最低賃金

(長崎シリーズ、by T.M)

先週、玉木雄一郎という国会議員がこんな発言をしていました。 

Googleは就職の条件から大卒を撤廃する。AI時代、採用時の学歴、年齢、性別による差別禁止は当然。それと人生100年時代、これからは定年制の撤廃も不可避だ。私は高齢者就労を応援したい。そのためには、本人の同意など一定の条件の下、最低賃金以下でも働けるような労働法制の特例も必要だと考える。

選挙で国民から選ばれた方の発言ですから、何か深い意味のある提案だと思いますが、この発言を聞いて、ある老人の腰痛の災害調査をしていた時のことを思い出しました。その方は70過ぎて、近所のスーパーマーケットの清掃の仕事をされていた方で、こう話しをしていました。「年金が国民年金だけなので、月6万円しかもらえない。年をとっているので、最低賃金しかもらえない。」

もし、玉木議員が総理大臣になったら、この老人が「年をとっているので、最低賃金以下しかもらえない」と言うような社会を作るのでしょうか。それとも「雇用率が上がったので、最低賃金以下の仕事を2つ掛け持ちでしている」と言うような社会を作るのでしょうか。そろそろ、あの時の老人の年齢に近づいている自分としては、気になります。

私は、地方労働局の賃金課(最低賃金を決める部署、現在は「賃金室」となった)に勤務したことはありません。しかし、友人がその部署にいましたので、内情は聞きかじりで少し知っています。

最低賃金の決定について、その第一歩は「賃金構造統計調査」から始まります。これは毎年、春から夏にかけて行われるもので、全国の事業場の中から、業種・規模別に約5万から6万の数の事業場の賃金を調査するものです。この統計はかなりの予算をかけ実施するもので、地方労働局では臨時集計員を何十人も雇用し、企業1件1件から調査票を集計します。ですから、どっかの労働時間調査とはケタ違いに精度の高いものです。

この、統計調査を基に最低賃金額の「目安額」を決めるのですが、その方法は公表されてないそうです。私が噂に聞いた話では、「賃金構造カーブを正規分布で表現し、その低位の5%~10%を切り捨てた額」だったと確信はもてませんが記憶しています(間違っていたらごめんなさい)。

賃金課では、この目安額を基準に最低賃金審査会というものを開催します。審査会は、地元の労働組合の代表4名を労働者側委員とし、使用者側として地元の経済界から4名の委員、そして中立の委員として公益側委員を2名置きます。公益側委員とは、弁護士や新聞社の論説委員、大学教授の方々です。この委員会でが労働側委員と経営側委員の意見がまったくあわず、最後は公益側委員が双方をなだめる形で調整されるそうです。

さて、玉木議員最低賃金の特例許可についても発言しています。そのことを次回書きます。

 

労災認定

(T.M氏の長崎シリーズです)

今日はちょっと古いですが、今年の4月10日の毎日新聞の記事についてお話します。以前にもこのブログで述べた、「労災認定結果の公表」の件についてです。

 加藤勝信厚生労働相は10日、閣議後の記者会見で、裁量労働制の違法適用で特別指導を受けた野村不動産の男性社員が、過労死していたことを認めた。男性は過労自殺し、3月に報道で明らかになったが、加藤厚労相や厚労省はこれまで「個別の案件には答えられない」としていた。

 男性の遺族が5日、特別指導をした同省東京労働局などに「公表に同意する」という趣旨のファクスを送り、同省が可否について検討を進めていた。

 加藤厚労相は会見で「野村不動産に勤めていた従業員の方が過労死した。労災認定基準にあてはめて2017年12月26日に新宿労働基準監督署長が労災認定をした」と述べた。「自殺」については言及しなかった。 

この記事なんですが、ちょっと読むと「厚生労働省は、労災認定した被災者のプライバシーを守るために、労災認定があった事実を公表を渋っていた」と取れます。また、「自殺」かどうか伝えなかったのは、被災者を守るために必要なことであったと思います。

でも、それだけでしょうか。行政は労災認定したかどうかの事実を、会社側にも伝えないのが原則なんですが、それは少しおかしいことではないでしょうか。

私が監督官の現役だった頃、ある会社からこのように言われたことがあります。

「ウチの従業員から、『四十肩になったから休業する、ついては労災申請して欲しい』と申し出がありました。会社は、四十肩が何で労災なんだと思いましたが、監督署の判断に委ねようと思い労災申請しました。監督署の人が2回調査に来たので、時間を割いて調査には全面協力しました。3ヶ月たってもその従業員が出社して来ないので、労災認定の件はどうなりましたか監督署に尋ねたところ、『労災認定したかどうかは、会社には教えられません』と言われました。これって、おかしくないですか。ウチの会社は労災隠しをしたくないし、もしものことがあって従業員に迷惑かけてはいけないと思って、労災申請しているのに、労災があったかどうかを、労災隠しを取締る役所が教えてくれないなんて矛盾です」

私は、この会社の主張に全面的に賛成します。

過労死事件については、監督署がそのことで調査に来ても、労災認定結果については、会社には一切教えないので、遺族発表の新聞記事で初めて過労死が起きたことを知るということも起こりえるのです。

これって、被災者のプライバシーを守るという側面も確かにあるけど、何か、労使間トラブルに巻き込まれたくない(特に「不認定」の場合)といった役所の責任逃れの側面も大きいような気がします。

基準システム(2)

(36協定様式です)

前回は、労働局、労働基準監督署をネットワークで繋いでいる「基準システム」が、如何に労働災害防止の分野で貢献しているかを説明しました。何しろ、日本全国の過去20年間の労働災害データの詳細を、事業場が作成し死傷病報告書に添付した図面と共に保存してあるのですから、災害分析等に役に立たない訳はありません。災害データはエクセルファイルの形でも出力できるので、素人でも分析可能です。

また、基準システムは各事業場の衛生管理者・安全管理者・産業医・健康診断結果記録・有害物・危険物のデータが20年分入力されているので、どこの事業場にどんな有害物が使用されているか等も検索可能です。

基準システムは労働災害防止について、まことに無双だと言えますでしょう。

さて今回は、この基準システムの弱点について紹介をします。それは、現在政府が進めている「働き方改革」には、ほとんど役に立たないということです。1件1件の事業場のデータが入力されているのですから、少しは利用できそうですが、無理です。

その理由は、冒頭に掲げた「36協定(時間外労働協定)の様式」にあります。36協定は、労働基準監督署に提出義務がありますが、その様式を前回の記事で説明した「労働者死傷病報告書」と比較してみると、死傷病報告書はシステムにすぐに読み込めるのに対し、36協定の方は完全にアナログ系でシステムには読み込めないことが分かると思います。

死傷病報告書に代表される、労働安全衛生法で規定されている、事業場の労働基準監督署への提出書類は、すぐにシステムに入力できますが、労働基準法で規定されている労働基準監督署への提出書類の36協定、就業規則の様式はシステムがまったく対応できないのです。

従って、各事業場の労働時間等については、個別に監督した時の記録とか、アンケート調査以外に監督署が知りえることはなく、システムに入力されません。

例えば、36協定の様式等をシステムに読み込み可能とするだけで、36協定未提出事業場の把握が可能となり、労働時間に関する指導が行いやすくなります。

もっとも、労働基準法で規定されている書類を、役所が指導しやすいように変更するということは、あくまで管理する側の行政の論理であって、国民側の利益に本当になるのか疑わしいという理屈も成り立つような気がします。

しかし、労働災害に大きな寄与している基準システムを、もっと労働時間短縮等の「働き方改革」に利用できる方法を考慮しても良いような気もします。

 

基準システム

(労働者死傷病報告書:今回はT.M氏の写真はお休みです)

最近何回か、労働基準監督署からの講演依頼があり仕事をしたのですが、今更ながらに、監督署の担当者と連絡が取りづらいことに苛立ちを覚えます。監督署では個人の電子メールが一切使用できないのです。これには理由があります。

私が在籍していた4年前までは、役所のサーバーを使用した個人のメールアカウントがありました。ところが、ウィルス事件が発生し、個人メールの利用が禁止されました。事件当初はすぐに復旧すると思われましたが、4年たっても元には戻りません。

これはデータを守るためには仕方がないことです。労働基準局には、凄いシステムがあります。これを職員は「基準システム」と呼びます。

20年ほど前にこのシステムが導入された時に職員は文句を言いました。立上げ時に、各労働基準監督署で使用していた「事業場台帳のデータ」を職員で入力させられ、業務量が格段に増えたからです。全部入力終わるのに2年くらいかかったでしょうか。

事業場台帳には、各事業場の「労災保険番号」「監督年月日」「過去の法違反の有無」「労災発生状況」「有害物・危険物の使用の有無及び、有の場合はその詳細」等が記載されていました。新しいシステムができた時に移行したデータは、「労災保険番号」「危険・有害情報」でした。だから、過去の監督記録を確認したい時は、「事業場台帳」を確認しなければならず、二重手間となり、それもまた面倒だったのです。

ところが、20年たって、色々なデータが蓄積されてくると、これは化物システムとなりました。最高に凄いのが「労災」に関するデータです。労災が発生した時に、事業場が監督署に提出する「労働者死傷病報告書」は、写真のとおり、そのままリーダー(読取機)にかければ、基準システムに入力可能なようになっています。これにより、労災データは、「事故の型」「起因物」「被災者の属性」「会社の属性」「労災発生場所(ただし、これは『全国』については、本省のみ。地方労働局は『都道府県レヴェル』)」「災害発生日」等から、あらゆる検索が可能となりました。当然、「and」「or」検索も可能です。また、ひとつの案件について、詳しく知りたいと思うなら、pdfとして保存されている「死傷病報告書」を閲覧することも可能です。

この20年間の労災データの蓄積は、もはや行政の財産ではなく、「国民の財産」「人類の財産」と呼んでもかまわないものだと思います。

今回は「基準システム」がいかに素晴らしいかを紹介しましたので、次回はその弱点について述べたいと思います。