賃金不払い事件について(2)

(旧岩崎邸、by T.M)

「はれのひ」の社長が記者会見をついにしました。破産手続きが開始されるそうです。

実は、労働基準監督署が取扱う事件の中で、「はれのひ」のように「賃金不払いが何ヶ月も続き、ある日突然社長が経営を放り出し逃走する」といった事案は珍しいことではありません。現場の監督官なら1回か2回は必ず経験しているはずです。

そのような場合はどうするのか。前回ご説明したとおり、そうなる前に強制捜査、(もしかしたら逮捕)そして検察庁へ事件送致というケースが、一番の正道です。ただ、その機会を逃すということも多々あります。賃金未払いはあっても、「遅払い」や「一部払い」があり、事業主が何とか経営を立て直そうとしていることが垣間見える時、監督官の決断は遅れるのです。そして、行方不明になってくれると、意外とほっとすることがあります。

これで、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づいて、未払賃金の立替払いの手続きに移行することができるからです。(この事務手続きを「賃確(チンカク)」、前述の法律を「賃確法」と呼びます)

賃確とは、事業場閉鎖(倒産)により未払賃金が発生じた場合、「労災保険の予算(労災保険料)」から支出し、立替払いを行う制度です。未払賃金を事業主に替わり支払う訳ですから、当然回収を後から行うのですが、倒産した企業から回収はほぼ不可能です。だから、回収率は数パーセントいうことを聞いたことがあります(この回収業務は厚労省系の独立行政法人が行っているので、私は詳しくは知りません)。

賃確の事務手続きは、事業主が夜逃げ等を行い法的措置を何もしていなければ監督署が行います。また、「はれのひ」や「てるみクラブ」のように、法的な倒産ですと裁判所が選任した破産管財人がそれを行います。

ですから、今回の「はれのき」の賃金不払事件は、裁判所が未払賃金の立替払い手続きをしてくれて労働者の救済がされる予定なので、監督署それを理由として事件を終了させることができます。

しかし、社会的にこれだけの話題となった事件を書類送検もせずに終えてしまって良いものなのか、現場の監督官は苦しい決断を迫られていることでしょう。

 

賃金不払い事件について(1)

(横山大観邸、by T.M)

「はれのひ株式会社」の卑劣な成人式ドタチャン事件から、労働基準監督署が処理する賃金不払い事件について考えてみました。

この会社については、社長逃走劇の前に、事業場内で賃金不払いが日常的であったようで、監督署から是正勧告書が過去5回に渡り交付されていたそうです。

この点がどうも、社会的に不評です。労働基準監督署がきちんと指導していれば、今回の事件は発生しなかったという雰囲気です。

元監督官だから言います。この事件(社長逃走劇による成人式ドタキャン)は、監督署ではどうしようもなかったことです。

お前は、「身内」のことだからかばうのかと言われそうですが、これは「論理的」に無理なんです。是正勧告書が5回もでた時点で、監督署が「何とかする」ということは、つまり「強制捜査(ガサ)やって、会社を検察庁に書類送検する」ということを意味します。これをするということは、すなわち「会社を潰す」ということです。もちろん、「会社を潰す」覚悟で仕事をすることは必要です。従業員・顧客に一時的に迷惑をかけても、社会的に許せない会社については、国が責任を取り職務を全うすることが、「署」という名がついている役所の使命でしょう。

この「はれのひ」の賃金不払い事件については、担当署は司法着手を考慮していたでしょうし、あるいは既に司法に着手し、後は強制捜査の執行の準備中だったかもしれません。ただ、それを実行する時機については、署も十分に検討するはずです。そして出す結論は、「社会的な影響が少ない時を狙う」ということになります。それは、「成人式の後」ということになります。11月や12月にガサをやれば、会社は業務不能となり、結局はこの会社で「成人式の着付け」を予定していた方に迷惑をかけることになります。では、その前の7月、8月の時点でやればいいじゃないかという見方もできますが、さすがにそんな前の事件を、監督署は放置しておくはずもなく、その時期には事件は始まっていなかったと考えることが妥当だと思います。もっとも、100%「怠慢はない」と言い切れるかというと、アホな監督官はいますので、絶対とは言えませんが、そこは私は後輩を信じます。

監督署では、「成人式のドタキャン」までは、さすがに想定外だったというのが実情ではないでしょうか。

 

監督官の虚像と実像(4)

(冬の不忍池、by T.M)

労働基準監督官は一般的に、「恐い」「威張っている」「偉そう」なんていうイメージがあるのかもしれません。しかし、実際にやっている仕事は地味なもんです。居丈高な姿勢が通じるのは一部大企業相手くらいです(もっとも、「逆襲」させれると、大企業ほどやっかいなものはないんですけど)。 

例えば、中小企業の社長さんが、悪意なく法違反をしていた場合について(法の不知等の理由で)、監督官は是正勧告書を手渡し、やさしく法の是正を呼びかけるのです(少なくとも、「私」はそうしてました)。理由は、厳しく指導して、相手が反発し、法違反の是正が遅れるくらいなら、監督官が頭を下げて法違反を手っ取り早くなくした方が良いからです。もちろん、監督官は最後は強権をもって法違反の是正を指導できます(つまり、「書類送検」)、でもそれは手間暇がかかります。良い監督官ほど、是正を促す姿は柔和です。つまり、いざととなれば「送検する」という覚悟ができているからです。無能な監督官ほど、相手が弱いとなれば威張りまくります。そして、相手が怒った時は、どうしたらよいのか分からなくなり、仕事は滞ります。もっとも、これはどこの社会でも同じようです。(私たち監督官が垣間見る「検察官の世界」もそうでした)。 

だから、監督官が相手を説得している姿はもしかした、とても情けない者に映るかもしれません。「税金泥棒」「公務員は楽でいいな」は毎度のこと、時には「会社が潰れたら、おまえの責任だぞ。そん時、労働者がおまえを殺すぞ。」なんていうことを言われます。もっとも、ここまで言われたら、後は是正勧告書の「改善指示日」を待つだけです。その日にまでに、「是正報告書」がでてこなければ、もう一度事業場に行って、法違反の是正がなされていなければ、「司法着手」すればいいだけです。

逆に、事業主が監督官をどれだけ罵っても、後で冷静なれば、何も会社に不利益はおきません。

ブラック企業相手には、監督官は厳しくいきますが、要は期日までに違反を是正させりゃいいだけですから、監督官はそのためには、いくらでも頭を下げます(下げるべきです)。 

まあ、そんな訳で、監督官の実像はけして「偉そう」なことはないんだということを申し上げておきます。 

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ここまで書いたら、成人式の日に不祥事を起こした呉服の着付け店「ハレノヒ」の賃金不払いのニュースが飛び込んできました。何でも、過去5回是正勧告書を交付していたとのこと。強権に移行するタイミングを、監督署は確かに逸したのかなと、少し心配になりました。  

 

監督官の虚像と実像(3)

(湘南国際村からの富士山、by T.M)

皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。年末年始、多忙のためブログ更新をしなかったことをお詫びします。申し訳ございませんでした

今年は、元旦から嬉しいお客様が来ました。

遠くに除夜の鐘が聞こえてき頃、庭で猫が煩く騒ぐので、除いてみれば、なんとタヌキがいるではないですか。私と目をあわすとサッと逃げましたが、あれは間違いありません(アライグマやハクビシンとは違います)。以前このブログでも報告しましたが、昨年春に疥癬病の子タヌキが来て、毛がなかったので、かかりつけの獣医と相談して薬を飲ましてやったら、変な物を飲ませたと思われたらしく行方不明となってしまいました。どうやら、その子ダヌキが毛がフサフサした大人になって戻ってきた様子です。

野生の生き物ですから、これから彼(彼女?)がどうなるか分かりませんが、病気治癒のタヌキのご訪問とは、ともかく縁起の良いことです。

(ちなみに、タヌキは犬科です)

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(前回の続きです)

監督官が大規模な工場等を予告監督する場合は、1日がかりの複数の監督官によるもので、工場の協力会社を巻き込んだ大げさなものになります。そして、監督最後の「講評」の場面では、100人を超える関係者を前に工場の問題点を指摘し、工場長と対等に話をするので、監督官の姿はとても「偉そう」に見えます。しかし、それは誤解なんです。

私は、前述のような臨検監督が終わった後に、他の監督官と一緒に公用車で署に帰る途中に、地域のJRの駅で降ろしてもらい、駅裏のビルに中の風俗店を訪問したことがあります。客として行ったのではありません。賃金不払いの申告事件の調査です。「時間がないので、店が始める前に来い」という事業主の申し出を受けて、その時間に行ったものです。まあ、そこで散々どなられました。相手はヤクザ屋さんがバックにいるので強気です。「ケツ割って逃げたもんに何で金を払わなければならないんだ(「無断欠勤のまま、退職した労働者になぜ賃金支払いの義務がありますか」という意味)。

申告の内容の是非はともかくとして、数時間前に大企業の工場長と散々やり合ってきた自分が、今は同じ作業服姿のままで、駅裏の風俗店で事業主に怒鳴られているというギャップ感は、我ながら変な仕事を選んだものだと思ったものでした。

大規模工場の臨検を行うと、そのうち何件かは、工場の安全担当者から非常に感謝されました。安全衛生関係について厳しいことを言うのですから、安全衛生関係者から嫌われるかと思うとそうでもないようです。彼らはこう言いました。

「安全衛生部門は地味なところです。たまに監督署がきて、こういうことをやってくれると、私たちの発言力も強くなります。」このようなことを述べる安全担当者がいる工場で、事故が少ないのは当然です。

本省は「予告監督はダメだ」とことあるたびに言います。確かに、大規模事業場への予告監督はセレモニーとなってしまいます。しかし、セレモニーがまったく役に立たないかというとそうでもないことを、本省には知ってもらいたと思います。

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ここでブログを終わろうと思ったら、大変なニュースが飛び込んできました。星野仙一さんが亡くなったそうです。私がギランバレーで病院入院中にテレビで観た、楽天優勝の瞬間は絶対に忘れません。謹んで哀悼の意を表します。さようなら、「昭和の男」