司法取引

(甲州街道小原宿、by T.M)

デイリー新潮 5月29日

タイの発電所建設を巡り、日本企業の社員らが現地の役人に賄賂を支払い、不正競争防止法違反(外国公務員贈賄罪)に問われていた事件に、ピリオドが打たれた。5月20日、最高裁は「三菱日立パワーシステムズ」元役員、内田聡被告(67)に対して、懲役1年6カ月、執行猶予3年とした一審の判決を支持し、控訴を棄却。これによって刑が確定した。

 とはいえ、新聞でもベタ記事扱いだったこの地味目なニュース、皆さんも素通りされたかもしれない。だが、今回の判決は、とくに会社勤めの方々にとって、決して他人事ではないのだ――。

初の司法取引案件としても注目

 事件のあらましはこうだ。2015年、「三菱日立パワーシステムズ」(MHPS)が、タイに火力発電所を建設する工事を進める中、資材の陸揚げ用桟橋の使用が、役所への申請の不備により、却下されてしまう。荷揚げをしないと工事は進まないわけで、企業側が苦慮していると、現地の役人が賄賂を要求したという。

 荷揚げにはこれ(贈賄)しかない、と思った内田氏の部下2人は、この件を取締役だった内田氏に説明した上で、現地の関係者にゴーサインを出して約4000万円の賄賂を支払ってしまったのだ。

 海外贈賄に詳しい、社会構想大学院大学の北島純教授が語る。

「内部告発で贈賄を知るところになったMHPSは、社内処分を下すとともに、事態を重くみて、東京地検特捜部にこの話を持ち込み、情報提供を含む捜査協力の見返りに、会社の責任を問わないようにする、いわゆる司法取引制度を利用したのです」

これは、すごい事件だと思います。「労働者が会社のために、取引先に賄賂を渡した。会社は賄賂を渡した事実を積極的に検察庁に渡し、労働者個人の罪とし、会社はお咎めなしとなった」ということですが、いくつかのポイントがあると思います。

まずはやはり労働者がなぜそのような犯罪を起こしたかということだと思います。

1 会社の利益ため、会社で働く人たちの雇用を守るため、取引先のため、犯罪を起こさざるえなかった。

2 会社内における、上司から評価を良くしようとして、犯罪を起こした。

1と2では、やはり情状が違ってくると思います。もちろん、犯罪を起こす方は両方ことを考えていたと思います。「大義名分」を自分に言い聞かせながら、実は「保身」を考えていたと思います。

(注) ここまで書いていて、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で上総介が粛清されるシーンを思い出した。あの時の北条義時がこの心情だったのだろうな。そういう生き方は往々にして後から、「大人の態度」と評価されることになります。

第2のポイントは、会社側が「刑事罰を受けない」としても、「行政罰」はどうだったかということです。もっとはっきり言うと、「公共事業の発注停止処分」があったのかどうかです。これは結果の問題ですが、会社の行動について、「社会の公序良俗のために検察に協力した」のか、「行政罰を避ける、あるいは軽減するために司法取引をした」のでは大きな違いがあります。

私がこの問題に興味を持つのは、これが労働安全衛生法違反の「労災隠し」で同じことが行われ、自分が司法警察員として捜査主任である場面を想像するからです。

「ある公共工事において、下請けが労災を発生させ、元請の現場監督が発注者に知られるのをおそれ、労災隠しをした(発覚すると、今後の工事受注に影響します)。それを後日、元請会社は、現場監督を監督署に告発した」

もちろん、このケースでしたら、「元請けの告発は刑法に規定される『自首』に該当するのか」ということが論点になりますし、労働安全衛生法には両罰規定がありますので、記事の事件とは比較ができないでしょう。

でも、「個人(現場監督)の責任であって、会社に責任はありません」という対応をとられたなら、捜査官として面白くないのは事実だと思います。