映画と過労死

 

 

 

(映画「オールザットジャズ」のDVD表紙)

私の住む横浜市の上大岡地区には、スクリーン数が9ほどの映画館があります。そこで、毎朝午前10時から「午前10時の映画祭」と名付けて、昔の名作映画を放映しています。今朝、1979年の映画「オールザットジャズ」を観てきました。この作品は、新しい形のミュージカル映画と賞賛され、アカデミー賞の美術賞・音楽賞の各賞、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した名作です。次のようなストーリーです。

「ブロードウェイの演出家のジョー・ギデオンは、忙しく不規則な毎日がたたり、ジョーは倒れてしまう。薄れゆく意識の中で彼は自分の人生をミュージカルを見ているように思い返す。」

主人公は心臓発作で死ぬ訳ですが、その原因は過労です。彼はショービジネスの世界で、休日も休まず、昼夜に渡って働いています。現在日本で、彼がもし「労働者なら、過労死の労災認定は可能だと思います。

彼は働き過ぎの人生を後悔して死んでいったのでしょうか。答えはノーです。彼は死に際して、自分の人生を振り返りますが、それは全て仕事の思い出です。

自分の「労働」に対し、このように肯定的に捉えられる人は確かに存在します。そして、今回の働き方改革は、そのような「労働」に対し、「裁量労働制」等の働き方を提案したものでしょう。

でも、労働基準監督官だった私はふと思うのです。この映画のように、「才能ある演出家」の無茶苦茶な働き方を支えるために、いわゆる「事務方」と言われる人は、演出家の我儘に振り回されてどれだけの長時間労働になっているかと。

「演出家」は生産性が高く(金を稼ぎますから・・・)、長時間労働であっても本人は納得できる仕事です。しかし、「事務方」は生産性が低く、受け身の仕事です。演出家がどれだけ働こうが、それは自己責任という部分がありますが、それに付き合う「事務方」まで、同じショービジネスの世界だからといって長時間労働はまずいでしょう。「働き方改革」はこのよう「事務方」の労働にどのような影響を与えるでしょうか。

日本のショービジネスに多大な影響を与え、自らも製作を手掛けている電通の職員の過労死事件を、なんとなく「オールザットジャズ」を観ていて思い出しました。

 

働き方改革について(9)

(いすゞプラザにて、by T.M)

今日(5月6日)、ある工務店に依頼して自宅の改築をしています。大工さんが2人来ました。

連休の最終日の5月6日に作業をしたいと言ってきたのは工務店側です。作業をしていた大工さんに尋ねると、この工務店ではゴールデンウィークがないそうです。この期間は、工場等が機械を停止し休業しているため、その間に事務所内のレイアウト変更等の依頼が多くあるということです。

中小の工務店のとっては、正月は別だとしても、お盆とゴールデンウィークは稼ぎ時です。このような労働環境の実態は労働災害発生状況にも如実に表れています。お盆やゴールデンウィークは、死亡労働災害が増える時期なのです。工場の機械のメンテナンス等の非定常的な業務が増え、そしてその工期が短いため、事業場側の安全管理が行き渡らないため事故が起きます。そういえば、わたしも現役の頃に、よく盆休み中の工場に災害調査に行きました。工場の安全担当者が休みで、下請けの社長さんを立会人にして実況見分を何回かしました。

先日、労働安全衛生関係の雑誌を読んでいたら、私の知人の労働基準監督署長が、「2年続けて、正月に死亡災害の調査に行った」というような手記を載せていました。正月に死亡災害が起きたら、一般職員にその調査に行かせず、署長、副所長が対応をするのは監督署の伝統でもあります。

さて、東京オリンピックの国立競技場の建設現場は本日どうなっているでしょうか。多分、作業を中止しているはずです。大手の建設業者は、「働き方改革」のため積極的に休日を増やしているからです。しかし、その陰で、昨年この現場、若い現場監督が長時間労働の末に自殺しました。

建設業界では、長年の課題である「雨降り休暇」の問題も解決していません。これは、完全に労働基準法違反ですが、行政も見て見ぬふりをしています(こんど、機会があればこの問題を書きます)。

野党もようやく審議に復帰しますが、働き方改革が、建設業の現場の人たちに行き渡るのはいつだろうなと思いました。

 

働き方改革について(8)

(「さよなら115系湘南電車、高崎駅にて by T.M)

日本テレビ「Missデビル 人事の悪魔・椿眞子」、いいですね。はまってしまいました。「Missデビル」と呼ばれる、ある巨大保険会社と契約したスゴ腕の謎の人材コンサルタント椿眞子(役・菜々緒)の物語です。彼女は、会社と契約し、会社の刃部に所属する「人材活用ラボ」の室長をしていますが、その仕事は「リストラの対象者」を探し出すこと。と言っても、彼女の行う「首切り」は、実は労働者のためにでもなっているもので、その対象労働者が退職届を提出するまでに様々な会社の問題が描き出されるという物語です。

昨日のドラマの内容ですが次の通りです。

「残業減らす。有給休暇をすべて消化する」と口先だけ言って、すべて部下に丸投げしてしまう部長と、労働意欲がまったくない若手に挟まれた中間管理職の課長が、仕事を抱えてしまい、精神的に追い込まれて行くといったストーリー。結局、この課長は自分の部下に暴力事件を起こしてしまい、自ら会社を去るのですが、第2の人生で「板前」を目指し頑張って仕事をしているところで話を終えます。この物語の中で、主人公の人材コンサルタントが会社の人事部長に言った次のセリフが印象的でした。「会社が現在進めている改革(「働き方改革」のこと)は、本当に職員のための改革ですか」

このドラマ、もしかして「化ける」かもしれません。主人公の菜々緒さんが素敵なので、ドクターXの大門未知子のように当たり役となるかもしれません。なんか今後は、訳ありドラマで「ミステリー・復讐譚」になってしまいそうに思わせる箇所もあったのですが、痛烈な労働問題への批評精神はなくさないでいて欲しいです。

少なくとも、「ダンダリン」よりは面白く、職場をリアルに映しています。

 

 

今週はお休みです

皆さま、当ブログに御来訪どうもありがとうございます。

先週、4/18(木)に総来訪者数が100000人を突破しました。

開設は平成28年の3月末なので、26ヶ月目で達成です。最近では1日平均で200名位の方に閲覧されています。

1日何万件の来訪者がある人気ブログになる気配は到底ありませんが、今後も「元労働基準監督官」として、私の見分した情報を発信していくつもりですので、御贔屓の程よろしくお願いします。

ところで、すみません。今週忙しくて通常のブログ更新はできません。

ゴメンナサイ

 

働き方改革について(7)

(いすゞプラザにて、初代クーペ、by T.M)

監督官の「事業主に対する敬意」について少し書きます。その前に、前知識として監督官の臨検監督時の指導方法を説明します。

よく、「是正勧告書」なんて言葉を聞きます。そして、「指導」という言葉も聞きます。この違いは何でしょうか。

監督官が事業場を臨検監督した後に交付する文書は3種類あります。「使用停止等命令書」「是正勧告書」「指導票」です。

「使用停止等命令書」は、労働者が危険な作業をしている時に、その作業の停止等を求める労働安全衛生法第98条に基づく行政命令を行う書類です。相手がその命令を聞かなければ、即時司法処分としなければならない、非常に権限の強いものですが、労働時間に関する労働基準法違反については、この書類は使用しません。

「是正勧告書」とは、監督官が臨検監督実施時に事業場の違反を現認した時に、法違反の是正を求めるために事業主に交付する書類です。

「労働基準法第32条違反 時間外労働協定以上の残業を行ったこと 是正日×月×日(だいたい1ヶ月後)」と書かれていて、書類の最初の方に、「所定期日までに是正されない場合は送検手続きをとることがあります」という警告文が付いています。

労働基準監督官の個人名で交付されますが、これはけっこう大変なことで、法違反を現認し、その場で違反に関する文書を個人名で交付するのは、交通違反取締の警察官と労働基準監督官くらいでしょう。もっとも、最近の監督官は、「違反の確認」に慎重を期するため、事業主を臨検監督後に監督署に呼び出して、是正勧告書を交付することがほとんどです。

指導票は、「法違反でないけど、事業主にはして欲しいこと」を文書として手渡すもので、「行政指導」と言われるものです。例えば、「残業時間の管理を、労働者の自己申告制でなく、タイムカードやICカードで記録して下さい」というようなものになります。実は、良い監督官ほど、この「指導票」の使い方がうまいのです。「是正勧告書」は、「法違反の有無」を記載した機械的な文書ですが、「指導票」の内容は監督官が自由に出せるために、「貴社はこうであって欲しい」という願いが込められている場合があります。

もっとも本省は、この「監督官が自由に出す」ということを嫌いまして、「禁止」とまではいきませんが、「規制」を厳しくしています。また、本省では、「この場面では、このような行政指導を行え」という、行政指導の事例を示しています。先ほどの「労働時間管理は、タイムカードやICカードの客観的なデータを使用しろ」等は、本省指示による行政指導の一例です。