自動停止する措置」を検討しなければなりません。これらの対策をとっても、「飛込み自殺」等は防げませんが、最大限に自動停止装置の活用は目指すべきでしょう。

(注)「本質的対策」等については、私が気づかない他の方法があるかもしれませんが、私が現在思いつくのは、この2つです。

私の尊敬する京浜急行ですから、今回の悲しい事故に対し、必ずや絶対的な(本質的な)再発防止措置を行ってくれると信じています。

最後になりましたが、亡くなられたトラック運転手の方のご冥福を祈るとともに、列車運転士の方及び乗客でケガをされた方々の、早期の労災及び通勤災害の認定処分がなされる事を願います。

 

大阪労働局の不正

(奥の細道の松尾芭蕉と門人曾良の銅像・栃木県大田原市黒羽、by T.M)

大阪労働局、最低賃金の調査で不正 職員が回答水増し

朝日新聞 20198270530

大阪労働局は26日、最低賃金を決める参考に使う統計調査に不正があったと発表した。零細企業の賃金水準を把握するもので、回答数が足りなかったため少なくとも5年間、担当職員が調査票を水増ししていたという。同日付で職員を停職1カ月の懲戒処分にした。

 この統計は「最低賃金に関する基礎調査」。中小零細企業の毎年6月時点の従業員数や時給などを調べている。労働局によると、資料が残る2014~18年の5年間で、1527件が企業の調査票そのものを捏造(ねつぞう)し、従業員数を書き換えるなどしていた。対象企業の約6%で不正があったとみられるという。

 今年の最低賃金の決定にあたり、過去の調査票に不自然な点があると担当部署が気づいて発覚した。労働局は、不正をした職員を懲戒処分とし、職員の指示を受けて不正に携わった部下を戒告、当時の上司2人を訓告処分にした。

 厚生労働省が実施する労働関連の統計をめぐっては近年、重大な不正が相次いでいる。今回、労働局は記者会見を開かず、処分対象者の性別や年齢も明らかにしなかった。大阪労働局は「最低賃金は様々な要素を考慮して総合的に決めている。今回の不正は引き上げ額には影響していない」としている。

今週は「京浜急行の事故」について、労働安全衛生コンサルタントとして、あるいは同社の通勤利用者として論じようかとも思ったのですが、前述の記事について、元労働基準監督署の職員として書くことにしました。

この問題について書く前に、最低賃金がどうやって決定されるかについて、御説明します。最低賃金法によると。最低賃金は「厚生労働大臣又は地方労働局長が決定すること」になっています。しかし、地方労働局長はむやみに最低賃金を改正できる訳ではなく、「地方最低賃金審議会の意見」の意見を聴かなければなりません。つまり、この審議会で決定された金額が最低賃金額となるのです。

この審査会は、地方労働局の賃金課(現在は賃金室)が事務方となり、毎年6~9月にかけて数回にわたり(最賃が決定されるまで)開催されるもので、メンバーは、労働側委員・使用者側委員・公益側委員の3者構成です。3者の数は同数選任され、労働側委員はその地方で最大組織の労働組合、要するに「連合」系労働組合から選出されます。使用者側は地方の経済団体です。公益側は、大学教授、新聞社の論説委員、弁護士等です。役所は黒子に徹します。

私は、地方最低賃金審議会を直接に見聞したことはないのですが、担当していた者の話によると、各委員は非常に熱心に討論し、熱心すぎて「労働側」と「使用者側」では絶対に意見が一致せず、公益側委員が両者を宥めるのが常だということでした。議事進行は会長(法の定めにより公益側委員より選出)に委ねられているそうです。

さて、この審議会に提出される資料の主たるものは、「賃金構造基本統計調査結果」及びその分析資料です。この賃金構造統計調査について

「本来、個別事業場への訪問調査すべきところを、労働局では通信調査を行っていたという不正があった」

という件について、本年1月に問題となりました。そして、「通信調査」の実態については、このブログの2月3日の記事で、私の体験をお話ししました。また、この件については、「本省も通信調査の実態を知っていた」という新聞発表を2月1日に本省が行い、現在その発表文が本省のHPに掲載されています。

さて、今回大阪労働局で不正行為のあった、「最低賃金に関する基礎調査」についてですが、私はこの調査については知らなかったのですが、地方労働局の賃金課(現在は賃金室)が行うもので、賃金構造統計調査が1年くらいかかって結果を取りまとめるのに対し、その年の6月の賃金の状況をリアルタイムの結果として、審査会時に手持ち資料として委員に提出するもので、審議会に絶対に必要な重要資料だそうです。

私の知合い(某地方労働局の元賃金課職員)に、今回の大阪労働局の不正について意見を尋ねたところ、「通常ではまったく考えられない、不正だ」ということでした。

賃金構造基本統計調査の不正は、調査方法を簡略化するいわゆる「手抜き」ですが、調査結果について労働の現場の実態からの乖離はないと思います。今回の大阪労働局の不正はデータの「捏造」です。この捏造は、最低賃金の結果に影響を及ぼす悪質なものだという、元担当官の見解でした。

彼曰く、さらに悪質なのが、大阪労働局のこのコメントだそうです。

「最低賃金は様々な要素を考慮して総合的に決めている。今回の不正は引き上げ額には影響していない」

金と時間をかけている調査が、本来の目的である「最低賃金の決定」に影響を与えないのなら、「そもそも、そんな調査は辞めてしまえばいいだろ」というのが、元担当官の意見です。私も同感です。

大阪労働局が起こした不正は、真面目に仕事をしている他の労働局職員の業務を汚すものです。全国の賃金室の職員は憤慨していると思います。

これは大阪労働局の体質に関係しているのかもしれません。実を言うと、監督官サイドから見ても、大阪局は少し独特の仕事をしているように思えるところがあります(具体的な事例は、今後披露していきたいと思います)。

不正のないように、職員の業務の見直しを徹底してもらいたいと思います。

 

本省の人たち

(三窪高原から富士山と甲府盆地を望む・山梨県甲州市、by T.M)

厚労省若手チーム「過剰労働でミス生まれかねない」緊急提言(NHK)2019年8月26日 17時24分

統計不正問題など不祥事が相次いだ厚生労働省の組織改革について、若手職員の検討チームが緊急の提言をまとめました。「過剰な労働で職員が疲弊しさらなるミスが生まれかねない」として職員の増員や業務の効率化などを求めています。

改革案は厚生労働省の40人近い若手職員のチームがことし4月から検討を進めてきたもので、26日、代表の職員が根本厚生労働大臣に緊急の提言書を提出しました。

検討チームではことし、1000人以上の職員にアンケートを実施し、業務量が「非常に多い」または「多い」と答えた職員が65%に達し、「生きながら人生の墓場に入ったと思っている」といった深刻な声も寄せられたということです。

(中略)

若手チームの代表で人事課の久米隼人課長補佐は「忙しさのあまり、志半ばに辞めていく若手職員も増えていて、強い危機感を持っている」と話していました。

 

私は、役人生活32年間のなかで、25年間を労働基準監督署、7年間を地方労働局で勤務しました。だから、本省での業務については分かりません。労働局で、本省から来た人たちと接していると、現場の監督官とは、まったく見ている風景が違うことに驚かされました。

監督署の職員は、多くの国民の方と直接に接します。ある時は、監督署のカウンター越に労働者から、会社の法違反についての情報を得ます。また、ある時は事業場で、事業主と面談し、タイムカードと賃金台帳を確認しながら、法違反を特定します。ですから、「怖れ」られもしますが、「ケンカ」も売られます。クレイマー対応は当然、中にはストーカーのように、労働者や事業主からまとわりつかれることもあります。そして、職員の長時間労働はあたり前です。ですから、労働基準監督署の現場の職員の中には、心を病む者もたくさんいます。

・・・でも、私にとっては現場の仕事は楽しいものでした。

チャップリンは、人生に必要なものを3つ挙げています。

「some money,some courage,big love」(「いくばくかの金銭と小さな勇気、そして大きな愛」)

私にとって仕事に必要なものは、この3つプラス「curiosity」(好奇心)でした。つまり、「好奇心を満たしてくれる環境であり、社会に貢献しているという意識があれば、後は、いくばくかの給与と小さい勇気があればやっていける」

私は1年間ほど民間企業も経験していますが、その時の経験から役人生活を振返り、しみじみそう思います。

新人監督官の時に、先輩に連れられて大きな石油化学工場に行きました。そこで、―200℃にもなる液体窒素の取扱いを確認している時に、工場の人がパフォーマンスでバラの花を液体窒素に投げ込んでくれました。液体窒素は、その瞬間に沸騰しましたが、引き上げられたバラの花は完全に凍りつき、力を入れ握り締めると粉々になりました。

後で先輩が、私に言いました。「今日みたいな工場へ行って、面白いと感じられるかどうかで、監督官という職への適性が判断できる」

幸いにして、私は現場の監督官としての適性があったようです。25年間の現場経験は、人間関係を除き、とても素晴らしいものでした(どこの職場にも、合わぬ者はいます)。

局で会った本省からの出向されてきた方たちの多くは、何か人間関係に疲れたような人たちでした。「労働の現場」で時を過ごしてきた監督官と、大きな組織の中で人間関係に揉まれてきた方たちとは、まったく仕事に対する姿勢が違いました。

前述の本省で働く方々の長時間労働に関する記事を読んで感じることは、「好奇心をもって事の本質を捉え、社会のためにその問題を解決していく」ことを心がけている人が、「長時間労働」と「忖度」の中で、その力が発揮できないのではないかという危惧です。

志のある者に、働きやすい環境を与えて頂きたく思います。