役所の合理性

(山梨県クリスタルラインから望む八ヶ岳、by T.M)

昔、かんべむさし氏著の「サイコロ特攻隊」という本で、こんなことが書いてありました。太平洋戦争末期のことです。当時の軍隊の偉い方はこう考えたそうです。

「味方一人の死者に対し、敵の死者数及び物的損害を数的に多く与える方法はなんだ。それは、特攻だ。爆弾を抱えて敵に突っ込んでいけばよい。戦争なんだから、必ず死者はでる。それを、一番有効な方法で消費すればよい」

(この話が本当であるかどうかは、私には分かりません。もしかしたら、かんべむさし氏の創作かもしれません。)

戦前の軍隊の幹部は、陸軍大学校や海軍大学校の卒業生が占めていて、(現代の尺度で考えるなら)それら大学校の入学偏差値は、東京帝国大学に匹敵するほどだったといわれています。要するに、軍隊の官僚化が進んでいたということですが、「役所の論理」ということが頭にあれば、前述の話が本当のもののように聞こえます。

そういえば、私も役人の現役時代には、労働の現場を考えることなく、数字だけで「監督計画等」を作成していたところがあります。時間がなかったと言い訳すればそれまでですが、やはりそれでは駄目なのでしょう。

今回の不適切な毎月勤労統計調査について、最初に原因を作った者たちに悪意はまったくなかったと思います。「統計調査に出てくる数字は、所詮目安に過ぎない、誤差は数千円だ。それなら予算と手間をかけない簡易な方法を取ろう」といった考えだったと推測します。確かに、費用対効果の考えは必要です。しかし、正規の手続きを得ないで、組織の内部だけでそれを行えば、中国戦線を拡大し続けた旧軍隊と同じことになります。

しかし、この間違いが2004年から行われていたとは驚きです。歴代の厚生労働大臣は、現在困った立場にいると思います。2004年9月27日まで大臣をされていた初代の厚生労働大臣の坂口力氏も数にいれると、歴代の13人の大臣がすべて該当します。有名どころでは、舛添要一氏(元東京都知事)がいます、野党では長妻昭氏(現立憲民主党・政務調査会長)がそうです。

 (注:2001年に厚生労働省誕生。それまでは、「厚生省」と「労働省」の2つの省庁であった)

そういえば、この不適切な毎月勤労統計調査について、気付いたことがあります。厚生労働省のHPには次のように記載されていました。

「・ 平成16年以降追加給付が必要となる時期に遡って対応します。(現在受給されている皆様にも対応します。)

・追加給付が必要な方には、平成16年以降追加給付が必要となる時期に遡って追加給付を実施します。

・本来の額よりも多くなっていた方には、返還は求めないこととします。」

新聞等では一切報道されていませんが、「本来の額よりも多くなっていた方」がいたということが、少し救われる気がしました。

年間残業2000時間

(T.M氏の愛車ジムニー、彼はポルシェとこのクルマを所有しています)

札幌の爆発事故について、「もし、自分が現役監督官だったらどう事件処理する」といった視点から記事を書こうと思っていたら、もうマスコミはこの事件のことを取り上げなくなってしまいました。

爆発事故のことは、次回以降に書くことにして、今週は最近の話題の事件について書きます。

まず最初は、「毎月勤労統計調査の不正事件」についてです。この統計について、私はよく知りません。以前ブログ記事に書きました、最低賃金等の決定の資料等に活用する「賃金構造統計調査」とは違い、基本的に地方労働局の監督官サイドには関係が浅い統計です。また、今回の不正事件に地方労働局の職員は全く無関係です。ただ、労災担当職員サイドについては、本省のミスによる今回の不正事件への対処が大変そうです。

私が得た情報では、「過少支払いの労災保険料の修正があるかもしてないから準備しておけ」という、本省からの内々の指示が監督署の職員にあったそうです。多くの方に迷惑をおかけした事件ですから、組織が一丸となって後始末に奔走することは当然ですが、上の尻拭いを、末端の職員が通常業務以外の業務(当然、残業となるでしょう)で行うことに、現場では不満がでるかもしれません。

(注) 私が述べる「地方労働局」とは、地方労働局の「基準部」と「総務部」のことです。職業安定局(失業保険やハローワークのこと)については、私はまったく無知です。

さて、やはり元監督官として興味を持つ最近の記事は、次の記事でしょう。

厚生労働省は11日、医師の働き方改革を議論する有識者検討会で、地域医療を担う医師らの残業時間の上限を「年1900~2千時間」とする制度案を示した。4月に施行される働き方改革関連法で一般労働者に定められた残業上限(休日出勤含み、年960時間)の約2倍となる水準。(産経新聞から引用)

年間2000時間の残業って、これ「殺人」クラスですよね。だから、単純に「賛成」か「反対」かと尋ねられれば。私は「反対」と答えます。しかし、元監督官としては、この提案は「理解」できます。

労働時間を短くする方法は、穏やかの手法を取るのなら、次の方法しかありません。

「①現実の労働時間を正確に把握する。②年間の労働時間の削減の数値目標をたてる。③業務内容を把握し、削減できる箇所から随時削減していく。」

ドラスティックな手法としては、「医師の残業の上限時間を一般企業並みと法律で規定し、監督署や警察で違反を片っ端から送検していく」といった手段が考えられますが、これは地方の医療体制を破壊してしまうかもしれません。(警察機関も、「長時間労働」を取締ることはできます。)

やはり、「送検」という監督署の伝家の宝刀は、目に余る者のみに適用することが妥当と思います。

穏健な方法の①の「労働時間の正確な実態把握」というものは、現状で十分なされていそうで、実はまったくできていないのです。医師と教師の世界は、「労働時間」という概念がそもそもなかったのです。例を挙げれば

  「宿直医師の夜間の労働時間」

  「修学旅行を引率した教師の労働時間」

なんていうのは、どこの統計にもありません。現場に居る限り、休憩時間はなく、全ての時間が労働時間だと考えてよいでしょう。

今回の「医師の働き方改革を議論する有識者検討会」で、提案された年間残業2000時間というのは、改めて医師の労働時間を把握した上での現実的なラインだと思います。

しかし、「これでは過労死がでる」という、もうひとつの現実にはどう対処するのか、実際に亡くなった方とその御家族への責任は誰がとるのか。

私は無責任の立場ですから、「残業2000時間」という提案について、「理解」しますが「反対」します。

 

爆発災害について(2)

(真岡鐡道、by T.M)

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。 

前回に続き、札幌の爆発災害について書きます。

爆発したスプレー缶の販売元が、スプレー缶の内容物(消臭剤)のSDSを公開しました。SDSとは労働安全衛生法で規定されている、化学物質の成分表示等を記載し、ユーザーに通知するように求められている文書です。

まず、この公開されているSDSが、スプレー缶のものとするには、私には少し疑義があることを指摘しておきます。(私の勘違いだったら、ごめんなさい)

その理由は、公開されたSDSと、スプレー缶に印刷されていた注意書きの相違です。

まず、SDSに記載されている成分表示は次のとおりです。

(SDS記載の成分表示)

そして、スプレー缶に印刷されている表示は次のとおりです。

(スプレー缶に表示)

SDSの方は、エタノールの含有量が重量比で50~70%となっていますが、スプレー缶の表示では、容積比で全容量の10分の1となっています。(スプレー缶の容量が200mlに対し、アルコール類は20ml)エタノールの比重は約0.8です。SDSで示されてる重量比とスプレー缶表示の容積比ではまったく違います。

(注)エタノールは「エチルアルコール」のことで、お酒等に入っているアルコール。労働安全衛生法では「引火性の危険物」に該当します。

私の想像ですが、この理由は

  ① スプレー缶の内容物はSDSの対応物を水等で希釈したもの

  ② スプレー缶の内容物はSDSの対応物であるが、スプレー缶の表示を変えたもの(虚偽表示)

まさか②であるなら大問題となりますので、そうではないと思います。多分、①であろうと推測し、話を進めます。 

スプレー缶の表示から、スプレー缶はH販売会社が販売していることが分かります。SDSの製作者は、I製造会社(静岡市駿河区)です。ここで、今回爆発したスプレー缶の溶剤に関係する化学物質について、I社が製造しているものを、原液Aと呼びます。そして、H社が販売しているものを希釈液Bと呼びます。

前回のブログで、今回爆発した化学物質が「業務用」のものであるか、「一般用」であるかで労働安全衛生法の取扱いが違うと説明しました。例えば、「業務用」であるなら、製造者はSDSを作成し、ユーザーは労働安全衛生法第57条の3に基づくリスクアセスメントを実施しなければなりません。「一般用」なら必要ありません。

SDSの有無から判断が作成されているところから考えると、I製造会社は原液Aを「業務用」として製造販売し、H販売会社は希釈液Bを「一般用」として販売していたのではないでしょうか。

インターネット情報によると、希釈液Bはホームセンタ等で販売されてなく、事実上業務用であったという噂があるようですので、労働基準監督署の調査が事実関係を明らかにしてくれることを期待したいと思います。この「一般用」と「業務用」の取扱いの相違が、今後の捜査に影響を与えるような気がします。

(続く)

 

爆発災害について

(真岡市中村八幡宮、by T.M)

今回の札幌の爆発事故については、色々と書きたいことがありますが、まずは、負傷された方々の回復、そして被災された方々が一日でも早く、元の生活を取り戻されることを祈ります。

この事件について、どうもマスコミ等では不動産紹介会社の担当者を責めるばかりで、これが、「労災事故である」という視点が欠けているように思えます。ですから、会社責任への追及が甘くなっているようです。

会社が労働安全衛生法違反をしていた可能性は、非常に高いと思います。少なくとも、「引火性物質の取扱の社員教育をしていなかった」ことか、あるいは「引火性物質について、社員が適切に取扱っていたかどうかを確認することを怠った」ことは、(今後労働基準監督署が事実を明らかにすると思いますが)、マスコミ報道から判断すると、確実のように推測できるのはないかと思います。

作業に使用していた消臭剤については、「一般消費者の用に供される製品」であるのか、あるいは「業務用」であるのかによって、法的な取扱いは違います。メーカーが公表したSDS(安全データシート)から判断すると、メーカーは労働安全衛生法上の責任の軽い「一般消費者の用に供される製品」として取扱っていたようですが、同消臭剤がホームセンター等で売却されていないことから、法的な責任の重い「業務用」のような気もします。これもまた今後の捜査で明らかになることだと思います。

また、「一般消費者の用に供される製品」であっても会社には責任があります。次のQ&Aはある省庁のHPから抜粋したものです。

7.一般消費者の用に供される製品については、リスクアセスメントの対象にならないのか。ホームセンターで売っている物の中には、特定化学物質(エチルベンゼンなど)が入っているものもあるがどうか。

7.労働安全衛生法上、表示・通知義務のあるものにリスクアセスメントの実施義務が課せられるため、通達でも明示したように、一般消費者の用に供される製品については、義務の範囲からは除かれます。ただし労働安全衛生法第28条の2に基づくリスクアセスメントの努力義務の対象には含まれるため、SDSを入手し、リスクアセスメントを実施するようにしてください。

つまり、会社は「リスクアセスメント」を実施していなければならないのですが、この「リスクアセスメント」については、次回説明します。

私が今回の事故で驚いたことは、爆発災害の報道写真に、「労基署」という背中にワッペンを貼った制服を着用している者がいたことです。(下の写真は報道された写真の一部を私が切取ったものです)。監督署、頑張っているなーと思うと同時に少し違和感を覚えました。

監督署の職員は、いつからこんな服を着て、災害調査に行くようになったのでしょうか。背中のワッペンの「労基署」という文字はなんでしょうか。私の知る限り、監督署の制服に記入される文字は「○○労働基準監督署」「○○労働局」あるいは「厚生労働省」というものですし、それも胸のあたりに刺しゅうされているもので、このように「労基署」とだけ大きく書かれたワッペンは背負いません。 

これは、今回のような大きな事故でマスコミが来る時のためのみの制服でしょう。普段、職員がこのような制服を着用し、公共交通機関を利用して臨検監督へ行っているとは思えません。

私はある事を思い出しました。今から8年前に東日本大震災の時に、被災地の宮城県石巻市の労働基準監督署にお手伝い行った時のことは、以前にもこのブログに記載したと思います。業務命令としての「お手伝い」でしたが、震災後3週間後の派遣であったため、「現地までの足」と「現地での宿泊場所」を自力で確保できる者で、「志願した者」が派遣条件でした。私は妻が石巻市出身なので、妻の知人の家に泊まることにして、現地までの交通は鉄道が全線ストップだったもので、臨時に東京駅から出ていた東北地方行のバスを乗り継いで現地まで行きました。宿泊した家庭は、当時電気もガスも泊まっている状態でしたが、「石巻のために東京から手伝いに来てくれる」ということで、私を快く受け入れてくれました。そんな訳で、けっこう苦労しました。

その時に、出発前日に神奈川労働局の各部署に挨拶に行った時に、私の派遣の責任者である人事の担当者からいきなり、「神奈川労働局」と記入された腕章を渡され、「マスコミが来たらこれを着用して下さい」と言われました。そして、その担当者それ以外は私に何の話もしませんでした。(少なくとも、他の者は「頑張ってくれよ」とか「たいへんだなあ」とかいうことは言ってくれました。)

私は、その腕章を被災地には持って行きませんでした。

少し話が飛んでしまいました。爆発災害での「労基署」のワッペン着用について、賛否両方の意見があると思います。監督署の職員が災害調査に行く理由は、「災害の原因を明らかに」すること及び「再発防止措置のため」で、「組織の宣伝」のためではないと反対する者がいると思います(私はその考えです)。

また、士気が高まって良いと考える方もいると思います。(ただし、その場合においても、写真のような急ごしらえのワッペンでなく、きちんとデザインされたものの方が良いと思います)。

どうか、現場の職員の意見をよく聞き制服等を揃えて頂きたいと思います。

 

外国人労働者

(黄金色の会津盆地、by T.M)

ある人から、「時節柄、外国人労働者のことをもっと書いてくれ。」と言われました。だから、少し書こうと思いますが、実は私は、この問題にあまり詳しくありません。

合法的に日本に定着した南米人の働く現場には行ったことがありますし、労使トラブルは何度も処理しました。確かに南米人関係の申告は、労働者の割合からいって高かったかもしれませんが、そんな統計は作ったこともないので、正確には分かりません。というよりは、労働者が「南米人である」ということを意識しないで事件処理していたような気がします。これは、多くの労働基準監督官も同じだと思います。南米人については、日本人労働者と法の適用はまったく同じということが頭にありますから、普通に監督官の仕事をするだけです。労使の間に文化的摩擦はあったかと言われれば、そんな気もしますが、特に覚えてはいません。

日本人の配偶者を持つアフリカ系の労働者が多く働く、産廃業者の倒産事件を労働組合と協力して処理したことがあります。この時は、ちょっとした「文化的な誤解」があり、けっこう揉めました。しかし、あくまで「誤解」であり。理性的な対応はお互いできたと思います。

今、話題となっている「技能実習生」のことについては、「技能実習生制度」自体を理解していないのでよく分かりません。昔は「技能実習生の1年目は労働者でないので労働基準法の適用はない、それ以降は労働者」という法律でしたが、それも今では変更されているようです。いつからどう変わったかは知りません。

不法就労の労働者の申告も何回もしました。中には元技能実習生、現在脱走中という方もいました。そういう方々は、一人で来ないで、必ず「支援者」の方々と一緒に来ます。支援者の方々は、役所に対し不信感を持っている人も多く、その「支援者」の方々への対応が大変難しいものでした。

この不法就労の外国人対応について、労働基準監督署は入国管理局等について、一切通報はしません。だから、不法就労の外国人も安心して来署できるという訳です。

私は、この不法就労の外国人の申告処理が嫌いでした。外国人労働者を見ていると切なくなるからです。ここで当面の労使トラブルが解決したとしても、彼らはその後も、健康保険がなく、低賃金で、日本人がやらない仕事を、不法就労の外国人を使用することに抵抗感の少ない事業主の元で働き続けることになります。救いのない境遇をどうすることもできません。

今回の法改正で、彼らのような方は増えるのでしょうか?