宿日直勤務(2)

CA3I0225
CA3I0225

(M氏寄贈)

(続き)
医師と看護師が、病院に宿泊する場合、果たして「緊張感の低い仕事」が、どれだけあるでしょうか。厚生労働省は通達で各労働基準監督署に病院の宿日直勤務の許可基準を示しています(昭和24年3月23日付け基発第352号、平成11年3月31日付け基発第168号)。それによると、「軽微な労働であるなら許可」となっています。労働基準監督署の判断では、この千葉県がんセンターの夜間の医師及び看護師の労働は、「軽微な労働」とは言えないということです。

役所の欠点は「融通がきかないで、頭が固いところ」とよく言われます。しかし、それは、役所の長所でもあります。私自信が宿日直の許可申請の実地調査を何度もしてきた経験から述べるなら、労働基準監督署は愚直に上記通達を守っています。

労働基準監督署が許可していないのに、今回のように千葉県がんセンターが宿日直業務をしてしまったということについて、ニュースでは、千葉県側が『当直勤務が認められないと翌日の勤務ができないため、医師などの数が足りなくなるので、労働基準監督署と引き続き協議を続けたい』というように主張しているように聞こえます。しかしこれは、「どのように宿日直の許認可を得るか」というような瑣末な問題ではなく、「宿直勤務」という名目に隠れた、医師等の過重労働という現実があるのです。

このニュースで伝えるような千葉県側の認識では、それは「ズレてる」としか言いようがありません。医師等の過重労働は、労働者の健康状態を損ねる問題だけでなく、そこで入院する人たちの安全の問題でもあるのです。

もっとも、千葉県側はそのことを了解していて、あえてマスコミにはこのような発表をしているのかもしれません。
(続く)

宿日直勤務(1)

CA3I0079
CA3I0079

(M氏寄贈)

ブラック企業のことを話題にしていたら、こんな新聞記事を見かけました。
基本的にブログの書き方としては、ひとつのシリーズが終わったら次にという書き方をしますが、今後話題性のある記事を見かけたら、そちらの話題について「割込む」ようにします。
次のようなニュースがありました。

7月22日 12時39分/NHK発
(千葉の県立病院 医師や看護師が無許可で当直勤務)

『千葉県にある6つの県立病院すべてで、労働基準監督署の許可がないまま、医師や看護師に深夜などの当直勤務をさせていることが分かりました。千葉県は、「これまでもたびたび許可を申請してきたが、認められなかった」として、労働基準監督署と引き続き協議を続けたいとしています。
病院で医師や看護師が深夜に待機や監視の軽い業務を行ったあと、翌日に通常の業務を行う「当直勤務」は特殊な勤務形態であるため労働基準監督署の許可を得る必要がありますが、千葉県がんセンターなど千葉県内にある6つの県立病院すべてで、許可を得ないまま、当直勤務をさせていることが分かりました。
千葉県によりますと、ことし5月、労働基準監督署から千葉県がんセンターの立ち入り検査を受け、勤務の現状について確認を求められたということです。千葉県は「これまでもたびたび許可を申請してきたが、『深夜の業務が軽い業務とは言えない』などという理由で当直勤務として認められなかった」としています。
千葉県は「当直勤務が認められないと翌日の勤務ができないため、医師などの数が足りなくなる」としており、労働基準監督署と引き続き協議を続けたいとしています。』

この記事について、感想を書く前に、「宿日直勤務」ということについて説明します。
宿日直勤務とは、労働基準法第41条により定められた「監視断続労働の一部」であり、
「拘束性の高くない業務」について、労働基準監督署長が許可し、その労働については、残業代や深夜労働手当を支払うことことを必要としないというものです。
(関連条文:労働基準法施行規則第23条)

具体例を挙げます。
「テレビを見てもいい。居眠りをしていてもいい。ただ、決められた場所に居て、電話がきた時だけ、対処してくれ。電話がかかってくるのは、2~3日に1回程度だ。」
というような拘束時間は、果たして労働時間でしょうか。昔は事故対応のため、工場に泊り込む人などが多かったので、このような労働態様も時々見かけました。つまり、「ある程度の拘束性は持つが、完全な労働時間とも言えないグレーな時間帯」というものです。
このような時間帯について、事業場が労働基準監督署に申請すれば「監視断続労働の時間」として認めてもらえます。監視断続労働の時間帯であれば、通常の労働時間としてカウントすることなく、特別な手当を支払えば良いのです。
(特別な手当とは、例えば1宿直勤務については、通常の日給額の3分の1程度)
また、この監視労働の時間帯に、緊急に「通常の労働」を行った場合は、その部分だけ、通常の労働時間としてカウントすれば良いのです。この「通常の労働時間」の割合が増えてくるのなら、これは「監視断続労働」の取消しとなります。

さて、私がこの新聞記事を読んで思ったことは、「千葉県がんセンター」の対応は少し「ズレ」ているのではないかということです。というより、事の重大さが分かっているのでしょうか。
(注)私の事実認識は、NHKニュースの記事を読んだことだけです。もしかしたら、深い事情があるのかもしれませんが・・・

(続く)

ブラック企業とモンスター相談者(1-1)

CA3I0548
CA3I0548

(M氏寄贈)

このブログを初めてから約4ヶ月たちましたがついにここまで来たかという思いです。
私は、今年の3月に32年間勤務した地方労働局を退職しました。退職前の数か月間に、自分が在職した期間の出来事を、「司法」「申告」「災害調査」・・・等の項目に分け、年度別に書き出してみました。すると、そのエピソードは1000近くとなり、当分ブログネタには困らないと思いました。
その1000近いエピソードについてですが、その大部分がこの「ブラック企業とモンスター相談者」についての思い出です。
このテーマでブログを始めると、何ヶ月たっても終わらないんで、適当に区切ります。今回は「第1章」です。

私が労働基準監督官になった時に先輩から言われたことがあります。それは、次のような言葉です。
「君は民間企業経験者ということで、役所の業務に色々戸惑うこともあるだろうと思う。総じて、役所組織という民間組織よりも甘いものなのかもしれない。だけど、これだけは覚えておけ。役所の窓口というのはクレームの嵐だ。特に、ウチの役所は労働者からも事業主からも、目の敵にされる。労働者からは、仕事をやっていないと言われ、事業主からは横暴だと言われる。ひどい場合は、両者から同時に訴訟を起こされるケースもある。
とは言っても、まだ定監の場合はいい。世の中には、こんないい会社があるのかといった、優良事業場に会えることもある。
(注)定監とは
労働基準監督官の仕事のなかで、その時の社会情勢等
から「テーマ」を見つけ実施される臨検監督。例えば、
「社会福祉施設の労働時間が長い」ということが社会
的に問題にならば、「従業員50人以上の社会福祉施設」
に監督実施というように、ある意味行き当たりばったりで
行う監督。監督官としては、けっこう余裕をもって行え
る監督で、「いい人」「尊敬できる人」と出会えることも
あり、けっこう楽しいこともある。

表彰のこと(8)

CA3I0655
CA3I0655

(M氏寄贈)

私は、課長から依頼のあった「安全衛生の良好な会社」に、この会社を推薦しました。課長は、従業員7人ということで驚きました。過去にそんな小さい会社を表彰したことがないのです。

推薦には、強度率や度数率といった数字が問題となります。(度数率は延労働時間数100万時間に何件災害が発生したかを表し、強度率は延労働時間数1000時間に対し労働災害損失日数が何日かを表します。)しかし、従業員7人の事業場では、年間総労働時間数が15000時間前後なので、度数率も強度率もあまり意味をなさないのです。つまり、零細事業場では、どんなに安全管理が悪くても、数年間は事故がないのが当たり前で、私が推薦する事業場がどんなに素晴らしくても、それが客観的な数字となって表れないという理屈になるのです。

私は自分が臨検に回った事業場の中で、その会社が他の会社と比較し安全設備に費用をかけていたことを説明し、社長さんがどれだけ工場で事故が起きないように努力しているかを力説しました。結局、課長が一緒にその工場に行って調査してくれることになったのですが、経験豊かな課長もその工場のファンとなってくれました。そして、署の推薦として局に表彰候補としてその事業場を挙げたのですが、やはり、前例がないという理由で、局には署の推薦は通りませんでした。

その時に、当時の古川労働基準監督署長は、職員が数度その事業場を訪問し、その工場の努力と結果を確認しているので、なんらかの表彰が必要と考え、署の関係公益社団法人の労働基準協会が表彰するよう手配してくれました。

労働基準協会の表彰式は署の会議室で行われました。出席者は署長と課長と私、そして労働基準協会の事務局長の4名でしたが、地元の新聞社が取材に来てくれました。
表彰式に出席した社長は、その後で、新聞社の写真撮影を受けました。その時に、盛装した社長がガチガチになっているのは、傍で見ている私にも伝わりました。そして、社長は私たちに対し、何度もありがとうございましたと言って、頭を下げました。
翌日の新聞には、「ゴミひとつ落ちていない清潔な工場」の説明文と社長のこんな言葉が載っていた。「当たり前のことをやってきただけなのに、表彰されて驚いています。」

私は若さゆえ、前例にないことをしてしまいましたが、この時の表彰式での社長の顔を思い出すと、いい仕事をしたなと思います。

表彰のこと(7)

CA3I1050
CA3I1050

(M氏寄贈)

表彰のことを大分長く書きすぎたので、今度の話で最後とします。
私が表彰の件でいい仕事をしたなと思うのは、表彰のことなど何も知らなかった監督官6年目で、宮城労働局の古川署に勤務していた時の出来事です。

一般的に署の労働基準監督官は表彰関係の仕事はしません。方面主任もしくは課長以上のもので対応するのが慣例だからです。だから、その時私は表彰制度というものを全く理解してなく、無知でした。

ある日、表彰担当の課長から、管内の工場等を監督する監督官として、何か安全衛生の良い事業場について心当たりはないかと、尋ねられました。表彰対象が、見当たらないというのです。

その頃はバブルの最盛期で、景気はとても良かった時期です。古川市(現在の大崎市)はアルプス電気やYKKといった大企業もいくつかあり、その関連企業も多数所在しました。私は、月に10件程度のプレス機械加工を代表とする金属加工業や電気機械部品製造業の臨検監督を実施していました。当時のプレス機械は、今では当たり前となった安全プレスは少なく、ピンクラッチが主体で事故も多発していました。また、プレス屋さんには、アーク溶接・ガス溶接・金属研磨等の作業が付随することが多かったのですが、授業員10人未満の零細企業では、安全設備に費用をかけることもなく、堆積粉じんで床が真っ黒な工場も少なくありませんでした。そしてそんな事業主相手に安全設備設置を指摘する私は、よくトラブルを起こしました。

工場を多数臨検する中で、ひとつ驚いた工場を見つけました。従業員7人の工場ながら、プレスの安全装置は完璧で、研磨装置1台1台に局所排気装置が設けられ、工場床は光るように清潔でした。そこの社長さんは、何年か前に職人さんから独立した人で、汚い工場が嫌いで、ともかく清潔な工場としたので、結果的に安全設備に金をかけることになったと話していました。