ブラック企業とモンスター相談者(1-7)

CA3I0354
CA3I0354

(M氏寄贈)

申告受理後、私は会社の担当者を呼出しました。
私は、切り札の申告者からの手紙もあることだし、この申告は揉めないだろうなと思っていました。
名前は知りませんでしたが関西では、多少は知られたお菓子屋さんということですし、何よりも、あのY駅の駅ビル地下に出店するくらいですから、遵法意識は当然持っているものと思っていました。ところが、署に現れた、企業の担当者はトンデモないことを言いました。
「当社は誰も解雇していません。あの店はそもそも、テスト店舗で3ヶ月で閉店になる予定でした。だから、店長も含め全員について契約の終了です。解雇ではありません。私は人事担当者として、改めて閉店を告げたところ、こんなところに呼び出されて迷惑しています。」
この答えを聞いた時に、これは少し面倒なことになるかなと思いました。
店長(申告者)は、解雇を言い渡される前に別件で監督署と相談しおり、手紙という形で、その証拠もあります。もし、閉店を前提とした契約期間満了であるなら、その相談中に必ず、その話題となるはずですが、そのような話はなかったので、会社の言っていることは嘘であることは明白でした。しかし、その手紙の存在は、「会社の知らない時期に監督署と相談していた」という証拠であり、「解雇をした」という直接証拠にはなりません。あくまで状況証拠に過ぎません。
そこで私は、手紙のことを持ち出す前に、搦手から攻めることにしました。
私は尋ねました。
「従業員たちに、雇入れ通知書は交付したのですか。」
担当者は答えました。
「雇入れ通知書は交付していません。交付を忘れました。ただ、口頭で契約期間は3ヶ月だと説明しています。」
さらに、私は尋ねました。
「従業員の中で、店長さんは、ハローワークを通し、御社に入社しました。ハローワークには3ヶ月契約であることを伝え、求人したのですか。」
担当者は答えました。
「いえ、それはハローワークに連絡忘れました。」
ここが突っ込みどころだと私は考えました。

ブラック企業とモンスター相談者(1-6)

CA3I0403
CA3I0403

(M氏寄贈)

数日後に、申告者から連絡がありました。
解雇予告手当を請求したところ、支払いの意思はないとの返答を受けたとのこと。また、会社は解雇自体認めていないとのことでした。私は、直ぐに労働基準法第20条違反「解雇予告手当未払い」で、申告受理としました。

(注)解雇予告手当とは・・・労働基準法第20条には、「労働者を解雇する場合は、30日前に予告するか、もしくは予告期間に不足する期日の平均賃金を支払わなければならない」とされている。例えば、9月1日に即日解雇する場合は、30日分の平均賃金(ひと月分の賃金)を支払わなければならず、9月1日に9月15日付の解雇なら予告期間30日に不足する15日間分の平均賃金を支払わなければならない。予告期間30日間ならば、解雇予告手当は支払わなければならない。
ただし、この解雇予告手当は「解雇の手続」のために支払わなければならないものであり、解雇を正当なものとする訳ではない。解雇については、そもそも労働契約の一方的な破棄となるため、「正当な理由」が必要である。
労働者を解雇した事業主は、解雇手続きを違法なく行い、「正当な理由で解雇したこと」を証明できなければ、民事裁判等でさらに金品を労働者に支払わなければならなくなることもある。

(注) 労働契約も、他のすべての契約がそうであるように、A(事業主)とB(労働者)の約束である。この契約を終了させるには、A(事業主)が契約を切る「解雇」、B(労働者)が契約を切る「退職」、契約期間が満了となる「契約終了」「定年退職」等の3つのケースしかない。
契約は一方的に終了させた方が責任をもつ。つまり、解雇の場合は事業主が、退職の場合は「労働者」がその責を負う。
事業主が解雇等について、トラブルを起こさずに実施する方法としては、労働者に金品等を支払い、労働者から退職届を提出してもらう「依願退職」が一般的である。
この依願退職は、多くの企業の「リストラ」の時に多く用いられる。ちなみに、失業保険の支給については、「依願退職」は便宜上、「退職」ではなく「解雇」と同等に扱われる。
解雇等について、説明を始めると、とても長くなるので、取り敢えずこれで打ち切る。

ブラック企業とモンスター相談者(1-5)

CA3I0699
CA3I0699

(M氏寄贈)

実名入りの情報提供でありましたが、会社には誰が情報を提供したか分からない様にして欲しいとのことだったので、どのような手法で臨検監督をするかを打合せすることとして、彼女に連絡しました。

情報提供者を匿名とするだけでなく、情報があったことさえ隠す訳ですから、このようなケースでは、定監を装い監督を実施します。例えば、「パトロールで来ました」とか「店舗開設なので、説明に来ました。労務関係の書類を見せて下さい」と監督の時に説明します。

申告者と申告内容の確認の件で電話で話しをしていて、私が感じたことは、「何と、責任感の強い方なんだ。」ということです。自分の労働条件の不満については、何も話さず、雇入通知書が交付されない部下の心配ばかりをしていました。
私は、彼女と打合せをし、次の手順で臨検監督を実施することとしました。

①Y駅に駅ビルに新規出店した店舗の監督と言うことで、まず店舗を訪問する。その時、申告者と私の顔合わせをする。
②その店舗には、人事労務関係の書類は何も置いていないので、申告者(店長)は本店に連絡し、店舗に監督官が訪問したことを伝える。私は、本店担当者と話しをし、臨検監督の主旨を伝え、後日、本店から担当者が関係書類を持参し、監督署まで来てもらう。

そのような手順を決め、訪問日まで決めてあったところ、直前に申告者から電話がありました。彼女は泣きそうな声でこう述べました。
「私、解雇されました。」

事情を尋ねると、その日大阪の本店から人事の担当の方が来て、パートの人全員と申告者に対し
「来週いっぱいで店を閉めるから、その後は来なくてよい」と言われたそうです。
担当官である私は、突然の話に驚きながら、もはや「雇入通知書」の段階ではないと判断し、次のことを確認するように彼女に指示をしました。

第1 誰か代表で会社に事情を尋ねること。ただし、「誰か」といっても結局は店長であるあなたがリーダーとして、パート全員を引っ張っていくしかないだろうから、その覚悟をすること。

第2 どうしても閉鎖ということ決定であるなら、「解雇予告手当」及び「失業手当」の事務手続はどうなっているのか、会社に尋ねること。

ブラック企業とモンスター相談者(1-4)

CA3I0721
CA3I0721

(法体の滝、いつもの人の寄贈)

彼女は、オープン1週間前から、その店舗で働きました。彼女の職名は「店長」でした。彼女の他に4名の従業員(いずれも女性)が働くことになりましたが、店長といっても、彼女に人事権限は何もありません。一応、彼女だけが「正社員」で、他の人は「パート」なのですが、他の人の雇用等については、一切口出しができないようになっていました。
彼女が自分の部下のパートさんから苦情を言われたのは、開店から2週間ほどたってからでした。「雇入通知書」を会社からまだもらっていないと言うのです。そこで、彼女も初めて、自分も「雇入通知書」をもらっていないことに気付きました。

(注)「雇入通知書」とは・・・労働契約締結時に事業主が交付を義務づけられている書類。賃金額、締切日、支払日、支払方法等が記載されている。様式自由。労働契約書がその替わりとなる。

彼女は、店長として本社にそのことを連絡しました。すると、本社の担当者の返事は「余計なことは言うな」というようなものでした。店長といっても、彼女の仕事は、売上げを報告することと、パートさんのローテーションの確認と、在庫管理だけでしたが、パートさんへの責任を感じ、思い余って、労働基準監督署に相談をしました。

彼女はまず労働基準監督署に手紙を一通書きますが、実を言うと、この彼女の手紙が、後に彼女の窮状を救うことになります。

彼女の労働基準監督署に届いた手紙は、匿名でなく、本人の名前・連絡先が書いてあったため、すぐに臨検監督を実施する用意を整えました。担当官は私になりました。

(注)監督署への手紙は、ほとんど匿名のことが多い。匿名の場合は、「行く・行かない」は監督署まかせである。「石綿が入っている建物が、許可なく壊されている」等の命・健康の係る情報なら、多少あやしくても直ぐに動くが、誹謗・中傷しか記載されていない匿名情報は無視される可能性もある。実名ならば、まず間違いなく動く、もしくは動かない場合は情報提供者に説明の連絡が行く。

ブラック企業とモンスター相談者(1-3)

CA3I0538
CA3I0538

(「シラカバと青空」 M氏撮影)

残暑お見舞い申し上げます。
「ブラック企業とモンスター相談者」という章なんだけど、あまりの暑さに一言いいたくなりました。

思わぬ労働災害が起きるのが、年末年始とお盆期間中です。これは本業が休みの期間にメンテナンス等をやってしまおうという現場の要求で非定常作業が多く発生することと、休業期間前の駈込み作業及び休業明けの非定常の準備作業が原因と思われます。

しかし、思い出します。労働基準監督官の現役の頃は、お盆の前に「一斉パトロール」とかいって、自転車に乗って、各建設現場を回ったもんです。
50代はさすがにキツくてしなかったけど、40代半ばの横浜西署の課長をやっていた時までそれをしてました。ギランバレーで体を壊して以来、歩くこともままならず、自転車にも乗れず、今じゃ、エアコンの効いた部屋でこのブログをアップするのが精一杯だけど、昔は「熱中症」なんて言葉は自分には関係ないと思っていました。若くて健康だと、それが本当の宝だと思う今日この頃です。

もし、この文書を読む現役の監督官や技官の方がいたら、暑さに負けることなく、お仕事頑張って下さいというエールをおくりたいと思います。後20年たてば、炎天下の下で労働災害防止のために、汗だくになった日々のことを必ず思い出します。

このお盆期間中及びその前後に、各工場、建設現場で災害が発生しないことを祈ります。

さて、本章の「ブラック企業とモンスター相談者」の話に戻ります。

その申告は、一通の郵便から始まりました。
ある大手の航空会社が事実上倒産し、多くの人たちがリストラされました。操縦士、整備士といった専門性の高い業務に就いていた人たちは、前職を生かし再就職できた人も多かったと聞ききますが、再就職が難しかったのは、事務職の人や関連会社で営業や販売を行っていた人たちでした。
関連会社で販売の職に携わっていた20歳代後半の女性が、Y駅の地下に出店してあるケーキ屋さんに再就職をしました。Y駅の地下に出店するため、人材を募集していたのです。そこのケーキ屋さんは、大阪が本店で、大阪商工会議所でも役員をしている、一見「しっかりした会社」のようでした。