コロナと労働法規

(ポルシェカレラカップのレーシングカー、by T.M)

(NHK 5月19日の放送より)

「接種しないなら退職を」「打たないなら別居を考える」

ワクチンを接種しない人たちが浴びせられた声です。ワクチン接種が進む中、「早く打ちたい」という声が目立つ一方、持病やワクチンへの不安などから接種しないという人たちもいます。接種の判断は個人に委ねられていますが、一部で接種しない人たちを否定するような事態も起きています。

兵庫労働局によると、看護師がワクチン接種を断ったところ、勤めている病院から自己都合退職届の書類にサインするよう迫られたということです。さらに、サインしなければ、自宅待機となり賃金も支払わないと伝えられたといいます。このほか兵庫労働局には「ワクチン接種を拒んだら職場の上司から批判された」といった相談も寄せられているといいます。

昭和の時代から平成の初めの頃だったと思います。監督官である私は、ある事業場から相談を受けました。会社が実施する定期健康診断を1人の労働者が受診拒否しているとのことでした。その労働者は次のように話したそうです。「会社を信用していないから、自分の健康診断結果を会社に見せたくない」

私はこの相談に驚きました。当時の私は、(主に零細企業にですが)片っ端から「定期健康診断を実施していない法違反」を是正勧告していたからです。企業の中には、是正勧告を拒否するところも多数ありました。なかでも、零細な飲食店や地方都市の地場産業等は抵抗が強かった思いがあります。「なんで、ウチが従業員のための健康診断費用を出し、検診時間を営業時間内に設けなければいけないのだ」ということです。ようするに、経済的な理由です(労働者の福祉のためになんぞ金をつかいたくないという訳です)。

このような事業場相手に、監督署は「送検するぞ」と脅かしながら健康診断を実施させてきた訳です。私はそれが労働者のためになると信じていたからです。それが、「健康診断を受けたがらない労働者もいる」ということにショックを受けたのです。

私はその時に、企業が実施する健康診断について、少し考えて見ました。

  • 法律で、健康診断について事業主に実施義務及び労働者に受診義務(労働安全衛生法第66条第5項)を負わせている。
  • 大企業や中小企業では、定期健康診断はほぼ実施されているが、零細企業では実施されていないところも多い。
  • 定期健康診断により、リンパ腫等のガンの初期症状を発見するケースもある(ただし、多くのガンについて、定期健康診断での発見は期待できない)。定期健康診断により大きな効果が得られるものは、生活習慣病についてである。生活病対策を行うことで脳・心臓疾患対策となる(つまり、定期健康診断は3大死亡要因である、脳疾患・心疾患対策について有効だということです)。
  • このように労働者についてメリットのある健康診断であるが、嫌がる労働者もいる。それは主に、企業による個人情報の取扱いについて不信があるからである。

以上のようなことを考えて、「労働者が検診を拒否している」という事業主に対し、次のようなアドバイスをしました。

「労働者が受診しなければ、会社の法違反となってしまう可能性がある。だから、受診拒否の労働者については、会社側が就業規則に従って懲罰する権利がある。だが、それをストレートに労働者に伝えるより、会社は個人情報保護について気を遣っていることを労働者にアピールする方が良い」

さて、健康診断の問題については以上のような取扱いで良いと思うのですが、冒頭の「ワクチンの接種」については、労働基準監督署はどのように考えればいいのでしょうか。法的な健康診断と比較し、これもまた少し考えて見ました。

  • ワクチンについては法令に何も定めもない。
  • ワクチンの有効性については、「有効である」可能性が高い。
  • ワクチンの「副作用」については、可能性は低いが否定はされていない。
  • ワクチンを受ける受けないは個人の自由である。個人の中にはワクチンを拒否する者もいる。
  • ワクチンを受けたことで感染を防止することができるのなら、職場内でクラスターを発生させないようにする義務がある職場(特に、介護・医療現場)で、職員にワクチン接種を求めることは当然のことである。
  • ワクチンを受ける受けないは個人情報である。しかし、「ワクチンパスポート」という言葉に代表されるように、今後「ワクチンを受けた者だけ入場可」という措置も一般化されるなんてものもでてくる可能性が高い。報道によるとアメリカではコンサートの入場については、それが当然のように行われている。

このような状況を踏まえると、企業が労働者について「ワクチン接種を奨励すること」及び「ワクチン接種の有無」を労働者に「確認すること」は可能な気がします。

それに対し、どう答えるかは個人の自由です。

答えを拒否した労働者に対し何の懲罰も会社は与えることはできないと思います。ただし、ワクチン接種の有無の確認ができないため、「職場の安全を考慮し、××の仕事から外す」ということは可能なような気がします。

これは、あくまで現段階における私個人の見解ですが、なんか今後揉めそうな問題だと思います。