年間960時間の残業

(川崎マリエン展望台よりの夜景、by T.M)

先週お休みしたので、今日は少し長文を載せます。

先週、厚生労働省のHPには「働き方改革」関係法案の法律改正内容が公表されました。内容を確認したのですが、国会の審議時間が少なかったせいか、やはり荒っぽい作りになっているようです。

今回の労働基準法の改正について、「年間の残業時間の上限は360時間」がひとつの目玉でした。そして、「どうしても仕方ない場合は、上限年間720時間」ということでした。しかし、以前よりこの改正について、「休日労働が抜道になっている」という指摘がありましたが、改正内容を見てみると、その指摘が正しいことが分かりました。

その抜道を使うことによって、年間960時間、ひと月平均80時間、最長ひと月100時間の残業が可能になります。しかも特別条項付きの36協定を使用せずにです。

労働基準法で規定される休日には「所定休日」と「法定休日」の2種類があります。「法定休日」は、労働基準法35条で規定されたもので「週1日又は4週4日」(注)を事業主が労働者に与えなければならないものです。その日に労働をした場合は35%増しの割増賃金を支払わなければなりません。

(注) 私個人の意見ですが、「法定休日は4週間に何日でも可能」と判断しています。「週1回もしくは4週4回」としたのは、今回の強引な法改正を実施する後付けの法解釈によるものと思います。理由は後述します。

所定休日は、「1週40時間の労働時間」を行うために実施される休日です。多くの会社は、現在「1日の労働時間8時間労働、週休2日制」を実施していますが、週40時間制を遵守すれば良いのですから、「1日の労働時間6時間40分、週休1日制」でも可能な訳です。実際にそのような会社はあります。「1日8時間週休2日制」について、2日の休日の中で1日は前述の「法定休日」でありますが。もう1日は「所定休日」と呼ばれるもので、法定休日の労働が35%の割増賃金なのに対し、所定休日の労働は通常の残業とみなされるので25%の割増賃金でかまいません。

さて、今回の法改正の残業規制の「年間の残業時間の上限は360時間、特別な場合は720時間」の残業時間の範疇の中に、この「法定休日の労働時間」は含まれていないのです。そこが、法律の抜道となります。

多くの会社(特に建設会社)は、「月曜日から土曜日までは所定労働日、土曜日を所定休日、日曜日を法定休日、日曜日だけは絶対に休めるようにする」と決めています。

このような場合は、法改正によって「月曜日から土曜日までの残業時間の合計は、ひと月45時間まで」となることになります。これが、今回法改正の狙いでした。ところが、「法定休日の労働」について規制がかかっていないので、「月曜日から金曜日までは所定労働日、土曜日を法定休日、日曜日を所定休日、日曜日だけは絶対に休めるようにする」と就業規則を変更すると、「月曜日から金曜日までの残業時間の合計は、ひと月45時間まで、土曜日の労働時間は何時間でも可能」というようになってしまうのです。

「年間の残業時間の上限は360時間、特別条項を締結した場合の年間の残業時間は720時間まで」にも法定休日の労働時間は含まれません。法定休日の労働時間が含まれるのは「ひと月平均80時間の残業、ひと月最長100時間まで可能」という条項です。従って、80時間×12ヶ月=960時間。「年間960時間、ひと月平均80時間、最長ひと月100時間の残業が可能」ということになります。

さて、注釈にも書いておいたのですが、今回の法改正に基づく省令の改正で、厚生労働省は「労働基準法第35条に基づく法定休日とは、週1日又は4週4日」と強引に決めてしまいました。これは、少しひどいことだと思います。

労働基準法第35条で定められた休日とは、「少なくとも週1日(第1項)」もしくは「4週で4日以上(第2項)」のことを示しています。つまり、どのように法解釈しても法定休日は、「最低基準(週1日又は4週4日)以上何日でも与えることができる」と判断できます。

ところが、今回の省令の改正で厚生労働省は、労働基準法施行規則第16条で示す「36協定の様式」の裏の注意事項で「労働基準法の規定による休日は週1日又は4週4日」と、こっそりと改正しました。

私はこの改正の主旨については理解できます。法定休日の日数を労働基準法第35条を文字通り解釈して無制限とすれば、さらなる法の抜道が生じ、労働者にとってデメリットとなってしまうからです。つまり、今までの労働基準法の解釈によると、「法定休日を増やせば、割増賃金を多く払う日が増えるので労働者のためになった」ことが、今後は「法定休日を増やせば労働者の不利益になる」と判断されるようになったということです。

しかし、このような姑息な方法で、「法律に反する省令」を定めることはおかしいことと思います。

因みに、平成27年度に厚生労働省が作成した36協定の様式を記載したリーフレットには、「労働基準法の規定による休日は週1日又は4週4日」というような記載はありません。ただし、労働基準法コンメンタール(厚生労働省労働基準局編)によると、「36協定の規定が適用となる、法第35条に規定する週1回の休日を指す」と記載されていますが、これは単にそれ以上の休日については、「36協定が必要ない」と述べていることであると思います。

お休みです

滅茶苦茶忙しいです。今日もメール残業です。

(昔、公務員がフロシキに書類一式を入れて自宅に持ち帰り、自宅で仕事をすることを「フロシキ残業」と言ったそうです。現代では、自宅のパソコンにメールで資料を送り自宅で仕事をすることを「メール残業」と呼ぶそうです。また、携帯用のパソコンから会社内のサーバにアクセスし、社外で仕事をする人が増えているようです。噂に聞いた話では、某広告代理店では、残業規制が厳しくなって定時になえると社内から追い出されるもので、皆この社外残業をするようになったとのことです。そういえば、カフェや新幹線の車中でパソコンを広げて仕事をしている人が、最近特に多くなってきたような気がします。)

そんな訳で今日は、ブログ更新しません。

いつも、写真を提供してくれる私の親友のT.M氏が秋田へ出張したそうです。しばらくは、T.M氏の写真、「秋田シリーズ」をお楽しみ下さい。

(飛行機から見る鳥海山、by T.M)

最低賃金(2)

(長崎シリーズ、by T.M)

玉木雄一郎議員のツイッターについて、今回も述べます。前回のブログで紹介したツイッターの後で、同議員は次のようにも発言しています。 

「当然、最低賃金異常が望ましいですが、生きがいを求めて働きたい意欲のある高齢者の働く場の確保がままらない実態があります。なので、下限(例えば最低賃金の7割)を設け、その下限との差額を助成することも一案ですし、逆転現象を防ぐため、生活保護費との整合性も考えていきたいと思います。最賃法第7条の障がい者就労に関する最賃の特例をイメージしてツイートしたのですが、不十分な説明となり反省しております。問題意識は、最低賃金をそのまま適用すると、働く方の雇用の機会を奪ってかえって不利な結果を招く場合をどのように回避すればいいのか、ということです」 

もうよせばいいのに、どんどん泥沼に踏み込んでいくような発言ですね。 

最賃法第7条の最賃特例とは、「減額特例」と呼ばれるもので、昔は最低賃金適用除外許可と呼ばれていました。私も、監督署勤務の時は年に何回もこの調査をしました。「精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者」に適用されます。もっともなぜか「身体の障害の者」についての申請はなく、「精神の障害の者(知的障害者)」の申請ばかりでした。 

知的障害者を雇用して頂く企業は、社会奉仕の意欲が高く、会社の規模に関係なく、ほとんどが優良企業です。しかし、中には知的障害者が不満を言えないことをいい事に、虐待をしている会社もありました。経理が書いた給与明細を、社長が勝手に書き換え差額を懐に入れていたのです。この会社については、私が担当で書類送検をしたのですが、社長を取調中に、捜査官としてはあるまじきことですが、怒りで体が震えてきました。 

さて、この減額特例を高齢者に適用するということは、監督署が申請のあった高齢者は、高齢であるがゆえに「普通の人より労働能率が落ちる」ことを調査で判明させねばならないのですが、この調査にはたして高齢の方は耐えられるでしょうか。また、申請事業場で1人にこの申請を許可すると、必然的に他の高齢者も許可申請が為されると思います。高齢者と比較される「普通の人」には、多分「他の高齢者」が含まれない雰囲気が職場内にできてしまうからです。 

玉木議員は「合意のできた労働者に適用」と仰りますが、これは現場を知らない発言です。まず第一に「合意のない契約」なんて、論理的にありえないからです。労働契約締結時に、「何となく雰囲気に飲まれて合意した」「訳が分からず書類にサインした」なんてケースは山ほど聞きますが、残された書類は「合意のできた契約書」としか言えないのです。それにサインしなければ仕事はないと言われれば、職を探す高齢者は「合意」するしかないと思います。そうして雇用された最賃以下の高齢者が、「最低賃金が支払われなければならないパートタイマー」の職を奪っていくとしたらとんでもないことになります。

玉木議員は、「高齢者の最賃特例」を制度化するようなことを仰ってもいますが、もう少し現場を見るべきでしょう。

 

最低賃金

(長崎シリーズ、by T.M)

先週、玉木雄一郎という国会議員がこんな発言をしていました。 

Googleは就職の条件から大卒を撤廃する。AI時代、採用時の学歴、年齢、性別による差別禁止は当然。それと人生100年時代、これからは定年制の撤廃も不可避だ。私は高齢者就労を応援したい。そのためには、本人の同意など一定の条件の下、最低賃金以下でも働けるような労働法制の特例も必要だと考える。

選挙で国民から選ばれた方の発言ですから、何か深い意味のある提案だと思いますが、この発言を聞いて、ある老人の腰痛の災害調査をしていた時のことを思い出しました。その方は70過ぎて、近所のスーパーマーケットの清掃の仕事をされていた方で、こう話しをしていました。「年金が国民年金だけなので、月6万円しかもらえない。年をとっているので、最低賃金しかもらえない。」

もし、玉木議員が総理大臣になったら、この老人が「年をとっているので、最低賃金以下しかもらえない」と言うような社会を作るのでしょうか。それとも「雇用率が上がったので、最低賃金以下の仕事を2つ掛け持ちでしている」と言うような社会を作るのでしょうか。そろそろ、あの時の老人の年齢に近づいている自分としては、気になります。

私は、地方労働局の賃金課(最低賃金を決める部署、現在は「賃金室」となった)に勤務したことはありません。しかし、友人がその部署にいましたので、内情は聞きかじりで少し知っています。

最低賃金の決定について、その第一歩は「賃金構造統計調査」から始まります。これは毎年、春から夏にかけて行われるもので、全国の事業場の中から、業種・規模別に約5万から6万の数の事業場の賃金を調査するものです。この統計はかなりの予算をかけ実施するもので、地方労働局では臨時集計員を何十人も雇用し、企業1件1件から調査票を集計します。ですから、どっかの労働時間調査とはケタ違いに精度の高いものです。

この、統計調査を基に最低賃金額の「目安額」を決めるのですが、その方法は公表されてないそうです。私が噂に聞いた話では、「賃金構造カーブを正規分布で表現し、その低位の5%~10%を切り捨てた額」だったと確信はもてませんが記憶しています(間違っていたらごめんなさい)。

賃金課では、この目安額を基準に最低賃金審査会というものを開催します。審査会は、地元の労働組合の代表4名を労働者側委員とし、使用者側として地元の経済界から4名の委員、そして中立の委員として公益側委員を2名置きます。公益側委員とは、弁護士や新聞社の論説委員、大学教授の方々です。この委員会でが労働側委員と経営側委員の意見がまったくあわず、最後は公益側委員が双方をなだめる形で調整されるそうです。

さて、玉木議員最低賃金の特例許可についても発言しています。そのことを次回書きます。

 

労災認定

(T.M氏の長崎シリーズです)

今日はちょっと古いですが、今年の4月10日の毎日新聞の記事についてお話します。以前にもこのブログで述べた、「労災認定結果の公表」の件についてです。

 加藤勝信厚生労働相は10日、閣議後の記者会見で、裁量労働制の違法適用で特別指導を受けた野村不動産の男性社員が、過労死していたことを認めた。男性は過労自殺し、3月に報道で明らかになったが、加藤厚労相や厚労省はこれまで「個別の案件には答えられない」としていた。

 男性の遺族が5日、特別指導をした同省東京労働局などに「公表に同意する」という趣旨のファクスを送り、同省が可否について検討を進めていた。

 加藤厚労相は会見で「野村不動産に勤めていた従業員の方が過労死した。労災認定基準にあてはめて2017年12月26日に新宿労働基準監督署長が労災認定をした」と述べた。「自殺」については言及しなかった。 

この記事なんですが、ちょっと読むと「厚生労働省は、労災認定した被災者のプライバシーを守るために、労災認定があった事実を公表を渋っていた」と取れます。また、「自殺」かどうか伝えなかったのは、被災者を守るために必要なことであったと思います。

でも、それだけでしょうか。行政は労災認定したかどうかの事実を、会社側にも伝えないのが原則なんですが、それは少しおかしいことではないでしょうか。

私が監督官の現役だった頃、ある会社からこのように言われたことがあります。

「ウチの従業員から、『四十肩になったから休業する、ついては労災申請して欲しい』と申し出がありました。会社は、四十肩が何で労災なんだと思いましたが、監督署の判断に委ねようと思い労災申請しました。監督署の人が2回調査に来たので、時間を割いて調査には全面協力しました。3ヶ月たってもその従業員が出社して来ないので、労災認定の件はどうなりましたか監督署に尋ねたところ、『労災認定したかどうかは、会社には教えられません』と言われました。これって、おかしくないですか。ウチの会社は労災隠しをしたくないし、もしものことがあって従業員に迷惑かけてはいけないと思って、労災申請しているのに、労災があったかどうかを、労災隠しを取締る役所が教えてくれないなんて矛盾です」

私は、この会社の主張に全面的に賛成します。

過労死事件については、監督署がそのことで調査に来ても、労災認定結果については、会社には一切教えないので、遺族発表の新聞記事で初めて過労死が起きたことを知るということも起こりえるのです。

これって、被災者のプライバシーを守るという側面も確かにあるけど、何か、労使間トラブルに巻き込まれたくない(特に「不認定」の場合)といった役所の責任逃れの側面も大きいような気がします。