労働災害が起きました(3)

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(K氏からの頂き物です)

私は続けて尋ねた。
「いいかい。カメラは使えるか」
「大丈夫です。」
「言っとくけど、デジカメじゃないよ。フィルムだよ。使い方分かる?」

(注1) 災害調査の時に、長くデジカメは使用されなかった。もしくは,補助的な撮影器具ということで、あくまでフィルムカメラが主であった。これは、私が退職する寸前まで、裁判所がデジカメの撮影記録の刑事事件での証拠能力を認めなかったことによる。つまり、デジカメによる記録は、パソコンにより改ざんが容易なため、司法警察員が実施する実況見分にはフィルムカメラしか認められなかったものである。私の退職数年前になって、ようやくデジカメはその利便性により、災害調査に用いられるようになったものである。そのため、フィルカメラなんぞ見たことがないという世代は、その操作を苦労したものである。

その女性監督官が私に尋ねた。
「現場までどう行くんですか。」
「自転車だよ。私は最近クルマの運転はしていないんで、自信がないんだ。」
「あのー、良ければ私が運転しますけど。」
私は彼女の掃いている安全靴を見た。
「安全靴の運転大丈夫か。」
「大丈夫です。私は自分のクルマ持っていますし、宿舎までの引っ越しも自分のクルマでしました。」
「では、頼む」
そんな訳で現場まで、彼女の運転で行ったが、とても安全運転で、その技量は私をはるかに超えるものだった。
クルマの中で、私は彼女に尋ねた。
「カメラにフィルムを入れたか。」
「ハイ、大丈夫です。私、カメラは少し自信があります。それからデジカメも持参しました。署の検討会の時と局への報告にはそれの方が早いと思って。」
「デジカメも使ってくれるのはありがたい。後で加工もお願いする。」
「ハイ、私、webの開発をしてましたから、そういうの得意です。」
私はクルマの助手席に座りながら、この可愛くない新人を、今後どうやって教育していくのか、少し頭が痛くなりかけていた。

労働災害が起きました(2)

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(K氏から頂いたものです)

災害の情報は、消防署からもたらされた。
(注) 災害が発生し、救急車が出動した場合、労働基準監督署と警察署へ連絡がされる社会的システムが確立されている。
災害の内容は爆発事故。
なんでも、建設会社の資材置き場で、ガソリンが入れてあったドラム缶をガス溶断していたところ、爆発が起きたいうことで、被災者は2人だが、命に別状はないとのことだった。

私は、その時に物損だけの災害と判断した。
労働基準監督署では爆発事故は、被災者がいなくても、基本的にはすべて災害調査を実施することになっている。

監督署というのは、小さな組織で、災害に対応できる職員は4~5人程度、そして、災害調査には通常3人はどうしても必要。それは、カメラ1名、測定1名、作業指揮及び立会人からの事情聴取1人の割当てである。
私は、他に誰もいなかったので、その災害調査に4月1日に新監として配属されてきた、女性監督官を連れて行くことにした。彼女は、まだ任官1週間目であった。
私は彼女に、災害調査に行くから用意をするように指示したが、作業服はまだ支給されていなかったので、署に置いてあった中古のもので間に合わせ、作業靴もヘルメットも他人のものを借りた。。
私は、似合わない装備を身に着けた、新人の女性監督官の姿を見て、「ヤッパリ、1人で災害調査に行った方が良いのでないか」と考た。

私は、女性監督官に本日の災害調査の主旨をくどくどと説明した。
「いいか、本当は君をつれていきたくないんだ。会社に現場保存をお願いして、後で行くという方法もあるが、被災者のケガが軽いということなので、あまり仕事をストップさせのも悪いので、仕方なく君と一緒に今日災害調査をやる。足でまといになるなよ。君は、コンベックス(巻尺)の端をもって、私のいうとおりに動けばいいんだ。」
さらに私は続けた。
「監督官にとって、災害調査というのは、主な仕事の一部だ。この経験を必要とする業務に、入省1週間目で、私のような経験豊かな監督官と行くことは、ある意味、君の幸運だと思いたまえ。」
私はこの言葉を、後でとても後悔することとなる。

労働災害が起きました(1)

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(高校生時代からの親友のK氏から頂いたものです)

今回からは、災害調査について書きます。これも書くことはたくさんあります。

災害調査ということについては、血なまぐさい現場を想像して、たいへんな仕事をしていると思われるかもしれません。しかし、誤解される表現かもしれませんが、「死亡災害」及び「後遺症が残る災害」以外は、企業の存続にとって、あまり大きな影響を与えないので、災害調査自体もルーティンワークとなっている現実も監督署の現場では確かにあります。
(逆に言うと、「死亡災害」及び「後遺症が残る災害」が起きてしまうと、企業の致命傷となることが多々あります)。
よく、企業の安全担当者の中には、「昔、こんな事故がありました」と言って、軽い事故は武勇伝のように語る方もいます。もちろん、これは、その「軽い事故」を契機として、企業がより安全確保を求めたという結果について、自信があるための発言だと思います。
まして、物損だけの事故なんて、月に何十枚もの死傷病報告書を受理していたら、そのうち災害とは思えなくなります。
やはり、人間にとって、財産よりも健康が大切だと、つくづく感じるのは災害調査をしている時です。
(注) 労働者死傷病報告書とは、労働安全衛生規則第97条により規定された、企業から所轄労働基準監督署長に提出される災害発生を通知する報告書。労働基準監督署は、この報告書と労災の手続書類のから災害の発生を知る。休業4日以上の災害については、この書類の提出が企業に義務づけられるため、提出がない時は、「労災隠し」として刑事事件となることがある。労災隠しについては、今後書きます。

さて、事故の話です。
・・・・・・・・・・・・・・・

その災害情報の第1報が入ったのは、午前10時頃だった。
4月に入って間もない頃のことで、間が悪いことに監督署には私以外誰もいなかった。

ブラック企業とモンスター相談者(1-10)

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(M氏寄贈「東天狗岳」)

そろそろ、この「ブラック企業とモンスター相談者」の章を一度終了しますが、最後にもう一例だけ示します。

今年から雇用環境均等部となった旧雇用均等室には、セクハラの問題を担当する部署があります。(私のような旧い人間には雇用ナンチャラ室と言うよりは、昔のとおり「婦人少年室」と呼んだ方がしっくりするのですが・・・)

セクハラとは具体的にどんなことだということについて、厚生労働省等のパンフレットでは、事例として「身体を執拗に眺め回す」という行為を挙げています。

ある日、雇用均等室に二人の女性が相談に来室されました。お一人の方は中年で「上司」の方で、もう一人は若い方で「部下」ということでした。何でも、お二人の職場では、その上司と部下の間に、「主任」という職の男性職員がいて、仕事中に若い方を「嫌らしく眺め」、セクハラをしているということでした。会社としては、その「主任」をどう処分するかを検討中との相談でした。

その2人が雇用均等室に相談にきた日に前後して、その会社を管轄する労働基準監督署の総合労働相談コーナーに、ある男性が相談に来署しました。会社内部でイジメに会っているということでした。その男性は、「主任」という役職で、女性の上司と部下に挟まれた立場で、2人からいつも「気持ち悪い」と陰口を言われているそうです。あげくに、「目つきが嫌らしい」という理由で、処分されそうだということでした。

職場の中には、様々な人間関係があります。そして、事業主と労働者が「契約」という概念で結ばれた、民事的な関係もあり、さらにそれが刑事罰を伴うように法律で規制されています。行政の立場に身を置いていた時に、この「人間関係」と「契約関係」の相克に悩む人たちを多く見聞してきました。それを、今後も書いていこうと思います。

(取り敢えず、終り)

ブラック企業とモンスター相談者(1-9)

CA3I1075
CA3I1075

(M氏寄贈、「大菩薩峠」)

「店舗の閉鎖日に全額支払われることは本当でしょうか。」
「くどいですね。支払います。」
「では、お願いします。」
こうして担当者は帰って行きましたが、解雇予告手当(慰労金?)は退職日に全額、従業員全員に支払われたそうです。

後日、Y駅の地下街の関係者にこの会社のことを尋ねたところ、「何かしら、会社内部にゴタゴタがあって、急に撤退を決めたみたですね。」ということでした。この会社は、私は知りませんでしたが、上品なイメージを売り物にしているとのことですが、会社の体質なのか担当者の保身なのかは分かりませんが、ブラック企業には間違いありません。ブラック企業とは、労働者を使い捨てにしておいて、それを何とも思わない会社であると思います。

こんなブラック企業との遣り取りは仕事ですので、いくらでも対応しますが、モンスター相談者との会話はとても疲れることが多いです。
ある日、女性の方から電話がかかってきました。そして、次のような会話となりました。
相談者:「私は解雇されたんですけど、どうしたら良いでしょう。」
私  :「どうされたんですか」
相談者:「コンビニに勤めているんですけど、お客と接していると、何か不潔な気がして、一日マスクをしているんです。
それを知った店長が辞めろって言うんです。」
私  :「あなたが、風邪を引いていて咳をするから、マスクをしたということではないんですね・・・」
相談者:「違います。私は健康です。客が汚いんです。だからマスクをしてるんです。それを、店長はマスクを取らないなら辞めてくれって言うんです。こんな解雇の時はどうすれば良いんですか。」
私  :「え、でもそれは解雇ではありませんよ。」
相談者:「解雇ですよ。あなたは何を言うんです。他の人は解雇だって言っていました。ふざけないで下さい。」
(相談者の言葉がきつくなり、ヒステッリックになる。)
私  :「・・・・・(無言)」
私は心の中でこう思いました。
「あなたに、コンビニ勤めは無理です。」