同一労働同一賃金

(ポルシェとC56型機関車・清里駅にて by T.M)

今日、カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」を観てきました。是枝作品は、「誰も知らない」「海街diary」「三度目の殺人」等を映画館で観ましたが、やはり今回の作品が一番良いと思います。出番は少なかったのですが、柄本明の演技には泣かされました。 

さて、同一労働同一賃金の話です。先週、この問題について最高裁で2件の判決がありました。要約すると、「無事故」「作業」「休職」「通勤」等の手当については、正規雇用・非正規雇用の区別なく支払われなければならないが、「住宅手当の相違」「60歳定年後の再雇用の給与の減額」等については合理性を認めるということです。 

「60歳定年後の再雇用」については、私は「60歳時点の給与」から「ある程度減額されること」は仕方がないように思えます。(注:裁判となっている個別事件の詳細は、よく分からないので、次に書くことは一般的なケースについてです) 

なぜ「新入社員」と「退職間際の職員」では賃金額に差があるのでしょうか。「同一労働同一賃金」というなら、同じ職場にいる「新入社員」と「退職間際の職員」が同額の賃金でなくてはならないはずです。これは、私のような年寄りよりも、若者が多く思っている疑問だと思います。「退職間際の職員」は若者と比較し、ある程度有利な賃金をもらっているのですから、それを退職後の再雇用でも維持することは、世代間による格差をより広げることになります。だから、再雇用での給与の減額は、当事者にとっては悔しいことだと思いますが、ある程度社会的に容認すべきものでしょう。 

私は、労働基準監督官をしている時に、「世代間の格差」「正規労働・非正規労働の格差」「男女の格差」がまったくない業界があることを知りました。それは、「タクシー業界」です。タクシーの運転手さんの賃金は「基本給プラス歩合給」か「オール歩合」のどちらかです。基本給は、全労働者同一なものです。つまり、タクシーの運転手さんの賃金は、誰彼の区別なく、当月の売上により決定されるのです。ですから、年齢と共に仕事はとてもきつくなってくるので、経験によって運転手としての売上増加のスキルを高めるしかありません。

現役当時、一人の運転手さんとの出会いがとても印象的に思いました。その人は、タクシー運転手からタクシー会社を興し、そして自らの意志でタクシー運転手に戻った人です。その人は私にこう言いました。

「会社の役員をしていた時には、会社の支払日が近づくたびに緊張した。今は、運転手に戻ってるから楽だ。ハンドル握れば、月に50万は楽に稼げる。」

タクシー業界は長時間労働等の問題が多く、決して労働環境のいい所とは言えませんが、そんな風に働いている人もいるのだなと思いました。

働き方改革について(11)

(丹沢のミツマタ、by T.M)

前回に続いて、働き方改革法案の話をします。

今回の法改正について、もっとマスコミの話題となって欲しいのは「時間外労働の上限規制」です。この規制は、ひと月の残業時間を最大で45時間以内、年間で360時間以内とすることを定めたもので、罰則規定付きです。現場の労働基準監督官の中には、次のように考える人もいるようです。

「月45時間、年360時間は現在の行政指導ベースでもそうなっている。特別条項なしの36協定は、それ以上の残業時間を記載してあっても、監督署の窓口では受理しない。36協定以上の残業をすれば、現在でも労働基準法第32条違反(罰則有)だから送検可能だ。だから、今回の法改正はあまり関係ないだろう」

私は今回の法改正は世の中にとても大きな影響を与えるものだと思います。「原則月45時間残業」を守らないなら犯罪行為だという意識が定着すれば、確かに世の中の姿が変わるような気がします。

気になるのは、今回の法改正で「通常予見できない業務量の増加等の場合は特例として、月100時間、年間720時間まで」残業できるという箇所があることです。これは今までの「特別条項」とどこが違うのでしょうか。法令にこの条文がある限り、今回の改正は単に「無制限だった特別条項の残業時間を月100時間・年間720時間とした」というように理解されても仕方ないような気がします。「月100時間の残業」は現在の、「過労死の認定基準」に該当する長時間労働です。

実は、私は国会で野党に突っ込んで欲しかったのは、この部分なのです。某野党は、この部分を除く法の対案を示したようですが、十分な問題提起はされていないように思えます。審議拒否と「高プロ問題」で多くの審議がなされないまま法律が成立してしまいそうで残念です。

 

働き方改革について(10)

(茅ヶ崎・大岡越前宅内の古民家、by T.M)

働き方改革の法案の国会審議もいよいよ大詰めです。私は、この法案の9割の部分については賛成します。「時間外労働の上限規制」「正規労働者と非正規労働者の同一労働・同一賃金」等については、多分反対する人はほとんどいないのではないでしょうか。反対するとしたら、「この法案では改革が遅すぎる。もっと厳しい規制をすべきだ」という立場からのものであり、争点は、「裁量労働制」が検討事項となった現在では、やはり「高度プロフェッショナル制度」だと思います。

提出された法の内容を検討すると、対象業種(省令で定めることが少し気になります)、労使協議会の決定、本人の同意、年収要件(年収約1100万弱以上)等の縛りをかけている以上、この法律が現行どおり正しく適用されるなら、何ら問題はないと思います。

また、高度プロフェッショナル制度導入によって、「自由な働き方ができる」ということについては、確かに恩恵を受ける人がいます。これは、要するに「仕事ができる人」にとっては有利な制度となる可能性がありますし、また、「自由な労働時間」という概念は、そもそも「密度の濃い労働」を労働者が選択するので、労働生産性向上にも役立つでしょう。

現行の「専門型裁量労働制」についても、うまく利用している人はいます。映画製作のプロデューサーや、アカデミックな研究を組織でなく、一人でする人にはいい制度です。

問題は、「自由に自分の労働が選べる人」なんてごくわずかだということです。組織の中に入ってしまうと、どうしても余計な仕事が増えます。先ほど、例に挙げた「プロデューサー」ですが、自由に動ける人なんて、日本では数人しかいなくて、大部分は関係者に頭を下げ、部下を叱咤激励することに神経をすり減らしているだろうし、「研究職」は実際はチームでやる仕事が多く、拘束されている時間が多いというのが実情でしょう。

高度プロフェッショナル制度導入について危惧されるのは、これは多くの人が指摘していることですが、「本来適用されることが目的とされない人」に適用されてしまうことです。仮定の話ですが、「年収要件の引下げ」と「対象業種の拡大」が為された時に、多くの労働者が労働条件の引下げとなります。

さて、心配しても「働き方改革」の法案はどうも国会を通過しそうです。「やってみなきゃ分からない」部分が多い法案だと私は思うので、「生産性を上げ、女性・高齢者が活躍し、子育てと介護がし易い社会をつくる」といった法案の本来の目的が達成できるように、限られた国会の審議の中で問題点を指摘し、それを浮き彫りにして欲しいものです。

映画と過労死

 

 

 

(映画「オールザットジャズ」のDVD表紙)

私の住む横浜市の上大岡地区には、スクリーン数が9ほどの映画館があります。そこで、毎朝午前10時から「午前10時の映画祭」と名付けて、昔の名作映画を放映しています。今朝、1979年の映画「オールザットジャズ」を観てきました。この作品は、新しい形のミュージカル映画と賞賛され、アカデミー賞の美術賞・音楽賞の各賞、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した名作です。次のようなストーリーです。

「ブロードウェイの演出家のジョー・ギデオンは、忙しく不規則な毎日がたたり、ジョーは倒れてしまう。薄れゆく意識の中で彼は自分の人生をミュージカルを見ているように思い返す。」

主人公は心臓発作で死ぬ訳ですが、その原因は過労です。彼はショービジネスの世界で、休日も休まず、昼夜に渡って働いています。現在日本で、彼がもし「労働者なら、過労死の労災認定は可能だと思います。

彼は働き過ぎの人生を後悔して死んでいったのでしょうか。答えはノーです。彼は死に際して、自分の人生を振り返りますが、それは全て仕事の思い出です。

自分の「労働」に対し、このように肯定的に捉えられる人は確かに存在します。そして、今回の働き方改革は、そのような「労働」に対し、「裁量労働制」等の働き方を提案したものでしょう。

でも、労働基準監督官だった私はふと思うのです。この映画のように、「才能ある演出家」の無茶苦茶な働き方を支えるために、いわゆる「事務方」と言われる人は、演出家の我儘に振り回されてどれだけの長時間労働になっているかと。

「演出家」は生産性が高く(金を稼ぎますから・・・)、長時間労働であっても本人は納得できる仕事です。しかし、「事務方」は生産性が低く、受け身の仕事です。演出家がどれだけ働こうが、それは自己責任という部分がありますが、それに付き合う「事務方」まで、同じショービジネスの世界だからといって長時間労働はまずいでしょう。「働き方改革」はこのよう「事務方」の労働にどのような影響を与えるでしょうか。

日本のショービジネスに多大な影響を与え、自らも製作を手掛けている電通の職員の過労死事件を、なんとなく「オールザットジャズ」を観ていて思い出しました。

 

働き方改革について(9)

(いすゞプラザにて、by T.M)

今日(5月6日)、ある工務店に依頼して自宅の改築をしています。大工さんが2人来ました。

連休の最終日の5月6日に作業をしたいと言ってきたのは工務店側です。作業をしていた大工さんに尋ねると、この工務店ではゴールデンウィークがないそうです。この期間は、工場等が機械を停止し休業しているため、その間に事務所内のレイアウト変更等の依頼が多くあるということです。

中小の工務店のとっては、正月は別だとしても、お盆とゴールデンウィークは稼ぎ時です。このような労働環境の実態は労働災害発生状況にも如実に表れています。お盆やゴールデンウィークは、死亡労働災害が増える時期なのです。工場の機械のメンテナンス等の非定常的な業務が増え、そしてその工期が短いため、事業場側の安全管理が行き渡らないため事故が起きます。そういえば、わたしも現役の頃に、よく盆休み中の工場に災害調査に行きました。工場の安全担当者が休みで、下請けの社長さんを立会人にして実況見分を何回かしました。

先日、労働安全衛生関係の雑誌を読んでいたら、私の知人の労働基準監督署長が、「2年続けて、正月に死亡災害の調査に行った」というような手記を載せていました。正月に死亡災害が起きたら、一般職員にその調査に行かせず、署長、副所長が対応をするのは監督署の伝統でもあります。

さて、東京オリンピックの国立競技場の建設現場は本日どうなっているでしょうか。多分、作業を中止しているはずです。大手の建設業者は、「働き方改革」のため積極的に休日を増やしているからです。しかし、その陰で、昨年この現場、若い現場監督が長時間労働の末に自殺しました。

建設業界では、長年の課題である「雨降り休暇」の問題も解決していません。これは、完全に労働基準法違反ですが、行政も見て見ぬふりをしています(こんど、機会があればこの問題を書きます)。

野党もようやく審議に復帰しますが、働き方改革が、建設業の現場の人たちに行き渡るのはいつだろうなと思いました。