同一労働?

(小田原市・長興山紹太寺の枝垂れ桜、by T.M)

日新聞 4月12日

 JR九州に再雇用された大分市や鹿児島市などの15人が、正社員と同じ仕事をしているのに給与や手当を減らされたのは不合理な格差だとして、同社に計約7200万円の損害賠償を求める訴えを福岡地裁に起こした。12日午前にあった第1回口頭弁論で、同社は請求棄却を求めて争う姿勢を示した。

 訴状によると、15人は同社の正社員としてそれぞれ車掌や運転士などを務めた後、2017~21年に定年の60歳を迎えて退職。再雇用で同社と有期労働契約を結んだが、基本給が半分程度に減り、扶養手当や住宅援助金などがなくなった。

 原告側は、再雇用後の職務内容は正社員と変わらないとして、待遇悪化は「同一労働同一賃金」を義務付けたパートタイム・有期雇用労働法に違反すると主張。正社員との差額分を支払うよう求めている。

問題点が整理されていないように思えます。2つの論点に分かれるのではないでしょうか。

(1)60歳過ぎたら、賃金が減額された。定年前後の業務内容は同一だから、同一労働同一賃金の原則からしておかしい。

(2)非正規労働者になったから賃金が下がった。

これ、(1)と(2)は別の問題です。

まず、「定年退職後、同一労働なのに賃金が下がった」という問題については、「年功序列制」の賃金であったかどうかが問題となります。年功序列制の賃金体系であったなら、定年退職をさかいに、常識的な賃金の減額は仕方がないでしょう。同一労働をしている59歳で定年退職直前の方と、40歳の方の賃金が同じ職場では、「定年退職後に賃金が下がった」ということはあってはならぬことですが、日本の企業は正社員である場合は、ある程度の「年功序列給」となっているので、定年退職後には賃金が下がります。

(私の知る限り、年功序列給でないのは、「タクシー運転手」「不動産屋の営業マン」等のオール歩合給の者だけです)

最高裁判決では、定年退職において、「基本給の引き下げは合法」「各種手当の引き下げは違法」となっていますが、これは年功序列給である基本給については引き下げを認めるが、年功序列給の要素がない手当については、定年退職時の引き下げを認めないということです。

さて、(2)の「同一労働だけで、正規職員と非正規職員では賃金額が違う」という問題ですが、これは本質的にあってはならないことです。というか、日本の労働問題で最大の問題が、この部分であると思います。

非正規職員の賃金が安すぎます。本来ならば、「安定した職の正規職員の賃金」は「不安定の非正規職員の賃金」よりも安くていいはずなのに、実際は逆になっています。フリーランスの報酬は、正規職員より高くしなければなりません。

(もっとも、企業側は「派遣」に支払う費用は正社員へ支払う金額より多い場合もあるそうです。ただし、派遣社員にはわずかな金額しか支払われません。いわゆる「中抜き」も大きな問題でしょう)

新聞記事にあるように、「正社員と同じ仕事をしているのに給与や手当を減らされたのは不合理な格差だ」と主張するならば、原告側は「現在、当該企業に在職している、60歳以下の非正規労働者の賃金もあげるべきだ」とも主張した方が、説得力を持つと思います。

旭川イジメ事件

(中伊豆ワイナリーのぶどう畑、by T.M)

文春オンライン4月17日

昨年3月に廣瀬爽彩(さあや 当時14歳)さんの遺体が見つかって1年、そしてイジメを受けてから3年――。世間の注目を浴びた“凄惨なイジメ事件”が大きな山場を迎えた。2022年4月15日、イジメの有無の再調査を行ってきた第三者委員会は「イジメとして取り上げる事実があった」として爽彩さんが受けた「6項目の事実」について「イジメだった」と認定、同日、記者会見を開き、その内容を公表した。第三者委員会から「6項目の事実」について報告を受けた爽彩さんの 母親は文春オンラインの取材に複雑な胸中を冒頭のように語った 。

(以後2021年4月の記事の再掲となる)

イジメ被害者の方の御冥福を祈ります。御遺族の方が、一日でも早く癒されることを祈ります。

旭川のイジメ事件については、何らかの進展があったようです。この問題は、被害者の女子生徒の自殺の後で、学校側が「イジメ」の実態を隠蔽していた等の不祥事が発覚して問題となっています。

私はこの問題について、一番議論されなければいけないことが議論されていないような気がします。それは「教師の労働時間と義務」の範囲です。文春オンラインには、この事件について、次のような記事もありました。

「担任の先生が(爽彩さんの母親からイジメの)相談を受けたときに『今日わたしデートですから、明日にしてもらえませんか』って言ったというのが報道で出ていますよね。小耳に挟んだ話ですけど、先生がお友達にLINEで『今日親から相談されたけど彼氏とデートだから断った』って送ったっていう話をちらっと聞いたんですよ。本当に腹が立ちました。そういうことも言ったかどうか全部はっきりして欲しいです」

 当時の担任教師は前に立っていた同僚の後ろに隠れるようにして、下を向くだけで、一言も答えない。代わりに校長が「いまの質問にここで即答はできない。申し訳ございません。検討します」と答えた。

この記事から判明するように、世間の常識では、「生徒のイジメ相談を無視して、デートに行った教師」を非難するようです。

この事件について、その事実関係は判明していませんが、それがもし事実だったとして、学校側は、職務怠慢として、この教師を処罰できるでしょうか?

労働法の観点から申し上げるなら、この教師は何も悪いことはしていません。勤務時間外なのに、なぜ生徒の相手をしなければならないのでしょうか?

でも、この時点で教師が真摯に生徒の相談に乗っていたら、最悪の結果に至らなかったかもしれません。ならば、「良心のある人間として、すぐに生徒の相談に乗るべきだった」と思う人が大多数であると思います。

だからこそ、「教師の時間外労働と責任の範囲」を「問題として認識」し、解決に向かって動かなければなりません。

(多くの方が、その認識されてなくても、「教師は24時間、生徒のために尽くすべきだ」と考えています。)

これは、学校の管理する立場の者がなんとかしなければならない問題です。私は、人件費が多くなっても、教師の数を増やし、「複数担任制」等を検討すべきであると思います。

このイジメ問題を解決するためには、教師を責めるだけでなく、教育システム全体の改革が必要ではないでしょうか。

ウィル・スミスに思う

(十国峠からの富士山、by T.M)

ウィル・スミス、かっこよかったです。

病気の奥さんを、大多数の前でジョークの種にされたら、誰だって怒るのは当たり前です。ウィル・スミスのことを、私は絶対に支持します・・・

とこう思っていたけど、よくよく考えてみたら、これはそんな単純なことではないなと思いました。何よりもアカデミーが本当に困っているだろうと思います。

もし、頭の禿げている中年男性が、そのことを女性に馬鹿にされたので、その女性をビンタしたとしたら、やはり非難されるのは中年男性ということになります。

ウィル・スミスの奥さんの病気の脱毛症と、男性の加齢によるハゲを一緒にするなという意見もあると思いますが、心を傷つけるのは一緒です。ウィル・スミスに許されて、中年男性に許されないというのなら、論理は破綻していると思います。

私の専門領域の労働問題に話を移します。

「パワハラが横行している職場において、上司の言動に切れて、部下が上司をぶん殴ってしまう」

これって、ぶん殴った部下が懲戒処分にされても、法的には問題ないと思います。例え、そのパワハラの内容が、今回のウィル・スミスの事件のように、部下の家族への耐え難い誹謗中傷であったとしてもです。悲しいことだけど、それが法律の論理です。

酷いパワハラについては、事実関係を明確にして、できれば録音等の物的証拠をもって対抗しなければなりません。「言葉の暴力」はリアルの暴力より軽く見られるのです。

さて、私の体験を書きます。私はハゲです。30代前半から、前髪が段々となくなり、今では数本になりました。完全になくなれば、まだ見ようがあるのですが、数本残っているのが惨めです。私のこの頭髪について、「ハゲ」と面罵されたことが何回もあります。

監督署で、仕事にあたっていた時のことです。相手が事業主であったこともありますし、労働者だったこともありますし、エセ労働組合だったこともあります。言われるたびに、随分悔しい思いをしました。

ウィル・スミスのように、その時ぶん殴っていたら、「公務員が市民に暴力」ということで叩かれていたでしょう。ある意味、ウィル・スミスの奥さんが羨ましく思いえます。

先日、監督官を目指したいという方からメールを頂きましたが、監督官という仕事には、そういうこともあるよということを伝えておきたいと思います。

ある質問

( 江戸時代建立の吉田家住宅 ・埼玉県小川町、by T.M)

さて、多くの企業では4月1日が人事異動。皆様はいかがだったでしょうか。

この季節になると、なぜか「人事」の相談を私にする人がいます。私に人事の相談をする人は、当然その人事に不満を持つ人です。私が元労働基準監督官ということで、労働問題に詳しいと思っているのです。

余談になりますが、「自分はなぜ出世しないのか?」 こんなことを私に尋ねても無駄です。なぜなら私自身が組織の中で、まったく出世しなかった者であり、本省回りの労働基準監督官を除き、労働基準監督官のほとんどの者が最後にはその地位につくであろう「労働基準監督署長」になれなかった者だからです。

(もっとも、退職した後では、「元労働基準監督署長」より前職を生かし「現場の労働基準監督官」に近い仕事をして、それなりの安定した収入を得ているのだから人生は分からない。)

もし、私が「人事」に関して相談に乗れるとしたら、「その人事異動が労働基準法上正当なものであるかどうか」ということに対する意見を述べることです。

今回の相談は次のようなものでした。

相談者は技術系職員。今年64歳となるもので、60歳以降は常勤嘱託として1年更新の契約を行っています。彼は昨年度まで、「教育及び研究」職についていましたが、今年度より、彼の経験を生かした「ISO及びJISの評価員」に任命されました。これを彼は怒っているのです。昨年度までの彼の「研究」は中途半端で終了となるからです。

彼は、私に次のように訴えました。

「60歳の時に『研究職』という辞令をもらった。それが、今回は『JISの評価員』となった。これは問題ではないのか?」

私は答えました。

「それは、単に労働条件が変更されただけだ。労働条件が不利益変更されたというなら問題となるが、『研究職』から『JISの評価員』への変更は問題ない。これが、『単純作業』への変更、あるいは『リストラ目当ての追い出し部屋等』への異動なら問題となるが、今回の異動はあなたのキャリアが否定された訳ではない。」

彼の不満はある意味、とても「贅沢でわがまま」なものなのです。でも、彼がどうしても「ひと言」を人事に言いたいみたいなんで、次のようなアドバイスをしておきました。

「研究職の場合は残業代がつかなくて、『給料の16%にあたる研究職手当』が支払われていたはずだ。審査員になったら、残業代がつくかわりに、その手当がなくなる。これは不利益変更と主張できる可能性がある」

まあ、無理でしょうけど・・・。ただ、文句は言えるのではないかと思います。

会社員である限り、「職種の変更」については、基本的に異議はできません。「ジョブ型雇用」「メンバーシップ型雇用」等の議論はあるようですが、雇用に安定性を求めるなら受け入れるべきです。

ただ、見逃されがちですが、「職種の変更に伴う、賃金・労働時間等の不利益変更」については争うことが可能です。なにに文句を言えて、何は受入れなければいけないのか。会社に文句を言う前に、冷静に考えて見る必要があります。