お役所仕事とコロナ対策

(白の洋風建築八幡小学校・近江八幡市、by T.M)

最初に、私の典型的なお役所仕事での失敗をお話しします。

私が神奈川労働局の健康課にいた時の話です。A監督署の管轄内で、アスベスト含有の資材が誤って解体されたという事件が起きました。その事件は、公表されれば、環境問題等で大きな社会問題となる可能性がありました。ですから、「いつ、どのタイミングで、誰が事実公表」をするのかは、市や県と連絡を取って慎重に進めなければなりませんでした。

私がその話を聞いたのは、監督課の監察官からでした。私は署の担当者と話しをして、健康課としての見解を話ました。

それから、一週間後のことです、署の担当者が物凄い剣幕で怒りの電話を私にしてきたのです。

「局から何の連絡もないけど、どうしたんだ」

その時に、初めて私は、この件で局がだれも担当していないことに気づきました。

労働局の監督課の監察官というのは、普段はとても威張っています。災害調査等についても、安全課・健康課を差し置き、すべて仕切ろうとします。ですからこういう時には、局としての業務の段取りを決めるものだと私は思っていました。第一、署とのやり取りはすべて監察官を通すことになっています。

監察官は、署の担当者と健康課を結べば、それで自分の仕事はお終いと思っていたようです。

まあ、ともかく私は署の担当者に謝罪しました。局の内部であれこれあろうとも、現場で仕事をする署に迷惑をかけたのですから、当然のことです。その後、監察官と今後の対応について話をしました。ともかく、署への窓口は監督課が行うことで納得させました(日頃から、署を観察するのは自分たちだと言っているのだから、こちらにすれば当たり前のことです)。

さて、それではこのような場合に、最初に誰がどのように動けばいいのでしょうか? 実は、それは何も決まっていないのです。役所っていうところは、ルーティンワーク以外の想定外の仕事には一切対応できないんです。例えば、神奈川労働局の場合、非定常の仕事が発生したのなら、局長なり基準部長なりが担当者を決めてしまえばいいのですが、その局長なり基準部長に誰が情報を上げるかということで揉めます(というより、情報を挙げたものが責任者ということになってしまう)。そして、情報が上がったとしても、「担当者」を局長なり基準部長なりが決めることはありません。局長や基準部長の「特命事項」ということになるなら、その「担当者」は課長等を飛び越える存在となるため、局長や基準部長はそのような命令をする度胸(度量)はないのです。

前述のお役所仕事の壁をブチ破るひとつのキーワードは、「職員のやる気」と「ボトムアップ」です。映画「シンゴジラ」は、政府首脳がゴジラに滅ぼそれた後に、組織の末端にいた専門性の高い職員が団結してゴジラに対応するといった物語でした。現場の職員が、組織を飛び越えることによって組織は活性化します。

さて、自分の経験から典型的なお役所仕事を紹介しましたが、私が現在心配しているのは、コロナ対策が典型的なお役所仕事となっているのではないかということです。何か、首相と都知事の会見を見ているとそう思います。

霞が関の現場の人たちって、何か意見を言うと上からの軋轢がひどいんで、言われたことだけ黙々と(しかも振り回されて)仕事をしているんじゃないかな。

「言うことをきかない奴は飛ばしてやる」というトップでは組織運営に限界があるような気がします。

今年を振り返って

(枯山水の中庭がある龍野城、by T.M)

今日は労災について、この1年間で考えたことを書きます。

まずは労災の統計とコロナの統計の比較です。

日本での労災での死亡者数は、2019年は史上最小値で845名でした。最高値は、1961年の6712名です。要するに、日本の労災の死亡者数は約60年間で1/8まで減少した訳です。

コロナでの死亡者数は、本日現在で3186名です。これは、今から約40年前の1970年代後半の労災における死亡者数とほぼ一緒です。

1960年代から比較して、日本の労災死亡災害が減少し続けてきた一番の大きな理由は、建設業・製造業を中心に職場の安全文化というものが育ち、安全環境が整ってきたことです。

日本の職場の安全文化とはなんでしょうか?それは、日本型労働安全衛生マネジメントシステムの規格JISQ45100の付属書Aで示されているもので、次のようなものです。

①ヒヤリハット活動 ②危険予知教育(KYT) ③4S活動(整理・整頓・清潔・清掃の徹底) ④安全提案制度 等

これらは、各職場の安全スタッフが頑張ってきたことを、中災防・建災防等安全衛生団体が体系として集約しプラットフォーム化したものです。

さて、コロナによる死亡者数の件です。今年の死亡者数が1970年代の労災死亡者数に匹敵するなら、来年は現代2020年代の労災死亡者数としなければなりません(要するに、今年の1/3から1/4)。そして、再来年は死亡者ゼロが目標でしょう。それには、「3蜜対策」「飲食店対策」等、ある程度の基礎的な対策についての社会的な合意形成が急務であり、ワクチン接種の方法を含めた究極のプラットフォーム化である法整備が必要と思います。やはり政治に期待するしかありません。

さて、安全文化に期待できる建設業・製造業とは違い、なかなか労働災害が減らない業種があります。それは、貨物運送業です。平成30年の災害発生千人率(労働者1000人に対する災害が発生件数)は、製造業2.3、建設業4.5に対し陸上貨物運送業は8.9です。要するに、貨物運送業では製造業の3倍以上、建設業の2倍の割合で災害が発生している訳です。

原因は分かっています。「宅急便」等の小口配送の増加です。旧来型の「大型トラック運転手の長距離運転による過労を原因とした事故」ではなく、「小口配送の配送センター内等の災害」が増加しているのです。これは、「配送業界」のブラック企業化による安全モラルの衰退が原因ではないかと、私は推測します。

現在、「宅急便」等の小口配送の現場では急激に「個人事業主」が増えています。映画「家族を想う時」で描かれていたような悲惨な労働現場が日本にも登場しているのです。そして、労災発生の責任をすべて「個人事業主」に押し付けています。こんな職場の体制が、職場全体の安全意識の低下に繋がっているのではないでしょうか。これは、1960年代の労働者の悲惨状況を言い表した「ケガと弁当は自分持ち」の世界の再現に他ありません(当時は、労災保険の認知度も低く、日雇い労働者は、そんな扱いをされていました)。

さらに、これは運送事業ではありませんが、「ウーバーイーツ」を代表とする「マッチングアプリ」を利用した個人事業主の増加があります。「ウーバーイーツ」は自らを「プラットフォームビジネス」と自称しているそうですが、「労働力提供」のプラットフォーム化とは、すなわち「搾取」以外の何物でもありません。

スマホの連絡だけで、「仕事を紹介」するといったビジネスに代表されるプラットフォームビジネスは、働く人の労災補償が確定されない以上は早急に規制されるべきでしょう。来年がそうなることを、政府には期待します。

それでは、皆様、よいお年をお迎えください。

 

コロナと派遣労働者(2)

(竹中半兵衛の像・岐阜県垂井町、by T.M)

年の瀬も迫りつつありますが、皆様はどうお過ごしでしょうか。私はネットフリックスに再加入しました。これで年末から正月にかけて、映画三昧・ドラマの一気見の準備も整いました。完全巣ごもりの準備万端です。

さて、「GOTO―」についてですが、コロナの第三波との関連性はまだ不明だそうですが、ひとつ分かっていることは、最前線で働く医療関係者の士気を挫く制度であるということです。今春以来、寝る間を惜しんで戦ってきた医療関係者の前に、「GOTOで安かったから旅行にいったら感染した」「GOTOを利用して宴会をしたらクラスターが発生した」という患者が多数現れたとしたら、最前線の者たちはどう思うでしょうか。
彼らには誇りがありますから、患者を責める言葉は決して口にしないでしょう。だからこそ、政府は医療関係者の士気を思い、「GOTO―」に対し思い切った見直しをすべきではないでしょうか。(もっとも、政府はそんなことは承知していて、あえて「経済」のことを優先させているのでしょうか)

今日は先週予告したように、派遣労働制度の抱える「闇」の話です。

例えば、使用者は、残業命令を拒否した労働者を懲戒解雇できるでしょうか。この事案について、有名な「日立武蔵工場事件」という裁判がありまして、平成3年に最高裁から判決が下っています。結論は
① 36協定の締結
② 就業規則に残業があることの記載
③ 合理的な残業命令であること
この3点が揃っていれば、残業を命令した労働者への懲戒解雇は有効であるということです。

36協定とは労働基準法第36条に基づく労使協定なので、そう呼ばれています。その職場の労働者の過半数で構成される労働組合か、労働者の過半数を超える者の代表者が、その職場の使用者と協定を締結し、「1日何時間残業するか」「ひと月何時間までの残業が可能であるか」「一年間に最大何時間まで残業できるか」を決めるものです。つまり、36協定の締結をすることにより、労働者は自分たちが選んだ代表を通し、自分たちの残業時間をコントロールすることができるのです。「36協定制度の形骸化」なんてが言われていますが(確かにその通りですが)、労働者代表を選んで36協定を締結するということは、とても大事なことです。

派遣労働者(特に「登録型派遣労働者」)は、この労働基準法第36条を無視して残業をさせられている現状があるのです。派遣労働者の36協定は「派遣元」で締結されています。派遣元は、「派遣労働者」を含む労働者から労働者代表を選んでもらわないと36協定が締結できません。ところが、派遣労働者たちは、それぞれ別々の事業場に派遣されていますので、お互いに面識はなく、自分以外の労働者がどこに何名くらい派遣されているのかは知らないので、自分たちの代表を選出することが物理的に不可能なのです。また、自分が労働者代表に立候補しようとしても、他の労働者に呼びかける方法もありません。

それでも、毎年1回必ず派遣元から36協定が労働基準監督署に提出があります。そこに記載されている労働者代表は、派遣労働者でなく、ほとんど(というか私の知る限り「全て」)派遣元の事務員です。これは、派遣元が登録型派遣労働者を雇用するときに、派遣労働者から、36協定をそのような処理をすることの承諾を得るからです。これで確かに36協定の法的な要件は具備しますので、法律的には問題がなくなります。

でも、これっておかしいでしょう。そもそも、36協定の労働者代表って、労働者からの意見を取り上げる人のことですよ。優越的な立場にある派遣元の事務員が、選挙をやる訳でもなく、個別に派遣労働者の意見を求めてそれで終わりってことはどうもおかしいことです。

もちろん、これは派遣元事業場が悪い訳ではありません。彼らは、何とか法を守ろうとして、このような方法を取っているだけです。悪いのは、このような無意味な法制度が残っていることです。
「派遣労働者の残業時間については、労働契約時の労使合意による」とでも規定しておけば、なんら問題はないのです。

派遣労働者(特に「登録型派遣労働者」)は自らの代表を選挙することができないから、自らの残業時間を管理できる法的手段をなくしていること、この実態については、関係者なら誰もが気付いています。でも、誰も何とかしようとしていないから、こんな個人ブログで愚痴るのです。

 

コロナと派遣労働者(1)

(山神の碑・栃木県田代山林道入口、by T.M)

先日、ショックなことがありました。私の知人が派遣切り(派遣先から派遣元への契約解除)にあったのです。コロナ禍による人員削減のあおりを受けてのことです。彼女は常用型派遣社員なので、これを機に有給休暇を消化して、少し気分転換をするとのことです。同じ派遣でも、「無期雇用常用型」と「登録型」では影響度が格段に違いそうです。

私が、監督官になった昭和59年から退職するまでの32年間には、色々なことがありました。バブルが絶頂になったかと思うとその崩壊。阪神淡路大震災とリーマンショック。そして、東日本大震災です。

社会の労働者を取り巻く環境も大きく変化してきました。と言うより、悪くなる一方のような気がします。その中でも、最も大きな変化は「派遣労働者」の登場かもしれません。派遣法自体は1985年に成立していますが、1999年の「派遣対象業務の原則自由化」と2004年の「製造派遣解禁」が転機となりました。

特に2004年の製造業派遣解禁はショックでした。それまで、労働基準監督官は「労働基準法第六条 何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」(中間搾取の禁止の条文)」の遵守を企業に呼びかけ、場合によっては当該法違反について書類送検をしていました。その監督官の目の前に、突然に「派遣労働者」という人たちが登場したのです。当時は派遣元も法律を分かっていないせいか、大手派遣会社であったとしても「データ装備費」等を賃金から控除するといった、とても恥ずべき法違反を犯していました。労働基準法遵守の優良雇用先と思っていた製造業の大企業に、そのような労働基準法違反を行う企業の被害労働者がいることが信じられなかったのです。

ただ、製造業における派遣労働者の存在は、それでも「多様性のある雇用」のためという建前でなんとか理解しようと思いましたが、私が驚いたのは「登録型派遣労働者」という雇用形態が表れたことです。

「派遣先が決まったら雇用する。派遣先から契約が切られたら契約終了」

こんな就業形態って何?というのが私の感想です。昔は派遣先が、労働契約期間を定め直接雇用をしていました。そのため、企業は派遣元に支払う分を労働者の賃金に還元できたのです。

のような就業形態を認めることは、ハローワークの業務放棄であり、厚生労働省の考えがわからないと当時は思っていました。そして、私の想像を超えることが起こりました。私が労働相談に乗った多くの労働者たちが、この雇用形態を当たり前のことだと思いだしたのです。なかには、この制度は「便利だ」という考えもあるようです。

先日、カミさんが観ていた韓国ドラマを眺めていたら、こんな場面がありました。派遣先から、契約を切られた女性派遣労働者が派遣元に行って、担当者を問い詰めています。

「なぜ、私が派遣先に嫌われたのか、あなたが行って聞いて来い」

カミさんは、ドラマを観ながら私に言いました。

「韓国の人って、アグレッシブルよね」

私は答えました。

「韓国の人がアグレッシブルかどうかは知らんけど、これが派遣労働者が取るべき正しい態度だ」

登録型派遣労働者の方はおとなし過ぎます。「派遣元と派遣先が締結した派遣契約」と「派遣元と労働者が締結した労働契約」は別ものです。私が受けた多くの労働相談で、派遣労働者は派遣元から「派遣先から契約が打ち切られた。労働契約は派遣契約が終了したからこれで終わり」と言われて引き下がっていた人が多くいました。このケースは違法な解雇となる場合が多いのです。

遣労働者の方、年末に向かいもし派遣切りに会ったら、一度労働局に相談してみて下さい。もしかしたら、いいアドバイスが頂けるかもしれません。

次回は、派遣業界の最大の問題点、「労働組合の設立」及び「労働者代表の選出方法」について書きます。

 

 

ある質問

(チューリップとハナモモ・山梨県勝沼ぶどう郷、by T.M)

 

皆さま、暑中お見舞い申し上げます。

本来は「残暑」と書かなければいけないのでしょうが、今年は梅雨が異常に長く、今がとても暑いので、立秋を忘れてしまいそうです。

先日、ある方から、監督署の業務について次のような質問を受けました。少し、専門性が高い質問で、何を言っているか分からない方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては、元監督官として興味がわいてきた質問であったため、ここに紹介します。

(質問)ある有名料亭の話です。そこの料理の評判を聞き、全国から多くの板前さんや地元の調理師学校の生徒さんが修業に来ます。

料亭側は、修業中の者だから給与は支払わないのが当然だと考えています。しかし、修業といっても、板前さんたちを板長が教育する訳ではありません。料亭側は、板長が板前さんたちの料理をひと口味見をして、その感想を述べるだけで「修業」だと考えているようです(もっとも、板長は、味見をした料理について、それが不満だからと言って、板前さんに作り直させることはしません)。

修業中の板前さんたちは、シフトの空き時間に他のレストランへアルバイトの行き生計を立てていました。どの板前さんも、有名料亭でシフトに入るくらいですから、腕は良く、どこのレストランでも歓迎してくれました。このような、修業のシステムは、この有名料亭では何年間も続いてきたものでした。ただし、板前さんについては、時間外の深夜に急に常連客が来た時だけ特別な手当が貰えるケースもあるようでした。

調理師学校の生徒さんについては、シフトに入ることもありますし、掃除等の雑用をやらされることもあります。

この有名料亭に1年以上前に監督署が調査に入りました。しかし、板前さんや調理師学校の生徒さんの待遇について、何の改善もありません。

私(質問者)は興味をもったので、監督署の担当官にこのことを問い合わせてみました。しかし、監督署は「調査中なので答えられない」と返答されました。監督署は、相手が有名料亭だから遠慮しているんじゃないのかと私は不信感をもちました。

私はこの質問に対し次のように回答しました。

(回答)監督署は、相手が「有名料亭」だからといって遠慮することはありません。かえって、遣り甲斐を感じる職員はいるでしょう。監督官の誰もが考えても、板前さんには賃金が支払うべきだと考えます。遅れている理由は、多分、板前さんの問題でなく、「調理師学校の生徒さんたち」の件が問題であり、結論がでないのではないでしょうか。

さらに、質問者から詳しい状況を尋ね、次のように回答を続けました。

監督署が労働時間等を調査する時にぶつかる問題として、「どこからどこまでを労働時間と見なすのか」、つまり「労働時間の確定」の問題があります。上記のケースで言うと、「調理師学校の生徒さん」たちは、料亭で掃除等の仕事もさせられていましたが、その時間は労働時間と見なせ、賃金は支払われるべきだと思われます。そして、調理場にいて、板前さんたちの仕事を手伝い、調理の仕方を学んでいた時は、やはり調理学校の授業時間だとみなせるような気もします。では、調理がすべて終わり、料理の後の鍋や窯を洗っている場合は労働時間でしょうか?難しいところです。

調理師学校は、料亭側に、生徒さんたちを受け入れてくれる見返りに、どのような金銭的な遣り取りや、取り決めをしていたのかも、労働時間の確定の大きな要素となりますが、上記のケースでは、「料亭」と「調理師学校」が経営的に系列関係にあり、正式な契約もないまま、慣習として生徒を料亭に派遣していただけということなので、そのような事情も問題を複雑にしていると思います。(ただし、その調理師学校は、有名料亭で研修を受講できることを、宣伝としていた部分もあります。)

このような事件で監督署が行うべきことは、次の2つです。

①過去の未払賃金の遡及是正

②今後、同種の法違反がでないように、料亭に研修システムの改善を行わせること

今回の事件で、監督署の処理が遅れているということは、①の遡及是正について、「労働時間」の特定ができないためだと思われます。そしてそれは前述の「調理師学校の生徒さんの労働時間が確定しがたい」ためだと思います。

いっそのこと、明確な賃金不払いである板前さんたちに遡及是正をさせ、調理師学校の生徒には「労働時間不明」で遡及是正を命じないという方法もあります。しかしそれでは料亭が、「板前さん」については法違反であるが、「調理師学校生徒さん」については法違反でないと勘違いする可能性があります。

もし、私がこのようなケースの担当官であるなら、①の遡及是正は一切行わずに、②の料亭での研修システムの明確化を行わさせるといった方法を検討します。具体的には、「板前さん」のシフト勤務に対しては、今後全て賃金を支払うこととし、「調理師学校生徒さん」については料亭の経営上に必要な業務に対しては賃金を支払わせ、「授業料を支払っているので、権利として料亭の業務に参加させる時間」の明確化といった方向性を目指します。

上記のケースで悪質なのは、「賃金不払いの料亭」もそうですが、「授業料をとっていながら、生徒に上記のような業務」を行わせる調理師学校でしょう。

さて、いずれにせよ冒頭の「監督署の申告処理がなぜ遅れているのか」の質問については、「これは、けっこうやばくて、難しい事案だから」というのが回答となります。とは言っても、申告処理に1年以上かけるのは異常です。監督署担当官の熱意を疑われても仕方ないことと思われます。

コロナ禍の現在において、無給の板前さんや、調理師学校生徒さんが職場内でコロナに感染した場合、本来なら労災となるところが、無給の方は「労働者でないので労災認定の対象でない」とされる場合も想定できますので、監督署の早期処理が求められます。

さて、質問された方はこんな質問もされていました。

「現在、飲食店・レストラン業の恒常的な長時間労働が話題となっていますが、今回の料亭の事件のように、業界の体質として何か問題があるのでしょうか。」

私は次のように答えました。

「業界の中の方が特殊な考え方をするというのはよくあるケースです。ただ、個別のレストランの長時間労働と、今回の料亭の事情は、関連性は低いと思います。個別のレストランの長時間労働については、人を増やす等の方法で改善はできると思います。もっとも、改善の方向性は分かっていても、それが難しいことは事実です。今回の料亭の件は、解決への方向性が定まらない難しさがありますが、それが明確になれば、意外と解決も早いと思われます。だからこそ、監督署の早期の是正勧告が必要だと思います。」