長時間労働規制の問題点(12)


(大宮動物公園で撮影、by T.M)
私は、「名ばかり店長」の問題で、頭が混乱してきました。私の法知識では、この問題の次の矛盾点について、回答を得られなかったのです。

私の悩みとは次のようなものでした。
「残業には命じる者(使用者・管理職・店長)と命じられる者(労働者)がいる。36協定とは、使用者と労働者の協定である。名ばかり店長(A氏と呼ぶ)は、店舗で締結する36協定では、使用者として署名押印する。しかし、彼も本社命令で残業する者である。それならば、彼はどのようにして36協定の労働者側の1名となることができるのだろうか」

私はこの疑問を、ある会議の時に本省の担当官に尋ねたことがありました。ところが、その担当官は私の疑問に対して「そんなことは、たいした問題ではない」と答えたのです。担当官は日々の仕事に忙しく、そんな疑問には付き合ってられないという様子でした。

私の疑問について、回答のヒントをくれたのは、当時私と激しくやり合っていた、ある企業の顧問弁護士でした。その会社は私が交付した是正勧告書に反発していたのですが、後に私が自分の間違いに気づき謝罪しました。

私は、その会社のある支店について、36協定が締結されていないことを指摘したのですが、その会社は「本社で従業員代表と36協定を締結しているから、支店では必要ない」と言ってきたのです。相手は大きな会社でしたので、私は、社会的な評判を気にするであろう会社がなぜ法違反をすると思って、何度も会社の担当者及びその顧問弁護士と話し合いました。

長時間労働規制の問題点(11)


(大宮動物公園で撮影、by T.M )

労働者が積極的に支持しない過半数労働組合が締結した36協定をもって、残業規制をすると言われても、当事者である労働者は所詮は他人事としか思わないのでしょう。
もっとも組合に言わせれば、「そのように大切な協定なんだから、もっと興味をもってくれ」ということになるのでしょうが。

さて、36協定による時間管理の問題点について、「労働者の過半数を代表する者が適正に選任されていない可能性があること」「労働者の過半数を代表する者が、個別労働者の意見を反映していない(できない?)可能性があること」の2点を挙げました。この2点については、今までも多くの方が指摘してきたようです。
私は、この2点以外に、もうひとつ、自分が在職中に気付いた問題点を紹介します。
それは、「適用事業場の概念が、時代に合わないので、適用事業場単位で締結することが前提の36協定は意味がない」ということです。

私が、このことに気付いたのは、「名ばかり店長」の問題を考えた時です。その問題が数年前にクローズアップされました。
小売店の店長等は、通常は「管理職」として取り扱われ、残業代が払われずに、一定額の管理職手当を支給され、時間管理がされないものです。
ところが、確かにその店舗のNo1の地位(店長)にいて他の労働者へ残業等の指揮命令はしていても、実は本社から自分も時間管理されているといった労働者の労務の実態が問題となったのです。このような方は、残業を何時間しても、一定額の管理職手当しか支払われてなく、しかも店舗のトップであるがゆえに過重労働が当たり前でした。

どう考えても、その店長は一般労働者としてしか思えませんでした。

長時間労働規制の問題点(10)


(大宮動物公園で撮影、bu T.M)

現在、労働組合の組織率が下がっているそうです。
労働組合の幹部の方々は、非常に努力されていますが、なかなか組合員がついてきてくれないのが現状だそうです。

労働組合活動が激しかったのは、当然戦後の1950年代から60年代ですが、私が監督官になった当時も、今ほど衰退していなかったと思います。
やはり、機運が高かった当時、メーデー(5月1日)を正式に国民の祝日にしておかなかったことが悔やまれます。
そうすれば、必然的に4月30日と5月2日も休みになるでしょうから、4月29日から5月5日までの大型連休が毎年出現していた可能性もあります。

このように、労働組合活動が衰退した原因は、やはり経済成長が限界を迎えていることが原因でしょう。組合員の格差が広がり、組織の中で恵まれている人とそうでない人の差が組合活動で埋まらないとしたら、組合員は組合に期待しなくなります。
組合としても、業績の悪化やそれに伴うポストの減少は、極めて経営の問題であるので、どうしようもないのです。

また、非正規労働者の増加も労働組合の活動の低下の一因となっているようです。
正規職員だけ会社にいるうちは良かったのですが、非正規労働者が増えてくれば組織率が下がります。それでは、非正規労働者を組合に加入させればよいという発想になりますが、会社に何年も勤務している正規職員と、急に入社しきてきた非正規職員では、あまりに労働条件の差が激しく、同じ組合員としては共闘できません。もし、同一組合としたら、組合が会社に要求する事項は、すべて非正規職員に関するものばかりということになってしまいます。

長時間労働規制の問題点(9)


(大宮動物公園で撮影、by T.M)

大きな組織の中で個人が孤立するといったことも、問題ですが、実は小規模事業場での「就業規則」と「36協定」の件についても、また問題なのです。

事例を挙げます。女性従業員3人が働く、小規模事業場の話です。
2人が正社員で、何年も前から働いていて、1人はパートタイマーで3ヶ月前から働いている人です。
その会社は従業員10人未満ですから、法的義務はないのですが、就業規則は適正に作成されていて、残業の項目が明記されていました。そして、正社員との合意のもとで36協定が締結されていました。
パートタイマー(Aさんと呼ぶ)には、労働契約時に社長さんから「業務の都合により時間外労働命じることがある」と記載された契約書が交付されましたが、彼女は「家庭のことがあるので、あまり残業はできない」と答えました。それに対し、社長は「考慮しようと」返答しました。
Aさんが入社して、3ヶ月目くらいして、社長から「1日2時間残業するように」と命令され、Aさんは「できません」と答えました。すると、社長さんは「嫌なら辞めてくれ。本当は解雇もできるのだが、それは君のために勘弁してあげる。当社は就業規則も36協定もしっかりしているから残業を命令する権利はある。今は年度末で忙しいんだ。」と説明したそうです。

Aさんは、結局その会社を辞めることになりましたが。納得はできませんでした。Aさんは、正社員の女性2人と仲が悪かったため、告げ口により辞めさせられたと信じ込んでいました。しかし、この場合の「残業拒否」は確かに、「正当な解雇理由」となってしま可能性が高いのです。
(補足)会社が「解雇」したのでなく、Aさんの「自主退職」でしたが、社長さんは、支払う必要がないのに、「解雇予告手当の金額」と同じ「ひと月分の賃金」を「慰労金」の名目で、Aさんに支払いました。もしかしたら、社長さんは、Aさんの主張のとおり「後ろめたく」思っていたのかもしれません。