監督官の虚像と実像(2)

(神戸の夜景2、by T.M)

大規模な工場等を監督する場合、工場側と日程の調整が終わった後に、臨検監督当日のスケジュールを決めます。代表的なスケジュールとしては次のようなものがあります。

9:00  工場到着 10分か20分程度、工場担当者から、工場の概要について説明を受ける。

9:20  工場内臨検。数班に分け実施し、午前いっぱいかけて工場内の監督。

12:00 昼休み

13:00 工場の書類チェック。安全衛生と労務管理について1~2名で実施します。そして、残りの監督署メンバーで構内協力業者の書類審査です。元請である工場側に部屋を用意してもらいます。

16:00 協力会社を含め、当日の監督結果の概要について講評します。この時には、必ず工場長に立ち会ってもらうことにしています。もちろん、この「講評」ということについては、各会社のプライバシーがあるので、「個別の事案ではなく、この工場から災害をなくすために取り組んで欲しいこと」というスタンスで臨みます。

後日、違反等がある場合は、書面で是正を求めます。

このような臨検監督を実施する場合、監督署では、その署の規模によりますが、大体5~10人体制で臨検します。原発監督等の例外的な場合は他署や労働局にも協力を要請して、20~30人程度になることみあります。署長や次長がメンバーに加わることがありますが、仕切るのは、署の監督課長であることが一般です(方面署の場合は「一方面主任」)。

監督前に絶対必要なのが、工場の見取り図の入手です。監督署側は2~5班体制ですので、各班の監督場所を決めます。そして、あらかじめコースを決めます。もっとも、「そのコースはあくまで仮コースで、各班何を見るかは分かりません。コースを当日変更する場合もあります。作業は、通常どおり続けて下さい。ありのままの現場を見せて下さい」と相手側には申し添えます。監督官の中には、会社側が用意してくれたコースを拒否し、独自判断で臨検する人もいますが、多くはそのコースどおりに動きます。

このような、「予告した」大規模監督の前には、その工場の協力会社から、「健康診断結果報告書」や「36協定」等が、あわてて監督署に提出されます。「法違反のないようにしておけ」という指示が、工場から協力会社になされ、協力会社がそれまでに提出し忘れていた法定書類を監督署に提出されるからです。

そんな、書類を不備で不受理にしようものなら、監督署の窓口で文句を言う人ともいます。「期日までに監督署に出していないと、元請に怒られるんだ。」 職員はそんな言葉を聞きながら、「やっぱり臨検監督って、法遵守に効果あるな」と内心は思うのです。

監督官の虚像と実像(1)

(神戸の夜景、全国安全衛生大会での風景、by T.M)

 

先週のブログでお知らせした、中災防の「安全管理者選任時研修講師養成講座」で、地方都市の大企業工場の安全担当者と研修仲間となりました。その彼が、食事をしている時に言いました。「監督官って、とても偉いんですよね。」

その場には、自己研鑽のために研修を受講しに来ていた元大規模労働基準監督署の署長(現労働衛生コンサルタント)もいたのですが、この言葉を聞いた時に、思わず彼と顔を見合わせてしました。何か誤解があるようです。

その安全担当者は続けて説明しました。「工場に臨検監督に監督官が来た時にとても偉そうだった」と。私は、大規模事業場を臨検監督する時のやり方を思い出してみました。

- 次に述べる手順は、「通常」の臨検監督のものです。大企業の工場といえども、数年に1回は定期的に監督をします。もし、「定期的」ではなく「別の理由」で臨検監督する時は、まったく違った手順となります。ー

1 年間計画で、当該事業場を本年度の臨検対象と決める。年間計画は1月くらいから作成はじめ、3月末に完成し、4月から実施される。

2 臨検監督実施予定時期のひと月くらい前に会社に連絡。担当者(安全担当者、労務担当者)に来署してもらい、正式に臨検監督する日を決める。事前に用意してもらう書類を伝える。なお、当日の臨検は1日かかるが、弁当を持参するので昼食を取る場所を確保して欲しいと伝える。

本省は、「原則として事前通告なく臨検監督しろ」といつも言っていますが、下請け労働者を併せると、全従業員が万単位となる工場に、いきなり行って、「どこそこ見せろ」とか「何かの書類を見せろ」とか言っても不可能です。これは、大企業に遠慮している訳ではありません。物理的に難しいからです。ただし、次の場合を除きます。

① 「建設現場」 建設現場はどれだけ大きくても抜き打ちです。

② 「労働時間の調査を主目的とした場合」 この場合も抜き打ちです。労働時間だけの調査なら、「あれもってこい」「これもってこい」と言わずに労働時間のデータだけその時に調査すれば足ります。調査資料に不足なところは、後日改めて調査すれば良いのです。

③ 前述のように「別の理由」がある場合

- 続く -

 

 

研修

会社の命令で、昨日まで、日本の労働安全衛生の聖地、東京都清瀬市の「中央労働災害防止協会・東京安全衛生教育センター」で「安全管理者選任時研修講師養成講座」を受講してきました。行政にいた頃にも、こんな研修を受講させて頂いたことはなく、大変感謝しています。

このセンターは、労働安全衛生法が施行された昭和47年の翌年に開校したもので、延べ受講者数は10万人を超え、職長教育の講師(つまり、各事業場の労働災害防止の中核である「職長」の教育ができる人)の養成を始めとした、日本の労働安全衛生の中核の人々を送り出してきた機関です。

今回受講した講座は、受講者数12名で延べ5日間に渡るもので、毎日午前8時半から、午後7時まで授業があり、討論中心で2班に分かれ、「災害発生時に安全管理者は何をすべきか」等の実践的なテーマをディスカッションしました。最終日前日には講義修了後に課題が出され、夜遅くまでレポートを書きました(しんどかった)。受講生は、企業の安全担当の専門家が多く、たいへんレヴェルの高い研修だったと思います。

研修所の回りには何もなく、けっこう寂しい環境ですが、研修所備え付きの風呂が立派で、食事はおいしいので、研修所内で生活は完結しています(それだけ、研修に専念できるということ)。

5年前にり患したキラン・バレーの後遺症がまだ完治せず、足の神経に障害をもつ私にとっては、ゆっくりと足を伸ばせる大風呂はありがたく、入浴した後のビールがとてもうまく思えちょっとした湯治気分でした(ビールの自販機があり、近くにコンビニが有ります)。

しかし、講師の皆さまは、私より年上の方たちだったのですが、何であんなに元気なのでしょうか。多分、そこが聖地たる所以なのだと思いました。

 

解雇予告除外認定

(by T.M)

会社内部の同郷の者同士の飲み会で、A労働者が酔って後輩のB労働者をなぐってしまったところ、A労働者は全治2週間のケガを負い、翌日から会社を休業してしまった。トラブルの原因は、A労働者が日ごろB労働者のことを「年上を敬わず、生意気だ」と感じていたからである。

さて、この事件は「日馬富士」と「貴の岩」の話です。もし、この2名が「労働者」であった場合、貴の岩のケガは、労働基準監督署長は労災認定するだろうかと考えました。純粋に事業場外で行われた私的行為の飲み会のようですし、業務起因性はないと思いました。しかし、自分の判断に自信がなかったので某労働局の某署の現職の労災担当官に意見を尋ねました(彼は、変人ですが、こういう場合の判断は間違いません)。すると、意外なことに「これは、絶対に労災になる」と断言してくれました。なんでも、今の世の流れで、このようなケースは「労災」にしないとまずいらしく、PTSDが発症し治療が長引くケースもあるそうです。

労災認定の判断基準とは、膨大な「前例」の体系化であると考えれば、これは理解できます。そういえば、部下が上司を「刺し殺した」労災事件の災害調査を、私はしたことがあります(もっとも、それは業務起因する上司の言動が犯行の原因でした)。

こういうケースが「労災」であるなら、「事業主」は再発防止にどんな手段をとれば良いのか、難しいところです。

この事件を別の側面からも考えてみました。A労働者の「解雇予告除外認定」が事業場から申請されたら、自分としてはどう判断したでしょうか。

 (注) 解雇予告除外認定申請とは、労働基準法第20条に基づく申請。労働者を即日解雇する場合は、事業主は平均賃金30日分を労働者に支払わなければならないが、労働基準監督署長に、その解雇が「労働者の責によるもの」であることを認定してもらえば、それを支払わなくてよい。よく誤解されるのだが、この認定処分は、「解雇の妥当性」を監督署が判断するものではない。

これは、とっても悩むと思います。「酒の上のケンカ」であるのか「職場でのイジメ」であるのかの事実関係の特定がまずは重要です。そして、最後は被害者(B労働者・貴の岩)の「処罰への意見」を参考にして結論を出します。まあ、「本人同士が丸く治めよう」という気があれば有耶無耶にできる事案でもあります。

ここまで書いて、思いました。貴乃花の現役引退は2003年の初場所で、白鵬の入幕は翌年の初場所だそうで、すれ違いということです。名横綱2人の「土俵上での戦い」を観たかったと思います。