TVタックル

(紫色のマツムシソウ・乙女高原、by T.M)

次のような記事を見つけました。女優の井上さんが、コロナに罹患した時に、保健所の職員の対応が悪かったと主張しています。その記事を読んでいて、労働基準監督署に勤務していた頃の相談者との電話対応を思い出しました。それを書きます。まずは記事の紹介をします。

スポニチ 3月1日(全文引用)

女優の井上和香(40)が28日放送のテレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」(日曜正午)に出演。自身が新型コロナウイルスに感染した時の保健所の職員の対応に不満がぶちまけた。

 井上は昨年12月29日に陽性と診断され、軽症と診断され、自宅療養に。先月18日に一定の経過観察期間を経て、体調も回復したことを受け、活動再開の報告をした。

井上は、復帰直後のインタビューで「保健所さんから『入院されますか?』と聞かれると、『どうなんでしょう』と。『このくらいの症状なんですけど、どうしたらいいですか』となると、『じゃあ一度様子を見ましょうか』という話になってしまう。もっと苦しい人の話をニュースでも見てるので、私が入ってベッドを埋めるわけにもいかない。本当に歯がゆいしか言いようがない。でも本当に苦しいっていう感じでしたね」とコメント。「私としては先生に診てもらいたいんですと。先生の判断で入院が必要なのか、療養でいいのか、判断してほしいというのはありました」と訴えた。

 スタジオでそのVTRを見守り、エッセイストでタレントの阿川佐和子氏(67)から「本当にそうだよなと思う」と同情の言葉が出る中、井上は「2択なんですよ。自宅か、入院か。忙しいんでしょうけど、事務的なお話しかないんですよ」と訴え。元宮崎県知事で衆院議員も務めたタレントの東国原英夫(63)は「保健所としても強制的に入院はさせられない。人権等の問題があって。ご自分の意見を尊重されるんですよ」とフォローを入れた。

そのうえで、井上は「どっちかというと、『入院じゃなく、受診をしたい』『先生に診てもらいたいんだ』って言ったら、(保健所に)『オンライン診察ができる病院を自分で探してくれ』って言われたんです。年末年始の感染だったので、病院はやっていないですし、病院は自分で探すのかっていうことにすごく疑問で」と不満。「その2日後ぐらいに、もう一度、再三言って、粘って、やっと探してくれたんです。本当に粘らないとやってもらえない。だいぶしつこく言わないと。大変なのはわかるけど、こっちもそんなに言わなきゃ聞いてくれないの?っていう、歯がゆいっていうか、怒りもちょっとありましたよ」と保健所の対応に苦言を呈した。

私も労働基準監督署にいた時に相談を受ける立場で、これは答えられないという質問も多く受けました。それは次のようなものです。

「信頼できる労働組合を教えてくれ」

「弁護士を紹介してくれ」

「産業医を紹介してくれ」 等

これって役所が絶対に答えられない質問なんですよね。例えば、ひとつの労働組合を紹介したら、当然他の労働組合から文句が言われるし、労働組合関係なら「労働センター」という専門の役所もありますから、そこに聞いて下さいということになります。社労士・弁護士の紹介はもっとできません。癒着を疑われるからです。

(注)「産業医の紹介」については、個別の医師は推薦できないのですが、地域の医師会の産業医部会と連携を取ることになっています。

ですから、冒頭の新聞記事の保健所の対応は当然だという気がします。「医師の紹介」なんてしたら、後から大変な騒ぎになりますし、その医師の対応が井上さんの満足がいかないものでしたら、井上さんはさらに怒るでしょう。

また、今回のケースで言うと、井上さんは、保健所側が発するメッセージを実は十分理解しているのです。そのメッセージとは次のものです。

  • 保健所は事務的な返答しかできない。井上さんの心の平安を得るようなことはできない
  • 保健所は、入院手続きを進めるかどうかしかできない。

保健所側としては「そもそも井上さんは、既に医者の診断を得て、コロナ感染を確認しているんだから、そちらの医師と相談したらどうだ」ということも考えていると思います。

それでは井上さんの側からこの局面を見ると、次のようになります。「国民の命がかかっているし、年末年始で診てくれる病院もない。何の手もさしのべないはなぜ?」。

まあ、最良の方法としては、保健所側が「オンライン診療の可能な病院の名簿」を作成してその中から選ぶようにと指導することのような気がします。地方労働局が、「アスベストをはじめとする有害化学物質等の特殊健康診断実施健康診断機関」を紹介するのに、この方式を使っています。でも、「特殊健康診断」ならともかく、「一般診療」では、「あの医師は載せたけど、この医師は載せない」とか「名簿が古くなっている」とかのトラブルが続出するでしょうから、名簿による紹介は保健所はしたくないでしょう。

何度もこんな電話トラブルを経験した私が思うに、相談者と役所の溝はなかなか埋まりません。

それではどうしたら良いのか。まあ、私が担当者でしたら、原則を崩して、さっさと「ふたつか、みっつのオンライン診療機関」を教えると思います。最終的には、「人の命」がかかっていますし、この井上さんの件で一番迷惑をかけられているのは、電話を通じるのを待っている他の相談者なのですから・・・。