お知らせ

私の兄、小原 巧(オバラ タクミ)が金曜日(6月25日)に、腎盂癌のため死去しました。享年66歳です。弟からみても早過ぎる別れだと思います。

生前、兄とご親交賜わった方々にご報告するとともに、故人に代わりまして生前のご厚誼に対し御礼申し上げます。

当ブログは今週及び来週を休載とします。再開は7月11日からです。

霞が関・地方労働局の残業

(関ケ原古戦場・石田三成笹尾山陣地、by T.M)

姫路市にあるN製鉄の工場で、エックス線を使う測定装置の点検中に事故が起き、男性社員が年間の限度量の数倍から数十倍に及ぶ大量の被ばくをした可能性があるそうです(この災害により健康障害を起こした方の早期の回復を祈ります)。似たような事故を私も災害調査をしたことがあります。

今から、25年前のことです。私の勤務する監督署の管内の病院で、医師の一人が過剰なX線を被爆しました。彼はX線を使用して患者を治療する専門家だったのですが、自分の腕に自信を持っていたのか、本来立ち入ってならない所に立入り、手の先が変色してしまい、X線の過剰被爆だと診断されたのです(この事故は幸いに大事に至りませんでした)。

この事故を災害調査したのですが、珍しい事故だったので本省の労働技官がその調査に同行しました(注 本省の労働技官に「調査権限」はありませんので、調査するためには「労働基準監督署」の調査に同行しなければなりません)。

災害調査が終わったのは夜の7時を過ぎていました。私たち署の職員は本省の技官を近くの私鉄の駅まで送っていきました。すると技官はこう言いました。「これから本省に戻ってひと仕事する」。

私たち、署の職員は「今日は災害調査をして疲れた。でも充実した一日だった。飯でも食って帰ろうか」という気分なのに、本日さらに仕事をするという本省の技官の後姿に、これが「霞が関の働き方」と思い感じ入った次第です。

霞が関の働き方については、地方労働局勤務の者は、その恐ろしさをよく耳にします。

「(予算編成期)に、大蔵省(当時の名)から3時に呼び出しを受けた。午後3時だと思っていたら、午前3時のことだった。」

「(本省に勤務する)妻が明け方に帰ってきたかと思ったら、歯を磨いてそのまま仕事に行った」

「国会待機の時に1週間家に帰れなかった」 等々

地方労働局のさらにまた末端の署でも、日をまたぐ残業というのは確かにありました。災害調査を夢中にやっていたら、終電車に乗れなかった。過重労働調査の深夜臨検をやるため署に泊まり込んだ。言いがかりをつけてきた労働者や事業主の話を聞いていたら、深夜になっていて、嫌がらせとして相手は時間を延ばしているのが分かっているため、腹を括って最後まで付き合った等々です。

でもなんだか本省の残業と署の残業って違うんですよね。最前線の現場にいる者と、後方で組織を守る者とでは仕事の質が違います。ストレスは本省勤めの方があるでしょう(と私は思います)。

(FNN 6月18日)河野大臣が公務員の働き方改革に関し、「管理職に恐竜みたいな人がいる」と苦言を呈した。河野公務員制度担当相「一部、管理職にまだ考えが切り替わっていない恐竜みたいな人がいるようで、若干、超過勤務手当に関して、頭が切り替わっていない管理職がいる」

河野大臣は公務員の残業削減を進める一方、サービス残業をなくすため、職場にいる場合は超過勤務として手当をつけるよう求めてきたが、従わないケースがあると明らかにした。そのうえで、そうした管理職を絶滅した恐竜に例え、適切に対応しない場合、厳正に対処する方針を示した。

まだ、霞が関はこんなことをしているのでしょうか?長時間労働させているなら、残業代くらい正規に払えよ。払わないということは、上司の「保身」としか思えません。

もっとも、労働時間管理が悪いのは地方労働局の方が上。霞が関はそれでも、カードリーダーで出退勤が管理されているというのに、地方労働局はまだ自己申告です(私が退職した5年前から労働時間管理のやり方は変わっていないと噂です)。

タイムカードは地方労働局の課に一枚づつです(これは本当です)。朝最初に来た者と夜最後に退出した者が打刻します(何の意味があるのでしょうか?)。

私が在職中に、このタイムカードの打刻時間と職員のシステム端末の利用時間に大きな開きがあって問題となったことがあります。現在では、そのような事態が発生していないことを祈ります。

コロナと労働法規

(ポルシェカレラカップのレーシングカー、by T.M)

(NHK 5月19日の放送より)

「接種しないなら退職を」「打たないなら別居を考える」

ワクチンを接種しない人たちが浴びせられた声です。ワクチン接種が進む中、「早く打ちたい」という声が目立つ一方、持病やワクチンへの不安などから接種しないという人たちもいます。接種の判断は個人に委ねられていますが、一部で接種しない人たちを否定するような事態も起きています。

兵庫労働局によると、看護師がワクチン接種を断ったところ、勤めている病院から自己都合退職届の書類にサインするよう迫られたということです。さらに、サインしなければ、自宅待機となり賃金も支払わないと伝えられたといいます。このほか兵庫労働局には「ワクチン接種を拒んだら職場の上司から批判された」といった相談も寄せられているといいます。

昭和の時代から平成の初めの頃だったと思います。監督官である私は、ある事業場から相談を受けました。会社が実施する定期健康診断を1人の労働者が受診拒否しているとのことでした。その労働者は次のように話したそうです。「会社を信用していないから、自分の健康診断結果を会社に見せたくない」

私はこの相談に驚きました。当時の私は、(主に零細企業にですが)片っ端から「定期健康診断を実施していない法違反」を是正勧告していたからです。企業の中には、是正勧告を拒否するところも多数ありました。なかでも、零細な飲食店や地方都市の地場産業等は抵抗が強かった思いがあります。「なんで、ウチが従業員のための健康診断費用を出し、検診時間を営業時間内に設けなければいけないのだ」ということです。ようするに、経済的な理由です(労働者の福祉のためになんぞ金をつかいたくないという訳です)。

このような事業場相手に、監督署は「送検するぞ」と脅かしながら健康診断を実施させてきた訳です。私はそれが労働者のためになると信じていたからです。それが、「健康診断を受けたがらない労働者もいる」ということにショックを受けたのです。

私はその時に、企業が実施する健康診断について、少し考えて見ました。

  • 法律で、健康診断について事業主に実施義務及び労働者に受診義務(労働安全衛生法第66条第5項)を負わせている。
  • 大企業や中小企業では、定期健康診断はほぼ実施されているが、零細企業では実施されていないところも多い。
  • 定期健康診断により、リンパ腫等のガンの初期症状を発見するケースもある(ただし、多くのガンについて、定期健康診断での発見は期待できない)。定期健康診断により大きな効果が得られるものは、生活習慣病についてである。生活病対策を行うことで脳・心臓疾患対策となる(つまり、定期健康診断は3大死亡要因である、脳疾患・心疾患対策について有効だということです)。
  • このように労働者についてメリットのある健康診断であるが、嫌がる労働者もいる。それは主に、企業による個人情報の取扱いについて不信があるからである。

以上のようなことを考えて、「労働者が検診を拒否している」という事業主に対し、次のようなアドバイスをしました。

「労働者が受診しなければ、会社の法違反となってしまう可能性がある。だから、受診拒否の労働者については、会社側が就業規則に従って懲罰する権利がある。だが、それをストレートに労働者に伝えるより、会社は個人情報保護について気を遣っていることを労働者にアピールする方が良い」

さて、健康診断の問題については以上のような取扱いで良いと思うのですが、冒頭の「ワクチンの接種」については、労働基準監督署はどのように考えればいいのでしょうか。法的な健康診断と比較し、これもまた少し考えて見ました。

  • ワクチンについては法令に何も定めもない。
  • ワクチンの有効性については、「有効である」可能性が高い。
  • ワクチンの「副作用」については、可能性は低いが否定はされていない。
  • ワクチンを受ける受けないは個人の自由である。個人の中にはワクチンを拒否する者もいる。
  • ワクチンを受けたことで感染を防止することができるのなら、職場内でクラスターを発生させないようにする義務がある職場(特に、介護・医療現場)で、職員にワクチン接種を求めることは当然のことである。
  • ワクチンを受ける受けないは個人情報である。しかし、「ワクチンパスポート」という言葉に代表されるように、今後「ワクチンを受けた者だけ入場可」という措置も一般化されるなんてものもでてくる可能性が高い。報道によるとアメリカではコンサートの入場については、それが当然のように行われている。

このような状況を踏まえると、企業が労働者について「ワクチン接種を奨励すること」及び「ワクチン接種の有無」を労働者に「確認すること」は可能な気がします。

それに対し、どう答えるかは個人の自由です。

答えを拒否した労働者に対し何の懲罰も会社は与えることはできないと思います。ただし、ワクチン接種の有無の確認ができないため、「職場の安全を考慮し、××の仕事から外す」ということは可能なような気がします。

これは、あくまで現段階における私個人の見解ですが、なんか今後揉めそうな問題だと思います。

アスベストについて

(関ケ原古戦場跡を通る貨物列車・岐阜県関ヶ原町、by T.M)

今日は、石綿(アスベスト)のことについて書きます。

NHK(2021年5月17日 )全国各地の建設現場で、アスベストを吸い込み肺の病気になったとして、元作業員と遺族が訴えた集団訴訟で、最高裁判所は、国と建材メーカーの賠償責任を認める判決を言い渡しました。

この判決の後に、菅総理が原告団に会い謝罪していることが報道されました。原告の一人が(言いたいこともたくさんあるでしょうけれど)、総理の謝罪を受け入れている姿が印象的でした。アスベスト被害者の方々及びその家族・関係者の方が、一日も早く癒されることを祈ります。

今から37年前の昭和59年に労働基準監督官に任官したものとしては「石綿規制」は思い出深いものです。なぜかと言うと自分の在職中にどんどん規制が厳しくなってきたからです。今から思い返すと、規制を「小出しに強める」のでなく、「一気に製造禁止・使用禁止」とすべきでした。政府が決断できず、後手後手に回って、最後は裁判で負けるというパターンは何か既視感があります。

それでは少し石綿の紹介をします。

これが石綿鉱石です。カナダ・南アフリカ等で算出されます。鉱石の回りに綿状のものがありますが、これが石綿繊維です。

この繊維から作った石綿布は燃えない布で、古来から神聖なものとされ、その製法は職人間の個人伝承のみで、秘伝とされました。古代エジプトで王家のミイラを包んだものはこの布であり、ヨーロッパでは火の精霊サラマンダーの皮として珍重されました。日本の文献として最初に出てくるものは、平安時代初期に完成されたという「竹取物語」です。かぐや姫が求婚に来る5人の王子の1人に、「見つけてきたら結婚する」と言って要求した「火鼠の皮衣」が石綿布であると言われています。

(江戸博物館・平賀源内展より引用)

これは日本に現存する最古の石綿布です。19世紀に江戸の発明家平賀源内が、蘭書の記述を基に秩父で産出された石綿鉱石で作ったものです。

日本では、戦後にその使用量が増大しました。日本の高度経済を支えた造船業の現場では、石綿布は溶接時の火除けとして各労働者に支給されていて、労働者はその石綿布を毛布代わりにして包まって寝ていたこともあったそうです。また、建設現場では建設資材として使用され、自動車ではブレーキパッド等に使用されました。耐火性と耐摩耗性に優れた石綿は、当時の日本人にとって、歴史のロマンを感じさせるだけでなく、本当に夢の資材だと思わせるものでした。

ところが1970年代に入ると、アメリカの裁判所が次々と石綿の有害性を認める判決を行うようになりました。石綿は中皮腫との因果関係が明白で、その潜伏機関は30年から50年とのことです。因みに、「中皮腫の80%は石綿に由来するもの」だそうです。その医学的知見については私は分かりませんが、労働局の健康課に所属していた時にじん肺審査医の先生にそのように説明を受けたことがあります。

国がアスベストの全面禁止に乗り出したのはようやく2006年からのことで、その対応の遅さが石綿被害が拡大したとされ、最高裁は今回次のように述べました。

アスベストのことを1972年には石綿と健康被害の関連が明らかになっていた。1975年には防じんマスク着用を指導監督したり、呼吸用保護具を使うよう義務付けたりすべきだったが、規制権限を行使しなかったのは著しく不合理で違法である。責任を問える期間を1975年10月~2004年9月とする。

この石綿規制が後手後手に回ったことに厚労省は懲りたらしく、2012年に胆管ガンの原因となると判明した1,2―ジクロロプロパン(当時、無規制)については、翌年の2013年には特定化学物質として規制し、さらに類似の9物質を2014年には特別有機溶剤とする、素早く先手先手となる対応をしています。

現在多くの化学物質について、事業場により「化学物質のリスクアセスメント」を実施することが義務づけられていますが、ここまでくる間に厚労省は石綿で苦い経験をした訳です。