基準システム

(労働者死傷病報告書:今回はT.M氏の写真はお休みです)

最近何回か、労働基準監督署からの講演依頼があり仕事をしたのですが、今更ながらに、監督署の担当者と連絡が取りづらいことに苛立ちを覚えます。監督署では個人の電子メールが一切使用できないのです。これには理由があります。

私が在籍していた4年前までは、役所のサーバーを使用した個人のメールアカウントがありました。ところが、ウィルス事件が発生し、個人メールの利用が禁止されました。事件当初はすぐに復旧すると思われましたが、4年たっても元には戻りません。

これはデータを守るためには仕方がないことです。労働基準局には、凄いシステムがあります。これを職員は「基準システム」と呼びます。

20年ほど前にこのシステムが導入された時に職員は文句を言いました。立上げ時に、各労働基準監督署で使用していた「事業場台帳のデータ」を職員で入力させられ、業務量が格段に増えたからです。全部入力終わるのに2年くらいかかったでしょうか。

事業場台帳には、各事業場の「労災保険番号」「監督年月日」「過去の法違反の有無」「労災発生状況」「有害物・危険物の使用の有無及び、有の場合はその詳細」等が記載されていました。新しいシステムができた時に移行したデータは、「労災保険番号」「危険・有害情報」でした。だから、過去の監督記録を確認したい時は、「事業場台帳」を確認しなければならず、二重手間となり、それもまた面倒だったのです。

ところが、20年たって、色々なデータが蓄積されてくると、これは化物システムとなりました。最高に凄いのが「労災」に関するデータです。労災が発生した時に、事業場が監督署に提出する「労働者死傷病報告書」は、写真のとおり、そのままリーダー(読取機)にかければ、基準システムに入力可能なようになっています。これにより、労災データは、「事故の型」「起因物」「被災者の属性」「会社の属性」「労災発生場所(ただし、これは『全国』については、本省のみ。地方労働局は『都道府県レヴェル』)」「災害発生日」等から、あらゆる検索が可能となりました。当然、「and」「or」検索も可能です。また、ひとつの案件について、詳しく知りたいと思うなら、pdfとして保存されている「死傷病報告書」を閲覧することも可能です。

この20年間の労災データの蓄積は、もはや行政の財産ではなく、「国民の財産」「人類の財産」と呼んでもかまわないものだと思います。

今回は「基準システム」がいかに素晴らしいかを紹介しましたので、次回はその弱点について述べたいと思います。

 

再雇用監督官

(長崎シリーズ2、by T.M)

東京新聞の7月23日の朝刊にこんな記事が掲載されました。 

先月成立した「働き方改革関連法」に基づき、長時間労働の是正などを進める厚生労働省は、全国の労働基準監督署で企業を監督・指導する監督官を、本年度から三年間で五百七十一人増員する一方、労働者や遺族が請求する労災申請に対応する労災担当官を六百六十六人減らす大規模な配置転換を計画していることが分かった。すでに人手不足で労災認定には遅れが出ており、配転が進めば、認定業務にいっそう支障をきたす恐れがある。

 働き方改革関連法では、企業の違法残業などへの監視を強めるため、「監督指導体制の強化」を特に重視。野党の一部も賛成した付帯決議でも「法令順守を確保するための監督指導徹底が必要不可欠」として、監督官の増員を「政府の優先事項として確保」することが盛り込まれた。

 これを受け、厚労省は本年度から二〇二〇年度までを集中取組期間と定め、同法の趣旨に沿う形で監督部署を増強する大規模な配置換えを決めた。関係者によると、昨年度の監督部署の職員が千九百二十九人だったのに対し、二〇年度は二千五百人に増やす。その一方で、労災担当部署は昨年度は千九百六十六人だったのを、二〇年度には千三百人まで減らすとしている。

 国の公務員削減計画で、全国三百二十一カ所の労基署の職員はこの五年間で七十五人減る中、監督部署は百十一人増と強化されてきた。他方、労災申請では「仕事で鬱(うつ)病を発症した」など精神疾患が絡むケースが昨年度は十年前の約一・八倍と大幅に増加。精神疾患の場合、労災認定の判断は「八カ月以内」が目標とされるが、労災部署の人手が足りず、これ以上かかるケースが多々ある。

 厚労省の労働基準局は取材に対し「職員の配置については、一切コメントできない」としている。 

この記事に掲載されている詳細の数字については、本当かどうかは私は知りません。しかし、私の知りえる範囲の情報では、今年度から地方労働局の労災課に配置されていた労働基準監督官が、みな監督方面に配置換えされ、労災課が職員が急激に減らされて、残った職員が悲鳴を上げていることは事実です。

しかし、こんなことしなくても、地方労働局には現場に配置可能な監督官が多数います。それは、再雇用された元労働基準監督署長をはじめとした監督官たちです。平成22年度から、公務員は外郭団体に退職後すぐに就職することはできなくなりました。だからほとんどの退職監督官が再雇用で、現場とは離れた部署で働いている訳です。

なぜ、彼らを一監督官として臨検監督等をさせないか、理由は分かりません。まさか、元労働基準監督署長は偉いのだから現場作業はさせられないということでしょうか。私がその立場にいたら、喜んで臨検監督をするのですが・・・

もちろん、再雇用の監督官を全て現場に戻せという訳ではありません。半数は能力も意欲もなく、現場では使い者になりません。しかし、半数は自分の経験と能力を、第一線で生かしたいと思っています。この間、一緒に飲んだ再雇用の監督官は、「あー、建設現場に行きてえ」とぼやいていました。今でも、災害防止のため、足場のてっぺんまで登ることを夢みるそうです。

元労働基準監督署長は、現監督署長の下では仕事がしにくいというなら、労働局の直轄の元で臨検監督をしても良いと思います。

退職後再雇用された元労働基準監督署長が一匹狼となって、ブラック企業を摘発する。なんかハードボイルド小説ができそうな気がします。

 

退職代行?

(いつも写真を提供してくれているT.M氏が長崎出張したそうです。そんな訳でしばらく「長崎シリーズ」をします)

yahooニュースにこんな記事がありました。

「明日から会社に行かなくてOK!」――。こんな過激な売り文句が公式サイトに並ぶ「退職代行サービス」が、インターネット上で注目を集めている。 2017年春にサービスを開始した「×」のことだ。電話やLINEで依頼者の希望を伝え、料金を振り込むだけで、退職にあたっての会社とのやり取りを全て任せることができるという。なんと、「即日」での対応も可能だそうだ。

ため息がでそうな記事です。確かに、「勤務していた会社が暴力的で退職できない」という労働者はいると思います。でも、出社しないで欠勤したままずるずると辞めてしまった後に、最後の月の給料が払われないというトラブルを、私はいくつも知っています。

元々、賃金は本人に直接払いが原則です。銀行振込をする場合は、「労使協定」と「労働者との合意」が必要です。「労働者との合意」については、雇用開始時の労働契約書で証明することができますが、多くの会社は「労使協定」を作成していません。ですから、このような会社の「賃金の銀行振込」は違法だということになるのです。

退職を通知された会社が、「最後の給料は取りに来い」と労働者にいうことはよくある話ですが、それは労働基準法第24条の直接払いの原則で言えば当たり前のことになってしまうのです

私は、賃金不払い事件を主任捜査官として20件以上送致してきました。強制捜査(ガサ入れ)の指揮したことも何回もあります。多くは、「ハレノヒ」や「てるみくらぶ」のように倒産がらみの案件です。

前述のように無断欠勤のうえ退職(業界用語でこれを「ケツ割って逃げた」と言います)の末に賃金不払事件は、申告者がどうしても告訴するということで送検した1件だけです。検事に「どうしてこんなもの告訴受理した」と怒られました。即刻、検察庁は不起訴(不起訴理由「罪とならず」)としました。「銀行振込」でなく「直接払い」が原則なので、「会社が給料日に会社で支払うと通知しているのに、取りに行かない労働者が悪い」という理屈になってしまったのです。

もし、ブラック企業に勤務している方が、「恐くて退職できない」というなら、取るべき方法は2つです。1つ目は労働基準監督署と相談すること。2つ目はどこかの労働組合と相談することです。ただし、2つ目の方法を取る場合は注意して下さい。労働組合もピンキリです。本当に労働者のことを思い親身になって活動してくれるところもあれば、ただの金目当てのゴロツキもいます。そのへんの見極めは自分がしなければいけません。

(補足説明)

昭和50年2月25日付の通達・基発112号により、賃金の銀行振込について、「労使協定」が必ず必要とされていました。ただし、昭和63年に労働基準法施行規則の改正があり、それ以降は同規則第7条の2により「労働者の合意」だけでよいと考えるのが一般的です。

ただし、この昭和50年の通達はまだ生きていて、現在でも厚生労働省のHPや地方労働局のHPでは、「労働者の合意」と「労使協定」が必要とされています。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken02/chingin.html

 

働き方改革について(15)

(横浜橋商店街、by T.M)

3連休の2日目(昨日)に休日出勤しました。オフィスには、私以外誰もいなくて、朝9時から夕方6時まで、昼飯のお弁当を食べる時間を除き集中して仕事をしたら、1週間分の仕事が片付きました。

私が休日出勤したのは理由があります。私の勤務する職場では7~9月の3ヶ月に3日間の夏季休暇が取得できることを、先週事務の方から教えてもらったからです(もっと、前に教えて欲しかった・・・)。そんな訳で予定表をひっくり返しまして、9月の終わりを連休とすることにしたのですが、仕事のスケジュールが大分狂ってしまうので、早めに予定されている業務を終わらせるため休日出勤したのです。つまり、夏季休暇を取得するための休日労働です。(ちなみに、私は現在、残業代をもらえない立場です。)

しかし、これってなんか変ですよねと思っていたら、もしかして「働き方改革」ってこういうことかと思いました。

「働き方改革」はよく分からない概念です。「現代の日本の最大の問題は、少子高齢化。その問題に対処するためには、育児と介護を充実させなければならない。そのため、女性や高齢者の社会進出を求め、労働生産性を高める改革をしなければならない」とここまでは何となく分かります。でも、「だから高プロ制度」という論理展開が釈然としないのです。

ただ、自分が休日出勤していて、「働き方改革」というのは、「働き方」に「多様性」と「柔軟性」を求めることにより、「生産性を向上」させることかなのではないかと思いました。。これなら、「女性・高齢者の社会進出」「正規労働者と非正規労働者の同一労働同一賃金」は説明がつきます。ならば「高プロ」よりも流れてしまった「裁量労働制」のが相応しい気がします。

もっとも、こんな考えをできたのも、「予想外の夏季休暇3日間」という出来事があったから。長時間労働が常態としている職場では、「多様性」も「柔軟性」もある訳ないだろという意見も強いと思います。「働き方改革」を推し進めるに当たっては、過去の労働環境を原因とする「不信感」というものが、最大の障壁になるかもしれません。

 

最低賃金、時給「1198円」

(タンポポと八ヶ岳、by T.M)

東京都の最低賃金は「958円」ですが、ダブルワークをした場合は「1198円」となります。

と言っても何のことは分からない人も多いと思います。労働基準法第38条には次のように規定されているということです。

「労働基準法第38条 労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」

つまり、主婦の方が、朝8時から午後1時まで(5時間労働)、近所のパン屋さんで、最低賃金でパートタイムをしたとします。その方が、同じ賃金条件で、パン屋さんの仕事の後にクリーニング屋さんで、午後2時から午後7時まで(5時間労働)で働いたとします。この主婦の労働時間は1日10時間となり、1日の法定労働時間8時間を2時間オーバーするので、クリーニング屋さんは、残業時間の割増賃金2割5分を支払わなければならないのです。つまり、最後の2時間の最低賃金は「958円」でなく、「1198円」となります。

(注) 残業代を支払うべきは、後から労働契約を交わした事業主です( by 厚生労働省労働基準局長編「労働基準法コンメンタール」 )

因みに、私が現役の労働基準監督官をしていた時には、この条文を無視していました。だって、非現実的じゃないですか。2件目のパートタイム先にいって、「割増賃金支払え」って言えますか。この条文が一般的に知れ渡ると、現在「割増賃金」をもらっていない労働者が監督署の窓口に殺到する怖れがあります。それはとても解決困難な事案が多いと思います。

さて、「働き方改革」の話です。平成29年3月28日 働き方改革実現会議で決定した「働き方改革実行計画 (概要)」には、次のような記載があります。

「副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、 第2の人生の準備として有効。これまでの裁判例や学説の議論を参考に、就業規則等において本業への 労務提供や事業運営、会社の信用・ 評価に支障が生じる場合等以外は合理的な理由なく副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化。」

「労働基準法第38条」の法遵守の状況を無視して、こんなに簡単に副業を推奨してしまっていいのかと思います。また、「残業代」の件でなく、ダブルワークの労働者の過労死防止対策をどうするのかの問題もあります。何か、こういう話は後回し何ですよね。

もっとも、「働き方改革実行計画 (概要)」には、次のような記載もあります。

「(副業や兼業)の普及が長時間労働を招いては本末転倒。労働時間管理をどうしていくかも整理することが必要。ガ イドラインの制定など実効性のある政策手段を講じて、普及を加速。」

国会で、今までどのような議論がなされたのでしょうか?