長時間労働規制の問題点(14)


(写真撮影、by T.M)

「名ばかり店長」の問題は、「適用事業場の概念」に大きな変動があったからだとすれば、説明がつきます。そもそも、現在では「場所的に離れているから独立した事業場であり、独立した労使関係が成立している」という考えはそぐわないのです。

私はこのことに気付いた時に、これは大きな問題となると思いました。
適用事業場の概念は、労働基準法の問題だけでなく、労働安全衛生の基本的な考えであり、労災保険の適用の考え方も、この「場所的概念を基にした事業場」に立脚しているからです。
ただ、この問題を放置すれば「名ばかり店長」の問題は解決しないと思いました。
そこで、前回の記事で説明をした弁護士の意見を本省に説明し、次のような意見具申を、局を通し本省に行いました
  「場所的に離れていても、直近上位の組織により支配を受けている事業場は、
   ひとつの適用事業場とみなさずに、直近上位の組織の一部とみなし、36
   協定・就業規則等は直近上位の労使関係に組込む」
すると、本省の見解は「一地方機関が本省のやることに何をケチつけてるんだ」というようなものでした。

私は、本省に何を言っても無駄だと思い、そのことを弁護士に説明しました。
そして、その弁護士に次のように説明しました。
「私は、あなたの主張が正しいと思う。しかし、私は、現在36協定を提出していない支店については、『適用事業場なので、36協定を監督署に提出していないことが法違反となる』として是正勧告書を交付しなければならない立場である。」

   (続く)

長時間労働規制の問題点(13)


(大宮動物公園で撮影、by T.M)

その弁護士は、次のようなことを何度も主張しました。
「本社が一括管理しているんだから、問題がないんだ」
私は、他の事業場が一支店ごとに36協定を締結しているのにおかしなことを主張するなと思っていました。しかし、「名ばかり店長」の問題を考えている時に、弁護士のこの主張を思い出し、気づきました。
弁護士が正しく、行政機関の考えが間違っていたのです。

労働基準法と労働安全衛生法では、「適用事業場」という考えが基本にあります。
「労働基準法第9条 労働者とは、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」
ここで述べる、「事業又は事務所」の概念は、「場所的概念によって決定すべきもの」とされています。
つまり、労働の基本である「使用者」と「労働者」の関係は、「場所」により規定される事業場で成立しているという考えです。
この考えは、50年前は正しかったと思います。インターネット等の通信手段がなく、場所が離れた事業場は、それぞれ独立した労使関係しか築けなかったのです。労働基準法はこの時代の労使関係を基準に作られているため、36協定等はこの単位でしか締結するしかなかたのです。

しかし、現在では、「場所が離れているから」独立した事業場という考えができなくなりました。
平成20年にマクドナルドの店長が、「自分は管理職」でないと申立て、残業代を請求して勝訴しました。いわゆる「名ばかり店長」事件ですが、マクドナルドも1970年に銀座に1号店ができた時は、そこは「名ばかり店長」の店ではなかったのです。店長が独立した労務関係の権限を持っていました。
それから、40年して店舗には、「店長」がいなくなりました。本店が、POSシステム等を通し、遠隔場所の店舗も管理するようになったのです。

長時間労働規制の問題点(12)


(大宮動物公園で撮影、by T.M)
私は、「名ばかり店長」の問題で、頭が混乱してきました。私の法知識では、この問題の次の矛盾点について、回答を得られなかったのです。

私の悩みとは次のようなものでした。
「残業には命じる者(使用者・管理職・店長)と命じられる者(労働者)がいる。36協定とは、使用者と労働者の協定である。名ばかり店長(A氏と呼ぶ)は、店舗で締結する36協定では、使用者として署名押印する。しかし、彼も本社命令で残業する者である。それならば、彼はどのようにして36協定の労働者側の1名となることができるのだろうか」

私はこの疑問を、ある会議の時に本省の担当官に尋ねたことがありました。ところが、その担当官は私の疑問に対して「そんなことは、たいした問題ではない」と答えたのです。担当官は日々の仕事に忙しく、そんな疑問には付き合ってられないという様子でした。

私の疑問について、回答のヒントをくれたのは、当時私と激しくやり合っていた、ある企業の顧問弁護士でした。その会社は私が交付した是正勧告書に反発していたのですが、後に私が自分の間違いに気づき謝罪しました。

私は、その会社のある支店について、36協定が締結されていないことを指摘したのですが、その会社は「本社で従業員代表と36協定を締結しているから、支店では必要ない」と言ってきたのです。相手は大きな会社でしたので、私は、社会的な評判を気にするであろう会社がなぜ法違反をすると思って、何度も会社の担当者及びその顧問弁護士と話し合いました。

長時間労働規制の問題点(11)


(大宮動物公園で撮影、by T.M )

労働者が積極的に支持しない過半数労働組合が締結した36協定をもって、残業規制をすると言われても、当事者である労働者は所詮は他人事としか思わないのでしょう。
もっとも組合に言わせれば、「そのように大切な協定なんだから、もっと興味をもってくれ」ということになるのでしょうが。

さて、36協定による時間管理の問題点について、「労働者の過半数を代表する者が適正に選任されていない可能性があること」「労働者の過半数を代表する者が、個別労働者の意見を反映していない(できない?)可能性があること」の2点を挙げました。この2点については、今までも多くの方が指摘してきたようです。
私は、この2点以外に、もうひとつ、自分が在職中に気付いた問題点を紹介します。
それは、「適用事業場の概念が、時代に合わないので、適用事業場単位で締結することが前提の36協定は意味がない」ということです。

私が、このことに気付いたのは、「名ばかり店長」の問題を考えた時です。その問題が数年前にクローズアップされました。
小売店の店長等は、通常は「管理職」として取り扱われ、残業代が払われずに、一定額の管理職手当を支給され、時間管理がされないものです。
ところが、確かにその店舗のNo1の地位(店長)にいて他の労働者へ残業等の指揮命令はしていても、実は本社から自分も時間管理されているといった労働者の労務の実態が問題となったのです。このような方は、残業を何時間しても、一定額の管理職手当しか支払われてなく、しかも店舗のトップであるがゆえに過重労働が当たり前でした。

どう考えても、その店長は一般労働者としてしか思えませんでした。

長時間労働規制の問題点(10)


(大宮動物公園で撮影、bu T.M)

現在、労働組合の組織率が下がっているそうです。
労働組合の幹部の方々は、非常に努力されていますが、なかなか組合員がついてきてくれないのが現状だそうです。

労働組合活動が激しかったのは、当然戦後の1950年代から60年代ですが、私が監督官になった当時も、今ほど衰退していなかったと思います。
やはり、機運が高かった当時、メーデー(5月1日)を正式に国民の祝日にしておかなかったことが悔やまれます。
そうすれば、必然的に4月30日と5月2日も休みになるでしょうから、4月29日から5月5日までの大型連休が毎年出現していた可能性もあります。

このように、労働組合活動が衰退した原因は、やはり経済成長が限界を迎えていることが原因でしょう。組合員の格差が広がり、組織の中で恵まれている人とそうでない人の差が組合活動で埋まらないとしたら、組合員は組合に期待しなくなります。
組合としても、業績の悪化やそれに伴うポストの減少は、極めて経営の問題であるので、どうしようもないのです。

また、非正規労働者の増加も労働組合の活動の低下の一因となっているようです。
正規職員だけ会社にいるうちは良かったのですが、非正規労働者が増えてくれば組織率が下がります。それでは、非正規労働者を組合に加入させればよいという発想になりますが、会社に何年も勤務している正規職員と、急に入社しきてきた非正規職員では、あまりに労働条件の差が激しく、同じ組合員としては共闘できません。もし、同一組合としたら、組合が会社に要求する事項は、すべて非正規職員に関するものばかりということになってしまいます。