教師と残業

(身延山久遠寺山門、by T.M)

5/14 西日本新聞

自民党は教員の処遇改善に向け、公立学校の教員の給与に残業代の代わりに上乗せする「教職調整額」を給与月額の現行4%から10%以上に増額することを柱とした提言をまとめた。残業時間は、将来的に上限の半分以下の20時間程度に減らすことを目指す。ただ、学校現場では上限を上回る残業をする教員が多数を占める現状もあり、関係者からは「労働時間に対価が生じる仕組みをつくらなければ、『定額働かせ放題』の状態は続く」と懸念の声が上がる。 

ようやくここまで来たかという感じです。この改革案については、yahooニュースでは、滅茶苦茶にけなしている方もいます。曰く

  「教師は20時間以上残業をしている」

  「こんなお金を払うより、労働時間管理を徹底して残業代を適正に払え」

  「まず着手すべきは、教師の労働時間削減の構造改革だろ。こんなのはごまかしだ」

これら批判はすべて正論だと思います。でも正論が通らないのは為政者のせいなのでしょうか?私は国民の「教師」に対する概念を変えていかなければならないと思います。為政者の仕事は、国民の意識を変えるための不断の努力ではないでしょうか。

 「夜回り先生」という方がいます。長年にわたり深夜に街で若い方を指導している立派なかただと伺っています。でも、「夜回り先生」のような方を教師の理想とするなら、教師の長時間労働はなくならないと思います。

 もちろん、「それは話が違う。教師は雑務が多すぎる。夜回り先生のような方が子供の教育に専念できるようにすることが必要だ。それが労働時間短縮となる」という意見もあると思います。教師の「不必要な業務」を減らすことは第一です(もっとも、何の業務が「必要」かについては議論があるでしょう)。でも、すべての不必要な業務がなくなっても、夜回り先生は深夜労働を続けるでしょう(それが「勤務」といえるかどうかは置いておいて・・・)。そして世間はそれを賞賛するでしょう。

何度も書きますが、なぜ教師は修学旅行中の「休憩時間」に飲酒してはいけないのでしょうか?旭川イジメ自殺事件の担任教師は「デートだからといって、被害労働者の相談を拒んだ」と噂され非難されていますが、なぜでしょうか?それは、世間が「教師は24時間生徒の安全に気を配らなければならない」と期待しているからではないでしょうか。

そんな期待が日本の国民にある以上、そんな文化がある以上、教師の労働環境を変えることは難しいと思いますので、冒頭の新聞記事のように、「教育調整額」の上乗せで取り敢えず様子を見るというのが現実的なような気がします。(「上乗せ額」が十分であるかは、別問題です。また、長時間労働の代わりとして、昔は付与されていた「長期夏季休暇」等を復活するべきでしょう)。

サンクチュアリと労災

(野毛山貯水池からの眺め、by T.M)

ットフリックスの「サンクチュアリ」を2日で一気見しました。相撲界を描いた作品ですが、ネットフリックスの日本ドラマの中では最高傑作だと思います。ただ、この作品については、本物の相撲協会は一切協力していないという話です。まあ、八百長とか暴力行為とかが描かれているから当然と言えるのでしょうが、それにも勝る「相撲文化へのリスペクト」がこの作品にはあるので、表立った賞賛はできないまでも、陰ながら応援してもいいような気がします。

さて、「労働災害の撲滅」を生業としている私としても、この作品には言いたいことがあります。主人公の父親は九州でお店を経営していた腕の良い寿司職人でしたが、騙されて店を手放してしまい、一家崩壊となり、母親は男遊びに狂い、父親は建設現場で交通誘導の警備員をしていました。そんな家族崩壊の中で主人公は相撲部屋に身を投じるのですが、ある日、東京の相撲部屋に母親から連絡があります。

 「父親が建設現場の警備の仕事をしている時にクルマにはねられた。ひき逃げだ。父親はまだ意識が戻らずに入院している。もう意識が戻らないかもしれない。私はお金が払えないので、オマエが相撲で稼いで、私に入院代を送金してくれ。」

このストーリー展開には無理があるなと思いました。だって、労災事故ですから入院費は無料だし、その間の休業補償もあるはずです。案の定、後日ネタが割れます。主人公が取組最中に、相手の張り手が強烈で耳をそがれるといった事故が発生するのですが、主人公の所属する相撲部屋の親方からその事故のことを聞いた母親は、「労災保険はないのか」と尋ねているのです。つまり、父親の入院費用は労災保険からきちんと支払われているのに、そんな制度のことを知らない主人公から、母親はお金を巻き上げようとしたということです。

しかし未成年といえども、主人公がまったく労災保険制度を知らなかったという設定はどうなんでしょうか?もっとも、ユーチューブ検索しても、「親が労災事故で死んでしまったから、母親と一緒に極貧の中で育った」というようなことを言っている動画もあります。労災事故で伴侶をなくしたシングルマザーには、子供が18歳以上になるまでは、だいたい月に10万以上の労災支給金が支払われますので、決して十分とはいえませんが、他の理由でシングルマザーとなった方よりも、経済的な面については恵まれているといえます。だから、「極貧」をイメージさせるに、「親が労災事故でなくなった」というシチュエーションを設ける動画には違和感を覚えます。

何か義務教育で、しっかりと労災保険のことを教えた方がいいのではないでしょうか?若い人が世の中にでた時に悪徳事業主に騙されないように、そうした方が良いと思います。

飛来・落下事故

(新橋〜横浜間鉄道開業時の中等客車、by T.M)

5/8 ABCニュース

2019年11月、和歌山市で工事中のビルから鉄パイプが落下し、通行人の男性が死亡した事故で、業務上過失致死の罪に問われた建設会社の社長に対し、和歌山地裁は禁錮2年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

 判決によりますと、和歌山市の建設会社「ヒロケン」の社長・本田博則被告(40)は2019年11月、和歌山市の12階建てビルの屋上で足場を解体中、業務上の注意義務を怠って、長さ約1.5メートル、重さ約5.35キロの鉄パイプを落とし、ビルの下を歩いていた男性(当時26)の頭に直撃させて死亡させました。

 本田被告はこれまでの裁判で、「落下させたことは間違いありません」と起訴内容を認める一方、「すべての鉄パイプに(落下防止用の)介錯ロープを付ける約束はしていない」と述べていました。

 検察は、「4日前にも鉄パイプを落下させる事故を起こしていて、基本的な安全確認を怠った過失がある事は明らか」として、禁錮2年を求刑しました。

 一方弁護側は、「落下防止ネットを適切に設置していた」などとして、執行猶予付きの判決を求めていました。

 和歌山地裁は8日、「パイプの落下事故防止のための基本的な安全対策をいずれも怠った。4日前の落下事故とも原因が重なっていて、不注意の程度が大きい」と指摘する一方、「前科前歴のない被告をただちに実刑に処すべきではない」として禁錮2年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

被害者の方のご冥福を祈ります。

この事故について、下請け会社の社長が書類送検されましたけど、元請けの責任ってどうなっているんでしょうか。

今回災害の発生した足場の解体作業というのは、労働安全衛生法において建築工事の施工中の「危険な作業」に該当するものです。そもそも「足場」というものは、建築現場で働く人たちが安全に働くための設備です。「足場の組立・解体」とは、その安全設備を作ったり、壊したりする作業なので、他の作業のような安全装置がなく、危険な作業なのです。

ですから労働安全衛生法では「足場の組立解体作業主任者」という資格を定め、高さ5m以上の足場の組立解体には、その作業主任者が現場で作業指揮をとらなければならないとされています。

その足場の組立解体作業についてですが、材料の飛来落下については、次のように規定されています。

第五百六十四条

  五  材料、器具、工具等を上げ、又は下ろすときは、つり綱、つり袋等を労働者に使用させること。ただし、これらの物の落下により労働者に危険を及ぼすおそれがないときは、この限りでない。

ようするに、材料の落下防止措置は、「材料の上げ、下ろし時」につり綱等を使用しなさいという限定的な措置しか定めていません。

 また、一般的な建設現場の飛来落下災害防止については、次のような規定があります。

第五百三十七条  事業者は、作業のため物体が落下することにより、労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、防網の設備を設け、立入区域を設定する等当該危険を防止するための措置を講じなければならない。

第五百三十九条  事業者は、船台の附近、高層建築場等の場所で、その上方において他の労働者が作業を行なつているところにおいて作業を行なうときは、物体の飛来又は落下による労働者の危険を防止するため、当該作業に従事する労働者に保護帽を着用させなければならない。

飛来落下災害については、「防網」等を張ることも必要であるけど、下を通る者はヘルメットを着用しなければなりません。

工事現場で「足場を解体中にネットを取り外して」しまった後では、100%飛来落下災害を押さえることはできないということです。そのためには、「立入禁止区域」の設定しかこのような災害をなくす方法はないと思います。

市街地等では、人通りを工事のために止めるということは困難なことだと思います。しかし、それをしなければ同種災害はなくなりません。それを実施することが元請けの義務だと思うのですが、それが裁判で明確になっていないことは残念です。

レックの火災事故について

(新橋〜横浜間鉄道開業時の一号機関車、by T.M)

4/29 静岡放送

2020年、静岡県吉田町の工場で消防隊員ら4人が死亡した火災で、静岡県警が社員2人を書類送検したことをうけ、会社側が反論する異例の会見を開いた。「社員の管理責任は問えない」とする会社側の主張とは?

(レック 貝方士利浩専務)

「当社としては事故調査委員会で『原因は特定できなかった』と結論づけている。原因を特定できないものについては現場の管理責任者の責任は問えないだろうと認識している」

静岡県警の捜査に強い口調で反論したのは、工場で火災が発生した日用品メーカー「レック」の役員。

この火災は2020年7月、吉田町にあるレックの工場で起きたもので、工場の中で状況を確認していた消防士と警察官の合わせて4人が逃げ遅れて死亡した。

この火災の原因について県警は「工場で製造した洗剤から出火した」として、発火した洗剤に含まれていた「過炭酸ナトリウム」が熱で化学反応を起こし、爆発的な延焼に至ったと説明。

「過炭酸ナトリウム」の適切な管理や火災を防ぐための措置などを怠ったとして、4月28日、工場で品質管理などを担当していた責任者2人を業務上過失致死傷などの疑いで書類送検した。

これに対し4月29日、急きょ記者会見を開いたレック。会社の事故調査委員会の報告では「出火原因の特定に至らなかった」として、県警に対し「原因が特定されていないのに社員の責任は問えない」と反論した。

(レック 青木光男会長)

「前提として消防の管理下におかれての事故。なぜ亡くなったからといって私たちの社員の責任なのか、私はそれだけは合点がいかない」

また、火災の原因をめぐってもレック側は「防火シャッターを開けたことで空気が一気に工場内に入り爆発した可能性が高い」という見解を示しているが、県警は「爆発時に防火シャッターは閉まっていた」と否定している。

県警の捜査に対し会社側が反論する異例の展開。レックは今後、書類送検された社員2人が起訴された場合、裁判で全面的に争う姿勢を示している。

亡くられた警察官様と消防士様のご冥福を祈ります。

消防署と警察と労働基準監督署は、必ず災害の現場で出会います。とは言っても、被災者救出を目的とする消防署と、災害原因を調べて、最終的には書類送検まで持っていく警察と労働基準監督署では少し立場は違います。また、警察が現場に常に20名以上は必ず来るのに、監督署は多くて4人くらいで、立場は対等とはいえ、監督署は警察の後ろに回って災害調査をしていた現実があります。しかし、現場で見かけると仲良くなり、検察庁へ警察職員と一緒に相談に行くようなことも何回かありました。また、消防署は救急車を出動させるため、事故の第一報が工場等から入りやすいため、警察署と監督署は情報ももらう立場でもありました。

この3年前の事件では、災害調査中に警察官と消防隊員が爆発の2次被害に合い4人亡くなったそうです。それが、今回の「業務上過失致死傷罪」の送検となった訳ですが、会社側としては、「警察」や「消防」の仕事の進め方が悪かったので死亡災害が起きたのに、なぜ自分たちが送検されるのだという不満があるということです。

警察や消防の方と一緒に現場で仕事をしてきた元監督官の私としては、殉職されている方がいるのに、会社側のこの発言はないと感情的には思います。でも、理性的に考えると、会社側の主張も正しいと思います。もし、労働基準監督官が災害調査中に亡くなったとしたら、それは、そのような危険な災害調査をさせた組織の問題であると思うからです。(「救助」を目的として危険な現場にいらした消防の方たちは、少し違うと思います)

会社側の対応としておかしいなと思うのは、「出火原因の特定に至らなかった」と述べている点です。事故の原因が判明していないということは、再発防止対策ができていないということです。すなわち同種災害が再び起きる可能性があることです。実際に、今回の災害の以前にも火災があったそうです。

「出火原因の特定に至らなかった」のに、現在も工場を稼働しているとしたら、そちらの方は大きな問題であると思います。