サンクチュアリと労災

(野毛山貯水池からの眺め、by T.M)

ットフリックスの「サンクチュアリ」を2日で一気見しました。相撲界を描いた作品ですが、ネットフリックスの日本ドラマの中では最高傑作だと思います。ただ、この作品については、本物の相撲協会は一切協力していないという話です。まあ、八百長とか暴力行為とかが描かれているから当然と言えるのでしょうが、それにも勝る「相撲文化へのリスペクト」がこの作品にはあるので、表立った賞賛はできないまでも、陰ながら応援してもいいような気がします。

さて、「労働災害の撲滅」を生業としている私としても、この作品には言いたいことがあります。主人公の父親は九州でお店を経営していた腕の良い寿司職人でしたが、騙されて店を手放してしまい、一家崩壊となり、母親は男遊びに狂い、父親は建設現場で交通誘導の警備員をしていました。そんな家族崩壊の中で主人公は相撲部屋に身を投じるのですが、ある日、東京の相撲部屋に母親から連絡があります。

 「父親が建設現場の警備の仕事をしている時にクルマにはねられた。ひき逃げだ。父親はまだ意識が戻らずに入院している。もう意識が戻らないかもしれない。私はお金が払えないので、オマエが相撲で稼いで、私に入院代を送金してくれ。」

このストーリー展開には無理があるなと思いました。だって、労災事故ですから入院費は無料だし、その間の休業補償もあるはずです。案の定、後日ネタが割れます。主人公が取組最中に、相手の張り手が強烈で耳をそがれるといった事故が発生するのですが、主人公の所属する相撲部屋の親方からその事故のことを聞いた母親は、「労災保険はないのか」と尋ねているのです。つまり、父親の入院費用は労災保険からきちんと支払われているのに、そんな制度のことを知らない主人公から、母親はお金を巻き上げようとしたということです。

しかし未成年といえども、主人公がまったく労災保険制度を知らなかったという設定はどうなんでしょうか?もっとも、ユーチューブ検索しても、「親が労災事故で死んでしまったから、母親と一緒に極貧の中で育った」というようなことを言っている動画もあります。労災事故で伴侶をなくしたシングルマザーには、子供が18歳以上になるまでは、だいたい月に10万以上の労災支給金が支払われますので、決して十分とはいえませんが、他の理由でシングルマザーとなった方よりも、経済的な面については恵まれているといえます。だから、「極貧」をイメージさせるに、「親が労災事故でなくなった」というシチュエーションを設ける動画には違和感を覚えます。

何か義務教育で、しっかりと労災保険のことを教えた方がいいのではないでしょうか?若い人が世の中にでた時に悪徳事業主に騙されないように、そうした方が良いと思います。

忘れたいこと

(山梨県のクリスタルラインと愛ジムニー、by T.M)

テレビドラマ「BRIDGE はじまりは1995.1.17」を観ました。このドラマは、阪神・淡路大震災の時に、崩壊したJR六甲道駅を、「ジャッキアップ」という過去に例のない工法で、2年間かかると言われた復仇をわずか74日間という短期間でなしとげた建設会社の物語です。実在する「O組」という会社がモデルだそうですが、この工事については、2005年にNHKのプロジェクトXでも取り上げられたそうです。

番組は事実をヒントに作られていて、工事に携わった方々の献身的な仕事振りがドラマが中心です。しかし、ドラマの構成上、完全にフィクションの部分があります。その中で興味深く思えたのが、災害から23年後の現在の神戸で、その工事の一部始終を当時撮影したという元作業員が、不良高校生に当時の思い出を語る場面です。その少年は、地震の慰霊碑にスプレー缶を使用し、落書きをして警察に補導されたという設定でした。少年は単なるイタズラとしてそんなことをしたのですが、その場面を目撃した元作業員は、少年を補導した警察官に「少年の父」だと嘘をつき、少年を救出します。そして、そのような事をした理由を、元作業員が次のように少年に述懐します。

「オレは嬉しかったんだ。震災が過去の出来事として、特に気にしなくなっていることが」

この言葉の言い回しは、正確には憶えていないのですが、言いたいことについては、そういう考えもあるのだなと思いました。

私はいつの日か、東日本大震災の時の福島原発の時に苦労した作業員のドラマができることを望みます。事案を時系列に紹介するといったドラマは過去あったようですが、作業員の方々のご苦労を真正面から描いたものは、まだ無いように思えます。

本社から「止めろ」と言われても、現場で原子炉に海水の注水を続けた吉田元所長の決断や命懸けのベント作業等を描いたら、緊迫したドラマになると思います。

もちろん、「増え続ける汚染水」「除染作業の動向」「見通しが立たない被災地の復興」「最大の課題である燃料デブリの取出し作業」「被曝労働者の労災認定」等の現実を考えると、ドラマなどできません。阪神・淡路大震災は関東大震災のように過去の出来事となりつつあるのかもしれませんが、福島原発の問題はリアルだからです。

だからこそ一日でも早く、この問題が過去の出来事となる日が来ることを祈ります。

この「BRIDGE」のドラマの中で、工事現場の所長が繰り返し「労働者の安全が第一」と述べていました。実際の現場もそうであったのだろうなと想像すると、元労働基準監督官としては、少し嬉しくなりました。

 

映画と過労死

 

 

 

(映画「オールザットジャズ」のDVD表紙)

私の住む横浜市の上大岡地区には、スクリーン数が9ほどの映画館があります。そこで、毎朝午前10時から「午前10時の映画祭」と名付けて、昔の名作映画を放映しています。今朝、1979年の映画「オールザットジャズ」を観てきました。この作品は、新しい形のミュージカル映画と賞賛され、アカデミー賞の美術賞・音楽賞の各賞、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した名作です。次のようなストーリーです。

「ブロードウェイの演出家のジョー・ギデオンは、忙しく不規則な毎日がたたり、ジョーは倒れてしまう。薄れゆく意識の中で彼は自分の人生をミュージカルを見ているように思い返す。」

主人公は心臓発作で死ぬ訳ですが、その原因は過労です。彼はショービジネスの世界で、休日も休まず、昼夜に渡って働いています。現在日本で、彼がもし「労働者なら、過労死の労災認定は可能だと思います。

彼は働き過ぎの人生を後悔して死んでいったのでしょうか。答えはノーです。彼は死に際して、自分の人生を振り返りますが、それは全て仕事の思い出です。

自分の「労働」に対し、このように肯定的に捉えられる人は確かに存在します。そして、今回の働き方改革は、そのような「労働」に対し、「裁量労働制」等の働き方を提案したものでしょう。

でも、労働基準監督官だった私はふと思うのです。この映画のように、「才能ある演出家」の無茶苦茶な働き方を支えるために、いわゆる「事務方」と言われる人は、演出家の我儘に振り回されてどれだけの長時間労働になっているかと。

「演出家」は生産性が高く(金を稼ぎますから・・・)、長時間労働であっても本人は納得できる仕事です。しかし、「事務方」は生産性が低く、受け身の仕事です。演出家がどれだけ働こうが、それは自己責任という部分がありますが、それに付き合う「事務方」まで、同じショービジネスの世界だからといって長時間労働はまずいでしょう。「働き方改革」はこのよう「事務方」の労働にどのような影響を与えるでしょうか。

日本のショービジネスに多大な影響を与え、自らも製作を手掛けている電通の職員の過労死事件を、なんとなく「オールザットジャズ」を観ていて思い出しました。

 

解雇予告除外認定

(by T.M)

会社内部の同郷の者同士の飲み会で、A労働者が酔って後輩のB労働者をなぐってしまったところ、A労働者は全治2週間のケガを負い、翌日から会社を休業してしまった。トラブルの原因は、A労働者が日ごろB労働者のことを「年上を敬わず、生意気だ」と感じていたからである。

さて、この事件は「日馬富士」と「貴の岩」の話です。もし、この2名が「労働者」であった場合、貴の岩のケガは、労働基準監督署長は労災認定するだろうかと考えました。純粋に事業場外で行われた私的行為の飲み会のようですし、業務起因性はないと思いました。しかし、自分の判断に自信がなかったので某労働局の某署の現職の労災担当官に意見を尋ねました(彼は、変人ですが、こういう場合の判断は間違いません)。すると、意外なことに「これは、絶対に労災になる」と断言してくれました。なんでも、今の世の流れで、このようなケースは「労災」にしないとまずいらしく、PTSDが発症し治療が長引くケースもあるそうです。

労災認定の判断基準とは、膨大な「前例」の体系化であると考えれば、これは理解できます。そういえば、部下が上司を「刺し殺した」労災事件の災害調査を、私はしたことがあります(もっとも、それは業務起因する上司の言動が犯行の原因でした)。

こういうケースが「労災」であるなら、「事業主」は再発防止にどんな手段をとれば良いのか、難しいところです。

この事件を別の側面からも考えてみました。A労働者の「解雇予告除外認定」が事業場から申請されたら、自分としてはどう判断したでしょうか。

 (注) 解雇予告除外認定申請とは、労働基準法第20条に基づく申請。労働者を即日解雇する場合は、事業主は平均賃金30日分を労働者に支払わなければならないが、労働基準監督署長に、その解雇が「労働者の責によるもの」であることを認定してもらえば、それを支払わなくてよい。よく誤解されるのだが、この認定処分は、「解雇の妥当性」を監督署が判断するものではない。

これは、とっても悩むと思います。「酒の上のケンカ」であるのか「職場でのイジメ」であるのかの事実関係の特定がまずは重要です。そして、最後は被害者(B労働者・貴の岩)の「処罰への意見」を参考にして結論を出します。まあ、「本人同士が丸く治めよう」という気があれば有耶無耶にできる事案でもあります。

ここまで書いて、思いました。貴乃花の現役引退は2003年の初場所で、白鵬の入幕は翌年の初場所だそうで、すれ違いということです。名横綱2人の「土俵上での戦い」を観たかったと思います。

ブラック企業の逆襲

(by T.M)

足袋を製造している会社が、商品の社会的な需要の先細りに対応するため、スポーツシューズの製造販売を新たに行うこととした。主力商品の関連事業とはいえ、新規開発は困難を極め、社長は必死に努力するが、労働者には「長時間労働」を強い、その分の「残業代」さえ支払えなかった。そして、「残業代」のことが、経営者と労働者の間で話題になると、経営者はこう答えた。「それを払ったら、ウチはつぶれてしまう」 残業代未払いの労働者の多くは、ミシンを踏む工場の女性労働者であり、年配の女性労働者の一人は、業務との因果関係は不明だが、業務中に倒れてしまう・・・・

もちろん、これは日曜日の午後9時から放送されている、池井戸潤原作のドラマ「陸王」の中の主人公が社長である「こはぜ屋」の話です。こう書いてしまうと、改めてこの「こはぜ屋」は「ブラック企業」だなあと思います。次回からのドラマの展開は、いよいよライバルのスポーツシューズの製造販売の大企業(「A社」と呼ぶ)とのせめぎ合いが始まり、様々な嫌がらせがA社から受けるという展開になりそうなのですが、私なりに次回以降のドラマのストーリーを考えてみました。

「こはぜ屋」のシューズがライバルA社を圧倒する事実に、A社は妨害工作を考える。それは「労働基準監督署にこはぜ屋の労働基準法違反」を通報することであった。匿名情報を得た労働基準監督署は、予告なしで臨検監督を実施し、賃金台帳とタイムカードを押収し、違反を特定し、未払い残業代の遡及是正を社長に命じる。まさに、是正勧告書を交付しようとした瞬間、女性労働者(阿川佐和子が扮する者)を先頭に、その場に労働者がなだれ込んで来て、次々にこう述べる。「私たちは、残業なんてしてません。毎日、職場で夜遅くまでおしゃべりをしていて、帰りが遅くなったんです。」「労働基準監督署の調査なんて、私たちは誰も協力しません。」「私たちが誰一人問題にしていないのに、なんで残業代を社長が払わなくてはいけないのですか。社長は会社がもうかればボーナスをくれると言ってます。」

監督官は、若い男と初老の男の2人で来ていたが、若い監督官が、何か言いかけるのを初老の男は止め、次のように述べる。

「それでは今後は、気をつけて下さい。次はないです。それから過労死だけは気をつけて下さい」

(ここで、平原綾香の歌う、ホルスト作曲「ジュピター」が流れる。)

あれ、自分で書いていて、何かいいじゃないかと思えてきました。けっこうドラマになるんじゃないでしょうか。ついで、次のようなオチはどうでしょう。

A社の一室で、次のこはぜ屋への嫌がらせが画策されている時に、いきなり何人もの男たちが入ってくる。そして書類を翳して、述べる。「これは、捜査令状だ。労働基準法違反の疑いでここを捜査する。」

実はA社でも日常的にサービス残業が発生しており、従業員の一人が労働基準監督署に密告したのであった・・・

ドラマを観ながら、秋の夜長にこんなことを考えることは、私の小さな幸せです。