パチンコ屋さんの思い出

( 馬岩・静岡駅西伊豆町、by T.M)

今、パチンコ屋さんが、自粛要請に従わないということで、マスコミにクローズアップされています。私も、労働基準監督官時代にパチンコ屋さんの臨検監督を何回かしたことがあります。その中でも、初回の監督のことは今でも強烈に覚えています。

今から40年くらい前の話です。場所は中部地方の巨大都市N市です。
あるパチンコ屋さんが賃金不払いをしました。被害労働者(以下、「従業員」と呼ぶ)から申告があり、その事業場を調査したところ、事業主は次のように説明しました。

「あいつのせいで、盗難にあった。あいつが運送中のバンから200万円相当の荷が盗まれた。あいつのせいで会社は損害を受けた。だから、給料は払わない。」
私は、何が盗まれたのかを尋ねました。すると事業主は答えました。
「ボールペンを1ケースだ。」

事情を調べてみると、次のとおりでした。
① 従業員が仕事中に、盗難に合い、ボールペン1ケースが盗まれた。しかし、従業員は、「バンの鍵がこじ開けられたものであり、自分の過失ではない」と主張している。
② 盗まれた、ボールペン1ケースは原価は2万円だが、パチンコの景品交換所に持っていくと、200万円で引き取ってもらえるものだった。N市の景品交換所では、当時どこでも、換金は可能であった。
③ 事業主は、外部の人間に手引きして従業員が盗ませたと主張している。

私は事業主に、「200万円の品物が盗まれた窃盗事件」として、警察に届け出たのか尋ねたところ、それはしていないということでした。つまり事業主は、警察に行っても「200万円の窃盗事件」として扱われずに、「2万円のボールペンの窃盗事件」にしかならないことを理解していたのです。盗んだ方にしてみては、パチンコの3店方式の盲点を狙った賢い犯罪なのかもしれません。
警察には言えない「200万円の窃盗事件」を、事業主は、賃金不払いの根拠として、監督署に説明しました。要するに、パチンコの景品は事実上「現金」であり、パチンコ屋の業務はギャンブルであり違法であることを監督署には認めている訳です。監督署はこの事業主に「なめられて」いたのです。
こういう時に、監督署がとりうる手段は、「司法警察権限」の実施ですが、そのうちに従業員と連絡が取れなくなって、この件は有耶無耶となってしまいました。

どこの業界にも、「なぜこんな奴が事業主」をやっていると思える会社があります。従業員のミスに付け込んで、賃金不払い、不当解雇をする事業主は多数います。また、パチンコ屋さんの多くは、労働保険等にきちんと加入し、社労士さんや税理士さんに依頼している方も多かったと記憶しています。
しかし、私の体験ですが、「開き直り」「詭弁」「揚げ足取り」をしてくる事業主の中で、パチンコ屋さんの経営者は特に個性的な方がいたと思います。(個人の体験から全体を類推することは、無謀なことかもしれませんが)

自粛要請をする地方公共団体の職員様、ごくろうさまです。要請に従ってくれないパチンコ屋さんを説得に行くのは、けっこうしんどいだろうなと、自分の体験から思います。

賃金不払い事件(5)

(杖付峠からの八ヶ岳連峰、by T.M)

賃金不払い事件の続きです。

前回までは、監督官が送検する賃金不払い事件について、如何に検事さん達が冷たい態度を取るかを書いてきましたが、熱心に捜査について、監督官を指導して下さることもあることをお知らせします。

私は、監督官在任中は20件以上の賃金不払い事件を、主任捜査官として書類送検してきました。自分の部下の事件を加えると、100件近くの事件に関与してきたと思います。自分が担当者として送検したなかで、起訴され有罪にされた賃金不払い事件は2件だけです。他の事件は、すべて検事が「起訴猶予処分」とし、不起訴としました。その有罪になった2件とは、どちらも「倒産がらみの賃金不払いでなかった」という共通点があります。

要するに、検事さん達は「ささいな理由で賃金不払いを繰返す会社(例え、それが少額であったとしても)」や「いわゆるブラック企業」の賃金不払い事件については、非常に熱心な姿勢で事件に取組んで下さるのです。従業員の賃金について、「そんなもんより学会の方が大事だ。だから給料が送れることもある」と言い訳して居直り、賃金不払いを繰返したある知的職業の経営者に対する捜査について、「ガサや逮捕を恐れるな」と言って励ましてくれた検事さんもいました。

今回、横浜南労働基準監督署が賃金不払事件で書類送検した「ハレノヒ」の社長は、別件で捜査中と新聞報道された「詐欺罪」と一緒でなく、「賃金不払い」の単独の事件として取扱われるなら、不起訴の可能性が高いと思います。普段、「強盗」や「殺人」等の事件の犯人と接している検事さんから見れば、倒産間際の金策に必死で駆けずり回った末に犯してしまった賃金不払いの犯人は決して悪人には思えないのではないでしょうか.

もっとも「ハレノヒ」の事件について言えば、横浜南署としては、不起訴の可能性があることは百も承知。このような事件を書類送検すれば、マスコミが取り上げてくれ類似犯罪の防止対策となるので、新聞記事になった事件で目的は達成されたいうことになります。

 

賃金不払い事件(4)

(武蔵野の面影、平林寺の山門、by T.M)

全国産業安全衛生大会が10月17日(水)から19日(金)までの3日間に横浜で開催されます。自宅の近所での開催なので、今年は見学に行こうかと思っていたのですが、19日にある法令研修の「労働基準法」の講師をすることになりまして、前々日から資料作り等をしなければならず、行けなくなりました。残念です。

その講習についてですが、「労災保険の事務手続き」について疑義が生じまして、昨日(土曜日)の正午ごろに某地方労働局の監督署勤務の労災担当官のスマホに電話をし、法的見解を求めたところ、なんと彼は職場で執務中でした。彼の説明によると、今年の4月から監督課の職員を増員した替わりに、労災課の職員を2割カットされたことで、毎週のように休日出勤しているとのことでした。民間企業の働き方改革を推し進める割には、労働局は相変わらず長時間労働なんだなと思いました。

さて、賃金不払い事件の話の続きです。

検事と労働基準監督官の賃金不払い事件に対する認識の相違は、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づく未払賃金の立替払いの取扱いで最も大きくなります。「賃確」(チンカク)と称されるこの事務手続きは、以前に書きましたが、労災保険料を原資として、倒産により賃金が未払となった賃金について、事業主に替わり国が立替える制度です。事業主が裁判所に破産申請し、法的な倒産をした場合は破産管財人が事務手続きを行い、事業主の夜逃げ等の事実上の倒産の場合は監督署が事務を取扱います。この未払賃金には退職金も含まれ、最大立替払額は約300万円となります。そして、この立替払いされた金銭が労災保険の資金に返還される可能性はほぼありません。

監督署が、この賃確について恐れることは、この制度が濫用されることです。つまり、倒産間近の事業主が「どうせ従業員の賃金は、国が立替えるのだから資金を別に回そう」と考え、賃金を支払う努力をやめてしまうことです。

要するに、従業員の賃金の支払いを第一として、正直に経営してきた経営者が、「なんだ、どうせ国が立替えてくれるのなら、もっと資金の別の使い道を考えれば良かった。損をした。」と思われたら、行政は困るのです。そのため、監督署は自ら賃確の事務手続きを行った事業場については、建前上必ず書類送検します。もっとも、法律的倒産をした事業場については、破産管財人が事務手続きをするので、今回の「ハレノヒ」のような特殊なケース(つまり社会的な話題となったこと)を除いては、司法手続きをしないのですから、けっこう送検基準もいい加減なところがあります。

このように、監督署サイドでは「賃確イコールけしからん」の雰囲気が強いのですが、検事サイドではまったく違う考えをもちます。30年程前に、よくこの制度について考えが至らぬマヌケな監督官(つまり「私」のことです)が、送検理由に行政が賃確手続きを行ったことを挙げた時に、検事に次のように怒られました。

「君はアホか。立替払いは、一生懸命に仕事をしてきた事業主と労働者のセーフティーネットだろ。行政がめんどくさい事務手続きを押し付けられたといって、ケシカラン罪で送検するものじゃない。」

そう言って検事は、未払賃金の額から「立替払い額」を控除し、犯罪事実としたのでした。

 

賃金不払い賃金(3)

(新座市の野火止め用水、by T.M)

倒産がらみの賃金不払い事件で、検事が監督官に命じる期待可能性の有無の捜査とは、要するに「所定賃金支払日に被疑者に金がなかったら、ない袖は振れないのだから、賃金不払いは犯罪行為とならない。当日に資金がないとしても、事前に不急不要なものに資金を使ったかどうかを調査しろ」ということなのです。

恐ろしいことに、この「不要不急な支払い」の中に「手形の決算等」は含まれないのです。手形を不渡りにしてしまえば、会社は銀行取引停止処分となります。つまり倒産です。倒産を回避するための金策は賃金の支払いより、刑事事件的には優先されるという考えです。いくら倒産時の債権の分配については、税金・社会保険料・労働債権は先取特権があると説明しても、検事には通用しません。

ところで、「ハレノヒ」の賃金不払い事件について、果たして経営者は「会社の存続を目的とした経費」以外のことに資金を遣っていたでしょうか。多くの経営者は、景気がいい時には、スポーツカーや絵画等の贅沢品に手を出しますが、いざ会社が傾いてくると、やはり会社の存続を第一とした金の使い方をするものです。従って、倒産がらみの賃金不払い事件の捜査は困難を極めることになります。

今回の「ハレノヒ」の賃金不払い事件について、横浜南労働基準監督署が送検したのは、「昨年の8月1日から8月31日までの賃金」についてです。「ハレノヒ」の事業停止日は今年の成人の日の「1月8日」ですから、今回特定した法違反の後も継続して賃金が未払であったことになります。それを事業停止日の5ヶ月前の法違反のみに止めたということは、その期間ならまだ期待可能性の立証が可能なものであり、それ以降の事業停止日までの賃金不払いについては、「期待可能性が無かった」ということになります。

因みに、賃金不払いの「期待可能性有」の立証方法には、倒産日直前の1ヶ月だけを犯罪事実とするという方法もあります。倒産日1ヶ月前の法違反の特定というのは、「会社の継続が困難なことは、資金繰りから推定できた。次回の支払日に賃金が支払えないことは経営者は予見できたが、労働者を働かした」という理論構成によります。今回の事件の横浜南署の対応のとおり、倒産日から離れた期日の賃金不払いを事件とするのか、倒産1ヶ月前を狙って送検するのかはケースバイケースです。

 

賃金不払い事件(2)

(朝霞市の江戸時代の農家・旧高橋家住宅、by T.M)

賃金不払い事件の件について、続きです。 

賃金不払い事件について、「民事の債務不履行案件ではなく、刑事事件で犯罪行為です」ということようやく検事に理解してもらったとしても、検事は次なる難題を捜査官である労働基準監督官に命じます。

「期待可能性があったかを捜査しろ」と言うのです。刑事事件の期待可能性の有無とは、理系出身の監督官にはとても難しい概念なのですが、私の理解としては、「犯人が法違反を犯さないですむ方法はあったのか」ということを立証しろということだと思います。

賃金不払い事件で、期待可能性が無しとされる一番有名な例は、「1968年の3億円強奪事件」に関係するボーナス不払事件でしょう。この事件は、強奪された金額が大きかったこと、時効が成立したこと、犯人が白バイを偽装し犯罪に及んだことと等が有名ですが、実は強奪された3億円はその日に、東芝府中工場の従業員に手渡されるはずのボーナスだったのです。この事件のせいで、東芝の職員にはボーナスの支払いが1日遅れてしまいました。そこで労働基準法24条で規定された「賃金の所定期日払い」の違反が成立している訳ですが、これは「期待性可能性無し」として犯罪行為は成立しません。

賃金不払いにおける期待可能性とは通常なら「天災等が原因で賃金が支払われなかった」ことを指します。東日本大震災の時に、被災地の会社では多くの賃金不払いが発生しましたが、当然これらは、賃金不払いの犯罪行為としては成立しません。

ところが、検事が倒産事件等の賃金不払い事件で、期待可能性の有無として、捜査官に命じるのは、「支払い可能な金銭があったかを捜査しろ」というものなのです。倒産近くの事業場に賃金に充当できる資金があることは稀です。だから、賃金不払い事件は、この期待可能性の捜査により、「所定期日に賃金が支払われなかったこと」を証明するといった単純な事件でなく、倒産事業場の資金の流れを解明するといったとても難しい捜査となってしまうのです。                                                        

                                 (続く)