副業・兼業のガイドライン

6週間ぶりのブログです。

この6週間は週末にブログ更新のことを考えなくて良いので、けっこう休日を楽しめました。暇があるとNetflixばかり観ていましたが、私のお気に入りは、「夏目友人帳」という日本のアニメです。「妖しが見える少年が、相棒の妖怪猫(実は大妖怪)と様々な事件に遭遇する」といった物語ですが、子供向けと思っていたところ、これが大人の鑑賞に耐え得るもので、シーズン6まで一気に観てしまいました。類似したアニメと言えば子供の頃観た、「マンガ・日本昔し話」ですが、アニメという枠を飛び越えるなら、さながら柳田国男の遠野物語の現代版と言えるかもしれません(夏目友人帳は古き日本の田舎を感じさせる熊本県の球磨地方が舞台です)。「癒し」を求めている人は、このアニメを観るといいかもしれません。因みに、Amazonでも配信しています。

さて、私がブログの更新をサボっている最中に、労働問題について社会的に大きな事件が立て続けに起きていたようです。ひとつは、「ワタミ」の残業代不払い事件です。そのことを話題にしようかと思ったのですが、それは来週以降に回し、今日は厚生労働省が先月に発表した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の改正について書きます。

同ガイドラインのポイントは、「副業・兼業を作り出しやすい環境を社会は整備しよう」と言うところでしょうが、元労働基準監督官としては、このガイドラインについてはちょっと複雑な心境です。

私個人としては、今勤務している会社が「副業・兼業」を認めてくれたら、とてもありがたく思います。今勤務している会社については、何の不満もないのですが、常勤嘱託には副業は認められていないので、業務外の講演・執筆等にチャレンジしたくてもできないのです。でも、私のようにもうすぐ年金受給という者が趣味として兼業・副業を行おうとことはレアケースで、大抵の場合は副業・兼業する方は、経済的な理由な方が多いのではないでしょうか。

今回の副業・兼業の奨励で大きな影響を受けるのは、賃金の安い非正規労働者の方のような気がしますが、働き方改革というのは、一方で企業の労働時間を減らす反面、もう一方で副業・兼業で労働時間を増やしているような気がします。

流石にそのことが気になるのか、このガイドラインでは「過重労働による労災」の問題点(ダブルワークの場合の過重労働の事業場の責任等)については整理されつつあるようです。

ただ、私が気になるのは、やはり労働基準監督官の最前線の仕事のこと。労働問題として、今後現場の監督官を苦しめるのは、労働基準法第38条1項のような気がします。このブログでも以前紹介した、「兼業・副業時で、労働時間の開始の後の事業場では、前の事業場の労働時間も通算して残業代を計算しなければならない」という法条文のことです。

おさらいしておくと、次のようなケースがでてくるということです。

「労働者Aさんは、朝9時から夕方17時までを工場Xで勤務(休憩1時間、7時間労働)、夕方18時から21時までをコンビニYで働く(3時間労働)。賃金額は工場、コンビニともに時給1000円である。」

このようなケースでは、「コンビニYは、Aさんの工場勤務の7時間と自店の勤務時間の3時間を通算し、8時間労働を超える部分については、つまりコンビニYの19時から21時までの業務については、時給1000円を残業手当(25%割増)を加えた1250円にしなければならない」ということになります。

今後、副業・兼業が盛んになってくると、このコンビニYの割増賃金が未払であるという申告が労働基準監督署に殺到する恐れがあります。また、工場Xが交代制等の変形労働時間制をとっていた場合、コンビニYでの割増賃金の計算が複雑になって、監督署の窓口を悩ますことになりそうです。

今回のガイドラインを読んでいると、その問題については一切何も触れていません。そこでここからが私の妄想なのですが、「何も書かれていないことが、厚生労働省の回答」なのでないかと思いました。厚生労働省は、「労働時間の開始の後の事業場の賃金をデフォルトとして、割増賃金が支払われているように労働契約を締結させること」を推奨しているのではないでしょうか。

つまり、上記のケースでは、「コンビニYの賃金を時給1000円と考えないで、時給800円プラス割増賃金200円の合計1000円として労働契約を締結させる」ということを実行すれば、割増賃金の問題は解消します。それどころか、「工場Xが変形労働時間制を採用していても、工場X及びコンビニYはそれぞれの労働時間に対する残業代のことを考えていればよくなり、割増賃金の計算の煩わしさは解消される」こととなります。

今回のガイドラインの中で、「管理モデル」とされている「副業・兼業の簡単な労働時間管理の方法」とは、「労働時間の開始の後の事業場の賃金をデフォルトとして、割増賃金が支払われているように労働契約を締結させること」を前提としているのではないでしょうか。

この「労働契約の割増賃金のデフォルト」の方法では、確かに法の整合性は確保されますが、欠点があります。それは、ざっと考えたところ、次の2点です。

1 モラルの崩壊

2 労働時間の開始の後の事業場が、8時間以上の労働をさせても、残業代は払わなくて良い。

まあ、2番目の問題はレアケースでしょうから、1番目の問題だけ述べます。

監督官なら誰しも1度は考えたことがあります。

「労働契約で、賃金を分割して割増賃金を支払っていることにすれば、どれだけ残業しても割増賃金を実質支払わなくてもよい」

上記のケースでいうと、「コンビニYだけでなく、工場Xも、労働契約で割増賃金のデフォルトの方法をとり、時給800円プラス割増賃金200円の合計1000円として労働契約を締結させる」ことが当たり前のように行われてしまうと、残業代の割増の意味はなさなくなり、モラルは崩壊します。

監督官が眉をひそめる、ブラック企業の「固定残業制」が、この「労働契約の割増賃金のデフォルト」の変形です。

今回のガイドラインでは労働基準法第38条の解決策は何もないので、そのことに何も触れていないのではないでしょうか(これは、私の妄想です)。それとも、このガイドラインの続きがあるのでしょうか。

武蔵野を歩いて

 

今日はゲストとして、私の親友のT.K氏の紀行文を掲載します。彼は某地方労働局の現役の幹部技術系職員です。

私は10月にブログ復帰予定ですが、それまでに他ゲストの登場があるかもしれません。

では、T.K氏の写真とエッセイをお楽しみ下さい。

(武蔵野の雑木林)

小原先輩から、今月の執筆を頼まれましたので、一時のお付き合いをいただければ幸いです。

今回は私達に身近な地域である武蔵野にスポットを当てたいと思います。

武蔵野というと皆さんは何を想像するでしょうか? 

私は、国木田独歩の随筆「武蔵野」の他、トトロの森、屋敷林を持つ農家、雑木林や里山などといった首都圏にありながら、自然豊かな、ほっとする素朴な田舎の風景を想像します。

武蔵野の範囲は武蔵野台地の範囲とほぼ同じで、おおまかには北部の荒川、南部の多摩川に挟まれた地域で、古来から雑木林、それを活用した屋敷林、すすき野原、河岸段丘、その段丘崖からの豊富できれいな湧水がある谷戸などの風景が見られる地域です。

私は最近、毎週月曜日午後11時からTVK(テレビ神奈川)で放映している「キンシオ」という旅番組にはまっており、これはイラストレーターで主人公のキンシオ(塩谷均:キンシオタニ)がビートルズなどのBGMが流れる中、毎週、テーマに沿った主に関東一円の地域(現在放映中のテーマは、「植物地名の旅」)を訪ねレポートするという旅番組です。

「キンシオ」は観光地でもない日常生活が根付いた地域ばかりを探訪するので、かえって新鮮さがあり、ついつい毎週見てしまうという番組で、私もこの「キンシオ」気分を味わいつつ、武蔵野を散歩してみました。

私が散歩した武蔵野は、埼玉県朝霞市や新座市付近で、これらの地域は武蔵野台地の上に立地しており、夏のこの季節、日中はセミの鳴き声とともにとても蒸し暑いのですが、雑木林の樹林帯に入れば、さわやかな武蔵野の風が吹き抜け、ほっと一息することができました。

また、武蔵野台地を流れる川には、黒目川という自然堤防が残された昔ながらの川があり、高低差のある河岸段丘が発達しているので、川を渡る際は必ず台地から坂を下って、川を渡った後、対岸の台地の坂を登らなければならず、徒歩や自転車の移動にはとても難儀な地形ではありますが、所々に里山の風景、雑木林、用水路、畑地などが残り、昔ながらの懐かしくのどかな武蔵野の風景を眺めることできました。

(黒目川の自然堤防)

以下、私が散策した武蔵野の見どころをご紹介します。

1 平林寺(へいりんじ、新座市野火止3-1-1)

財界人で電力王と呼ばれ茶人でもあった松永安左エ門(耳庵)の墓がある南北朝時代(鎌倉時代の次の時代)から続く臨済宗の由緒ある古刹で、立派な茅葺き屋根の山門、本堂、境内林などが見られ、猛禽類のオオタカやフクロウも生息するほど自然豊かな境内であり、特に境内林は武蔵野の面影をよくとどめています。

古来は同じ埼玉県の岩槻に所在していましたが、江戸時代初期に現在の地に移されました。

この寺と全く関係はないのですが、境内を散策しているとき、自分的には寺の名前から落語「平林」の一節「たいらばやしか、ひらりんか?、いちはちじゅうのも~くもく、ひとつとやっつでとっきっき~!」をつい口ずさんでしまいました。

(平林寺山門)

2 野火止用水(のびどめようすい、新座市野火止地内)

分厚い関東ローム層で水利の悪い武蔵野台地上の野火止地区(新座市)に生活用水を配水するため、江戸時代初期、多摩郡小川村(現東京都小平市)を流れる玉川上水から分水された野火止地区を経て新河岸川に至る全長25kmにも及ぶ長い用水路で、新座市内をほぼ南北に流れています。

野火止用水は現在の上水道でいうと本管に相当し、この本管から平林寺堀、陣屋堀等といった配水管が各方向に設けられております。

全て人力施工により竣工した野火止用水に接し、江戸時代の土木技術に思いを馳せることができました。

(野火止用水)

3 旧高橋家住宅(朝霞市根岸台2-15-10)

江戸時代中期、18世紀前半の建立と推定される木造平屋茅葺きの寄棟造りで屋敷林を持つ武蔵野の典型的な農家建築で、国指定重要文化財に指定されています。

訪ねた日は気温35℃の暑い日でしたが、座敷は竹で組まれ四方の風通しも良いためエアコンがなくても十分涼しく、また武蔵野台地の東端に位置しているため、湧水が豊富で、武蔵野台地上での生活に適した立地条件を備えています。

物質的に豊かでない時代の建築にもかかわらず、地理的な長所を最大限活かした江戸時代の人々に尊敬の念を覚え、古き良き時代にタイムスリップしたような感覚を体感できました。

(高橋家住宅外観)

(高橋家住宅の囲炉裏)

4 妙音沢(みょうおんざわ、新座市栄1-12-15)

黒目川右岸の河岸段丘崖から湧き出す「平成の名水百選」に選定されたとても澄んだ湧水で、市街化が進んだ地域でこのようなきれいな湧水があることにとても驚きました。

この湧水は一年を通し湧水量、水温ともほぼ一定で、武蔵野台地上に降り注いだ雨水が赤土や黒土の層を浸透、その下位のレキ層により浄化され、段丘崖から湧水し、黒目川に注いでいます。

湧水帯は雑木林の斜面林に覆われとても涼しく、訪ねた日は市街地では見られなくなったオニヤンマとナナフシに久々に遭遇し、とても感動しました。

(妙音沢案内板)

(妙音沢)

以上、武蔵野のことを書いてきましたが、都心から約20kmの圏内でこのような自然豊かで懐かしい古き良き武蔵野の風景がまだまだ見られるものだと感動しました。

興味のある方は今度の週末、地図を片手に武蔵 野を訪ねてみてはいかがでしょうか。

9月いっぱい休みます

(ツツジ・城山湖畔、by T.M)

コロナ禍の中ですが、なぜか仕事が増えています。

昨年の同時期と比較してみると、9月は安全診断は2件増、セミナー講師の仕事は1件増でした。とは言っても、セミナーについては昨年と大きく変わってしまったことがあります。例えば、昨年は定員24名であった職長教育を、今年は同一教室でありながら定員8名で実施しているのです。三密を避けるための措置です。それでいて受講料は昨年と変えていないのですから、赤字がどれだけ膨大なものになっているのか、勤め人の私としては気になるところです。

まあ、なんやかんやと言っても、経済を回していかなければなりません。withコロナの政策が正しかったどうかの判断ができるのは数年先ということでしょうが、自分と自分の家族の安全をどのように守ろうか悩みます。

そんな訳で、9月いっぱい仕事が立て込んいます。ブログを9月いっぱい休止とすることにしました。休止中は、不定期に代筆があるかもしれません。(現在、過去に代筆をお願いした、いつも写真を提供してくれているT.M氏《某地方労働局安全課幹部》に交渉中です)。

休載中はブログ全体の構成を見直すつもりです。ある人から言われたのですが、「ブログ記事の掲載日時」から記事検索をできるようにしてくれということなので、努力してみます。

従って、一時「カテゴリー」及び「タグ」が使い難くなりますが、ご容赦下さい。

なお、問合せには、休止中にも対応するつもりですので、御用のある方はメールを下さい。

デハデハ

ある質問

(チューリップとハナモモ・山梨県勝沼ぶどう郷、by T.M)

 

皆さま、暑中お見舞い申し上げます。

本来は「残暑」と書かなければいけないのでしょうが、今年は梅雨が異常に長く、今がとても暑いので、立秋を忘れてしまいそうです。

先日、ある方から、監督署の業務について次のような質問を受けました。少し、専門性が高い質問で、何を言っているか分からない方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては、元監督官として興味がわいてきた質問であったため、ここに紹介します。

(質問)ある有名料亭の話です。そこの料理の評判を聞き、全国から多くの板前さんや地元の調理師学校の生徒さんが修業に来ます。

料亭側は、修業中の者だから給与は支払わないのが当然だと考えています。しかし、修業といっても、板前さんたちを板長が教育する訳ではありません。料亭側は、板長が板前さんたちの料理をひと口味見をして、その感想を述べるだけで「修業」だと考えているようです(もっとも、板長は、味見をした料理について、それが不満だからと言って、板前さんに作り直させることはしません)。

修業中の板前さんたちは、シフトの空き時間に他のレストランへアルバイトの行き生計を立てていました。どの板前さんも、有名料亭でシフトに入るくらいですから、腕は良く、どこのレストランでも歓迎してくれました。このような、修業のシステムは、この有名料亭では何年間も続いてきたものでした。ただし、板前さんについては、時間外の深夜に急に常連客が来た時だけ特別な手当が貰えるケースもあるようでした。

調理師学校の生徒さんについては、シフトに入ることもありますし、掃除等の雑用をやらされることもあります。

この有名料亭に1年以上前に監督署が調査に入りました。しかし、板前さんや調理師学校の生徒さんの待遇について、何の改善もありません。

私(質問者)は興味をもったので、監督署の担当官にこのことを問い合わせてみました。しかし、監督署は「調査中なので答えられない」と返答されました。監督署は、相手が有名料亭だから遠慮しているんじゃないのかと私は不信感をもちました。

私はこの質問に対し次のように回答しました。

(回答)監督署は、相手が「有名料亭」だからといって遠慮することはありません。かえって、遣り甲斐を感じる職員はいるでしょう。監督官の誰もが考えても、板前さんには賃金が支払うべきだと考えます。遅れている理由は、多分、板前さんの問題でなく、「調理師学校の生徒さんたち」の件が問題であり、結論がでないのではないでしょうか。

さらに、質問者から詳しい状況を尋ね、次のように回答を続けました。

監督署が労働時間等を調査する時にぶつかる問題として、「どこからどこまでを労働時間と見なすのか」、つまり「労働時間の確定」の問題があります。上記のケースで言うと、「調理師学校の生徒さん」たちは、料亭で掃除等の仕事もさせられていましたが、その時間は労働時間と見なせ、賃金は支払われるべきだと思われます。そして、調理場にいて、板前さんたちの仕事を手伝い、調理の仕方を学んでいた時は、やはり調理学校の授業時間だとみなせるような気もします。では、調理がすべて終わり、料理の後の鍋や窯を洗っている場合は労働時間でしょうか?難しいところです。

調理師学校は、料亭側に、生徒さんたちを受け入れてくれる見返りに、どのような金銭的な遣り取りや、取り決めをしていたのかも、労働時間の確定の大きな要素となりますが、上記のケースでは、「料亭」と「調理師学校」が経営的に系列関係にあり、正式な契約もないまま、慣習として生徒を料亭に派遣していただけということなので、そのような事情も問題を複雑にしていると思います。(ただし、その調理師学校は、有名料亭で研修を受講できることを、宣伝としていた部分もあります。)

このような事件で監督署が行うべきことは、次の2つです。

①過去の未払賃金の遡及是正

②今後、同種の法違反がでないように、料亭に研修システムの改善を行わせること

今回の事件で、監督署の処理が遅れているということは、①の遡及是正について、「労働時間」の特定ができないためだと思われます。そしてそれは前述の「調理師学校の生徒さんの労働時間が確定しがたい」ためだと思います。

いっそのこと、明確な賃金不払いである板前さんたちに遡及是正をさせ、調理師学校の生徒には「労働時間不明」で遡及是正を命じないという方法もあります。しかしそれでは料亭が、「板前さん」については法違反であるが、「調理師学校生徒さん」については法違反でないと勘違いする可能性があります。

もし、私がこのようなケースの担当官であるなら、①の遡及是正は一切行わずに、②の料亭での研修システムの明確化を行わさせるといった方法を検討します。具体的には、「板前さん」のシフト勤務に対しては、今後全て賃金を支払うこととし、「調理師学校生徒さん」については料亭の経営上に必要な業務に対しては賃金を支払わせ、「授業料を支払っているので、権利として料亭の業務に参加させる時間」の明確化といった方向性を目指します。

上記のケースで悪質なのは、「賃金不払いの料亭」もそうですが、「授業料をとっていながら、生徒に上記のような業務」を行わせる調理師学校でしょう。

さて、いずれにせよ冒頭の「監督署の申告処理がなぜ遅れているのか」の質問については、「これは、けっこうやばくて、難しい事案だから」というのが回答となります。とは言っても、申告処理に1年以上かけるのは異常です。監督署担当官の熱意を疑われても仕方ないことと思われます。

コロナ禍の現在において、無給の板前さんや、調理師学校生徒さんが職場内でコロナに感染した場合、本来なら労災となるところが、無給の方は「労働者でないので労災認定の対象でない」とされる場合も想定できますので、監督署の早期処理が求められます。

さて、質問された方はこんな質問もされていました。

「現在、飲食店・レストラン業の恒常的な長時間労働が話題となっていますが、今回の料亭の事件のように、業界の体質として何か問題があるのでしょうか。」

私は次のように答えました。

「業界の中の方が特殊な考え方をするというのはよくあるケースです。ただ、個別のレストランの長時間労働と、今回の料亭の事情は、関連性は低いと思います。個別のレストランの長時間労働については、人を増やす等の方法で改善はできると思います。もっとも、改善の方向性は分かっていても、それが難しいことは事実です。今回の料亭の件は、解決への方向性が定まらない難しさがありますが、それが明確になれば、意外と解決も早いと思われます。だからこそ、監督署の早期の是正勧告が必要だと思います。」

夏の思い出

(甲斐駒ヶ岳とナノハナ・長野県富士見町、by T.M)

夏が来ると思い出します。

7年前のこの季節に私は横浜市大の浦舟病院のICUに入院していました。ギランバレーでした。ギランバレーの症状は、ALSに似ています。全身の神経がやられてしまい、動ける箇所は首だけになります。腕や足が動かないだけでなく、目の瞼も閉じられなくなり、舌も動かず、食べ物を嚥下することもできません。医師は私の呼吸器が動かなくなることを危惧し、気管切開し人工呼吸器を装着し、尿道カテーテル、点滴の措置を行いました。当時の様子をカミさんに尋ねると、カミさんは「機械に囲まれ、チューブがたくさん取り付けられて、宇宙飛行士の様だった」と答えてくれます。

ALSとギランバレーの違いは、ギランバレーは上記のような症状(最悪期)に達するのに1~2週間かかり、最悪期がさらに1~2週間続いた後に健康が回復する可能性が高いということです。もっとも、回復といっても、リハビリを何年も行うこととなり、それでも後遺症が残ることもあり、寝たきりになり人や、私のように歩行困難となる人も多いようです。

ALSはギランバレーと違い、症状発覚から最悪期になるまでに数年かかり、その後回復する見込みは少ないと聞きます。ゆっくりと症状が悪化してくることを自覚できるので、患者の精神的な苦しみは壮絶なものでしょう。希望があった私の場合でも、医師は「気が狂う」ことを恐れ、「眠らせる」措置を行いました。私は全然覚えていませんが、話せる状態の時は、ずっと大声で独り言を言っていたようです。ですから、今回のALSの方の自殺の件についても、なんとなく理解できるような気がします。

私が最悪期を脱しつつあった7年前の8月15日に、朦朧とする意識の中で観ていたテレビで次のニュースが流れていました。

2013年8月15日19時30分ごろ、花火大会会場で臨時営業中であったベビーカステラを販売する屋台の店主が、発電機にガソリンを給油するためにガソリン携行缶の蓋を開けたところ、大量のガソリンが噴出して爆発した。この爆発により花火の見物客3名が全身火傷(III度熱傷)を負うなどして死亡した。また、59名が重軽傷を負い、露店3棟が延焼した。

事故原因は、店主がガソリン携行缶のエア調整ネジを緩めることなくいきなり蓋を開けたため、携行缶の開口部からガソリンが一気に噴き出して周囲に飛散し、火気を使用する複数の屋台にガソリンが降りかかって引火・爆発したためである。(Wikipediaより引用)

この報道で私は、自分の本来の仕事を思い出し、入院中であるにもかかわらず、忸怩たる思いにかられました。

私が、このニュースを聞いて、なぜそんな思いをしたかというと、その事故以前に私の所属する労働局管内で、まったく同じ事故が発生していたからです。

ここで、災害原因となった「ガソリン携行缶」について、ご説明します。これは、ガソリンを持ち運ぶための容器ですが、普通の石油缶等と違うところは、容器には吸入口の他に小さなネジがついていることが特徴です。ガソリンを密閉された容器に入れ運搬すると、容器の中でガソリンが気化し、中の圧力が高まり、そのまま容器の栓を緩めると、そこからガソリンが勢いよく噴出することがあります。缶ビールの蓋を開けた時に、中のビールが噴出してくる場合がありますが、それと同じ現象がガソリン入り容器の中で起きるのです。それを防止するために、ガソリン携行缶には小さなネジがついています。容器の栓を開ける前にこのネジを開くことによって、圧力を逃がしてやるのです。ただ、この操作方法を知らないで、ガソリン携行缶を使用している人も多いらしく、捜査方法を誤っての事故事例は多いようです。因みに、昨年の京アニの容疑者青葉真司による放火事件ですが、青葉容疑者も放火の最に、このガソリン携行缶の操作を誤り、内圧を抜かないでガソリンを撒いたために、自らもガソリンをかぶってしまったのではないかと推測されます。

さて、福知山の事件の前に、私の所属する労働局内で発生した事件とは、建設現場で発電機にガソリン携行缶から燃料を補給しようとした労働者が、エア調整ネジを緩めることなくいきなり蓋を開けたため、ガソリンが噴出し、発電機の熱でガソリンが燃焼し、労働者が火傷で死亡したものです。

私はその時、労働局の安全課に所属していましたが、署から災害調査復命書が上がってきた時に、「これは大変な事故だ」と思いました。ガソリン携行缶がホームセンター等で売られていて、一般人がすぐ利用できるのに、使用方法については周知されていないと思ったからです。「必ず、将来的に大きな事故が起きる」と思いました。また、調べてみると、ガソリン携行缶での災害は、その時点においても全国的に多数発生しているようでした(主に、各地方の消防署のHPから情報を得ました)。

署の災害調査復命書では、法違反なかったので、指導票を交付とすると記載されていました。私は、この事件については「無理筋」の送検でもすべきだと主張し、決裁蘭にはそのことも記載しました。しかし、結論は変わりませんでした。

病院を退院し、リハの継続中に、久しぶりに安全課に行った時に、当時を知る安全課の職員から、「心配が当たってしまいましたね」と言われました。私は、あの時に、もっと強行に自己主張していればと、その時に激しく後悔しました。

(注)監督署は、災害が発生した時に、その直接原因が安衛法違反である時に送検手続きを取ります。しかし、「直接原因」でなくても、社会的に大きな事案であれば、社会全般への影響を考慮し、「間接原因」を見つけ(こじつけ)、無理筋に送検することが時々あります。そのような送検は、関西の労働局に多く見受けられます。具体的事例については、今後このブログで、機会があれば紹介していきたいと思います。