外国人労働者(3)

(旧信越本線横川〜軽井沢間のレンガ覆工のずい道、by T.M)

(先週の続き)

やがて会社担当者4人が監督署に到着しました。みなサラリーマンといった格好で、ヤクザのような者は誰もいません。そして、わたしの事情聴取に応じて、労働契約書(外国語のもの)、タイムカード、賃金台帳等を提出しました。私は、それを全て、会社と外国人労働者の承諾を得てから、外国人労働者に付き添ってきた若者に見せました。若者は最初は警戒していましたが、段々と外国人労働者の話に疑いを持っていたようでした。

しばらくして、決定的な話が出てきました。2、3日前の午後9時過ぎに、その外国人労働者は一人で会社事務室を訪問し、労働条件の不満をそこにいた事務員に述べたそうです。私は、もう一回事実関係を確認しました。

「午後9時過ぎに、数人の事務員が残業している会社事務室に文句を言いにきたのですか」

会社担当者は、その事実に間違いないと述べました。私は思わず笑い出してしまいました。会社担当者は、私の態度を訝しく思って尋ねました。「どうしたんですか」

私は答えました。「彼は、あなた方をヤクザだと言っていたんですよ。すぐに暴力を振るうという話でした。さっきも、あなた方がここへ、これから来ると言ったら、こわいから会いたくないと逃げようとしたんです。そんなあなた方のところへ、よく夜中に一人で行けたなと思い、おかしくなったんですよ。」

会社担当者は、驚いて外国人を見ました。私は、「何か説明しろ」と外国人に言いました。すると外国人は、「いえ、・・・」と何か話そうとします。

その驚き方に不自然さを感じたの、私は担当者に尋ねました。「もしかして、彼は日本語が分かるんですか?」担当者は答えました。「もう、日本に10年以上いますから、日本語は話せます」 無茶苦茶な展開になってきました。

結局次の点が判明しました。

1 外国人労働者は、普段は真面目に勤務していた。

2 ボーナスの支払いの件で不満をもち、会社に苦情を述べた。そして出社しなくなった。この事実について、会社側は「無断欠勤」と述べ、労働者は「解雇」と述べている。

私は、両者に対し次のような若い案を提示しました。

「解雇か無断欠勤かは、判断できない。でも、彼は長く勤務しているし、有給休暇もたくさん残っているので、彼が出社しなくなった日からの賃金については、有給休暇として支払い、また彼も有給休暇が残っている限りは出社しなくても良いので、頭を冷やして、また働くかどうかを考え直したらどうか。会社も彼が働く意思を示したら受け入れたらどうか」

両者ともこの案を受け入れてくれました。

その後、若者と外国人労働者は一緒に帰って行きましたが、来た時は正義感に溢れていた若者は何か気が抜けたような顔をしていました。

2、3日して、どうなったかということを若者に問い合わせてみました(外国人労働者とは連絡がとれません)。すると、外国人労働者とは、彼もあれから連絡を取っていないということでした。まあ、そうなるだろうなと思いました。

外国人労働者(2)

(ツキノワグマ・大宮公園小動物園、by T.M)

私が北関東の労働基準監督署で第一課長(監督課長)をしていた時のことです。

ある日、労働基準監督署に行政書士を名乗る若い日本人男性と、40代くらいの南米出身の外国人労働者がやってきました。その若い日本人はボランティアで外国人労働者の支援をしているということでした。外国人労働者は日本語ができないらしく、その若い日本人が通訳をしました。

その若者は、外国人労働者が管内の大企業である金属製品製造業者Sの工場の構内下請けの労働者であると紹介しました。そして、その企業を昨日に即時解雇されが、賃金もろくに支払ってもらっていないと訴えました。なんでも、その企業では外国人労働者への殴る蹴るの暴力行為が日常的に行われているそうです。

私は、正義感に溢れ、外国人労働者を支えようとするその若者の姿に、何か危ういものを感じました。だって、その若者の隣で、当の外国人がニヤニヤしているからです。

外国人労働者が悪い経営者から酷い目に合わせられるということが、よくありますが、南米出身の労働者にはあまり、理不尽なケースはありません。南米系(日経)外国人労働者は、外国人労働者の中でも恵まれているのです。不法就労ではありませんし、技能実習生でもありません。極めて合法的な立場で働いていますし、自分たちのコミュニティーも持っていて、悪辣な経営者が、簡単に不法に雇用できる人たちではありません。だから、労使間のトラブルは通常の日本人どうし労使関係のトラブルと似たようなものとなります。

また、その外国人労働者が働いているSという企業はよく知っているのですが、優良な企業でそんな暴力団のような下請けをのさばらしてはないと思ったからです。当時は、製造業への労働者派遣が解禁となった頃で、大手派遣会社のデータ装備費事件等が発生していましたが、Sは派遣労働者は受け入れず、従来どおりに協力会社を構内下請けとしていました。

そこで、私は2人の目の前で、すぐにその会社に電話をし、お宅の外国人労働者がここにいて、労働基準法違反を訴えているのだが、関係書類をもってすぐに監督署に来るように指示しました。会社担当者は、いきなりの監督署への呼出しに慌てた様子で、直ぐに来ることを了解しました。私は若者と外国人に、両方からの事情を聴くから、ここに残っているようにと伝えました。

若者は、迷いもなく了解しました。自分が通訳として、外国人労働者を迫害する悪質な会社担当者と対面することに興奮しているようでした。しかし、外国人は会社担当者が来るということに戸惑っている様子でした。そして、若者に何か言いました。若者は通訳しました。「彼は会社の担当者と会うことを怖がっています。このまま帰りたいそうです。」

そこで、私は若者に言いました。「私が守ってやるから、安心しろと通訳して下さい」外国人は諦めたように、そこに残ることになりました。

(続く)

外国人労働者(1)

(秩父ミューズパークからの武甲山、by T.M)

何か最近クルド人の話題をよく聞きます。

文化の違う外国人と一緒に住んだり、働く時に、思いもかけないアクシデントに会うことがあります。何回かに分けて、文化の違いから外国人労働者のトラブルに巻き込まれた件を紹介します。

Xという産廃会社がありました。そこはアジア系外国人のYが経営する会社で、従業員が200人ほどいました。労働者で日本人は20人ほどで、後はアジア系やアフリカ系の外国人労働者が働いていました。アフリカのAという国出身の数が一番多く、30名ほどでした。A出身の労働者のうち、日本語を話せるのは数名でした。

(注)労働基準監督署は入管とは連携していません。少なくとも、私が現役の時代はそうでした(今はどうでしょうか)。不法就労の外国人を見つけても、入管に通報してはいけないということになっていました。労働基準法は「国籍の区別なく」労働者を保護することを目的としていて、例え不法就労の外国人でも保護すべきであり、労働基準監督署への申告をしやすくするために通報はしないのです。まあ、その方針の是非はともかくとして、かつて、労働基準監督署へ申告したことで、不法就労が判明し、労働基準監督署へ某団体から激しい抗議をしたそうです。

Xは産廃業について、いくつかの不法行為が公になり、経営者のYは仕事を廃業することにしました。その際に、数か月の賃金不払いを行い、ある日突然、工場に「今日から、会社を閉鎖します」と張り紙をしたまま雲隠れしてしみました。

労働基準監督署のこの事件を知ったのは、Tという労働組合からの通報でした。監督署では大型で、かつ悪質な賃金不払い事件なので、当然司法事件を視野にいれ調査を開始しはじめました。TにはXのほとんどの労働者が加入し、A出身の労働者たちの日本語が分かる代表3名も加入していました。

そして、労働組合Tの協力もあってYと接触が成功しました。そこでYを取調べしようとしたところ。Tから「まず労働組合と交渉をさせて欲しい」というも申し入れがありました。賃金不払い等で立件しても、労働者にはお金が入らないので、取り敢えず労働組合の対応を見守ることにしました。

すると、労働組合の交渉及び監督署の刑事事件に移行するという強硬姿勢のためか、Yは「未払い賃金、解雇予告手当、慰労金、労働組合への和解金」をすべて支払いました。

YとTで書面が交わされ、労働基準監督署も労働組合も全てが終わったと思い、監督署は司法処分を見送りました。すると、Tよりも過激なKという労働組合から

「A出身の労働者に賃金が払われていない」

との連絡がありました。監督署が事情を確認したとこと、Tに加入していた3人のA出身の労働者はA出身の労働者たちの代表でも何でもなく、Yが支払ったA出身の労働者への賃金がどこにいったかは不明となっていました。3人のA出身の労働者とは連絡がとれなくなっていました。

監督署はK労働組合に事情と経過を説明しました。そして、残りのA出身の労働者についてもT労働組合で交渉を継続してみたらどうか提案しました。すると、K労働組合は

「文化の違いですよね。よくあります」

といって、意外とすんなり理解してくれました。TもKも、けっこう監督署とは対立する労働組合なんですが、理をもって説明すれば分かってくれる方も多数います。

さて、こんな訳で大型賃金不払い事件は後味が悪い結末になってしまいましたが、外国人労働者は同国人どおしだからといって結束している訳ではないのだと、改めて思いました。

教師は聖職

(芦ノ湖と箱根観光船、by T.M)

前回教師のことを書いたんだけど、もう一回書こうと思う。私はつくづく教師の仕事って、「聖職」だと思います。なぜなら、生徒の安全のためには命をかけなければならないからです。

私のカミさんは、宮城県石巻市の出身ですが、育った地域は石巻市内からクルマで2時間くらいかかる雄勝地区という所です。石巻市内からは、クルマで北上川沿いを走っていくのですが、途中に新北上川大橋があります。そこは、東日本大震災の時に、あの大川小学校の事件が起きた場所です。事件のことをWikipediaから引用します。

石巻市立大川小学校は、宮城県石巻市釜谷山根(旧桃生郡河北町)にかつて存在した公立小学校である。(東日本大震災)では、近くを流れる北上川を遡上してきた津波に巻き込まれて、校庭にいた児童78名中74名と、校内にいた教職員11名のうち10名が死亡した。その他、学校に避難してきた地域住民や保護者のほか、スクールバスの運転手も死亡した。この際の学校の対応に過失があったとして、児童遺族による裁判となった。津波によって破壊された校舎の一部は、石巻市によって震災遺構として整備され、一般公開されている。

(略)

地震発生から津波到達まで50分間の時間があったにもかかわらず、最高責任者の校長が不在であったため判断指揮系統が不明確なまま、すぐに避難行動をせず校庭に児童を座らせて点呼を取ったり、避難先についてその場で議論を始めたりするなど、学校側の対応を疑問視する声が相次いだ。

(略)

仙台高等裁判所は2018年4月26日、双方が控訴した控訴審でも、学校側が地震発生前の対策を怠ったのが惨事につながったと指摘し、仙台地裁では認めなかった学校側の防災体制の不備を認定した。市と県に対して、一審判決よりも約1000万円多い総額14億3617万円の支払いを命じた。

一審判決は、

地震発生後の教員らの対応に過失があったとしたが、

県の責任に加えて、控訴審では、市教委まで含めた「組織的過失」を認定した。また、大川小は津波の予想浸水域外に立地していたが、

教師らは独自にハザードマップの信頼性を検討するべきだった

とも指摘した。

(略)

宮城県知事村井嘉浩は、控訴審で認められた「校長らの高度な安全確保義務」などが法解釈として妥当かどうかを争うと述べたが、2019年10月10日付で上告が退けられ、二審判決が確定した。

私は「責任がある」と言われた亡くなった教師たちのために申し上げたいことがあります。彼らには過失があったかもしれないけど、誰一人逃げませんでした。そして多くの教師が生徒ともに亡くなりました。

教師が逃げなかったことについて、「それは当たり前のことだ」と思う方が100%でしょう。でも、そう思う方は「教師は生徒のために犠牲になるのが当然だ」と思っているので、「教師が聖職」であることを認めているのだと思います。

この「教師が聖職であること」の社会的な合意を考慮にいれなければ、昨今の「教師の労働時間」の問題は語れないような気がします。

修学旅行を引率する教師が夜に飲酒し、その時に生徒に事故が発生したとして、飲酒をしていた教師が、「休息時間中に飲酒して何が悪い」と述べたなら、社会はどれだけその教師のことを糾弾するでしょうか。「修学旅行中は、教師は生徒の安全に対し24時間気を配らなければならない」ことが、社会的な合意です。

ならば、「教師の長時間労働」対策とともに、この「見えない労働」についても対策が必要と思えます。結論としては「大幅な賃金アップ」「業務内容の見直し」ということになるのかもしれませんが、その結論への過程の議論もして欲しいものです。

年末までには、カミさんの墓参りに付き合い、石巻市へ行く予定です。新北上川大橋の近くを通りかかったら、亡くなられた生徒の方と殉職された教師の方とスクールバスの運転手の方のために手を合わせようと思います。

ご冥福を祈ります。

トランスジェンダーについて

(天城山中にそびえる巨木太郎杉、by T.M)

TBSニュース 7/14

経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員が、職場があるフロアの女性用トイレの使用を制限されたのは違法だと国を訴えた裁判。最高裁は、さきほど言い渡した判決で二審判決を取り消し、職員側の訴えを認めた一審判決が確定しました。最高裁が性的マイノリティーの人たちの職場環境について判断を示したのは初めてです。

考えさせることの多い判決です。また、影響の大きい判決だと思います。どんなところに影響が大きいかといいますと、次のようなところです。

労働安全衛生法事務所衛生基準規則

第十七条  事業者は、次に定めるところにより便所を設けなければならない。

  一  男性用と女性用に区別すること。

第二十条  事業者は、夜間、労働者に睡眠を与える必要のあるとき、又は労働者が就業の途中に仮眠することのできる機会のあるときは、適当な睡眠又は仮眠の場所を、男性用と女性用に区別して設けなければならない。

第二十一条  事業者は、常時五十人以上又は常時女性三十人以上の労働者を使用するときは、労働者がが床することのできる休養室又は休養所を、男性用と女性用に区別して設けなければならない

トランスジェンダーの職員が、労働安全衛生法事務所衛生基準規則第17条で明記されている「女性用トイレ」を使用できるということは、同規則第20条で明記されている「女性用仮眠施設」、同規則第21条で明記されている「女性用休養室及び休養所」を使用できるということになります。

もちろん、今回の判決は「ケースバイケース」に応じた事例であり、他の職場についてイコールとして見なすことは無理があると思います。しかし、ひとつ壁を超えたのは事実でしょう。

さて、「労働安全衛生法事務所衛生基準規則」なんては省令に過ぎないから、すぐに変更できるでしょうが、法令によって決まっている男女差はどう解釈されるのでしょうか。

労働基準法第六十四条の三女性労働基準規則第三条 使用者は、満十八歳以上の女性に20kg以上の重量物を取扱う継続労働に従事させてはならない(この条文は、原文を変えて分かり易く書き換えてあります)

この法令について、トランスジェンダーの方にはどのように適用させれば良いのでしょうか。気になります。