(続き)
S次長の権幕に気が飲まれたのか、男達は口を開かなかった。すると、Y監督官がS次長に、言いづらそうに話した。
「今回の事故は職長の見回りミスということもあって・・・」
そのY監督官の言葉を聞いて、一番威張っていた男が勢いづいて話した。
「そうです。今回の事故の原因は、現場作業員のミスです。」
私の隣のA女史が舌打ちした。
「あの馬鹿!」
私もY監督官のことをそう思った。
S次長が腕組をしながら答えた。
「なるほど、現場作業員のミスで今回の事故が起きたということですか。会社は一生懸命事故防止に努めたのに、現場作業員が台無しにしたということが、あなた方の結論ですな。」
S次長は、4人の男を睨みつけながら続けた。
「それは悪い作業員ですな。けしからん奴ですな。そいつがいなければ今回の事故は起きなかったという訳ですな。分かりました。ところで、その現場作業員の懲戒解雇の日はいつですか、教えて下さい。」
「えっ」
S次長の言葉に男達は驚いたようだった。
S次長の言葉がひときわ高くなった。
「当たり前だろ。被災者はまだ意識がもどらず寝たきりだ。作業員が原因で事故が起きたというなら、そこまで覚悟ができてるんだろ。その作業員相手に民事裁判はやるのか。刑事告発はするのか。」
数十秒の間の沈黙の後でS次長が口を開いた。静かな口調だった。
「被災者はまだ意識がもどらず寝たきりでいます。そんな事故の原因がどこにあったのか、どうしたら2度とその事故を起こさないですむのか。元請けと現場がもう1度検討して下さい。
労働基準監督署はそのことでしたら、いつでも、何度でも相談に乗りますから、私のところに来て下さい。
労働基準監督署があなた方と話すことは他には何もありません。
事故のことで、労働基準監督署に謝罪するなんてことはしなくていいです。謝罪なら被災者にして下さい。
よろしく、お願いします。」
S次長は頭を下げた。4人の男達は立ち上がると、後ろに控えていた男達を連れて黙って出て行った。
私はA女史に言った。
「終わったようですね。でも、今後どうなるんだろ。」
A女史は答えた。
「さあ、向こうも大人だから、もう一度再発防止措置を考えてくるんじゃない。」
「でも、S次長大丈夫かな。少し、ケンカ腰過ぎたようだけど。」
「大丈夫よ。ほら」
と言ってA女史は入り口の方を示した。
先ほど、4人の後ろに控えていた作業服姿の男の中の一人が、何か忘れ物を取りに来た様子で戻ってきた。
そして、S次長に向かい深々と頭を下げて一礼すると、何も言わずに事務所を出て行った。
(終わり)