再び、ウーバーイーツ

(岩堂山からの眺め・神奈川県三浦市、by T.M)

私が2週間ブログを更新しなかったら、行政に勤務していた頃の友人が心配して電話をくれました。友達というのはありがたいものです。

その時に教えてもらったのですが、「ウーバーイーツ」が「一人親方として労災保険の特別加入」が認められたそうです。さっそく調べてみました。

時事ドットコムニュース、6月18日

労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)は18日の部会で、料理を宅配する「ウーバーイーツ」などの自転車配達員とフリーのITエンジニアについて、労災保険が利用できる特別加入制度の対象とすることを了承した。厚労省による省令改正を経て、9月にも保険料の自己負担で加入できるようになる。

 日本フードデリバリーサービス協会によると、自転車配達員は約9万人。労災保険の対象となるアルバイトではなく個人事業主として働く場合、業務中の交通事故などに対し十分に補償されないことが問題となっていた。9月以降は自ら加入を申し込んで保険料を負担すれば、治療費の支給や休業補償が受けられる。

私としたことが、兄が危篤状態にあったせいかもしれませんが、このニュースを見落としていました。私は、以前にこのブログで、ウーバーイーツで働く人に「労災保険の特別加入」が必要だと書きました。ですから、この記事については、少し思うことがあるのですが、それを書く前に「一人親方の労災制度」について解説します。

労災保険は労働者の仕事中又は通勤途上での万が一の災害に対して、その災害で被ったケガや病気に対して補償するためのものです。

労災保険は従業員を雇用した場合には事業主が必ず加入しなければならない基本的な制度です。本来労災保険というのは労働基準法の災害補償を元に作られた制度であり、保護の対象はあくまで「労働者」に限定されています。とはいっても、フリーランスや会社の経営者等外形的には労働者と変わらず、ある意味労働者とみなして保護するのが適当ではないかと思われる方々がいます。

そこで、労災保険は原則雇われている方を対象としたものですが、例外的に労働者に準じて保護することが適切と思われる業種で働くフリーランス(一人親方)の方でも、労災保険に加入する道を拓きました。それが、労災保険の特別加入制度です。

フリーランスの方が労災保険の特別加入できる業種とは従来は

1 自動車を使用して行う旅客又は貨物の運送の事業(個人タクシー業者や個人貨物運送業者など)

2 建設の事業(土木、建築その他の工作物の建設、改造、保存、原状回復、修理、変更、破壊もしくは解体又はその準備の事業)(大工、左官、とび職人など)

3 漁船による水産動植物の採捕の事業(7に該当する事業を除きます。)

4 林業の事業

5 医薬品の配置販売(医薬品医療機器等法第30条の許可を受けて行う医薬品の配置販売業)の事業

6 再生利用の目的となる廃棄物などの収集、運搬、選別、解体などの事業

7 船員法第1条に規定する船員が行う事業

8 柔道整復師法第2条に規定する柔道整復師が行う事業

9 シルバー人材センター加入者等

です。これらの業種に今後「ウーバーイーツ」も加わる訳です。

私は以前このブログで、「ウーバーイーツは無くさなければいけない」と書きました。その理由は、「働く人が事故に会った時の補償が何もない」ことだからでした。しかし、今回のこの「労災保険の特別加入が可能となる」ことにより、働く人が負担覚悟であるならば労災の備えができることになりました。今回のこの決定を素直に喜びたいと思います。

ただ、疑問に思うこともまだあります。ひとつには、「厚生労働省は、ウーバーイーツで働く人の労働者性を否定した」と認められてしまうことです。ウーバーイーツで働く人が「特別加入のフリーランス」でなく、「労働者」として労災申請した場合に、「ウーバーイーツで働く者は労働者でなく個人事業主だ。なぜなら厚生労働省がそれを決定したからだ」という結論になってしまいそうな気がするからです。

確かに、ウーバーイーツで働く人の労働者性は「働く時間が自由だから」という理由で否定されそうです。しかし、マッチングアプリを使った労働提供って、「短時間の労働契約の締結」っていうことも言えませんか(ちょっと強引な理屈でしょうか)?これって、もう少し議論が必要だった気もしますが・・・

次に思うことは、「ウーバーイーツは労災保険の特別加入をしない人には仕事をまわさなくなる」ようになるんじゃないかということです。既に特別加入が認められている建設業によくあることなんですが、元請けは労災保険の特別加入をしていない者以外の契約をしません。それは元請けにしてみれば当たり前のことで、自分の現場で事故が起きた時に、その補償を自分でできる者でないと面倒なことになるからです。もしウーバーイーツで、労災保険の特別加入が働くことの条件になったら、労災保険料を自分で払わなければならない働く人は実質的な報酬の引き下げとなります。

また、特別加入をするにあたっては、働く人はどこかの事務組合に加入しなけれならないのですが、その事務組合を会社側の関係団体で一括するとなったら目も当てられません。

なんか、ウーバーイーツで働く人の労働条件については一歩前進であるけど、今後何か問題が発生するような悪い予感がします。

アスベストについて

(関ケ原古戦場跡を通る貨物列車・岐阜県関ヶ原町、by T.M)

今日は、石綿(アスベスト)のことについて書きます。

NHK(2021年5月17日 )全国各地の建設現場で、アスベストを吸い込み肺の病気になったとして、元作業員と遺族が訴えた集団訴訟で、最高裁判所は、国と建材メーカーの賠償責任を認める判決を言い渡しました。

この判決の後に、菅総理が原告団に会い謝罪していることが報道されました。原告の一人が(言いたいこともたくさんあるでしょうけれど)、総理の謝罪を受け入れている姿が印象的でした。アスベスト被害者の方々及びその家族・関係者の方が、一日も早く癒されることを祈ります。

今から37年前の昭和59年に労働基準監督官に任官したものとしては「石綿規制」は思い出深いものです。なぜかと言うと自分の在職中にどんどん規制が厳しくなってきたからです。今から思い返すと、規制を「小出しに強める」のでなく、「一気に製造禁止・使用禁止」とすべきでした。政府が決断できず、後手後手に回って、最後は裁判で負けるというパターンは何か既視感があります。

それでは少し石綿の紹介をします。

これが石綿鉱石です。カナダ・南アフリカ等で算出されます。鉱石の回りに綿状のものがありますが、これが石綿繊維です。

この繊維から作った石綿布は燃えない布で、古来から神聖なものとされ、その製法は職人間の個人伝承のみで、秘伝とされました。古代エジプトで王家のミイラを包んだものはこの布であり、ヨーロッパでは火の精霊サラマンダーの皮として珍重されました。日本の文献として最初に出てくるものは、平安時代初期に完成されたという「竹取物語」です。かぐや姫が求婚に来る5人の王子の1人に、「見つけてきたら結婚する」と言って要求した「火鼠の皮衣」が石綿布であると言われています。

(江戸博物館・平賀源内展より引用)

これは日本に現存する最古の石綿布です。19世紀に江戸の発明家平賀源内が、蘭書の記述を基に秩父で産出された石綿鉱石で作ったものです。

日本では、戦後にその使用量が増大しました。日本の高度経済を支えた造船業の現場では、石綿布は溶接時の火除けとして各労働者に支給されていて、労働者はその石綿布を毛布代わりにして包まって寝ていたこともあったそうです。また、建設現場では建設資材として使用され、自動車ではブレーキパッド等に使用されました。耐火性と耐摩耗性に優れた石綿は、当時の日本人にとって、歴史のロマンを感じさせるだけでなく、本当に夢の資材だと思わせるものでした。

ところが1970年代に入ると、アメリカの裁判所が次々と石綿の有害性を認める判決を行うようになりました。石綿は中皮腫との因果関係が明白で、その潜伏機関は30年から50年とのことです。因みに、「中皮腫の80%は石綿に由来するもの」だそうです。その医学的知見については私は分かりませんが、労働局の健康課に所属していた時にじん肺審査医の先生にそのように説明を受けたことがあります。

国がアスベストの全面禁止に乗り出したのはようやく2006年からのことで、その対応の遅さが石綿被害が拡大したとされ、最高裁は今回次のように述べました。

アスベストのことを1972年には石綿と健康被害の関連が明らかになっていた。1975年には防じんマスク着用を指導監督したり、呼吸用保護具を使うよう義務付けたりすべきだったが、規制権限を行使しなかったのは著しく不合理で違法である。責任を問える期間を1975年10月~2004年9月とする。

この石綿規制が後手後手に回ったことに厚労省は懲りたらしく、2012年に胆管ガンの原因となると判明した1,2―ジクロロプロパン(当時、無規制)については、翌年の2013年には特定化学物質として規制し、さらに類似の9物質を2014年には特別有機溶剤とする、素早く先手先手となる対応をしています。

現在多くの化学物質について、事業場により「化学物質のリスクアセスメント」を実施することが義務づけられていますが、ここまでくる間に厚労省は石綿で苦い経験をした訳です。

トラック屋さんのこと(2)

(孝行息子で有名な地・養老、by T.M)

ネットフリックスで配信中の韓国ドラマ「梨泰院クラス」の一場面です。女性と思われていた方が実は性同一性障害の方で、それを知った他の女性たちが、その方のトイレ使用を断る。そんなシーンがありました。

(NHKの報道)性同一性障害の経済産業省の職員が、職場の女性用トイレの使用が制限されているのは不当な差別だと国を訴えた裁判で、2審の東京高等裁判所は1審とは逆に、トイレの使用の制限は違法ではないとする判決を言い渡しました。

私が、この「トイレ問題」について知ったのは、上記の韓国ドラマ観た時が初めてでした。実際に職場でこのような状況が発生した時に、様々な意見が対立すると思われます。そういう時に備え、無関心でない人を増やすためには、もっとドラマや映画でこの問題が取り上げられる必要があるのではないでしょうか。日本のドラマより韓国ドラマの方が、より時事問題に敏感なような気がします。

韓国ドラマといえば、先週も紹介した「錐」ですが、このドラマもとても啓蒙的です。2003年に韓国で実際に起きた労働争議「カルーフ事件」をモデルにしたドラマで、労働組合のあり方、正規・非正規労働者の格差、パワハラ等の諸問題が丁寧に描かれています。労働基準監督官を目指す方にぜひ観てもらいたい作品としては、日本ドラマの「ダンダリン」より、こちらのドラマです。労働問題の現実が描かれています(でも、「ダンダリン」の竹内結子は良かった。惜しい人をなくしました)。

「錐」はアマゾンプライムで、14日間は無料で観られるようなので、興味のある方は、試しに視聴してみて下さい。

さて、今週も「トラック屋」さんのことです。業界の「古くからある問題」と「新しい問題」について書きます。「古い問題」とは、長時間労働のことです。そして、その根底には「低賃金」があります。

運転手の長時間労働の最大の問題は、「手待ち時間」をどう評価するかということです。トラックは、目的地に着いたからといって、すぐに荷物の積み下ろしができるわけではありません。配送センター等で自分の順番を待つ「手待ち時間」が発生するのです。この手待ち時間は、トラックが移動していないので、タコメーター等の記録を見ると、労働時間でないように思えます。だから、多くの事業場では、この「手待ち時間」を「休憩時間」としてカウントしていて、この時間については賃金が支払われません。しかし、多くの運転手は、この「手待ち時間」にトラックの運転席から離れることができないものであり、「自由利用」ができない時間なので、法律的には労働時間となるものなのです。また、実際に積み下ろしの準備作業を行っている運転手もいます。

この「手待ち時間」を「休憩時間」とするか「労働時間」とするかは、昔からある論争です。過労死事件の調査についても、そこが重要なポイントとなります。

私は「拘束時間」の取扱いを替えると、この問題が解消される気がします。その理由を書く前に、まずは「トラック運転手の拘束時間」の説明をします。

「拘束時間」とは、「労働時間」と「休憩時間」を足したもので、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下、「改善基準」と呼ぶ告示)に規定されています。

(注)「拘束時間」以外の時間は、「休息時間」と呼ばれます。

長距離を行う運転手の時間管理は、運転手が事業場を離れてしまうので、事業場内の労働者の時間管理を行うようにはできないので、「拘束時間」の管理を行うのです。

例えば「最大拘束時間は16時間まで、休息時間は1日8時間以上は必要」という改善基準の規定がありますが、この規定により運転手は「労働時間―休憩時間―労働時間」のサイクル終了後に、「1日8時間以上を目安とした仮眠時間」が確保されることとなるのです。

「トラック運転手の労働時間管理が難しいから、拘束時間という考え方をした」という考えについてはとても合理的であると、私は思います。そして。この考えを一歩進めて、「拘束時間すべてに賃金を支払う」としてしまえばいいと思います。

もちろんこれは「休憩時間についても賃金を支払え」という意味ですから暴論です。でも、それくらいのことを考えなければ、この古くからある「手待ち時間」の問題は解決しないような気がします。

さて、「トラック運転手」の「新しい問題」とは、このブログでも何回か取り上げた、「個人事業主の増加」の件なのですが、それはまたいつか書きます。

トラック屋さんのこと

(浜松市スズキ本社のスズキ歴史館、by T.M)

今回は何を書こうかと思っていました。

  「持続可能な安全管理 未来へつなぐ安全職場」

これは、今年の安全週間の標語ですがけっこう攻めています。SDGSです。御存じのとおり「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月の国連サミットで採択された国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた17の目標です。標語はこのSDGSへのオマージュというかリスペクトというか・・・、ちょっと斬新です。

この標語のことを話題にしようかと思っていたら、厚生労働省の報道発表に面白いものを見つけました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18282.html

トラック運転者の長時間労働改善に向けて、「荷主どうし」の共同配送に興味のある荷主企業を募集します

この募集の説明文には、次のように記載されています。

[開催の背景] トラック運転者は、他業種の労働者と比べて長時間労働の実態にあります。その背景には、荷主や配送先の都合により、長時間の荷待ち時間(貨物の積み込みや荷下ろしの順番を待つ時間)や、手荷役(手作業での貨物の積み込み荷下ろし)が発生するなど、貨物運送における取引慣行などからトラック運送事業者の努力だけでは改善が困難な問題が存在しています。

重要な社会インフラである物流が滞らないようにするために、そしてトラック運転者の長時間労働を改善していくためには、荷主企業とトラック運送事業者の双方が歩み寄り、そして協力しあって、取引環境の適正化に取り組むことが必要不可欠です。

このオンラインミーティングでは、トラック運転者の長時間労働改善のための有効な取組である「荷主どうし」の連携のうち、共同配送に興味のある荷主企業の出会いの場を提供します。

「共同配送」とは、複数の物流企業・事業所が連携し、複数企業の商品を同じトラックやコンテナなどに積み込み輸送する輸送手段のことですが、「共同配送」が事業場側のコスト削減に繋がることは理解できまうが、それが運転手の荷待ち時間や手荷役労働とどういう関係があるのだろうかと疑問に思いました。

「共同配送」にすれば生産性が上がる、だから賃金が上がる、それで長時間労働がなくなるということでしょうか。低賃金と長時間労働がセットになることが、労働者にとって一番まずいことは理解できますが、医師とかファンドマネージャーとかの特殊技能の持ち主でなければ、高賃金・長時間労働という組み合わせは、合理化につながってしまい職種じたいがなくなるような気がします。

「共同配送」という概念を追究していくと、マッチングアプリを使って荷主と業者が契約し、それをプラットフォームビジネスとして展開する企業がでてくるかもしれません(もうあるかもしれないけど)。要するに「ウーバーイーツ」の運送業版です。そうなった時に、運転手の労働条件は改善されるのでしょうか?

厚生労働省が募集するくらいの「テーマ」ですから、きっと深い意味があると思いますが、長時間労働の防止とどのように関係があるのか、もう少し詳細に説明が欲しいと思いました。

ここまで書いてきて、このブログを丸5年やってきたけど、タクシー屋さんの件は何回か書いたんだけど「監督官から見た運送業」ということを書いたことがないことに気づきました。トラック屋さんは、監督官にとって、尊敬すべき手ごわい強敵です。特に、任官2,3年目の監督官が、トラック屋さんに行くと、「労働時間」の件も、「労働安全衛生」の件も、とても学ぶべきところがたくさんあります。何回かに分け、それを書きます。

まずは、私の独断で思う、トラック屋さん(運送業)の特徴です。

第一は、とても災害が多い業種であるということです。業種別の労働災害千人率で比較すると、林業22.4件(労働者1000人に対し、22.4件の労働災害発生。平成30年統計)なんて別格に労働災害発生が多い業種があるんですが、工業的主要3業種の、製造業・建設業・運送業で比較すると、製造業2.8件、建設業4.5件に対し、運送業8.9件であり、非常に労災の多い業種であることが分かります。

第二に、非常に伸びている産業であるということです。私が監督官となった1980年代と比較して、製造業・建設業等は衰退しましたが、運送業だけは元気です。もっとも、物流の現場は、アマゾン等に代表される小口取引が多くなって、産業用の配送は少なくなってきているようです。それから、小口配送と言えば、1980年代は最大の配送業だった日本郵政が元気のないのが気になります。

第三に、働く人たちが「個人事業主」扱いされるようになってきて、就業条件がとてもきつくなっているということです。このブログで何回か取り上げた「ウーバーイーツ」もある意味「運送業」ですが、働く人は個人事業主です。個人事業主の厳しい就業状況を描いた映画にはケン・ローチ監督「家族を想うとき(2019)」があります。名作です。アマゾンプライムで観れます。

また、個人事業主が増加している例として、アマゾンの荷を取扱う個人事業主の下請けを使用する運送業者で、この5年間で株価を10倍としたところがある事例を挙げておきます(そこの会社の就業条件については私は知りません。もしかしたら、個人事業主を効率よくシステム的に使用していて、報酬は高いかもしれません。個人事業主が増えている事例として紹介しておきます)。

第四に、長時間労働等の問題があることが挙げれます。そのため、「大臣告示・自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(通称:改善基準)を定めてあるのですが、うまく行っていない状況があります。また、法律を遵守しないケースも多くあります。

あるトラック屋さんに行った時に、社会保険未加入だったので注意したところ、余計なことをするなと「労働者」から文句を言われました。ようするに、その事業場では「社会保険の事業場負担分」を賃金にプラスして支払っていたのでした。社会保険に加入したら、「賃金が低くなる」という理屈です。私は、その労働者に「厚生年金がもらえなくなる」と言って説得しましたが、「どうせ後25年も務めない」と反論されてしまいました(当時、厚生年金の受給資格は25年)。

こういったトラブルは、トラック屋さんとけっこうありました(旧社会保険事務所に連絡したけど、役所は何もしませんでした)。

次回から、改善基準のことを含め、色々書きます。

サッカーと賃金不払い

(龍野城・兵庫県たつの市、by T.M)

別にサッカーファンでないのですが、ワールドカップやオリンピックなどでは自国のチームを応援します。「ドーハの悲劇」が起きた1993年のその日は、埼玉県の朝霞市にある労働研修所に、新人監督官の指導が現場の先輩が指導するという授業の教官でいってました。あと数秒でゲーム終了という時にコーナーキックからイラクに得点を挙げられ、ワールドカップ初出場を逃した時に、休憩室で一緒にこのゲームを観ていた新人監督官から「ワァー」というため息が漏れたことを覚えています。このブログで以前書いたように、私は、役人どおしの職場での宴会はとても嫌いなのですが、このゲームを観ながら飲んでいたビールは、とてもうまかったことを覚えています。

さて、サッカー日本代表で海外武者修行中の若者にとんでもない事件が発生したようです。若者の名前は浅野拓磨。セルビアの名門チーム「パルチザン・ベオグラード」に所属しています。Wikiで調べてみると、このパルチザンというチームはセルビアの名門チームで、日本のプロ野球で言えば1980年代のジャイアンツにあたるようです(私は60代です)。因みに、このセルビアという国家は旧ユーゴスラビアの一部で、親日感情が強く、東日本大震災の時には、いち早く募金を始めてくれて、震災後の7ヶ月後(2011年10月11日時点)、義援金の集計をしたところ、義援金は世界で第5位、ヨーロッパでは第1位の金額になっていました。 最終的には1億9100万円で世界第19位となったのですが、2017年度の平均月収3万9千円(世界93位)の国で、とても暖かい支援を行ってくれたことが分かります。

浅野氏は、元サンフッレチェ広島の元Jリーガーの日本代表の有力候補。AFC U-23選手権2016(リオ五輪予選を兼ねる)日本代表として参加して、決勝のU-23韓国戦では2-0で負けている後半から投入され、2得点を挙げ逆転に貢献した試合を個人的には覚えています。

そんな浅野氏が、パルチザンをシーズン途中で退団しました。その理由として、浅野氏は「度重なる給与未払いや、クラブ側の対応からリスペクトを感じられなくなった」ことを挙げています。チームは優勝の可能性があり、さらに浅野氏はリーグの得点王の期待もある中での退団ですので、当地ではかなり話題になっているようです。

また、この退団については、「浅野氏の移籍金」及び「中東チームの暗躍」も噂されています。次のようなものです。

「クラブはリーグ終了後に、浅野氏を彼が望まない中東チームに移籍させようとした。そこで発生する、中東チームからクラブに支払われる移籍金でクラブの財政状況を好転させる予定だった。浅野氏は契約上、そのような措置(強制移籍)が取れなくなるシーズン終了前に退団した」

この浅野氏の退団について、クラブ側は怒り心頭で次のように発表しています。

「浅野との話は、すべて純粋な詐欺だ。これは日本人選手と、彼を雇いたいクラブとの間で交わされた、重大な違反だと思う。彼と契約したいクラブとの陰謀だよ。彼のしたことについて、欧州サッカー連盟(UEFA)や我々の法律に基づいて、根拠がないことは完全に明らかだ。契約書の文言によれば、権限を所有しているのは我々だ。これは裁判で明らかになるだろう。

コロナ禍の影響を食らってクラブが苦しく、昨シーズン末から給料の半額を申し入れたときに、彼が同意しなかったことのほうが大きいだろう。支払いの遅延に関しては、法的根拠がない。選手は(催促のために)15日前にクラブに警告書を送らなければならないが、浅野はそれもしていない。

給与の支払いが遅れているというが、2020年10月5日に支払い、11月4日に支払った。次は12月8日。その次が2021年1月12日、2月18日のサラリーも支払われている。3月26日はサラリーに加え、それ以前の未払い分の一部も支払われた。そして、今回の一件がなければ5月5日にも支払われるはずだった」

何やかんやクラブ側は言ってますが、「賃金を半額することを浅野氏に提示」「浅野氏がそれを拒否」「賃金は、一部不払い及び遅延が続いている」ことはクラブ側も認めているようです。

さて、元労働基準監督官の私から言わせると、浅野氏の対応は100%正しいということです。賃金を払っていないということは、労働者を拘束する何ら理由もないということです。

(注)正確に言うなら、浅野氏は「労働者」ではなく「個人事業主」です。

クラブ側の言い分は、何かブラック企業のそれに似ています。大多数の方には信じられないかもしれませんが、賃金不払いをする事業主の中には、それを理由に退職した労働者を責める者がいるのです。その理由は、「仕事が回らなくなること」ですが、給料を未払いしておいて、何を言うのだと思います。

また、「お客さんや取引先」に無責任だという事業主もいます。これこそ謎理論で、「従業員への賃金の支払いの責任感が欠如している」事業主から言われたくありません。まあ、でも世の中にこのことを気にされる労働者の方もいるようです。数年前に、成人の日に夜逃げして、多くの方の夢を奪った呉服屋である例の「はれのひ」の従業員の中には、給料未払いを覚悟して、「お客様の一生に一度の夢を潰してはいけない」と考え、自分の判断で成人の日に店を開け続けた従業員もいると聞きます。私は、これは決して「美談」ではないと考えますが、その方の心情を理解しますし、その生き方を尊敬します。浅野氏も、クラブ側の言い分なんぞは耳を貸す必要はありませんが、「サポーター」と「仲間」には、リスペクトの意を表しても良いと思います。

もっとも、同クラブのサポーターは経営陣のいい加減さを知っているようで、浅野氏を擁護する意見がほとんどであると聞きます。この事件で、それが救いです。