監督官の虚像と実像(4)

(冬の不忍池、by T.M)

労働基準監督官は一般的に、「恐い」「威張っている」「偉そう」なんていうイメージがあるのかもしれません。しかし、実際にやっている仕事は地味なもんです。居丈高な姿勢が通じるのは一部大企業相手くらいです(もっとも、「逆襲」させれると、大企業ほどやっかいなものはないんですけど)。 

例えば、中小企業の社長さんが、悪意なく法違反をしていた場合について(法の不知等の理由で)、監督官は是正勧告書を手渡し、やさしく法の是正を呼びかけるのです(少なくとも、「私」はそうしてました)。理由は、厳しく指導して、相手が反発し、法違反の是正が遅れるくらいなら、監督官が頭を下げて法違反を手っ取り早くなくした方が良いからです。もちろん、監督官は最後は強権をもって法違反の是正を指導できます(つまり、「書類送検」)、でもそれは手間暇がかかります。良い監督官ほど、是正を促す姿は柔和です。つまり、いざととなれば「送検する」という覚悟ができているからです。無能な監督官ほど、相手が弱いとなれば威張りまくります。そして、相手が怒った時は、どうしたらよいのか分からなくなり、仕事は滞ります。もっとも、これはどこの社会でも同じようです。(私たち監督官が垣間見る「検察官の世界」もそうでした)。 

だから、監督官が相手を説得している姿はもしかした、とても情けない者に映るかもしれません。「税金泥棒」「公務員は楽でいいな」は毎度のこと、時には「会社が潰れたら、おまえの責任だぞ。そん時、労働者がおまえを殺すぞ。」なんていうことを言われます。もっとも、ここまで言われたら、後は是正勧告書の「改善指示日」を待つだけです。その日にまでに、「是正報告書」がでてこなければ、もう一度事業場に行って、法違反の是正がなされていなければ、「司法着手」すればいいだけです。

逆に、事業主が監督官をどれだけ罵っても、後で冷静なれば、何も会社に不利益はおきません。

ブラック企業相手には、監督官は厳しくいきますが、要は期日までに違反を是正させりゃいいだけですから、監督官はそのためには、いくらでも頭を下げます(下げるべきです)。 

まあ、そんな訳で、監督官の実像はけして「偉そう」なことはないんだということを申し上げておきます。 

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ここまで書いたら、成人式の日に不祥事を起こした呉服の着付け店「ハレノヒ」の賃金不払いのニュースが飛び込んできました。何でも、過去5回是正勧告書を交付していたとのこと。強権に移行するタイミングを、監督署は確かに逸したのかなと、少し心配になりました。  

 

監督官の虚像と実像(3)

(湘南国際村からの富士山、by T.M)

皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。年末年始、多忙のためブログ更新をしなかったことをお詫びします。申し訳ございませんでした

今年は、元旦から嬉しいお客様が来ました。

遠くに除夜の鐘が聞こえてき頃、庭で猫が煩く騒ぐので、除いてみれば、なんとタヌキがいるではないですか。私と目をあわすとサッと逃げましたが、あれは間違いありません(アライグマやハクビシンとは違います)。以前このブログでも報告しましたが、昨年春に疥癬病の子タヌキが来て、毛がなかったので、かかりつけの獣医と相談して薬を飲ましてやったら、変な物を飲ませたと思われたらしく行方不明となってしまいました。どうやら、その子ダヌキが毛がフサフサした大人になって戻ってきた様子です。

野生の生き物ですから、これから彼(彼女?)がどうなるか分かりませんが、病気治癒のタヌキのご訪問とは、ともかく縁起の良いことです。

(ちなみに、タヌキは犬科です)

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(前回の続きです)

監督官が大規模な工場等を予告監督する場合は、1日がかりの複数の監督官によるもので、工場の協力会社を巻き込んだ大げさなものになります。そして、監督最後の「講評」の場面では、100人を超える関係者を前に工場の問題点を指摘し、工場長と対等に話をするので、監督官の姿はとても「偉そう」に見えます。しかし、それは誤解なんです。

私は、前述のような臨検監督が終わった後に、他の監督官と一緒に公用車で署に帰る途中に、地域のJRの駅で降ろしてもらい、駅裏のビルに中の風俗店を訪問したことがあります。客として行ったのではありません。賃金不払いの申告事件の調査です。「時間がないので、店が始める前に来い」という事業主の申し出を受けて、その時間に行ったものです。まあ、そこで散々どなられました。相手はヤクザ屋さんがバックにいるので強気です。「ケツ割って逃げたもんに何で金を払わなければならないんだ(「無断欠勤のまま、退職した労働者になぜ賃金支払いの義務がありますか」という意味)。

申告の内容の是非はともかくとして、数時間前に大企業の工場長と散々やり合ってきた自分が、今は同じ作業服姿のままで、駅裏の風俗店で事業主に怒鳴られているというギャップ感は、我ながら変な仕事を選んだものだと思ったものでした。

大規模工場の臨検を行うと、そのうち何件かは、工場の安全担当者から非常に感謝されました。安全衛生関係について厳しいことを言うのですから、安全衛生関係者から嫌われるかと思うとそうでもないようです。彼らはこう言いました。

「安全衛生部門は地味なところです。たまに監督署がきて、こういうことをやってくれると、私たちの発言力も強くなります。」このようなことを述べる安全担当者がいる工場で、事故が少ないのは当然です。

本省は「予告監督はダメだ」とことあるたびに言います。確かに、大規模事業場への予告監督はセレモニーとなってしまいます。しかし、セレモニーがまったく役に立たないかというとそうでもないことを、本省には知ってもらいたと思います。

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ここでブログを終わろうと思ったら、大変なニュースが飛び込んできました。星野仙一さんが亡くなったそうです。私がギランバレーで病院入院中にテレビで観た、楽天優勝の瞬間は絶対に忘れません。謹んで哀悼の意を表します。さようなら、「昭和の男」

監督官の虚像と実像(2)

(神戸の夜景2、by T.M)

大規模な工場等を監督する場合、工場側と日程の調整が終わった後に、臨検監督当日のスケジュールを決めます。代表的なスケジュールとしては次のようなものがあります。

9:00  工場到着 10分か20分程度、工場担当者から、工場の概要について説明を受ける。

9:20  工場内臨検。数班に分け実施し、午前いっぱいかけて工場内の監督。

12:00 昼休み

13:00 工場の書類チェック。安全衛生と労務管理について1~2名で実施します。そして、残りの監督署メンバーで構内協力業者の書類審査です。元請である工場側に部屋を用意してもらいます。

16:00 協力会社を含め、当日の監督結果の概要について講評します。この時には、必ず工場長に立ち会ってもらうことにしています。もちろん、この「講評」ということについては、各会社のプライバシーがあるので、「個別の事案ではなく、この工場から災害をなくすために取り組んで欲しいこと」というスタンスで臨みます。

後日、違反等がある場合は、書面で是正を求めます。

このような臨検監督を実施する場合、監督署では、その署の規模によりますが、大体5~10人体制で臨検します。原発監督等の例外的な場合は他署や労働局にも協力を要請して、20~30人程度になることみあります。署長や次長がメンバーに加わることがありますが、仕切るのは、署の監督課長であることが一般です(方面署の場合は「一方面主任」)。

監督前に絶対必要なのが、工場の見取り図の入手です。監督署側は2~5班体制ですので、各班の監督場所を決めます。そして、あらかじめコースを決めます。もっとも、「そのコースはあくまで仮コースで、各班何を見るかは分かりません。コースを当日変更する場合もあります。作業は、通常どおり続けて下さい。ありのままの現場を見せて下さい」と相手側には申し添えます。監督官の中には、会社側が用意してくれたコースを拒否し、独自判断で臨検する人もいますが、多くはそのコースどおりに動きます。

このような、「予告した」大規模監督の前には、その工場の協力会社から、「健康診断結果報告書」や「36協定」等が、あわてて監督署に提出されます。「法違反のないようにしておけ」という指示が、工場から協力会社になされ、協力会社がそれまでに提出し忘れていた法定書類を監督署に提出されるからです。

そんな、書類を不備で不受理にしようものなら、監督署の窓口で文句を言う人ともいます。「期日までに監督署に出していないと、元請に怒られるんだ。」 職員はそんな言葉を聞きながら、「やっぱり臨検監督って、法遵守に効果あるな」と内心は思うのです。

監督官の虚像と実像(1)

(神戸の夜景、全国安全衛生大会での風景、by T.M)

 

先週のブログでお知らせした、中災防の「安全管理者選任時研修講師養成講座」で、地方都市の大企業工場の安全担当者と研修仲間となりました。その彼が、食事をしている時に言いました。「監督官って、とても偉いんですよね。」

その場には、自己研鑽のために研修を受講しに来ていた元大規模労働基準監督署の署長(現労働衛生コンサルタント)もいたのですが、この言葉を聞いた時に、思わず彼と顔を見合わせてしました。何か誤解があるようです。

その安全担当者は続けて説明しました。「工場に臨検監督に監督官が来た時にとても偉そうだった」と。私は、大規模事業場を臨検監督する時のやり方を思い出してみました。

- 次に述べる手順は、「通常」の臨検監督のものです。大企業の工場といえども、数年に1回は定期的に監督をします。もし、「定期的」ではなく「別の理由」で臨検監督する時は、まったく違った手順となります。ー

1 年間計画で、当該事業場を本年度の臨検対象と決める。年間計画は1月くらいから作成はじめ、3月末に完成し、4月から実施される。

2 臨検監督実施予定時期のひと月くらい前に会社に連絡。担当者(安全担当者、労務担当者)に来署してもらい、正式に臨検監督する日を決める。事前に用意してもらう書類を伝える。なお、当日の臨検は1日かかるが、弁当を持参するので昼食を取る場所を確保して欲しいと伝える。

本省は、「原則として事前通告なく臨検監督しろ」といつも言っていますが、下請け労働者を併せると、全従業員が万単位となる工場に、いきなり行って、「どこそこ見せろ」とか「何かの書類を見せろ」とか言っても不可能です。これは、大企業に遠慮している訳ではありません。物理的に難しいからです。ただし、次の場合を除きます。

① 「建設現場」 建設現場はどれだけ大きくても抜き打ちです。

② 「労働時間の調査を主目的とした場合」 この場合も抜き打ちです。労働時間だけの調査なら、「あれもってこい」「これもってこい」と言わずに労働時間のデータだけその時に調査すれば足ります。調査資料に不足なところは、後日改めて調査すれば良いのです。

③ 前述のように「別の理由」がある場合

- 続く -

 

 

研修

会社の命令で、昨日まで、日本の労働安全衛生の聖地、東京都清瀬市の「中央労働災害防止協会・東京安全衛生教育センター」で「安全管理者選任時研修講師養成講座」を受講してきました。行政にいた頃にも、こんな研修を受講させて頂いたことはなく、大変感謝しています。

このセンターは、労働安全衛生法が施行された昭和47年の翌年に開校したもので、延べ受講者数は10万人を超え、職長教育の講師(つまり、各事業場の労働災害防止の中核である「職長」の教育ができる人)の養成を始めとした、日本の労働安全衛生の中核の人々を送り出してきた機関です。

今回受講した講座は、受講者数12名で延べ5日間に渡るもので、毎日午前8時半から、午後7時まで授業があり、討論中心で2班に分かれ、「災害発生時に安全管理者は何をすべきか」等の実践的なテーマをディスカッションしました。最終日前日には講義修了後に課題が出され、夜遅くまでレポートを書きました(しんどかった)。受講生は、企業の安全担当の専門家が多く、たいへんレヴェルの高い研修だったと思います。

研修所の回りには何もなく、けっこう寂しい環境ですが、研修所備え付きの風呂が立派で、食事はおいしいので、研修所内で生活は完結しています(それだけ、研修に専念できるということ)。

5年前にり患したキラン・バレーの後遺症がまだ完治せず、足の神経に障害をもつ私にとっては、ゆっくりと足を伸ばせる大風呂はありがたく、入浴した後のビールがとてもうまく思えちょっとした湯治気分でした(ビールの自販機があり、近くにコンビニが有ります)。

しかし、講師の皆さまは、私より年上の方たちだったのですが、何であんなに元気なのでしょうか。多分、そこが聖地たる所以なのだと思いました。