アジャイル開発について(2)

(松田町の桜、by T.M)

今回は前回の続きです。前回までの粗筋は前回(↓)を読んで下さい。

2つの労働局の「アジャイル開発」に関する見解がまったく違っているので困惑していた私ですが、「アジャイル開発における短時間派遣を否定したB労働局」が説明する時に使用した「一連の作業」という言葉の意味に気づきました。

(注) 「アジャイル開発」チームが同じ場所で一緒に働いてフラットなコミュニケーションを行うことについて、正式な呼び名は知りませんが、この記事の中では「ミーティング」と呼びます。

要するに、ミーティングの中で、「指揮命令」が完結するのなら、「ミーティングの時間のみの派遣労働」という概念は成立するが、ミーティング後もそこで話題になったソフトウェアの開発に従事するなら、「一連の作業」が継続されることなり、「時間単位の派遣」でなくなってしまうということです。なるほど、これはB労働局の見解が正しそうです。

そんなことを考えていたら、I氏から、「内閣府の成長戦略ワーキング・グループ」の議事録情報が送付されてきました。同議事録の18ページからが、アジャイル開発に関する記録ですので、興味があることはどうぞ一読下さい。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/seicho/20210225/gijiroku0225.pdf

(注)この議事録を読んで分かったことですが、「時間単位の派遣」でなく「完全派遣」とすることができないのは、やはり「知的所有権」の問題があるようです。

さて、この「偽装請負問題」ついて「時間単位の派遣」という案が、B労働局の説明により難しくなったので、I氏にどのような意見を述べようか考えていたのですが、そもそもなぜ「偽装請負」に厚生労働省がいけないのかというのか、原点に戻って考えることにしました。

労働基準法第六条に「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」とあります。「偽装請負」とは、本来直接雇用の労働者が受取るべき賃金を、間に入った事業場が「ピンハネ」(中間搾取)するからいけないのです。因みに、この条文の「法律に基づいて許される場合」とは「派遣法に基づく派遣」を指します。

中間搾取が一般化されると、多重請負の構図となり、最終的に労働者が低賃金ということになります。「福島県における除染作業で、東電が1日17000円の日当を支払っていたのに、多重請負が原因でピンハネされ、労働者には実際日当7000円しか支払われていなかった」という事件が数年前にも起こっています。

「アジャイル開発」を現在、推し進めようとしている方々は決して下請け労働者を搾取しようとは思っていないでしょう。また、「フラットなコミュニケーション」が使用従属関係になることは決してないと考えていないでしょう。

でも例えば、仮定として「アジャイル開発」については「偽装請負」については問題がないという結論が各行政機関からでたとしたら、必ずそれを悪用して「中間搾取」を企む輩がでてきます。厚生労働省はそれを恐れているのでしょう。

話は少しそれますが、「高度プロフェッショナル制度」という労働制度が2019年から実施されています。「働き方改革」の時に話題になりましたが、「高度な専門知識を有し、年間に1075万円以上の年収を得る労働者について、労働基準法に定める労働時間規制の対象から除外する仕組み」です。この制度は導入される時に色々な問題点が指摘されましたが、現在に至るまで、何か事件は発生していないようです(と私は理解しています)。どうやら「年収1075万円」という歯止めが事件発生を防いでいるようです。

世の中には、この「年収の壁」を「400万円に引き下げろ」と主張する経営者もいると聞きます。そういう経営者こそが「制度を悪用する者」と思えます。

さてアジャイル開発についてですが、「高プロ制度における年収1075万円の歯止め」のように、何か「歯止め」を設けることができないでしょうか。

労働行政に携わってきた者として言わせてもらえば、労働者に対し

  • 低賃金でないこと
  • 長時間労働でないこと
  • 雇用の継続性が確保されること

が保証されていれば、例え外形が「偽装請負」であっても問題はない訳です。

(注)あと他に、「④ 危険作業がないこと」「⑤ 社会保険が確保されていること」が必要ですが、⑤については会社員なら当たり前のことですし、④についてはソフトウェア開発では、労災認定事案の原因が「長時間労働」「高ストレス」「人間関係」等ですので、通常の労災事故はあまりないと思いますので、ここでは省略します。

日本における「アジャイル開発」を促進させるためには、如何にこの形態がソフトウェア開発にとって有益かを訴えるだけでなく、旗振り役の企業側が前述の「歯止め」を厚生労働省に提示できる方が、同省が作成予定の「Q&A」を待っているより早いと思います(「Q&A」がいつになるか分かりませんし)。これが、今回の問題に関する私の結論です。

アジャイル開発について(1)

(松田町松田山、by T.M)

ブログやっていると、突然知らない人からメールがくることがあります。誹謗中傷もあり無視することも多いんですが、中には取材であったり、新しい情報を得るためこちらから連絡を取りたいと思えるものもあります。

先日、小学校の同級生I氏から50年ぶりの連絡がありました。私はマルチ商法の勧誘かと思い、少し身構えましたが、相手のことを検索すると、立派な大学教授でした。I氏は、何か「リカウント」という大学を卒業した後に学びなおす教育に関係しているらしく、それが再雇用と結びつくことで、文科省の指定を受ければ支援を受けることができます。その支援について地方労働局との連携が必要なのですが、私にそのような事業支援に心当たりはないかという話でした。

さっそく、オンライン飲み会をやりましたが、冒頭から注意を受けました。

I氏:「(リカウント)ではなく、(リカレント)だから。深層学習のRNNのRだ。」

私:「・・・無言」

I氏:「それから、このオンライン会議をやるに、君の手際が悪かったようだが、ITリテラシーが低いな」

いきなり「英語」と「IT」の指摘です。Iさん、私はあなたが、英語の研究論文に目を通している時間に、死亡労働災害の調査や過労死の調査をしていたんですよ。まったく違う道を歩んできたのですから、50年間の間に隔たりができても当たり前でしょ。(もっとも、小学校時代から、彼は私よりはるかに成績が良かったんですが)

それから、お互いの病気持ち自慢が始まりました。

私:「8年前にギランバレー症候群という病気をやってしまい、それ以来神経系統がやられてしまい、下り階段を手すりを掴まなければ降りれないし、ペンを持ち細かい字を書くことができない。パソコンがない時代なら生活保護をもらっていたと思う。」

I氏:「それなら、私だって、×××で○○○だ」

この老人ならではの熱い会話で、私たちは徐々に昔のように話すことができるようになりました。

話が盛り上がってきたところで、私は「リカレント云々」について、ハローワーク所管の話であり、どうも力になれないことを伝えました。すると、I氏は次の話題として、「アジャイル開発」というものを持ち出してきました。彼はこの agile software development の専門家でもあります(本も執筆しています)。

I氏からの説明でわたしが理解した「アジャイル開発」とは、次のようなものです。

ソフトウェア作成にあたり大まかな仕様を決めた後は、「委託先、受託先のチーム全員が同一場所で一緒に働き、フラットなコミュニケーションを行いながら開発を行う」このように作成することで、素早く(agile)ソフトウェアを開発することが可能であり、世界的に行われている。

まあ、私の理解は拙いものですが、I氏から特に反論もなかったもので大まかはあっていると思います。

このアジャイル開発について、「委託先から受託先の労働者に直接指揮命令していることになるのではないか」、すなわち「偽装請負の疑いがあるのではないか」ということが現在「内閣府の成長戦略ワーキング・グループ 」で問題になっています。それは次のようなものです。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/seicho/20210225/agenda.html

このURLにあるとおり、厚生労働省の見解は、次のとおりでした。

「偽装請負」であるかどうかはケースバイケース。今後、この件については「Q&A」を作成する

私はI氏に、「偽装請負」については、少しは意見を言えると答えました。そして、これは「請負」だからいけないのであって、「派遣」にすれば問題がなくなるのではないかと言いました。I氏は次のように答えました。

I氏:「これは基本的に請負でなくてはダメだ。派遣とするなら、例えば毎日1時間くらいの派遣を認めてくれなければ対応できない。

(注)ここでなぜI氏が「請負」にこだわるのか聞きそびれましたが、多分「知的所有権」等に係ることだと想像します。

そこで私はI氏に、「偽装請負」及び「時間単位の派遣の可能性」について調べることを約束しました。

翌日、私はA地方労働局の需給調整事業課に電話相談していました。同課は、「職業紹介事業及び労働者派遣事業に関すること」を行うところです。職業安定部(ハローワーク関係)に所属する課で、労働基準部出身の私としては縁遠いところです。

そこの相談員は「アジャイル開発における時間単位の派遣」については理論上は可能だという見解でした。

私は念のために、別の地方労働局(B地方労働局)にも同じことを尋ねました。するとそこでは「ダメだ」という返答でした。

まったく違う返答に私は困惑しました。

                       (続く)

10年目!

(新型ポルシェ911・ポルシェ   センターみなとみらい、by T.M)

東日本大震災・・・あれから10年ですか。時がたつのは早いものです。

地震と遭遇したのは、当時勤務していた役所(JR新横浜駅)から約8km離れたJR中山駅にいた時のことです。JRが停まってしまったので、出張先からまずは役所まで歩きました。役所に帰ってきてみると、帰りの電車も動いていなかったので、私はさらに16kmあるいて、横浜地下鉄の上大岡駅まで歩きました。つまり半日がかりで24km歩いて家まで帰ってきた訳です。帰ってくる時に、横浜市内の主要道路を歩いていて気付いたのだですが、大きな交差点では警察官が手旗で交通整理をしていました。非常時の訓練が行き渡っていたのだろう、頼もしく思えました。

震災から20日後、神奈川労働局から初めて、現地のお手伝いということで私が石巻労働基準監督署へ行くことになりました。鉄道は寸断されていたので、バスを乗り継いでの移動です。当時は、新宿駅でなく臨時に東京駅からバスが発着していました。そこから11時間かけて、石巻まで行ったのですが、街中はまさにガレキの山でした。

監督署には、「会社や工場が流されてしまい」賃金不払いが発生していることを、ようやく問題とすることができた人たちがたくさん押しかけてきていて、あの時くらい懸命働いたことなかったなと思えます。

そういえば、一緒に働いていた地元の職員がこんなことを言ってました。「今は、みんな手助けしてくれるけど、やがてはいなくなる。その時までに、自立しなければならない」

東北のうまい酒と魚とコメは手に入るようになったけど、復興はまだまだ、道半ば。全ての人が、あの日のことを思い出と語れる日が来ることを願います。

さて、今日はまた思い出話です。

ある中小企業のサービス残業を指摘したところ、事業主が次のように反論しました。

「みんなバスを待つのに、事業場に残っているんだ。寒い中、バス停で待ちたくないからな。そんな時間まで残業代を払わなければならないのか」

調べて見ると、確かにバスの発車時刻は5時45分で、みんな5時30分ぐらいまで残業をしていました。それを事業主は残業と認めなかった訳です。事業主はさらに続けました。

「業務終了の5時になったら、みんなにタイムカードを打刻して、事務所の中でバスを待ってもらいます。」

私はそれは、絶対にダメだと言いました。結局、「タイムカードに客観的な労働時間記録」と「残業の自己申告制」ということで残業管理をしていくことにしました。労働安全衛生法により、タイムカード等により労働時間の把握が義務づけられた現在において、あの事業場は今どのように時間管理をしているのでしょうか。

私が何を言いたいかと言うと、先週のこの記事です。

女性職員、バス乗るため2分早く「退勤」…記録ごまかし316回

3/11(木) 6:59配信、読売新聞

 千葉県船橋市教育委員会は10日、1年9か月間で316回、勤務終了前に退勤しながら、他の職員に頼んで正規の時間に退勤したように記録させていたとして、生涯学習部の課長補佐級の女性職員(59)を減給10分の1(3か月)の懲戒処分とした。

 発表によると、出先機関に勤務する女性職員は、帰宅時に最寄りのバス停から午後5時17分に出発するバスに乗るため、正規の退勤時間の同5時15分より2分程度早く退勤する行為を繰り返していた。バス停は職場から徒歩3、4分で、後続のバスの出発時刻は約30分後だったという。

 同様に勤務時間終了数分前の退勤を繰り返したり、依頼を受けて退勤時間の記録を変更したりした正職員1人と会計年度任用職員6人も訓告や厳重注意処分を受けた。

これ労働者に同情的な声もネット上にあるけど、これは絶対に許せない行為です。

「バスに乗るために2分早退した。」

ということを認めることは

「2分くらいのサービス残業は仕方がない」

という主張を認めてしまうことになり、かえって労働者への不利益となります。

タイムカードの不正打刻はさらに重大です。タイムカードの打刻時間イコール残業時間とならないのは、先の私の事例のとおりですが、過労死の防止等について言えば不正打刻は絶対にやってはならないことです。

「事業主のタイムカードの改ざん」を許してならないように、「労働者が労働時間の記録を改ざんすること」は当然懲戒処分の理由となります。

労働時間の適正管理については、事業主と労働者が対等に義務があるということを強調しておきます。

TVタックル

(紫色のマツムシソウ・乙女高原、by T.M)

次のような記事を見つけました。女優の井上さんが、コロナに罹患した時に、保健所の職員の対応が悪かったと主張しています。その記事を読んでいて、労働基準監督署に勤務していた頃の相談者との電話対応を思い出しました。それを書きます。まずは記事の紹介をします。

スポニチ 3月1日(全文引用)

女優の井上和香(40)が28日放送のテレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」(日曜正午)に出演。自身が新型コロナウイルスに感染した時の保健所の職員の対応に不満がぶちまけた。

 井上は昨年12月29日に陽性と診断され、軽症と診断され、自宅療養に。先月18日に一定の経過観察期間を経て、体調も回復したことを受け、活動再開の報告をした。

井上は、復帰直後のインタビューで「保健所さんから『入院されますか?』と聞かれると、『どうなんでしょう』と。『このくらいの症状なんですけど、どうしたらいいですか』となると、『じゃあ一度様子を見ましょうか』という話になってしまう。もっと苦しい人の話をニュースでも見てるので、私が入ってベッドを埋めるわけにもいかない。本当に歯がゆいしか言いようがない。でも本当に苦しいっていう感じでしたね」とコメント。「私としては先生に診てもらいたいんですと。先生の判断で入院が必要なのか、療養でいいのか、判断してほしいというのはありました」と訴えた。

 スタジオでそのVTRを見守り、エッセイストでタレントの阿川佐和子氏(67)から「本当にそうだよなと思う」と同情の言葉が出る中、井上は「2択なんですよ。自宅か、入院か。忙しいんでしょうけど、事務的なお話しかないんですよ」と訴え。元宮崎県知事で衆院議員も務めたタレントの東国原英夫(63)は「保健所としても強制的に入院はさせられない。人権等の問題があって。ご自分の意見を尊重されるんですよ」とフォローを入れた。

そのうえで、井上は「どっちかというと、『入院じゃなく、受診をしたい』『先生に診てもらいたいんだ』って言ったら、(保健所に)『オンライン診察ができる病院を自分で探してくれ』って言われたんです。年末年始の感染だったので、病院はやっていないですし、病院は自分で探すのかっていうことにすごく疑問で」と不満。「その2日後ぐらいに、もう一度、再三言って、粘って、やっと探してくれたんです。本当に粘らないとやってもらえない。だいぶしつこく言わないと。大変なのはわかるけど、こっちもそんなに言わなきゃ聞いてくれないの?っていう、歯がゆいっていうか、怒りもちょっとありましたよ」と保健所の対応に苦言を呈した。

私も労働基準監督署にいた時に相談を受ける立場で、これは答えられないという質問も多く受けました。それは次のようなものです。

「信頼できる労働組合を教えてくれ」

「弁護士を紹介してくれ」

「産業医を紹介してくれ」 等

これって役所が絶対に答えられない質問なんですよね。例えば、ひとつの労働組合を紹介したら、当然他の労働組合から文句が言われるし、労働組合関係なら「労働センター」という専門の役所もありますから、そこに聞いて下さいということになります。社労士・弁護士の紹介はもっとできません。癒着を疑われるからです。

(注)「産業医の紹介」については、個別の医師は推薦できないのですが、地域の医師会の産業医部会と連携を取ることになっています。

ですから、冒頭の新聞記事の保健所の対応は当然だという気がします。「医師の紹介」なんてしたら、後から大変な騒ぎになりますし、その医師の対応が井上さんの満足がいかないものでしたら、井上さんはさらに怒るでしょう。

また、今回のケースで言うと、井上さんは、保健所側が発するメッセージを実は十分理解しているのです。そのメッセージとは次のものです。

  • 保健所は事務的な返答しかできない。井上さんの心の平安を得るようなことはできない
  • 保健所は、入院手続きを進めるかどうかしかできない。

保健所側としては「そもそも井上さんは、既に医者の診断を得て、コロナ感染を確認しているんだから、そちらの医師と相談したらどうだ」ということも考えていると思います。

それでは井上さんの側からこの局面を見ると、次のようになります。「国民の命がかかっているし、年末年始で診てくれる病院もない。何の手もさしのべないはなぜ?」。

まあ、最良の方法としては、保健所側が「オンライン診療の可能な病院の名簿」を作成してその中から選ぶようにと指導することのような気がします。地方労働局が、「アスベストをはじめとする有害化学物質等の特殊健康診断実施健康診断機関」を紹介するのに、この方式を使っています。でも、「特殊健康診断」ならともかく、「一般診療」では、「あの医師は載せたけど、この医師は載せない」とか「名簿が古くなっている」とかのトラブルが続出するでしょうから、名簿による紹介は保健所はしたくないでしょう。

何度もこんな電話トラブルを経験した私が思うに、相談者と役所の溝はなかなか埋まりません。

それではどうしたら良いのか。まあ、私が担当者でしたら、原則を崩して、さっさと「ふたつか、みっつのオンライン診療機関」を教えると思います。最終的には、「人の命」がかかっていますし、この井上さんの件で一番迷惑をかけられているのは、電話を通じるのを待っている他の相談者なのですから・・・。