無給医問題、その後

(新旧の雪割橋・西郷村、by T.M)

ブログネタに困る週もあれば、これも書きたいあれも書きたいと思うニュースが氾濫している週もあります。今週もそうでした。前々回に書いた「一風堂のアルバイト店員の解雇問題」について、新聞記事によると新展開があったようですが、yahooニュースのコメント欄には「アルバイトのクセに休業補償なんて生意気だ」的な感情論が多数ありました。偏見を持った意見に少し反論したい気分です。

(私は「一風堂の事件」については、休業補償の問題でなく、その本質は解雇の問題であると思っています。)

また、旭川医科大学の院長解任のニュースについても、労働者の懲戒解雇について書きたいと思いました。

(「病院長」が労働者であるかどうかは、少し疑問なんですが)

でも、今回は次の記事についてお話ししたいと思います。少し引用が長くなります。

毎日新聞 1月26日

日本医科大付属病院(東京都文京区)が、大学院生の医師に外来診療をさせながら賃金を適切に支払っていなかったとして、労働基準監督署に是正勧告された問題で、同病院が過去2年分の外来診療についても調査するよう指導されていることが新たに判明した。労基署は、自己研さんなどを理由に賃金が支給されない「無給医」による診療が常態化していた可能性があると判断したとみられる。

 同病院での勤務実態を申告した院生の代理人、松丸正弁護士(大阪弁護士会)が26日、記者会見で明らかにした。同弁護士によると、同病院は2019年10月28日~11月9日、院生11人に外来診療をさせながら、賃金を適切に支給しなかったとして、労基署から労働基準法違反を指摘された。

 さらに、労基署は同病院に対し、①勧告以外の期間の外来診療について、過去2年さかのぼって調査し、院生の労働が確認された場合は賃金を支払う②外来診療以外についても精査し、労働に該当する場合は賃金を支払う――などの対応を取るよう指導した。

 同弁護士によると、院生が労基署に勤務実態を申告したのは18年12月で、是正勧告までに約2年を要した。労基署は院生にヒアリングをするなどして慎重に調査を進めた。ただ「無給医」の裏付けが取れたのは一部で、労基署が勧告で指摘した違法状態は「氷山の一角」(同弁護士)とみられる。

 勤務実態を申告した院生は同弁護士を通じ、「診療は労働という当たり前の判断がなされて良かったと思います。大学病院では無給診療は当然という考えが根強くありますが、やりがい搾取を前提とした医療など間違っていると思います。教育機関としても社会の規範を順守し、適切な対応がなされることを願います」とのコメントを出した。

 同弁護士は「全国の大学病院で長年常識とされてきた院生らの『無給医』制度について、労基法上、非常識な制度と認めた。当然だが、画期的な判断だ。全国の大学の無給医制度を是正する第一歩になると思う」と話した。

 学校法人日本医科大法人本部は26日、毎日新聞の取材に「大学院生の研さんの該当性の明確化、範囲の限定などについて不十分な点があったと考えます。未払い分の総額約10万円を支払う予定です」などと回答した。

無給医の問題については、このブログでも何回か書いてきました。昨年の4月には、「コロナ禍において、診療中にコロナに罹患しても、無給医は『労働者』として事業主が認めていないので労災認定されない可能性がある」と指摘しました。流石に同じことを厚生労働省も考えていたらしく、その頃にこの無給医の問題は多少改善したようです。

今回の是正勧告について、今回の件について、① 全体の流れ、② 良かった点、③ 悪かった点、④ 今後の見通し、⑤ その他、について、記載します。

① 全体の流れ  一言で言うと今回の是正勧告は、「院生の労働者性を認めるが、院生の医療行為についてのいくつかの個別の判断は避けている」ということです。「外来診療を行い、カルテに院生の名前が入っている場合は労働時間だが、それ以外の時間については判断保留」ということです。

② 良かった点  「院生の行う医療行為は労働にあたる場合がある」という判断がでたことで、今後は「どこからどこまでが労働で、どこまでが教育の一端であるのか」の議論がしやすくなったことでしょう。

37年前に私が厚生労働省(当時は労働省)に入省した時に、医官から次のような説明がありました。

「今世の中で”過労死”という言葉が出回っているが、過労死なんてありえない。人は過労で死なない。比叡山で行う千日回峰を見てみろ。あれで人が死ぬか。人は死ぬ前に倒れるんだ。それから回復する。だから過労死なんてありえない」

頑なに過労死を認めてこなかった厚生労働省ですが、平成の初めに最初の過労死認定基準ができてからは、過労死の実態が社会的に認められてきました問題があることを認めなければ何も始まりません。しかし問題があることが判明すれば、社会的な対処は容易になると思います。今回の無給医の事件についても、問題があることが判明しました。弁護士もそれを評価しているのだと思います。

また、良い点としては、院生どおしの労働組合結成の動きができ、労使交渉の場ができることが期待できます。

③ 悪い点   ともかく中央署の措置は遅すぎます。この問題の難しさは、医療行為について「教育と労働の線引きが難しい」ことです。結局、今回の是正勧告も遡及是正は求めましたが、最低限のものを認めるだけで、後は大学側で判断して下さいということです。こんな是正勧告になぜ2年もかかっているんでしょうか。

④ 今後の見通し この是正勧告は始まりです。「どこからどこまでが労働で、どこからどこまでが教育」となるのか。長い長い戦になると思います。一応のゴールとしては、裁判判例か行政判断(行政通達)でそれが明確になることです。それまでは、様々な大学で裁判や監督署への申告が行われるでしょう。

④ その他  院生のことは分かったのですが、院生以外の無給医の件はどおいう結論となったのでしょうか?当然「解決」したとは思いますが、少し気になります。

以上が。今回の事件に関する私の感想です。