監督官の虚像と実像(1)

(神戸の夜景、全国安全衛生大会での風景、by T.M)

 

先週のブログでお知らせした、中災防の「安全管理者選任時研修講師養成講座」で、地方都市の大企業工場の安全担当者と研修仲間となりました。その彼が、食事をしている時に言いました。「監督官って、とても偉いんですよね。」

その場には、自己研鑽のために研修を受講しに来ていた元大規模労働基準監督署の署長(現労働衛生コンサルタント)もいたのですが、この言葉を聞いた時に、思わず彼と顔を見合わせてしました。何か誤解があるようです。

その安全担当者は続けて説明しました。「工場に臨検監督に監督官が来た時にとても偉そうだった」と。私は、大規模事業場を臨検監督する時のやり方を思い出してみました。

- 次に述べる手順は、「通常」の臨検監督のものです。大企業の工場といえども、数年に1回は定期的に監督をします。もし、「定期的」ではなく「別の理由」で臨検監督する時は、まったく違った手順となります。ー

1 年間計画で、当該事業場を本年度の臨検対象と決める。年間計画は1月くらいから作成はじめ、3月末に完成し、4月から実施される。

2 臨検監督実施予定時期のひと月くらい前に会社に連絡。担当者(安全担当者、労務担当者)に来署してもらい、正式に臨検監督する日を決める。事前に用意してもらう書類を伝える。なお、当日の臨検は1日かかるが、弁当を持参するので昼食を取る場所を確保して欲しいと伝える。

本省は、「原則として事前通告なく臨検監督しろ」といつも言っていますが、下請け労働者を併せると、全従業員が万単位となる工場に、いきなり行って、「どこそこ見せろ」とか「何かの書類を見せろ」とか言っても不可能です。これは、大企業に遠慮している訳ではありません。物理的に難しいからです。ただし、次の場合を除きます。

① 「建設現場」 建設現場はどれだけ大きくても抜き打ちです。

② 「労働時間の調査を主目的とした場合」 この場合も抜き打ちです。労働時間だけの調査なら、「あれもってこい」「これもってこい」と言わずに労働時間のデータだけその時に調査すれば足ります。調査資料に不足なところは、後日改めて調査すれば良いのです。

③ 前述のように「別の理由」がある場合

- 続く -

 

 

研修

会社の命令で、昨日まで、日本の労働安全衛生の聖地、東京都清瀬市の「中央労働災害防止協会・東京安全衛生教育センター」で「安全管理者選任時研修講師養成講座」を受講してきました。行政にいた頃にも、こんな研修を受講させて頂いたことはなく、大変感謝しています。

このセンターは、労働安全衛生法が施行された昭和47年の翌年に開校したもので、延べ受講者数は10万人を超え、職長教育の講師(つまり、各事業場の労働災害防止の中核である「職長」の教育ができる人)の養成を始めとした、日本の労働安全衛生の中核の人々を送り出してきた機関です。

今回受講した講座は、受講者数12名で延べ5日間に渡るもので、毎日午前8時半から、午後7時まで授業があり、討論中心で2班に分かれ、「災害発生時に安全管理者は何をすべきか」等の実践的なテーマをディスカッションしました。最終日前日には講義修了後に課題が出され、夜遅くまでレポートを書きました(しんどかった)。受講生は、企業の安全担当の専門家が多く、たいへんレヴェルの高い研修だったと思います。

研修所の回りには何もなく、けっこう寂しい環境ですが、研修所備え付きの風呂が立派で、食事はおいしいので、研修所内で生活は完結しています(それだけ、研修に専念できるということ)。

5年前にり患したキラン・バレーの後遺症がまだ完治せず、足の神経に障害をもつ私にとっては、ゆっくりと足を伸ばせる大風呂はありがたく、入浴した後のビールがとてもうまく思えちょっとした湯治気分でした(ビールの自販機があり、近くにコンビニが有ります)。

しかし、講師の皆さまは、私より年上の方たちだったのですが、何であんなに元気なのでしょうか。多分、そこが聖地たる所以なのだと思いました。

 

解雇予告除外認定

(by T.M)

会社内部の同郷の者同士の飲み会で、A労働者が酔って後輩のB労働者をなぐってしまったところ、A労働者は全治2週間のケガを負い、翌日から会社を休業してしまった。トラブルの原因は、A労働者が日ごろB労働者のことを「年上を敬わず、生意気だ」と感じていたからである。

さて、この事件は「日馬富士」と「貴の岩」の話です。もし、この2名が「労働者」であった場合、貴の岩のケガは、労働基準監督署長は労災認定するだろうかと考えました。純粋に事業場外で行われた私的行為の飲み会のようですし、業務起因性はないと思いました。しかし、自分の判断に自信がなかったので某労働局の某署の現職の労災担当官に意見を尋ねました(彼は、変人ですが、こういう場合の判断は間違いません)。すると、意外なことに「これは、絶対に労災になる」と断言してくれました。なんでも、今の世の流れで、このようなケースは「労災」にしないとまずいらしく、PTSDが発症し治療が長引くケースもあるそうです。

労災認定の判断基準とは、膨大な「前例」の体系化であると考えれば、これは理解できます。そういえば、部下が上司を「刺し殺した」労災事件の災害調査を、私はしたことがあります(もっとも、それは業務起因する上司の言動が犯行の原因でした)。

こういうケースが「労災」であるなら、「事業主」は再発防止にどんな手段をとれば良いのか、難しいところです。

この事件を別の側面からも考えてみました。A労働者の「解雇予告除外認定」が事業場から申請されたら、自分としてはどう判断したでしょうか。

 (注) 解雇予告除外認定申請とは、労働基準法第20条に基づく申請。労働者を即日解雇する場合は、事業主は平均賃金30日分を労働者に支払わなければならないが、労働基準監督署長に、その解雇が「労働者の責によるもの」であることを認定してもらえば、それを支払わなくてよい。よく誤解されるのだが、この認定処分は、「解雇の妥当性」を監督署が判断するものではない。

これは、とっても悩むと思います。「酒の上のケンカ」であるのか「職場でのイジメ」であるのかの事実関係の特定がまずは重要です。そして、最後は被害者(B労働者・貴の岩)の「処罰への意見」を参考にして結論を出します。まあ、「本人同士が丸く治めよう」という気があれば有耶無耶にできる事案でもあります。

ここまで書いて、思いました。貴乃花の現役引退は2003年の初場所で、白鵬の入幕は翌年の初場所だそうで、すれ違いということです。名横綱2人の「土俵上での戦い」を観たかったと思います。

ブラック企業の逆襲

(by T.M)

足袋を製造している会社が、商品の社会的な需要の先細りに対応するため、スポーツシューズの製造販売を新たに行うこととした。主力商品の関連事業とはいえ、新規開発は困難を極め、社長は必死に努力するが、労働者には「長時間労働」を強い、その分の「残業代」さえ支払えなかった。そして、「残業代」のことが、経営者と労働者の間で話題になると、経営者はこう答えた。「それを払ったら、ウチはつぶれてしまう」 残業代未払いの労働者の多くは、ミシンを踏む工場の女性労働者であり、年配の女性労働者の一人は、業務との因果関係は不明だが、業務中に倒れてしまう・・・・

もちろん、これは日曜日の午後9時から放送されている、池井戸潤原作のドラマ「陸王」の中の主人公が社長である「こはぜ屋」の話です。こう書いてしまうと、改めてこの「こはぜ屋」は「ブラック企業」だなあと思います。次回からのドラマの展開は、いよいよライバルのスポーツシューズの製造販売の大企業(「A社」と呼ぶ)とのせめぎ合いが始まり、様々な嫌がらせがA社から受けるという展開になりそうなのですが、私なりに次回以降のドラマのストーリーを考えてみました。

「こはぜ屋」のシューズがライバルA社を圧倒する事実に、A社は妨害工作を考える。それは「労働基準監督署にこはぜ屋の労働基準法違反」を通報することであった。匿名情報を得た労働基準監督署は、予告なしで臨検監督を実施し、賃金台帳とタイムカードを押収し、違反を特定し、未払い残業代の遡及是正を社長に命じる。まさに、是正勧告書を交付しようとした瞬間、女性労働者(阿川佐和子が扮する者)を先頭に、その場に労働者がなだれ込んで来て、次々にこう述べる。「私たちは、残業なんてしてません。毎日、職場で夜遅くまでおしゃべりをしていて、帰りが遅くなったんです。」「労働基準監督署の調査なんて、私たちは誰も協力しません。」「私たちが誰一人問題にしていないのに、なんで残業代を社長が払わなくてはいけないのですか。社長は会社がもうかればボーナスをくれると言ってます。」

監督官は、若い男と初老の男の2人で来ていたが、若い監督官が、何か言いかけるのを初老の男は止め、次のように述べる。

「それでは今後は、気をつけて下さい。次はないです。それから過労死だけは気をつけて下さい」

(ここで、平原綾香の歌う、ホルスト作曲「ジュピター」が流れる。)

あれ、自分で書いていて、何かいいじゃないかと思えてきました。けっこうドラマになるんじゃないでしょうか。ついで、次のようなオチはどうでしょう。

A社の一室で、次のこはぜ屋への嫌がらせが画策されている時に、いきなり何人もの男たちが入ってくる。そして書類を翳して、述べる。「これは、捜査令状だ。労働基準法違反の疑いでここを捜査する。」

実はA社でも日常的にサービス残業が発生しており、従業員の一人が労働基準監督署に密告したのであった・・・

ドラマを観ながら、秋の夜長にこんなことを考えることは、私の小さな幸せです。

バイトのくせに・・・

(紅葉、by T.M)

「バイトのくせに」「バイトだから責任感がない」「所詮、バイトは」・・・

これは、先週木曜日に放送されたドラマ「ドクターX」の中で、主人公大門未知子医師に浴びせられた罵声です。

ところが、ご存知のように、手術をさせたら、この大門医師を超える医師は組織の中にはいません。そして、医師の技術だけでなく、「患者ファースト」の医師としての志も、大門氏は並の医師をはるかに凌駕します。(さすがに、この「志」の部分は、大門氏に匹敵する医師が、ドラマ中に何人かでてきますが、腕とハートを兼ね備えるのは彼女のみです)

ドクターXの脚本家の中園ミホ氏は、ドクターXの第1シーズン(2012年)に先立つこと5年前に、「ハケンの品格」というドラマを脚本し、放送文化基金賞を受賞しています。

このドラマの主人公は篠原涼子さんが演じていましたが、「無数の資格を持つ、時給3000円を超えるSクラスランクの女性派遣社員」という設定であり、物語はその主人公が組織の者を超える活躍をする話ですが、テーマはドクターXと共通しています。

また、中園氏は、NHKの討論会において、「過労死は自己責任」「派遣社員は幸せだ」「労働基準監督署は不要だ」と述べる経済同友会の幹事の実業家奥谷礼子氏に対し、「いま私、ここの間に深くて大きい川が流れているような気がしたんですけど」と述べ反論したことでも知られています。

来年のNHKの大河ドラマ「西郷どん」は、その中園氏が脚本を担当します。今から、とても楽しみです。