長時間労働規制の問題点(2)

(写真提供、T.M)

先日、神奈川労働局を尋ねた時に友人からこんなことを教えてもらいました。「本年度から、労働局が雇用している非正規職員にボーナスが支給されるようになった。」
これは非正規労働者の賃金のアップに、行政が本気で取組んでいる顕れでないかと思います。
ボーナスといっても、正規職員と比較してもとても少額ですし、まだまだダメだという人も多数いらっしゃり、遅すぎたという批判もあるようですが、非正規職員の給料のことをこれだけ考えてくれた内閣は初めてであることも事実です。

「カトク」が現在実施している「片っ端送検」という風潮について、司法警察員OBとして、「ちょっと方向性が違うんじゃない」と言いたいことは多々ありますが(そのうち、このブログでそれを指摘します)、現場の労働基準監督官が地道に取り組んできた「時間外労働規制」について、真剣に目を向けてもらっていることは、末端の監督官たちをどれだけ勇気づけていることか、国民の一人としてもありがたいことだと思います。
(「監督署は今まで何をしてきたのだ」という批判も、ひとつの「励まし」と捉えるべきでしょう)

現内閣が行おうとしている残業規制についてについて、「残業時間に上限を設け、違反者は罰則を科す」という政策は正しいものだと思います(「残業時間の上限100時間」については、色々な意見があるようですが・・・)。そもそもこのような法の施行の必要性については、現場の監督官の内部では、それこそ私の入省当時の30年前から議論されていたものでした。

異議を述べたいと思うのは、「現在の36協定の在り方について」です。

長時間労働規制の問題点(1)

(写真提供、T.M)

今から、約30年程前の労働基準監督署での36協定(時間外労働協定)の受付は、それは雑なものでした。というより、当時の新監は、窓口で36協定を受理するための教育を受けないで、受付印を押していたというのが実情です。36協定を郵便で受理した時の誤送付はしょっちゅうでした(私だけだったかもしれませんが・・・)。

これは、現在では考えられません。私が退職する直前の監督署では、36協定の取違えの誤送付なんて起きた際は、監督署長が誤送付先に行って、謝罪して36協定を回収し、次に元の36協定の提出先に行って事情を話し謝罪し、そして局長へ謝罪にいきます。監督署長は最低3回は頭を下げる訳です。そして、36協定の誤送付事件は全て、労働局のHPに公開されます。これだけ、情報漏洩の防止ということが徹底されてきました。

36協定というものは、協定期間は原則1年間ですが、有効期間はそれぞれの会社によって違いがあります。ある会社では1月1日から1年間ですし、別の会社では2月1日から1年間です。
労働基準監督署では3月過ぎから36協定受理のための臨戦態勢となります。多くの会社は4月1日からの1年間を有効期間として定めているので、その時期に36協定が集中して提出されるのです。他の時期だったら、郵送されてきた36協定はその日のうちに、署内審査され、受付印を押印して返送されます。しかし、3月20日過ぎから労働基準監督署では、36協定が溜まりはじめるのです。到達日別の箱を用意し、送付されきた36協定を片っ端からその箱に入れ、別室で4~5人の職員が片っ端から審査します。最近は、誤送付防止のため、返還用の封書は、封入した職員とは別職員によるダブルチェックが内部規則となりましたので、これもまた人手をかけます。そんな訳で4月の第1週までに到達した36協定の返却事務はゴールデンウィーク直前までかかってしまいます。その期間の職員の残業代も膨大なものとなります。

私は、時々思いました。「こんなに苦労して受理した36協定が、果たしてどれだけ労働者のためになっているのだろう。」

メンタルと過労死(8)

(写真提供、T.M)

ストレスチェックというのは、理論的には確かに鬱病の一次予防に効果があるものなのかもしれません。しかし、それは会社組織内の受け皿があっての話です。

電通事件やその他の過労自殺事件のようなケースで、ストレスチェックで防止できるかというと、それは高ストレス状態を労働者が自分で把握した時に
① 企業内にそれを訴えるシステムがあるのか
② 企業は訴えられた内容を改善する意志があるのか
③ 何よりも労働者が企業を信用できるのか
が問題となります。訴えられた企業側はストレスの原因が「長時間労働」なら、(できるできないは別として)対処の方針は確立できますが、原因が「人間関係の軋轢」にある場合はは、当事者同士でして何とか欲しいというのが本音です。しかしそれでは、第2の電通事件はなくならないのです。
パワハラやイジメというのは、人間の集団において、ある意味必ずあるものなので、高ストレス者を把握した時は、誰がいいか悪いかでなく、人事異動といった思い切った手段も視野にいれ、「大事になる前に手を打つ」という方法も考慮する必要があります。

組織内で「人間関係」への対処でさらにやっかいなことは、対処しようとした者、つまり管理しようとする者自体が高ストレスとなってしまうということです。いわゆる「中間管理職のストレス」という奴です。管理職であるが故に、残業代は払われず、36協定の対象から外れるため、いつのまにか無制限の労働時間が強いられる者こそが過労死予備軍の一番手となってしまうのです。日本においても、ホワイトカラーエグゼンプションの議論が今後本格化してくるでしょうが、制度がもし導入されるとしたら、最低報酬は相当高額であるべきだと思います。

さて、次回からは、「長時間労働規制の問題点」について、思うところを書きます。

メンタルと過労死(7)


(写真提供、T.M)

前回に説明したストレスチェックの有効活用について、少し論じてみます。

まだ、法制化されて間のないストレスチェック制度ですが、こんなトラブル事例を聞きました.
ある人(「Aさん」と呼びます)が、ストレスチェックで高ストレスとの診断を受けました。
Aさんは、自分の高ストレスの原因が、自分の仕事仲間のBさんであることに、直ぐに気付きました。
Bさんが、自分をイジメの対象にしていたからです。Bさんの、イジメは陰湿でした。例えばその職場では、同僚の誕生日になるとお互いにカードを交換する習慣があるそうなのですが、BさんはAさんの誕生日に、「これからは職場の迷惑にならないように、頑張って仕事をして下さい」といったメッセージを渡したそうです。
産業医と面談した時に、Aさんは、このBさんの行為を告げたところ、産業医はAさんの了解をとって、AさんとBさんの上司であるX課長に、「Aさんが高ストレス状態にあり、その原因はBさんのイジメの可能性があること」を報告しました。
その後、X課長はAさんと面談したそうですが、課長はAさんに「おまえも悪いところが、あるのではないか」と述べたそうです。

このX課長は、どうもストレスチェックの怖さの本質を理解していないようです。
Aさんはもしかしたら本当は勤務態度が問題のある人で、職場で疎まれている人なのかもしれませんが、そのことを論じても仕方がないのです。
ストレスチェックの結果、「労働者が高ストレスに晒されていること」が判明し、客観的に「イジメ」という事実が確認された場合、次にAさんが「鬱病の診断書」をもって労災申請すれば、認定される可能性は非常に高いのです。
また、認定された場合は、「事前にイジメの事実を知りながら、それを放置し、部下を鬱病とした」責任を、X課長は追及されてしまうかもしれません。

メンタルと過労死(6)

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(私の飼った、一番美しい猫です。19歳になるまで生きました)

今回はストレスチェックの一般的な説明です。

「心の健康診断」であるストレスチェックは、被験者(労働者)が、例えば「あなたは最近眠れますか」等の質問に答え、自分が高ストレスに晒されているかを知るための診断です。高ストレスに晒されているかどうかであって、「鬱病となっているか」どうかを知る診断ではありませんが、「鬱病にり患しやすい状態であるかどうか」の目安とはなります。
 
第1
ストレスチェック結果を事業主が知ることはなく、被験者と実施者(通常は産業医)のみ知りえます。また、実施者は、被験者の秘密を守る義務があります。

第2
従って、事業主はこのストレスチェックを実施しても、労働者の誰が高ストレスか判断できないため、直接的には労働者の「自殺」等を止めることはできません。
ここが、一般健診と一番違うところで、一般検診の場合は、事業主はその結果を知りえる立場にあるので、例えば「高血圧の者」等について、産業医と相談し、必要であれば、残業を控える等の措置をしなければなりません。

第3
実施者は高ストレスの者に、産業医との面談を勧めなければなりません。産業医は、面談時に、被験者の同意を得れば、「被験者が高ストレスに晒されていること」を事業主に通知し、職務上の配慮を求めることができます。この時点において、初めて事業主側は、個々の労働者に対する安全配慮義務が発生します。

第4
事業主は個別労働者のストレスチェック結果を知ることはできないが、集団的分析は可能です。つまり、どこかの課に特別に高ストレス者が多数いるかどうかは分かる訳です。それが、「長時間労働」によるものであるかどうかを分析する必要があります。

(注) ストレスチェックの実施については、法令では従業員50人以上の事業場に義務付けられている。ストレスチェックをしかことのない者が実施したのと望むののであれば、「心の耳」(厚生労働省のポータルサイト)で、無料で実施することが可能です。