労働時間の考え方(2)

(自由の女神、ニューヨーク)

て、先週の続きです。

サービス残業を過重にさせて、精神を病み労災認定された事案について、「どれだけサービス残業があったのか」という事実認定と、「どれだけ残業代の不払いがあるのか」という2つの問題が発生する。この2つの問題について、今までの監督署は、

  労災部署は「100時間のサービス残業」をしていたから労災認定

  監督部署は「30時間の残第不払い」があったからその分を遡及是正

というようなケースになることが多い。

この問題について解説します。

まず、「労災部署」と「監督部署」のどちらがリアルな労働時間かと言いますと、それは「労災部署」の方だと思います。元「監督部署」に所属していた労働基準監督官の私が言うのですから間違いありません。

これは、「監督部署」の職員の仕事がいい加減という訳ではありません。

例えば、こんな事例があります。

「ある労働者について、労働時間を示すものとして

    タイムカードは月間30時間の残業

    パソコンのオープン時間では60時間の残業

の2つの資料があった。この労働者は『名ばかり管理職』であり、タイムカードが示す残業時間に対し、残業代が払われていなかった。労働者は『パソコンのオープン時間』がすべて残業と主張した。事業主は、『労働者はタイムカードの打刻の後に、パソコンでゲームをしていたこともあるので、パソコンのオープン時間すべてが残業時間ではない』と主張していた。労働者は、『確かに、タイムカード打刻後に、パソコンでゲームをしていたこともあるが、1回か2回だ』と反論した」

このケースでしたら、監督官が是正勧告書で残業代の遡及是正を命じるのは「タイムカードの打刻時間」のみです。労災部署でしたら、「パソコンのオープン時間」を考慮します。

その理由は、監督官は「是正勧告の後の司法処分」も視野にいれるからです。司法警察員として事業場を書類送検する場合は、「疑わしきは処罰せず」が原則です。つまり、「グレー時間」は一切、「法違反の特定」には使用できないのです。

では、書類送検の場合は「グレー時間」はすべて無視されるのでしょうか。送検手続きには、「法違反の特定」以外に、「情状の記載」というものがあります。残業代不払いの場合は罰則は「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」ですが、この量刑は「情状」によって決まります。上記のケースの「情状の記載」は、多分監督官は次のようにします。

「情状―本件について、法違反を特定した残業時間以外に、パソコンのオープン時間より、30時間前後の残業をしていたものと推定できるが、特定はできなかった」

この犯罪行為の確実なものを特定し、後は「情状」とするということは、刑事事件で当たり前です。警察は「スピード違反」に対し、「計測器で測定した速度の最高値」で書類送検することはありません。また、労働基準監督署が、「労災死亡事故」について書類送検する時、その事故の瞬間に法違反が行われていたかどうかを特定するだけで、「常時法違反が行われていたかどうか」は「情状」とします。

さて、「労災部署」は、この「監督部署」が「情状」としてしまう時間を一生懸命に調査し、行政の見解として「推認」するのです。

さて、ここまで書いてきたことで明らかなように、「労災部署」の調査の方が、「監督部署」の調査よりリアルです。

それを厚生労働省は、監督部署の調査結果の方を優先しろという通達を出したのです。この件について、私が仕入れた情報では、監督署の中の心ある職員は憂いています。ただ、内部からは何も言えないので、私が「それはおかしい」として、本日書きました。

また、「労災部署」と「監督部署」の労働時間の算定結果が違うことは、例えば「過重労働に関する労災裁判」に加わる弁護士の方にも理解して欲しいと思います。

私は、今回厚生労働省がこのような通達を出した背景には、「労災部署と監督部署の労働時間の算定結果がおかしい」という強い主張があったのでは外部からあったのではないかと思います。(私が監督署にいた時もそうでした。)

労働時間の考え方


(ニューヨーク証券取引所、ワシントン像)

東京新聞 1月19日
厚生労働省が昨年、過労死などの労災認定をする際の労働時間の算定について、一定条件下の仮眠を除外したり、持ち帰り残業で極めて厳しい基準をとるよう全国の労働基準監督署に通達していたことが分かった。労働時間のとらえ方を労災被災者らの救済を目的とする労災保険法でなく、法令を守らせる労働基準法に基づいていることを問題視する声も強い。労働時間が実態より過小に算定され、労災の「不認定」の増加につながる恐れがある。
(略)
 通達は厚労省労働基準局補償課が昨年3月30日付で送った「労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集」。機密扱いだが、家族を過労死で亡くした遺族ら関係者の情報公開請求で明るみに出た。労働時間の調査の留意点のほか、教育訓練や出張、警備員らの仮眠時間、持ち帰り残業などへの対応指針を示している。


へぇーと思いました。労働局の機密事項扱いの通達が表に出たようです。探ってみると次の文書でした。
 
 労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について
  基補発 0330 第1号、令和3年3月 30 日
これがwebサイト上で閲覧できます。さすがに、リンクをはることはためらわれます。


他に関連通達として、
  労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について
  労 災 発 0 2 2 2 第 1 号、令 和 3 年 2 月 2 2 日
がありますが、これは厚生労働省により公開されています。


https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/T210309K0040.pdf

この2つの通達を読んで、元労働基準監督官としての私は思うんですが、「東京新聞」の「労働時間のとらえ方を労災被災者らの救済を目的とする労災保険法でなく、法令を守らせる労働基準法に基づいていることを問題視する声も強い」ということは大体は真実です。
(注)「大体は真実」という微妙な言い回しは、記事の中には間違っている箇所もあるということです。それは「労災保険法と労働基準法で労働時間のとらえ方が違う」という部分です。「労働時間の概念」は労災保険法になく、労働基準法の考え方がすべてです。


具体的に、今何が問題となっているかを説明すると、次のようになります。


労働基準監督署の内部組織は、過重労働等を取り締まる監督組織と、労災認定を行う労災部署がある。サービス残業を過重にさせて、精神を病み労災認定された事案について、「どれだけサービス残業があったのか」という事実認定と、「どれだけ残業代の不払いがあるのか」という2つの問題が発生する。この2つの問題について、今までの監督署は、
  労災部署は「100時間のサービス残業」をしていたから労災認定
  監督部署は「30時間の残第不払い」があったからその分を遡及是正
というようなケースになることが多かった。「労災部署」と「監督部署」が労働時間の考え方が違うので、外部から見るとおかしく思える


この「労災部署」と「監督部署」の労働時間の考え方は、必ず「労災部署」の方が「監督部署」より「労働時間の認定」が多くなります。逆は絶対にありえません。厚生労働省は前述の通達によって、次のようなことをしようとしています。
「労働基準監督署内で、監督部署と労災部署の『労働時間のとらえ方』を、労働時間を短く算定する監督部署の考え方に統一しろ」


なんでこうなっちゃたのかということと、私のこの問題にたいする意見を次回書きます。

もしかして・・・バス会社

(新春の真鶴岬、by T.M)

神奈川新聞12月23日

横浜市交通局は23日、休憩時間中に市営バス車内で妻と飲食した港南営業所の男性運転手(49)を減給にするなど、職員3人を懲戒処分にした。

 同局によると、運転手は8月、洋光台駅前(同市磯子区)を起終点に循環する107系統を運行した際、偶然乗っていた妻を終点で降ろさず、近くの公道にバスを止めて休憩した上、軽食を妻に買いに行かせて車内で2人で食べたという。

 バスのドアが開いていたため、不審に思った通行人が通報して発覚。ドライブレコーダーの映像などから、休憩する所まで公道を約50メートル移動する際、運転手がシートベルトを締めていなかったことも判明したという。

この記事について、あまりにもバカバカしく思っていたんですが、「あれ?」と考え直しました。もしかしたら、この事件の裏には重大な問題が潜んでいるのではないでしょうか。今回は、私の妄想100%の話です。

他の記事によると、いつも横浜市交通局に意見を言ってくる人(いわゆる「クレーマー」)の通報により、運転手を処分したとのこと。

まあ、ヤフコメでは「こんなことぐらいいいじゃないか」という意見が多かったことが救いなんですが、労働問題の専門家である私(?)が分析します。

この運転手の行為の問題点は以下の3つです。

①バスに奥さんを乗せた

バスの中で奥さんと食事した

シートベルトをしていなかった

因みに、これも他の記事からの情報なんですが、この記事では「公道上にバスを停めた」ということになっていますが、正確には「公道上でのバスの待機場所」ということです。

さて、①と②についてですが、これって「問題なし」じゃないですか。運転手は休憩時間だったということですが、「休憩時間」にカミさんと一緒に食事するのは、なんら差しさわりがないでしょう。

③の「シートベルト」の件ですが、これはいかにも取ってつけたものですね。確かに法違反ですから、処分事項にはなりますが、「ドライブレコーダーで確認した」ということが気になります。横浜市は、多くの職員のドライブレコーダーを確認した上で、「今回の事件の運転手のみシートベルトをしていなかった」から処分したのでしょうか?労働者への処分というのは、警察が行う「違反行為の摘発」とは一線を画すべきです。警察なら「見せしめ」のために、「たまたまみつけた法違反」を処分することは、仕方ないことだと思います。

そんなことを考えていたら、ふと思いました。

「バスの運転手というのは、休憩時間でもバスを離れてはいけない規則になっているのではないだろうか? だから、奥さんとバスの中で食事をするしかなかったんではないか?それを隠すために、こんな処分をしたのではないか?」

もし、こういう状況なら、非は会社側にあります。労働基準法では、「休憩時間の自由利用」を定めていて、休憩時間について場所的な拘束をすることは認められていないからです。

私が、こんなことを考えるのには理由があります。私が現役の時に、あるバス会社に対し、この問題を指摘したことがあるからです。「8時間以上の労働時間中には、1時間以上の自由利用できる休憩時間を与えなくてはならない」この労働基準法の規定について、「保安上の問題で、バス運転手はバスの中で、あるいはバスの傍で休憩をとらなければならない」ということになれば、それは法律上の休憩時間にならずに法違反となってしまうからです。

私の妄想どおりなら、今回の会社の対応も納得いきます。クレーマーの箴言は、そのことを指摘した訳ではないのですが、

「バスの中で、そこでしか休憩をとれないバス運転手が、他人と食事をして何が問題なの?」

という問題提起をしてしまったのです。

そこで、横浜市交通局としては、「シートベルトの件を持ち出して処分をし、お茶を濁した」

これが、私の妄想ですが、真実はどうなんでしょうか?

ゴーアプリ運営会社は転売屋だ

(正月の八菅神社、by T.M)

頭にきました。けっこう怒ってます。タクシーの「ゴーアプリ」についてです。

関東地方に雪が降りました。交通機関が滅茶苦茶です。仕方がないので、タクシーを利用することにしました。スマホに仕込んである、「ゴーアプリ(タクシー配車アプリ)」でタクシーを呼ぶと、「今日は大変混み合っているので、優先パスの人から配車します」との表示がでました。

要するに、「雪の日でタクシー利用者が多いので、配車をして欲しかったら追加料金を払え」とのことでした。横浜は坂の多い街です。雪の日に運転するのでは、タクシーの運転手さんも大変なんだなと思い、追加料金を支払うことにしました。

私がタクシーに乗る区間の運賃が900円、配車料金に300円、合計1200円が通常の料金です。その日は、それに追加して480円を支払うことになりました。

タクシーに乗った時に運転手さんと雑談をしていて、この追加料金のことに話が及びまして、私は言いました。

「雪が降った後の運転は大変ですね。でも、追加料金が支払われるから、運転手さんには得ですよね。」

運転手さんは次のように否定しました。

「とんでもない。追加料金はすべて、ゴーアプリの配車サービスがもっていって、運転手とタクシー会社には一円も来ないのです」

私は驚きました。そして、このことが事実かどうか、ちょうどその日は別のタクシーも利用したので、そのタクシーの運転手さんにも確認したところ、同様な話をしてくれました。

ひどい話だと思いました。「火事場泥棒」という言葉を連想しました。

「雪の日の運転」等について、通常の料金より高額の料金を求められることは仕方がないことだと思います。でも、それなら、運転手さんとタクシー会社に還元しろ。それが私の思うところです。

多分、ゴーアプリの会社は私の「感覚」など何も理解できないでしょう。「飛行機のチケット」ように、「需要が多くなれば、価格が高くなるのは当たり前」という理屈でしょう。でも、違うのです。「需要が多くなって、稼げるのは実際に動いている会社であって、汗をかかないアプリ会社だけが儲けること」は社会的に許してはいけないのです。

ようするに、この「ゴーアプリ」の商法は、テンバイヤーの商法なのです。「マスクが不足している時に、買い占め高く売る」、あるいは「コンサートのチケットを、転売し高く売る」、やっていることは一緒です。そして、「タクシーという公共交通機関」を相手にテンバイヤーをやっているのですから、より悪質です。

なんか、ITの利用が多くなると、格差が広がるという理屈が分かるような気がしました。要するに、こういうことだったのですね。

また、元労働基準監督官の立場から言わせてもらうなら、「労働の売買」にプラットフォームビジネスを使って欲しくないのです。

プラットフォームビジネスとは、アマゾン・楽天を筆頭にとても素晴らしくて、便利だと思えるます。でも、それが「労働の売買」と結びつくと次のようなものになります。

サイトに登録しておくと、マッチングアプリを経由して、単発の仕事が回ってきて、アプリの指示に従って現場に行って仕事をすると、後からサイト運営会社から入金される。

多分、派遣法違反している、そんなビジネスが実際にあるようですが、ピンハネするサイト運営会社だけが儲かるような仕組みではいけません。

そんな違法派遣のことと比較しながら、ゴーアプリ運営会社に怒りを覚えた雪の日でした。

このブログを観た人、「ゴーアプリ運営会社はテンバイヤー」という事実を拡散して欲しいと思います。

これは労災隠しではありません

(真岡鐡道の正月、by T.M)

朝日新聞デジタル 12月31日

高知県内建設業大手の轟(とどろき)組(高知市)が、工事現場で作業員が大けがを負う事故を起こしながら、労働基準監督署への報告を怠る「労災隠し」をしていたことが分かった。同社の幹部社員らが事故を隠蔽(いんぺい)していたという。吉村文次社長は「法令順守の重要性を説いてきたが、自分の会社で労災隠しを起こした責任は重い」として県建設業協会の会長を24日付で引責辞任した。

 吉村社長によると、事故があったのは今月4日。香南市野市町の南国安芸道路改良工事の現場で、クレーンでつるした木製の型枠5枚(計100キロ)が落ち、男性作業員(51)に当たった。クレーンを操縦する作業員が119番通報したが、轟組の幹部社員が救急車の手配を取りやめ、病院へ搬送した。男性は下請け会社の社員で脊髄(せきずい)損傷と右足骨折の大けがを負った。

 労働安全衛生法は事業者に対して労働災害の発生を報告するよう義務付けているが、幹部社員が事故を隠すよう現場責任者に指示したとみられる。轟組は今月14日に安芸労基署から指摘されるまで事故を把握していなかったという。

 吉村社長は30日、朝日新聞の取材に「労災隠しは犯罪行為。重大なコンプライアンス違反であり、経営者としての管理責任を感じている。再発防止に向けて法令順守の徹底に努める」と話した。

この記事を読んでちょっと意外な気がしました。この記事が述べている事実関係(特に日付!)が正しいものであるなら、労働基準監督署は「労災隠し」とは取扱わずに不問とするはずです。

労災が発生した時に事業場が取るべき対応として、常識的には次の3点が考えられます。

  • 災害直後に警察機関等に連絡し、捜査を受けやすいように現場を保存する
  • 労災手続きをする
  • 労働安全衛生規則第97条により規定されている「事業者は、労働者が労働災害で休業4日以上したときは、遅滞なく、労働者死傷病報告による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない」という手続きを行う

以上の3点なんですが、これ①と②は、別に事業者の義務ではないのです。災害直後に監督署に報告する必要はありません。事業者は被災者の救護に専念し、2次災害を防止すれば良いのです。被災者のために、救急車を呼ぶ必要があるかどうかは現場の判断にまかされています。

②の労災手続きについても、事業者が絶対に行わなくてはならないということはありません。労働基準法には事業主が、労災事故に対し「治療費」や「休業補償」を支払うことを義務づけられています。そのために、労災保険は国家が行う強制保険となっています。でも、加入が義務なだけで、使用については義務ではありません。休業を伴わない軽い事故等について、「労災保険を使用すると、来年の保険料が上がってしまうから、医療費の実費を会社で支払ってしまおう」という事業主の判断はありなのです。

(注)この場合、他の社会保険は使えません。あくまで事業主の「実費」支払いです。

俗に「労災隠し」と言われるのは、事業者が③の義務を怠った時を言います。ここで問題となるのは、「遅滞なく、労働者死傷病報告による報告書を所轄労働基準監督署長に提出」という文言のなかの「遅滞なく」とはどの程度かということです。

「遅滞なく」という言葉は労働安全衛生法に何度も出てくる言葉で、条文ごとに解釈が違います。私が現役の時には「概ね、災害発生からひと月以上経過しても死傷病報告書の提出がない場合は、刑事事件として事業者を書類送検しろ」という基準でやっていました。

東京労働局某監督署では、この期間を「1~2週間」として  web上に発表しています。私が現役時代とは基準が違ったのでしょうか。

まあ、「ひと月以上」でも「1~2週間」でもいいのですが、新聞記事にあるように「12月4日に発生した災害」について、「労働基準監督署が12月14日に会社に指摘した」のであるなら、労働基準規則第97条での送検は不可能である気がします。

よっぽど事故が大きくて、「労災隠しの法違反が確定する前に、現場検証をしたかった」ということかと思います。

「脊髄損傷」という事故だそうですが、被災者の方が後遺症等なく回復されれば良いのですが・・・、被災者の方の早期回復を祈ります。