これはオドシでしょうか?

(猛毒のトリカブト・乙女高原、by T.M)

「○〇をしたら、罰金××円」

私が監督官をしていた時に、こんなことを掲示をすることが労働基準法違反となるのか質問する事業主が時々いました。私は次のように答えてました。

「掲示するだけなら問題ない。でも実際に給与から罰金を控除したら労働基準法違反となることがある。だからこれは『オドシ』であって実効性はないものだ」

事業主の中には、「オドシ」でもかまわないから、職場にこのような掲示をするという人がいました。まあ、小規模の自動車運送会社が、

「酒気帯で来社の場合は、直ちに帰宅してもらい罰金10万円」

というような掲示をして、始業前のアルコール検査をすることは仕方ないことなのかなとも思ったことがあります。でも、少し品がないなと思いました。

さて先週、「名門医大がそんなオドシをしているという」記事がありました。これから少し長い引用です。

毎日新聞2月9日

東京女子医科大(東京都新宿区)が職員に対し、新型コロナウイルスの感染で休んだ場合、感染の原因によっては「休業中の給与を無給にする」との文書を出していたことが同大関係者への取材で判明した。「不適切な行為」で感染したなどと認められれば、「民法上の債務不履行に当たる」として無給にするという。ただ、「不適切な行為」が何を指すのか具体的に示されておらず、職員からは「恣意(しい)的に運用される」と懸念の声が上がる。

 関係者によると、文書は「新型コロナウイルス感染症に罹患(りかん)等して休業する場合の処遇について」というタイトルで、経営統括部人事課が1月29日付で出した。

対象は同大のほか、コロナ患者を受け入れている系列3病院で働く医師や看護師、職員ら。

文書は、感染原因として①大学側からの自粛要請に反した行為②明らかに不適切な行為――のどちらかが認められた場合、休業中の給与を無給にするとしている。

濃厚接触者と認定されたり、発熱などの症状で自宅待機を命じられたりした場合も、①か②の行為が認められれば休業・自宅待機中の給与を無給にすると記されている。

同大は、職員に学内でのマスクとゴーグルの着用を義務付け、不要不急の会合や会食の自粛、カラオケやスポーツジムなどの利用禁止を求めている。これらを守らなければ「自粛要請に反した行為」に当たるとみられるが、「明らかに不適切な行為」が何を指すかは分かっていない。

文書は「医科大で勤務する職員は、本来健康な状態で労働を提供する必要がある」と指摘。対策を怠って感染し、休業することは「民法上の債務不履行に当たるとの見解を顧問弁護士から得ている」と強調している。

 系列病院で働く職員は「わざわざ弁護士の見解を持ち出して、脅されているように感じた。自覚なく感染した場合はどうなるのか説明もない」と憤る。

 同大広報室は毎日新聞の取材に「自粛要請に明らかに反した結果、学内で感染拡大リスクを高めた職員のみを対象として無給とする方針を掲げた。罹患したことのみをもって無給とする方針を掲げたものではない」と回答している。

この記事を読んだ私の感想ですが、東京女子医大も無意味な大人げないことをするなと思いました。

大学側の言っていることは、間違っていません。

「医科大で勤務する職員は、本来健康な状態で労働を提供する必要がある」と指摘。対策を怠って感染し、休業することは「民法上の債務不履行に当たるとの見解を顧問弁護士から得ている」

別に「医科大」でなくて、一般の企業でもこれは当たり前のことです。

(注)でも、本当に弁護士が「債務不履行」なんて言葉使ったのかな?単に「労働の義務」を果たさないから、賃金を払わないということではないでしょうか。これって、債務不履行?まあ、私は民事事件に詳しくありません。

そもそも、業務と無関係な「私病」に給与を支払う企業ってあるんでしょうか。私は、公務員だった時に、「ギランバレー症候群」という病気に罹患し1年近く休職しましたが、給与が満額でたのは有給休暇の消化分を含め最初の3ケ月分だけで、後は公務員共済の方から傷病手当金(6割くらいの額)を貰いました。

これは、一般企業に勤務する方も同じです。「重篤な私病」に罹患して長期休職になった場合は、企業は給料を払いません。つまり無給という訳です。そして健康保険から傷病手当金が支払われるのです。

最初から、「私的理由でコロナで休職」の場合は無給なのですから、改めて「無給」であると宣言する必要はないのです。

(注)それとも、東京女子医大は「私病」であるコロナについても、休業期間中は給与を払うつもりだったのでしょうか?それなら凄いことなのですが、昨年の夏のボーナスを支払わないといってマスコミを賑わせた企業が、そこまで福利厚生が良いとは思えないのですが・・・(間違っていたらスミマセン)

それから、「学内でのマスクとゴーグルの着用の義務」がなされてなくて、コロナに罹患した場合は無給とも取れる新聞記事ですが、「学内」での感染が立証されれば「私的病気」でなく「労災」となります。マスク・ゴーグルの直用は関係ありません。「プレスの安全装置を作業者が無効にして、そのために作業員がプレスに挟まれても労災」と同じ理屈です。

それに医療関係者のコロナ罹患については、私的なものか業務上なのかが区別が難しいものです。現在、労働基準監督署はコロナ受入れ病院の労災認定は積極的に行っている様子です。「コロナに罹患したら無給」なんてことを言っていたら、労働者が反発し、労災認定後に病院側を安全配慮義務違反で高額な賠償金を請求ということにもなるかもしれません。

(注)もっとも、今回の東京女子医科大学の文書は、「安全配慮義務」を果たした証拠であるなんて、後で言われるかもしれません。

従業員に、私生活を含めたコロナ対策を要請するなら、今回のような「脅し」の文書でなく、「コロナと最前線で戦う人」への激励を込めた協力依頼の方が良かった気がします。