メンタルと過労死(8)

(写真提供、T.M)

ストレスチェックというのは、理論的には確かに鬱病の一次予防に効果があるものなのかもしれません。しかし、それは会社組織内の受け皿があっての話です。

電通事件やその他の過労自殺事件のようなケースで、ストレスチェックで防止できるかというと、それは高ストレス状態を労働者が自分で把握した時に
① 企業内にそれを訴えるシステムがあるのか
② 企業は訴えられた内容を改善する意志があるのか
③ 何よりも労働者が企業を信用できるのか
が問題となります。訴えられた企業側はストレスの原因が「長時間労働」なら、(できるできないは別として)対処の方針は確立できますが、原因が「人間関係の軋轢」にある場合はは、当事者同士でして何とか欲しいというのが本音です。しかしそれでは、第2の電通事件はなくならないのです。
パワハラやイジメというのは、人間の集団において、ある意味必ずあるものなので、高ストレス者を把握した時は、誰がいいか悪いかでなく、人事異動といった思い切った手段も視野にいれ、「大事になる前に手を打つ」という方法も考慮する必要があります。

組織内で「人間関係」への対処でさらにやっかいなことは、対処しようとした者、つまり管理しようとする者自体が高ストレスとなってしまうということです。いわゆる「中間管理職のストレス」という奴です。管理職であるが故に、残業代は払われず、36協定の対象から外れるため、いつのまにか無制限の労働時間が強いられる者こそが過労死予備軍の一番手となってしまうのです。日本においても、ホワイトカラーエグゼンプションの議論が今後本格化してくるでしょうが、制度がもし導入されるとしたら、最低報酬は相当高額であるべきだと思います。

さて、次回からは、「長時間労働規制の問題点」について、思うところを書きます。

メンタルと過労死(7)


(写真提供、T.M)

前回に説明したストレスチェックの有効活用について、少し論じてみます。

まだ、法制化されて間のないストレスチェック制度ですが、こんなトラブル事例を聞きました.
ある人(「Aさん」と呼びます)が、ストレスチェックで高ストレスとの診断を受けました。
Aさんは、自分の高ストレスの原因が、自分の仕事仲間のBさんであることに、直ぐに気付きました。
Bさんが、自分をイジメの対象にしていたからです。Bさんの、イジメは陰湿でした。例えばその職場では、同僚の誕生日になるとお互いにカードを交換する習慣があるそうなのですが、BさんはAさんの誕生日に、「これからは職場の迷惑にならないように、頑張って仕事をして下さい」といったメッセージを渡したそうです。
産業医と面談した時に、Aさんは、このBさんの行為を告げたところ、産業医はAさんの了解をとって、AさんとBさんの上司であるX課長に、「Aさんが高ストレス状態にあり、その原因はBさんのイジメの可能性があること」を報告しました。
その後、X課長はAさんと面談したそうですが、課長はAさんに「おまえも悪いところが、あるのではないか」と述べたそうです。

このX課長は、どうもストレスチェックの怖さの本質を理解していないようです。
Aさんはもしかしたら本当は勤務態度が問題のある人で、職場で疎まれている人なのかもしれませんが、そのことを論じても仕方がないのです。
ストレスチェックの結果、「労働者が高ストレスに晒されていること」が判明し、客観的に「イジメ」という事実が確認された場合、次にAさんが「鬱病の診断書」をもって労災申請すれば、認定される可能性は非常に高いのです。
また、認定された場合は、「事前にイジメの事実を知りながら、それを放置し、部下を鬱病とした」責任を、X課長は追及されてしまうかもしれません。

メンタルと過労死(6)

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(私の飼った、一番美しい猫です。19歳になるまで生きました)

今回はストレスチェックの一般的な説明です。

「心の健康診断」であるストレスチェックは、被験者(労働者)が、例えば「あなたは最近眠れますか」等の質問に答え、自分が高ストレスに晒されているかを知るための診断です。高ストレスに晒されているかどうかであって、「鬱病となっているか」どうかを知る診断ではありませんが、「鬱病にり患しやすい状態であるかどうか」の目安とはなります。
 
第1
ストレスチェック結果を事業主が知ることはなく、被験者と実施者(通常は産業医)のみ知りえます。また、実施者は、被験者の秘密を守る義務があります。

第2
従って、事業主はこのストレスチェックを実施しても、労働者の誰が高ストレスか判断できないため、直接的には労働者の「自殺」等を止めることはできません。
ここが、一般健診と一番違うところで、一般検診の場合は、事業主はその結果を知りえる立場にあるので、例えば「高血圧の者」等について、産業医と相談し、必要であれば、残業を控える等の措置をしなければなりません。

第3
実施者は高ストレスの者に、産業医との面談を勧めなければなりません。産業医は、面談時に、被験者の同意を得れば、「被験者が高ストレスに晒されていること」を事業主に通知し、職務上の配慮を求めることができます。この時点において、初めて事業主側は、個々の労働者に対する安全配慮義務が発生します。

第4
事業主は個別労働者のストレスチェック結果を知ることはできないが、集団的分析は可能です。つまり、どこかの課に特別に高ストレス者が多数いるかどうかは分かる訳です。それが、「長時間労働」によるものであるかどうかを分析する必要があります。

(注) ストレスチェックの実施については、法令では従業員50人以上の事業場に義務付けられている。ストレスチェックをしかことのない者が実施したのと望むののであれば、「心の耳」(厚生労働省のポータルサイト)で、無料で実施することが可能です。

メンタルと過労死(5)


(タヌキにごはんを取られた、ウチの猫です)

昨日、WBCで日本がイスラエルに勝利し、ロサンゼルスで行われる決勝ラウンドに進出が決まりました。私は、この試合をテレビ観戦している最中に、ふと「NPBの選手は、過労でメンタル不調にならないのだろうか」などと考えました。

メンタル不調で自殺したアスリートで、有名な方はやはりマラソンの円谷幸吉でしょう。円谷氏は、前回の東京オリンピック(1964年)に銅メダルを獲得しながら、その後成績が思うように伸びずに、メキシコオリンピック(1969年)の直前に自殺します。
その彼の遺書には、「父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒 お許し下さい。」と書き残してありました。この遺書は、当時の日本人に大きな衝撃となり、三島由紀夫や川端康成が感想を述べています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E8%B0%B7%E5%B9%B8%E5%90%89
円谷氏は、まじめで責任感が強かったそうですが、現代の仕事に追い詰められ自殺される方も、このような性格の方が多いそうです。

昨年より、ストレスチェックの実施が各企業で本格化してきました。
これは、いくつかの質問の回答を得ることで、被験者が高ストレスに晒されていらっしゃるかどうかを判断し、その結果を被験者(労働者)に通知するという制度です。いわば「心の健康診断」というべきものです。

円谷氏が、このストレスチェック制度を受診し、自分の高ストレス状態を把握していたら、悲劇は起きなかったでしょうか。
また、今回の電通事件や「ワタミ」の自殺事件の場合はどうでしょうか。

私は防げるケースもあったと思いますし、周囲の無理解により、やはり事件が起きたケースもあると思います。
次回では、このストレスチェックの説明と、その運用の難しさについて書きます。

メンタルと過労死(4)


(我が家の梅はとても遅咲きで、今満開です)
(先日紹介したタヌキは、獣医と相談して、薬を投与することとしましたが、野生なんで、うまく飲んでくれるか心配です)

「長時間労働」を問題とし議論する時に、
「長時間労働が直接的に肉体に影響を及ぼし病気になるケース」と
「長時間労働により発生したストレスが原因で病気になるケース」
を混同してしまっていることが多いのです。

例の「ひと月45時間残業」という、労働基準監督署が36協定を受理する時に指導事項についても、前者の問題には有効ですが、後者の問題についてはあまり効力がないのです。
残業が、月45時間以内でも「職場の労働時間」が原因で労働者は自殺することがあります。また、月100時間を超える労働を何年も繰り返しても、心身にまったく異常がない人がいます。ある意味、「何時間くらいの労働まで人間が耐えられるか」といった基準を設定することは、不可能なのです。

世の中には何時間働いても大丈夫という方がいらっしゃいます。それは、仕事について、次の条件が満たされている方です。
     1 職場で良い人間関係がある
     2 充実している仕事をしている
     3 充分な報酬と必要最低限の余裕がある
この3つが揃うと、人は何時間仕事をしても、長時間労働でストレスを感じることはありません。しかし、実際は、「嫌な仲間や上司・部下がいて、嫌な仕事を、見合わないと感じる処遇で働いている」から、ストレスを感じ健康を損ねてしまうのです。

この3つの中でも、一番厄介と言えるのは、やはり「人間関係」でしょう。パワハラ・セクハラ問題はどこの職場でもおきます。それでも、「セクハラ」というのは、さすがに気まずいものなのか、意識して行動を自制される人が多いようですが、パワハラは野放しというのが現状なようです。