ひどい是正勧告書

(秩父高原牧場、by T.M)

私が現在所属している組織では多くの労働安全コンサルタント・労働衛生コンサルタントが働いています。そして、企業から労働安全衛生の色々な相談を受けます。その中には、自分たちの工場の労働安全衛生について、どこが悪いのか直接工場来て観て診断し、報告書にまとめてくれというところもあります。これを「安全診断」と言います。

私は、その「安全診断」ということについては、けっこう売れっ子です。コロナ禍がおさまってから急に仕事が増えまして、現在は1週間に1度は、どこかの事業場に診断に行っています。

私たちの組織へ安全診断を依頼する企業というのは、どこかに問題を抱えているとことが多くなります。直近に大きな労災事故が起きたとか、小さな労災事故だけど連続して起きているので、今度大きな事故が起きるのではないか心配しているといった企業です。

そんな企業の工場等に行きますと、私たちの組織より先に労働基準監督署が災害時監督等を行っているケースも多く、労働基準監督官が交付した是正勧告書を目にする機会もたくさんあります。

そんな是正勧告書を読ませてもらうと、そのレヴェルの低さに唖然とすることがあります。臨検監督から何か月もたってから是正勧告書を渡したり、本来自分たちで判断しなければならない業務を、「外部機関」(例えば、私の所属する組織)に丸投げしてしまうことがあります。

最近見た、是正勧告書の中でも、滅茶苦茶にひどい是正勧告書の事例をご紹介します。その勧告書は次のような事故が発生した後で交付されたものでした。

A会社は機械部品の卸会社である。A会社の倉庫の中ではB会社という「構内下請け」があり、出荷前の機械部品の微調整のための加工を行っていた。B会社の従業員Xが工作機械を使用していて、「安全カバーが設置されていない回転軸」に腕を挟まれ負傷した。工作機械は元請けA会社の所有物です。

(注)この事故は実際あった事故について、「業種」や「発生状況」を変えアレンジしたものです。

A会社を管内に持つ、労働基準監督署の監督官は、この事故に対し、次のような措置をしました。

  • 元請けA会社に労働安全衛生規則第101条違反の是正勧告する。この法違反は、「回転軸に安全カバーをしていなかった」ことを指摘しています。
  • A会社に労働安全衛生法第29条違反の是正勧告する。この法違反は、「構内下請けに対し、安全対策を指導していない」ことを指摘しています。
  • 構内下請けB会社にたいしては、何の措置もしていない。

このブログは、けっこう現役の監督官が読んでくれているようですが、この措置についてはどう思われるでしょうか。そうです、上記のような災害では、通常は次のような措置となります。

  • B会社に労働安全衛生規則第101条違反の是正勧告。(安全カバー)
  • A会社に労働安全衛生法第29条違反の是正勧告。(元請けの下請けへの指導)

ようするに、下請けB会社の労働者が、機械の不具合で災害が発生したのだから、機械の不具合を直す義務は、あくまで下請けB会社にあり、元請けA会社はその手伝いをするという論理です。

では、すべての場合に元請けA会社に「安全カバーの設置義務」がないかというと、そうではありません。実は、「下請けB会社」というのは実は「偽装請負」であって、被災者Xは元請けA会社から直接指揮命令を受けている、「事実上の派遣労働者」であるというケースがあります。この場合は次のようになります。

  • 元請けA社に労働安全衛生規則第101条違反を指摘する。偽装請負B社については、何も措置せず、場合によっては、「派遣事業の適正化」を目指す、労働局需給調整事業課に連絡する。

ようするに、前述の事故の場合は、「元請けA者に労働安全衛生法第29条違反、下請けB者に「労働安全衛生規則第101条違反」か「B社の偽装請負の実態を解明したうえで、元請けA社に労働安全衛生規則第101条違反を指摘する」しかなく、今回のように「元請けA社のみに、労働安全衛生法第29条違反、労働安全衛生規則第101条違反を指摘」することは論理的にありえないのです。

「誰が工作機械の安全措置の義務者であるのか?」これは、労働安全衛生管理の基本的な問題であります。今回、私が問題としている是正勧告書を交付した監督官は、その基本的なことがまったく分かっていなかった訳です。さらに言うと、この監督官は「請負」「派遣」「偽装請負」の区別がまったく分かっていないことになります。

事業場の方に伺うと、勧告書を交付したのは「若い女性監督官」であったということです。経験未熟な者がこのような間違いをすることは仕方がないことですが、それをフォローするのが組織。この是正勧告書交付後に、監督署からは何の連絡もないということですが、それもまた、おかしなことだと思います。

ワタミ、再び

(秩父の山並み、by T.M)

居酒屋「ワタミ」の長時間労働の問題については、過去に何回かこのブログでも取り上げてきました。週刊文春でまた記事がでたようなので、それについて書きます。

「週刊文春」11月25日号

大手外食チェーン「ワタミ」の執行役員が、社員に対し、労働基準法で定められた残業時間の上限を超える労働を求めたと受け取れる発言をしていたことが、「週刊文春」の取材でわかった。社内ネットで配信された動画を入手した。(略)

 その宅食事業のトップである宅食事業本部長に10月1日付で起用されたのが、執行役員の肱岡彰彦氏だ。

 10月の最終週、全国で数百名いる「ワタミの宅食」営業所の所長に向け、社内ネットで1本の動画が配信された。「週刊文春」が入手した動画によれば、肱岡氏は以下のように語っている(音声のみ公開)。

肱岡「11月の残業が増えるということは……増えるということは問題がありませんし、逆に言うと、増やして下さい。で、必ずいま述べたような施策を、必ずやるというふうに考えて下さい」

 労働基準法で定められた残業時間の上限は原則的に月45時間だが、次のように続けた。

肱岡「残業に関してはですね、会社の考え方として、残業は必要に応じてして下さい、というスタンスですけれども。ただし皆さんの健康を考えて45時間というのを目安にしてます。ですから45時間というのを一つの目安として、上長とご相談をしてみて下さい。ただ11月はですね、強化月間ということで、45時間を超えるということがあってもいいというふうに考えてます。どうしても労働基準法に触れるので80時間というのはできませんけれども、45時間超えるということも、会社としては構いませんので」

そして、動画の最後はこう締めくくったのだった。

肱岡「一番の優先順位を営業活動にすると。残業守る、ということじゃなく、営業活動するということを最重要に考えて頂いて、11月、頑張って下さい」

「週刊文春」は、この部長の発言を受けて、「ワタミは過去に従業員を過労死させ、それ以後も長時間労働を従業員に行わせ監督署からの是正勧告を受けているのに、さらに今回法違反を従業員に行わせようとしている。ひどい会社だ。」という印象を読者に与えようとしているのだと思います。

でも、あえて言います。この部長の発言は法違反ではありません。

なぜなら、「特別条項付き36協定」を労使間で締結すれば、ひと月45時間以上の残業は可能だからです。

「11月はですね、強化月間ということで、45時間を超えるということがあってもいいというふうに考えてます。どうしても労働基準法に触れるので80時間というのはできませんけれども、45時間超えるということも、会社としては構いませんので」

この本部長の発言は、かえって本部長が正確に労働基準法を理解していることを示しているように思えます。引用はしませんでしたが、上記の「週刊文春」の後半の記事ではワタミ本社もそのように回答しています。

(注)でも、11月は厚生労働省が提唱する「ゆとり創造月間」なのに、ワタミでは「強化月間」。完全に、厚生労働省にケンカ売ってます。

問題は、「売り上げを伸ばすためには、社員が長時間労働をすれば良い」このよう考えをこの会社がしているこです。

10数年前に起きた、横須賀労働基準監督署管内の「ワタミ」の過労死事件について、被災者は午前3時まで働き、「早朝研修」に午前7時から研修に出勤させられることもあったそうです。バカバカしいです。そんな研修して何の意味があるでしょうか?会社の目的とするところは、「利益の確保」であって、長時間労働ではないはずです。

最近、私はこんな会社に出会いました。産業廃棄物の集配業ですが、徹底したペーパーレスを実施したところ、伝票がなくなり業務が効率化し、利益が数倍となりました。また、私の専門の労働安全衛生でも多大な成果を挙げています。私は、この会社の事例を安全衛生発表会で積極的に宣伝していくつもりです。

ワタミ株式会社(本社:東京都大田区)も、自らのプレスリリーフでは、経済産業省と東京証券取引所が実施する「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2020」の「DX注目企業2020」に選定されたそうです。しかし、「利益の確保」の手段が、「長時間労働」しかないのであるなら、それは完全にDXに逆行する発想であり、「ワタミ」の将来が心配になります。

元請けの安全管理

私の親友である、某地方労働局安全専門官T.M氏から、秋の便りが届きました。

紅葉狩りに栃木県の瀬戸合峡、 川俣湖に行ってきたそうです。(人々は、コロナ生活に戻りつつあるようです。

まとめて、掲載します。

朝日新聞・11月4日

住宅建材大手の東リ(兵庫県伊丹市)の工場で建材の製造などを行っていた労働者が、「偽装請負」の状態で働かされていたと訴えた訴訟の控訴審判決が4日、大阪高裁であった。清水響裁判長は、偽装請負には当たらないとした一審・神戸地裁判決を取り消したうえで、同社と直接の雇用関係にあると認め、未払い賃金の支払いを命じた。

 2015年施行の改正労働者派遣法で、偽装請負の場合、派遣を受けた企業側が労働者に直接雇用を申し込んだとみなす「みなし制度」が導入された。このみなし制度を適用した今回の判決は、企業の雇用形態について、改めて見直しを迫るものとなりそうだ。

 原告は東リから業務を請け負っていた会社の社員だった5人。東リの工場で建材の製造や検査をしていた。17年に両社の契約が終わり、業務は別の人材派遣会社に引き継がれたが、5人は解雇されたため、東リと直接の雇用関係があることの確認を求め、提訴した。

労働基準法を扱っているコンサルタントとしては、これは大きなニュースです。今後も、このようなケースが増えるのではないでしょうか。

「業務請負」から「派遣会社」に業務の形態がシフトした訳ですが、この前後に工場内の指揮命令方法が変わってなければ、そもそも最初の「業務請負」についても、元請会社の職員が請負会社の労働者に直接指示をしていたのではないかと思えます。そのような事実が明らかになったので、今回のような判決になったのでしょう。

働く人にとっては、非常に良い判決だと思うのですが、元請けが偽装請負を疑われるのを嫌がって過度に神経質となり、安全管理の現場では非常に困ってしまうことも起きいます。例えばヘルメットです。

建設現場でヘルメットをしていない労働者がいたら、元請は厳しく叱責し、場合によっては出入り禁止とします。これは元請けの工事現場における安全衛生の統括管理に係る権限が労働安全衛生法によって明確に規定されているからです。ところが工場等の製造業の現場では、元請けにその「統括管理」の権限がありません。ですから、「ヘルメットをしなければならない、天井クレーンが使用されている工場内において、ヘルメットをしていない下請け労働者を元請け職員が現認しても、『直接指揮』することがためらわれて見過ごされてしまう」という現象が起きているのです。

特に深刻なのはフォークリフトの使用時においてです。フォークリフトは製造の現場等によく使用されていますが、同じフロアでの作業員との接触事故が常に危惧されています。ところが、フォークリフト運転手と作業員が違う下請け会社に所属している場合等について、元請けが両者に「直接指揮」ができないとめ、両者の話し合いによる解決しかなく、無秩序になっている現場があるのです。(逆に言うと、元請けが「直接指揮できない」を言い訳にして何もしていない)。

それでも、製造業の工場はまだましです。「建設業」の現場ほどではないにしても、まだ、「下請けを含めた安全衛生協議会」を作る義務等を含めた、「統括管理」の労働安全衛生法上の義務があるからです。

無法状態なのが、大手インターネット通販会社の倉庫内業務です。大手インターネット通販会社のなかのピッキング作業等は、どこまで大手通販会社に安全管理の責任があるのか、または管理をまかされている大手運送会社に責任があるのか、個々の運送会社や業務委託会社に責任があるのか判然としません。そこでその倉庫内では事故が絶えない訳です。

一応、労働安全衛生法第29条では、元請けが請負会社を指導するように規定されていますが、この条文は「罰則」がないもので、どこの会社も守らないのです。

この労働安全衛生法第29条の規定と、「元請けが直接指揮をすることによって生じる偽装請負の可能性」は、今後検討されなければならないものです。しかし、現実に事故が多発している現実において、「労働安全衛生」の互いに声かけ等については、「直接指揮」や「パワハラ」に該当しないでせっきょくてきに行うという風潮になってほしいものです。

JR西について

(山中湖、by T.M)

11/6 読売新聞

JR西日本岡山支社の男性運転士が、1分間分の未払い賃金「56円」の支払いを求め、岡山地裁でJR西と訴訟で争っている。回送列車の入庫作業の1分遅れを理由にした賃金カットに対し、運転士側は「ダイヤへの影響はなく、会社に損害も発生しておらず、不当だ」と撤回を求めた。JR西は「遅れた1分間は働いておらず、カットは妥当」と真っ向から対立している。

 訴状などによると、男性運転士は2020年6月18日朝、JR岡山駅(岡山市北区)で回送列車を車庫まで移動させる作業を担当。しかし列車の到着を待つホームを間違え、駅まで運転してきた運転士との引き継ぎ作業の開始が指定時刻より2分遅れた。その結果、発車が1分遅れ、入庫完了も1分遅れた。

 これを受け、JR西は当初、「乗り継ぎが遅れた2分間は労働実態がない」として、男性運転士の7月分の月額給与の2分間分85円をカット。運転士は岡山労働基準監督署に相談し、JR西は労基署から是正勧告を受けたが、全面的には譲らず、最終的に発車が遅れた1分間分をカットした。

 久しぶりに唖然とした新聞記事を読みました。JR西の行為はおかしいとしか言いようがありません。いったい何がしたいのでしょうか?

 まず最初に申し上げたいのが、もし、この新聞記事が「事実なら」、そして「労働者の怠業等の重要な事実が報道されていない」かぎり、これは「賃金不払い」であり、労働基準法第24条違反です。会社側は、「それは、裁判所が判断することだ」と主張するでしょうが、私は元労働基準監督官であり、特別司法警察員として何十回も賃金不払い事件を送致した者のプライドをかけて、そのことを申し上げます。また、労働基準監督署が是正勧告書を交付したということは、現役の労働基準監督官も私と同じ意見なのでしょう。

労働者とは、「時間的・場所的拘束をうけ、事業主の指揮命令下」にある者をいいます。この労働者は、賃金カットをされた時間帯には、その状況にありました。「違うホームで待っていた」ことは、「労働をしていない」ことではなく、「間違った労働をしていた」ということになります。もし、この時間が「賃金が支払われるために時間ではない」と言うのであるなら、事務員の仕事を例に挙げるなら「誤って、目的としない書類をコピーしてしまったなら、その時間は労働時間でない」という理屈も成立してしまいます。

 この件については、「賃金カット」するよりも、まだ次のようにした方が筋が立ちます。

1 列車が遅れてしまい損害が起きたので労働者に弁済を求める

2 労働者が、ヒューマンエラー防止対策である指差し呼称等を怠ったことで今回の列車の遅れが発生した。労働者に対し就業規則に基づく懲罰規則を適用し、減給制裁とする

この2つのケースでも会社側は裁判で負けると可能性は高いと思います。しかし、この2つのうちどちらかの理屈を会社側が選択していれば、今後監督署をはじめとする行政機関が介在する余地はなくなります。今回は、「賃金カット」を選択したので、刑法の特別法である労働基準法違反として、刑事事件にまで発展することが想定されます。

また、これは、法律の問題では無いのではないかとも思えます。労働者1名の「56円の賃金カット」を行うための人件費等を考えたら、会社が何の目的のためにこんなことを行うのか、本当に疑問です。JRは30数年前の「国鉄分割民営化」の後遺症からか、労使関係がギクシャクしているという噂を聞きますが、今回の件はなんか「会社側が意地になっている」ような気がします。もしそうなら、それはとても残念ですし、会社にとって実害もあることのように思えます。

大事なことは、「ヒューマンエラーを原因とする列車の遅延をなくすこと」。そのための対策として、会社が考えたことが「1分間の賃金カット」だとしたら、あまりに悲しい。

さて、監督署は今後どう動くのでしょうか。例え「少額の賃金不払い事件」であったととしても、「是正勧告書を無視」されて、これだけ大きく報道されたとしたら、それこそ監督署のメンツは丸潰れのような気がします。

また、今後「労働者側が告訴状を監督署に提出した場合」は、嫌でも、監督署は司法着手をしなければなりません。労働者からの告訴によって司法着手するよりは、自ら司法着手して、JR西の代表取締役の事情聴取を行うことも検討する必要があると思います。

(もっとも、「実は」新聞記事に記載されていないだけで、労働者側に怠業等の事実があり、監督署は司法着手を控えているのかもしれませんが・・・)