私の出会った人たち(6) - 女性監督官

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これは、私がまだ新監だった時の話。

大きなビルの中の地下の浄化槽の清掃作業中に酸欠死亡災害が発生した。5人の作業員が並んで、浄化槽に入っていったところ先頭の2人が倒れ、3人があわてて避難したのだ。酸欠事故は突然発生し、50cmの立ち位置の差が生死を分ける。

災害発生の30分後に救出作業を行っている消防署から労働基準監督署に第1報が入った、そして1時間後に女性監督官のAさんを中心とした私を含めた3人のメンバーが現場検証に行くこととなった。現場に近づくと、周りには異臭が漂っていた。消防が救助のために、バキュームカーで浄化槽内部のガス抜きを行ったのだ。私たち3名は、浄化槽の内部に入っていった。浄化槽の内部には、常設の灯りがなく、消防が設けた緊急の灯りと懐中電灯が頼りだった。浄化槽の中は汚物が散乱し、キツイ臭いだった。Aさんは、浄化槽の中に先頭をきって入っていくと、黙々と実況見分を行った。巻き尺で浄化槽の大きさを測り、犠牲者の倒れた位置を特定し、私に写真の撮影を命令した。

調査が終了したのは、私たちが浄化槽に入ってから約1時間後のことだった。通常では、そこで関係者の事情聴取ということになるのだが、作業服があまりに汚れすぎていた私たちは1度署に戻ることとした。その帰り道の途中でAさんは、私にこう言った。「あなた、浄化槽に入る時に躊躇したでしょ。あそこで絶体に立ち止まってはダメ。どんな場所であれ、そこで働いている人がいることを考えなさい。」
そういうAさんのことを私はとてもきれいで頼もしいと思った。そして、自分を恥ずかしく思った。

私の出会った人たち(5) - 仲間

https://kanagawa-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/hourei_seido_tetsuzuki/anzen_eisei/hourei_seido/_120208/koribanice.html

この体操の動画は昨年安全課にいた女性監督官のNさんが作った。

高齢化社会の到来とともに、転倒災害を何とか減らしたいと考えたNさんが専門家に依頼したものである。
上からの命令でなく、Nさんの発案により始めたものだから、Nさんは通常業務以外にこの仕事をしなければならなかった。

このNさんの発案に局の有志が協力した。動画の中でモデルとなっているのは、各署の職員である。みんな忙しい中手伝った。撮影は、カメラのセミプロともいうべき非常勤職員の相談員さんが時間外にしてくれた。また、Nさんの仕事を当時の安全課長は心よく許し、積極的に上層部に説明してくれた。

この動画の打ち上げ会で、動画の中でモデルとなっている男性職員がこう言った。「うちの娘まだ幼いけど、そろそろ物心がついてきたから、この動画を見せて、お父ちゃんはこんな仕事していると説明しています。」

私は、こういう仕事が好きである。

労働安全衛生マネジメントシステム(3)

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さてさて、事業者が労働安全管理体制の向上のために自主的に導入する労働安全衛生マネジメントシステムは、災害を減少させることは確実であるし、従来の法体系のもとで災害減少を困難である、社会福祉施設等の災害防止についても、労務管理のマネジメントを意識して労働安全衛生のマネジメントと行えば、非常に有効なものとなるだろう。

ISO45000が規格化され、ながらく規格協会系と中災防系の2本建てであった日本の労働安全衛生マネジメントシステムの認証制度も1本化されることが世の趨勢。今後がどういう流れになっていくのかはまだ流動的なんだけど、次のようなことを、自らの体験を基に様々な講演会等で述べていこうと思う。

(1)労働安全衛生マネジメントシステムとは何か
(安全衛生管理のマネジメントとは何か)
(2)実際の現場でどうのように労働安全衛生マネジメントシステムを生かしていくのか
(体験を基に説明)
(3)建設業界への労働安全衛生マネジメントシステムの応用
(4)環境マネジメントシステムとの関係は如何
(5)リスアセスメントと環境側面評価の位置づけ
(6)試しに作ってみた労働時間短縮マネジメントシステムの事例紹介
(7)試しに作ってみた、神奈川労働局健康課内の情報漏えい防止マネジメントシステムの事例紹介
(8)厚生労働省は今後マネジメントシステムにどんな方針をするのか(推測)

そして、なにより
「リスクアセスメントのコツ」
「リスクアセスメントと化学物質のリスクアセスメントの相違について」
を述べたいと思う。

講演依頼を待っています。

労働安全衛生マネジメントシステム(2)

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(続き)

コンビニアやスーパーで販売するお弁当を製造している工場にいったことがある。多種多様な弁当を合計で1日に1万食くらい製造していた、24時間稼働の工場である。弁当の製造工程は、①材料(アイテム)を作る ②アイテムを各弁当に詰めるといったものであったが、アイテムは、カツ等の揚げ物や野菜のおひたし等で日替わりで6000種類くらいある。それを、中央制御室の指示に従い、何時から何時までは、これこれのカツを揚げてとか、豆を煮てとかやるのである。
ラインへの指示は、A4紙ほどのプレートでなされる。ベルトコンバヤに乗る流れ作業で、看板方式による管理、当然在庫は残さない、そして扱うものは多品種。それは、何10年も前の自動車工場を想起させるものである。

大規模な食料品製造業における労働災害発生率が高い理由は、昭和40年代前半に存在した多くの製造業のように労働集約型産業だからである。そして、作業内容は、機械等を操作するといったある程度のskillを必要とするものでない。災害もすべった、ころんだ、刃物で切った、あるいは腰痛という単純な行動災害が多い。ならば、災害を減少させることちに成功したかつての自動車産業のようにマネジメントの力によってリスクを削減することが可能なはずだと、私は考えた。

私はこの災害統計の結果を受けて、災害を多発させている約50の食料品製造業の監督を実施するように労働基準部長に箴言した。そして、あらためて各署が臨検監督を実施するようにした。すると、各署から次のような意見があがってきた。

「今までもこれらの会社は何回も指導しています。しかし災害はなくなりません。」

その時には、まだ世の中では労働安全衛生マネジメントシステムの概念は浸透していなかったのである。

労働安全衛生マネジメントシステム(1)

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これは、従業員10人くらいのプレス屋さんの臨検監督をしていた時の話。

そこのオヤジさんが、ポツリとこんなことを言った。「うちで事故なんて5年前にあったきりですよ。なんで、事故がないうちに監督に来るのですか。」
私はその時に心の中でこうつぶやいた。「でもね社長さん、従業員10人の会社が5年に1件災害を起こすということは、従業員1000人の会社が年間20件の災害を発生させていることと、統計上一緒ということになるんですよ。」

監督署の臨検監督は統計上の結果を基に災害発生率が高いところにいくことになるのだが、小規模事業場は総体としては災害発生件数が多くても、1事業場にしてみれば、「ウチは何年も災害を発生させていないのに・・・」ということになり、監督官の現場での指摘が事業主はピンとこないことが多いのである。

一般的に、やはり小規模事業場の方が災害発生率が高くなる。金属加工業と輸送用機械器具製造業では、従業員300人以上の事業場と従業員5人未満の事業場の災害発生率は約5倍程度小規模事業場の方が高いのである。もっとも、これは小規模事業場の名誉のために言わせてもらうが、小規模事業場の方が安全管理は難しいのも確かである。それは、次の理由による。
(1)小規模事業場の方が1人当たりの工程数が多くなるので管理がしずらい。
(2)少しの安全経費を計上しても、設備投資におけるその割合は高くなる。つまり小規模事業場が1台のプレスにカバーをする安全経費の割合は、大規模事業場が10台のプレスにカバーをする安全経費の割合より、はるかに高くなるので設備投資がしずらいなどの理由によるものである。

安全課で災害統計を作成していた時にすごい発見をしたと思った時がある。
食料品製造業の災害についてである。食料品製造業の労働災害は非常に多い。例えば、平成26年の神奈川県の製造業の災害発生件数は1076件であるが、そのうちの3割にあたる317件が食料品製造業の災害である。ところが、なんとその食料品製造業は、規模が大きくなるほ災害発生率が高くなるのである。私はこのコペルニクス的な統計の結果を発見し、「ヤッター、これで災害対策ができる。」と小躍りをした。
結論から言うと、神奈川県内には約1200社の食料品製造業の事業場が存在するが、そのうちの従業員300人以上の特定の事業場50社が、食料品製造業全体の災害のなんと1/3を発生させていたのだ。