長時間労働規制の問題点(10)


(大宮動物公園で撮影、bu T.M)

現在、労働組合の組織率が下がっているそうです。
労働組合の幹部の方々は、非常に努力されていますが、なかなか組合員がついてきてくれないのが現状だそうです。

労働組合活動が激しかったのは、当然戦後の1950年代から60年代ですが、私が監督官になった当時も、今ほど衰退していなかったと思います。
やはり、機運が高かった当時、メーデー(5月1日)を正式に国民の祝日にしておかなかったことが悔やまれます。
そうすれば、必然的に4月30日と5月2日も休みになるでしょうから、4月29日から5月5日までの大型連休が毎年出現していた可能性もあります。

このように、労働組合活動が衰退した原因は、やはり経済成長が限界を迎えていることが原因でしょう。組合員の格差が広がり、組織の中で恵まれている人とそうでない人の差が組合活動で埋まらないとしたら、組合員は組合に期待しなくなります。
組合としても、業績の悪化やそれに伴うポストの減少は、極めて経営の問題であるので、どうしようもないのです。

また、非正規労働者の増加も労働組合の活動の低下の一因となっているようです。
正規職員だけ会社にいるうちは良かったのですが、非正規労働者が増えてくれば組織率が下がります。それでは、非正規労働者を組合に加入させればよいという発想になりますが、会社に何年も勤務している正規職員と、急に入社しきてきた非正規職員では、あまりに労働条件の差が激しく、同じ組合員としては共闘できません。もし、同一組合としたら、組合が会社に要求する事項は、すべて非正規職員に関するものばかりということになってしまいます。

長時間労働規制の問題点(9)


(大宮動物公園で撮影、by T.M)

大きな組織の中で個人が孤立するといったことも、問題ですが、実は小規模事業場での「就業規則」と「36協定」の件についても、また問題なのです。

事例を挙げます。女性従業員3人が働く、小規模事業場の話です。
2人が正社員で、何年も前から働いていて、1人はパートタイマーで3ヶ月前から働いている人です。
その会社は従業員10人未満ですから、法的義務はないのですが、就業規則は適正に作成されていて、残業の項目が明記されていました。そして、正社員との合意のもとで36協定が締結されていました。
パートタイマー(Aさんと呼ぶ)には、労働契約時に社長さんから「業務の都合により時間外労働命じることがある」と記載された契約書が交付されましたが、彼女は「家庭のことがあるので、あまり残業はできない」と答えました。それに対し、社長は「考慮しようと」返答しました。
Aさんが入社して、3ヶ月目くらいして、社長から「1日2時間残業するように」と命令され、Aさんは「できません」と答えました。すると、社長さんは「嫌なら辞めてくれ。本当は解雇もできるのだが、それは君のために勘弁してあげる。当社は就業規則も36協定もしっかりしているから残業を命令する権利はある。今は年度末で忙しいんだ。」と説明したそうです。

Aさんは、結局その会社を辞めることになりましたが。納得はできませんでした。Aさんは、正社員の女性2人と仲が悪かったため、告げ口により辞めさせられたと信じ込んでいました。しかし、この場合の「残業拒否」は確かに、「正当な解雇理由」となってしま可能性が高いのです。
(補足)会社が「解雇」したのでなく、Aさんの「自主退職」でしたが、社長さんは、支払う必要がないのに、「解雇予告手当の金額」と同じ「ひと月分の賃金」を「慰労金」の名目で、Aさんに支払いました。もしかしたら、社長さんは、Aさんの主張のとおり「後ろめたく」思っていたのかもしれません。

長時間労働規制の問題点(8)

(大宮動物公園で撮影、by T.M)

前回お話ししたとおり、労働者は①適切な理由、②就業規則への記載、③36協定の締結という3点が整ってしまうと、会社の残業命令は拒否できなくなり、断ってしまうと解雇されることもありうるのです。

この3点を順番に検討していくと、
一つ目の「適切な残業をする理由があること」については、残りのふたつの要素と比較し、まだ解釈の余地があるもので、実際に労働者が解雇された場合は、争う材料となりえます。
しかし、二つ目と三つ目は適切な手続きをしろという、手続きの問題なので、労働者が異議を挟むことはできません。

もちろん、「就業規則」も「36協定」もその成立過程において、労働者の過半数を代表する者が事業主に対し、意見を言うことも、書類への署名押印を拒否することもできます。

問題は、「労働者個人」が「労働者代表」に対し適切な意見を言えるかどうかの保証はないということです。「労働者代表」は民主的に選出されさえすれば、個別労働者の意見は別に無視してもかまわないのです。個別労働者は自分が選出していない代表であても、他の労働者が選んでいれば、その労働者代表が事業主と締結した36協定に従うしかないのです。

大きな組織になればなるほど、少数の個人の意思は無視されるものです。労働組合のように個別労働者の権利・保護を目的のため存在する組織でも、それは同じです。
組織の維持が、大きな意味で組合員の生活をまもることに繋がっていて、そのために組織の維持を第一に考える時に、組合代表が、どれだけ組合の団結を大切にし、労働者の個人ごとの事情を考慮しようとも、意見に反対のものは現れるのです。
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長時間労働規制の問題点(7)

(写真提供 T.M氏)

36協定の第2番目の問題について、残業を受け入れることについての、個人の労働者の意思の反映ということを挙げます。

平成3年11月28日に、最高裁で、時間外労働(=残業)に関する極めて重要な裁判の判決が言い渡されました。
残業を拒否したことを理由に懲戒解雇された労働者が、それを不服として、解雇無効を訴えた裁判です。いわゆる「日立製作所武蔵工場事件」です。

その判決は労働者側の訴えを退け、懲戒解雇を有効としました。

その時に最高裁は、会社側に残業の命令権が発生するためには、次の条件が必要だとしています。
第一 会社が労働者に残業を命じる適正な理由
第二 就業規則に、当該会社には「残業を命じることがある」と明記されていること。
第三 36協定が有効に締結されていること。 

つまり、上記の3条件が整っていれば、労働者が残業を拒否した時に、会社は労働者を懲戒解雇できるのです。

 (注) ただし、この裁判の事例では、会社側は残業を拒否した労働者に対し、直ぐに懲戒解雇したものではない。複数回の残業拒否の事実の確認の後に適正な、社内手続きにより解雇が行われた。
会社が上記な理由で労働者を解雇するような場合は、まず、第1回目の残業拒否については、「注意処分」とし、第2回目は始末書の提出を命じる「訓告処分」、第3回目は「減給制裁」、第4回目は「出勤停止」、そして最後は「懲戒解雇」となる。
この処分手続きについては、当然就業規則に記載があるもので、1回ごとの処分について、その度に懲罰委員会が開催される。
この懲罰委員会は社内裁判にあたるもので、事実関係の確認と処分内容の妥当性が確認された後、会社代表への意見具申をするものであるが、その委員には、過半数組合が選出した者もいる。

長時間労働規制の問題点(6)

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(ウチの猫たち)

過半数労働組合がない会社においての36協定の締結は、労働者の過半数代表者が適正に選出されていないケースが多く、労働者の意見が反映されていないということは、労働基準監督署の現場の監督官の間では常識でした。

その典型的な事例は、「派遣業」です。
派遣会社の多くは、過半数組合を持ちません。そこで36協定の締結のためには、労働者の代表を選出する必要があります。派遣業の36協定は、労働基準法と派遣法の定めでは、派遣元が一括して作成することが義務です。
派遣元は、いくつかの派遣先を持つことが通常です。例えば、A社、B社・・・H社などですが、ここで困ることは、A社へ派遣している派遣社員と、B社に派遣している派遣社員がまったく面識がなく、またA社とB社では派遣先の労働時間に関する勤務形態がまったく違うという場合が多いということです。
お互いが、一面識もまったくないの同士で、どうやって自分たちの意見を反映させる代表を選出することが可能でしょうか。また、何とか代表を選出したとしても、お互いの労働条件が違うのに、どうして「労働時間の規制」について、意見を言うことができるでしょうか。

従って、派遣会社が法を遵守しようと思えば、派遣元本社の労働者が労働者代表に立候補し、派遣先の各労働者の賛意を個別事業場ごとに得るしかないのです。
これで、法違反はなくなりますが、そのようにして締結された36協定が、果たして「残業時間の上限」を労使の話合いによって決定するといった協定本来の主旨に合うものであるか、甚だ疑問です。

これは、「会社の問題」というよりも、そもそも「法の欠点」と言うべきものだと思います。