ダブルワークと労災保険(4)

(旧甲州街道の笹子隧道と’85年式ジムニー・山梨県大月市、by T.M)

「Uber Eats」の第2の問題点は、最低賃金以下の報酬しかないケースがあるということです。

「Uber Eatsの報酬」でネット検索しますと、「実際に働いている人」の発言という形で、「慣れると時給2000円はいく」「最高月30万円は稼げる」等の景気の良い言葉が並んでいます。ただ、よく探すと「2時間で3回配達して、1700円しかならなかった」という投稿もあります。どうも、後者が事実なのではないかと推測します。

タクシーの初乗りは横浜では730円ですが、我が家は京急上大岡駅からクルマで10分くらいのところなので、初乗り運賃で済む場合があります。つまり、10分の乗車に対し730円を支払うのですが、タクシーの運転手さんの1時間当たりの収益はその6倍の4380円だと考える人はいないはずです。

使用者が、運送等の作業で労働者を雇用する場合は、なるべく「手待ち時間」が発生しないようにしなければなりません。「手待ち時間」も賃金には算入させなければいけないので、この「手待ち時間をなくすこと」というのが、経営者の能力のひとつとなります。しかし、この「Uber Eats」の仕事では、結局「手待ち時間」の経費については会社側はまったく見積もる必要がなく、大きな意味では「手待ち時間の損失」は配達人持ちという状況になっているのです。これでは、最低賃金以下の報酬が発生することは当然だと思います。

選挙が近いですが、自民党の公約によると「正規雇用と非正規雇用の格差をなくし、非正規雇用で正規雇用を望む者には正規雇用となる社会を目指す」となっています。共産党の公約でも「正規雇用者を増やす」となっています。各党すべて、雇用対策については「非正規雇用労働者の処遇改善」を挙げています。でも、この「正規労働者」「非正規労働者」の問題以外に、日本の社会では、「Uber Eats」の労働に代表されるような「個人事業主」の問題が急激に広く進んでいるような気がします。

(注1)この「個人事業主」という表現を使うことに少し抵抗があります。私も「労働安全衛生コンサルタント事務所」を経営していた個人事業主でしたし、お医者様も、街の商店街の店舗もみんな個人事業主です。「Uber Eats」のような、スマホを仲介とした仕事をする人を、従来の「個人事業主」と区別するために、何か良い別の表現はないでしょうか。

(注2)「Uber Eats」の配達人を、私は「個人事業主」と判断していましたが、「労働者性」もあるのではないかという指摘をある人から受けました。それは、「仕事の代替性」についてです。つまり、「Uber Eats」から仕事を受けた配達人が、「個人事業主」であるなら、「他の者に仕事を代わってもらう」ことも可能ではないのかという指摘です。

「Uber Eats」に、「必ず自社で登録している配達人が配達しなければならない」という規約があるなら、「労働者性がある」ということにならないのかという問題提起ですが、確かにその通りだと思います。その視点は私にはありませんでした。「労働者性」についても、もう少し考えて見る必要があるかもしれません。

東証一部に上場しているある運送会社の株価が、2014年に500円だったものが、2019年現在で5000円まで上昇しています。5年間に10倍の株価上昇です。その会社は世界的なネット通販会社の運送部門を担当している会社です。その会社が、これだけ業績が伸びている理由は、「個人事業主」を活用し、配達しているからだと、yahoo・ニュースでは解説しています。

「Uber Eats」の配達人のことを考えていて、このような業務形態が「一般の貨物運送事業」にまで拡大していったら、「正規雇用」「非正規雇用」の問題どころじゃない大きな格差の問題となると思っていたら、実際の現場ではまさに現在進行形のようです。

せめて、このような個人事業主の「最低賃金の確保」と「労災補償」だけは、行政の指導でなんとかならないでしょうか。

(注3)「貨物運送事業」の「個人事業主」については、労災保険の「一人親方の特別加入制度」が、昔から利用できます。しかし、この制度ができた当時では想定できなかったくらいに、「労働者」から「個人事業主」への変換が進んでいるように思えます。ちなみに、この特別加入制度は、現在のところ「Uber Eats」の配達人では、加入できないようです。

ダブルワークと労災保険(3)

(足柄のアジサイ・開成町、by T.M)

「Uber Eats」の問題点は、やはり配達人が「労働者」でなく「個人事業主」であることでしょう。

労働者とは、「労働時間を売って、お金を得る人」です。こうはっきり言うと、身も蓋もなくて 必ず反発を受けます。「働くということは、何かしらの成果がなければならない。時間だけ拘束されていて、金をもらえるのは公務員くらいだ。」(こういう発言に引合いに出されるのは、いつも必ず“公務員”です)

労働とは、「成果」なのか「拘束時間」なのかは、それこそ100年前からある議論でして、取りあえず、現在の労働基準法では、労働者の定義は上記のようなものになっています。もうすこし、法律的な表現をするなら、「労働者とは、使用者から、時間的・場所的な拘束を受け、その指揮命令を受ける人」ということになります。

「Uber Eats」の配達人は、その業務の自由さ故に、労働者とは法的にならず、個人事業主となるのです。働く人にとって、「個人事業主」の方が得か、「労働者」が得かは、考え方ですが、普通に考えると、やはり「労働者」の方が安心でしょう。「個人事業主」のメリットは、税金面で「必要経費」を計上できるということですが、デメリットは、労働者でないので労災保険の適用がないということです。

 もちろん、学生や主婦が行うパートやアルバイトで、今までも「労働者」でなくて、「個人事業主」扱いされていた業務はあります。「家庭教師」や「新聞の集金」等がそれに該当します。しかし、この「Uber Eats」の業務が、それらと違うことは、「事故が多い業種」であるということです。

 ある業種が別の業種と比較し、災害が多いかどうかを判断する一番確かな方法は、「労災保険料率」を比較する方法です。企業が労働基準監督署に支払う労災保険料は

       (支払賃金総額) ×  (労災保険料率)

です。この「労災保険料率」は業種ごとに定めてあって、過去の労災保険の給付の実績からその料率が定めてあります。ですから、業種比較で、多くの保険給付があった業種が分かるのです。ちなみに「労災保険料率」が一番高い職種は、「炭鉱業」で「8.8%」です。

「Uber Eats」の配達人の業種は何かということについては、少し議論の余地があります(つまり、新しい業務形態なので、業種がまだ決まっていない)。業務が似ている業種として、「貨物取扱事業」が挙げられますが、保険料率は「0.9%」です。これは、けっこう高い数字で、一般の飲食店の「0.3%」の3倍です。つまり、レストランのデリバリーのつもりで働いても、通常にレストランで働くよりもはるかに危険だということです。

もしダブルワークの人が「Uber Eats」で配達中に、交通事故でもあったら、治療費と休業補償は自分の社会保険を遣わなくてはなりません。もし、本業の方を長期欠勤した場合は、「退職」扱いとなる可能性があります。あくまで、「自己都合の休職(病気休暇も含む)」なので、労働基準法19条の「解雇制限」の対象にはならないのです。

この、「Uber Eats」の配達人の労働については、「労災保険」以外に、「最低賃金」のことが大きな問題となります。

(続く)

 

ダブルワークと労災保険(2)

(みなとみらいの夜景、by T.M)

先日、「MOV」というアプリをスマホにいれました。タクシーを、必要な時に必要な場所に呼出し利用できるアプリです。実際に試してみると、10分以内に必ずタクシーが利用できました。やってきたタクシーが所属する会社は様々で、呼び出した場所に一番近いところにいたタクシーをMOVが呼出していたようでした。

(もっとも「MOV」は、呼出す「場所」の登録がすごくやっかいです。GPS機能がもっとうまく利用できないのでしょうか)

スマホを利用するサービスが最近増加しているようです。この間、NHKの午後7時からのニュースで「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の特集をしていました。

ウーバーイーツというのは、レストランからの料理の配達を個人で請負うものです。気楽にできる兼業ということで、興味を持っている人も多いということです。私は、この会社の業務は「やばい」と思っているのですが、私の意見を述べる前に、このブログを読んでる私のような高齢者の方に(?)、webで集めた同社の業務形態を紹介します。

① この会社はUSAで始まったスマホを利用した「白タクサービス(配車サービス)」の「Uber」が基です。「Uber」は、日本では「白タク」が認められていないので、「Uber Eats」として、料理の配送に特化しました。因みに、「Uber」自体は世界で爆発的に成長している会社です。

② この会社は、加盟のレストラン等から個人宅等に料理をデリバリーする会社です。つまり、昔の「そば屋の出前」の「出前」に相当する業務を加盟レストランから委託されています。

③ 加盟レストランは、今年の6月に10000店を超えたそうです。現在では東京地区・大阪地区のみですが、今後名古屋地区でもサービスを開始するそうです。加盟レストランの、有名どころでは、マクドナルド・スターバックス・ジョナサン(ファミリーレストラン)・吉野家(牛丼)等があるそうです。つまり、東京では既に、このサービスを利用すれと、家に居ながら、吉野家の牛丼の「出前」を楽しめる訳です。

④ このサービスを利用したい人(利用者)は、スマホ等を使用して、この会社のサイトに住所・氏名・利用しているクレジットカードの番号等を登録します。そして、アプリから「出前」の注文をします。利用者が支払った代金は、まず「ウーバーイーツ(Uber Eats)」に入金され、それから「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の使用料金を差し引かれ、加盟レストランに支払われます。

⑤ 配達人は、「パートナー」として「ウーバーイーツ(Uber Eats)」に登録します。配達人になるためには、書類審査及び事前の簡単な研修(説明)があるそうですが、主婦や学生や、ダブルワークをしたい人等が登録しているそうです。研修会への参加費用が支給されるのかは、不明です(多分でないでしょう)。「自由な時間に働ける」が配達人勧誘のうたい文句です。

⑥ 配達人は働きたい時間にアプリを起動させます。そうすると、配達の注文があれば「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の方から連絡があります。配達人は、その仕事をしたかったら、それを受けますし、その気がないなら放って置きます。ひとつの注文に対し、複数の配達人に情報が流されますので、注文を受ける場合は早い者勝の場合もあるそうです。配達人は、仕事を受ければ、注文を出したレストランに行き、料理を受取り、利用者に届ければ業務完了です。報酬は、運んだ距離に応じて支払われるそうです。

⑦ ネット上の噂では、「自由な時間に働いて、月10万円くらい」稼げるそうです。運ぶ方法は、徒歩でも、自転車でも、バイクでも配達人に任せられているので、自転車を使って「健康作り」のために、この仕事をしている人も多いそうです。(この会社、流石にネットを利用した口コミの宣伝がうまいですよね)

何か、この記事の冒頭に紹介した「MOV」を利用したタクシー配車サービスに似ていますが、決定的に違うものがあります。「MOV」の場合はタクシー運転手は「労働者」ですが、「ウーバーイーツ(Uber Eats)」の配達人は「個人事業主」です。私と同様に、少し労使関係の調整の仕事をしてきた者にとっては、この「配達人の業務」の危険性がすぐに理解できます。

(続く)

 

ダブルワークと労災保険

(牛伏寺山門とツツジ・長野県松本市、by T.M)

最近友人に、厚生労働省の政策審議会のサイトが面白いから覗いてみろと言われました。試しに見てみたんですが、確かに興味深い議論をしていました。「ダブルワークをする人の労災保険の適用」についてです。次のような問題に対し、討議されていました。

Aさんが、朝8時から17時までをX工場でで働き、月給20万円をもらい、そしてさらに、17時30分から21時30分までYコンビニで働き、月給10万円をもらっていたとします。AさんがYコンビニで就業中に転倒し休業した場合、労災保険からはいくら支払われるべきでしょうか?

この問題については2つの考え方があります。

「労災保険は、生活に対する補償給なのだから、X工場とYコンビニの月給の合計30万円を労災保険から支払われるべきだ」

というのがひとつの考え方です。一般の方(つまり労災保険とは通常無縁の方)は、この考えを支持します。しかし、私のような労災保険制度に関する業務をしてきた者は、次のように反射的に考えてしまいます。

「補償されるべきはYコンビニで働いていた分の10万円だけだ。だから、X工場の給与分は不支給となる」

そして制度の運用も実際にそうなっています。このような結論に至る理由は、次のように考えるからです。

「労災保険とはまさしく『保険』であって、事業主が補償すべき休業給付、療養給付を、事業主に代わって支払っているのである。従って、Yコンビニでの労災事故は、X工場には何の関係もないので、X工場が支払っている労災保険料に充当するような補償はすべきでない」

とはいっても(実際の運用はそうだといっても)、それが正しいとは限りません。労災保険が「単なる保険」であるなら、何も「国」でやる必要はなく、「民間」の保険でも十分なはずです。その「生活補償としての労災保険」と「事業主が資金を支払っている保険」との関係をどう調整するか。その議論の内容が、冒頭の審議会のサイトから見て取れます。

「上記のような作業形態でAさんが過労死した場合の労災保険の支払いをどうするのか?」

「Aさんが、Yコンビニでの作業で労災事故にあった時に、はたして現行法規の範囲で労働基準監督署の担当官はX工場に対し、賃金台帳等の提出を要求できるのか?」

「X工場からYコンビニへ行く途中に、Aさんが交通事故にあった場合、通勤労災の適用はあるのか?」

「X工場は、Aさんの欠勤を理由にAさんを解雇できるのか」等々

様々な課題が同審議会では議論されているようです。

ところでこういう議論って、何で国会でされないでしょうか?

ダブルワークの話は次回でもします。