賃金不払い事件(2)

(朝霞市の江戸時代の農家・旧高橋家住宅、by T.M)

賃金不払い事件の件について、続きです。 

賃金不払い事件について、「民事の債務不履行案件ではなく、刑事事件で犯罪行為です」ということようやく検事に理解してもらったとしても、検事は次なる難題を捜査官である労働基準監督官に命じます。

「期待可能性があったかを捜査しろ」と言うのです。刑事事件の期待可能性の有無とは、理系出身の監督官にはとても難しい概念なのですが、私の理解としては、「犯人が法違反を犯さないですむ方法はあったのか」ということを立証しろということだと思います。

賃金不払い事件で、期待可能性が無しとされる一番有名な例は、「1968年の3億円強奪事件」に関係するボーナス不払事件でしょう。この事件は、強奪された金額が大きかったこと、時効が成立したこと、犯人が白バイを偽装し犯罪に及んだことと等が有名ですが、実は強奪された3億円はその日に、東芝府中工場の従業員に手渡されるはずのボーナスだったのです。この事件のせいで、東芝の職員にはボーナスの支払いが1日遅れてしまいました。そこで労働基準法24条で規定された「賃金の所定期日払い」の違反が成立している訳ですが、これは「期待性可能性無し」として犯罪行為は成立しません。

賃金不払いにおける期待可能性とは通常なら「天災等が原因で賃金が支払われなかった」ことを指します。東日本大震災の時に、被災地の会社では多くの賃金不払いが発生しましたが、当然これらは、賃金不払いの犯罪行為としては成立しません。

ところが、検事が倒産事件等の賃金不払い事件で、期待可能性の有無として、捜査官に命じるのは、「支払い可能な金銭があったかを捜査しろ」というものなのです。倒産近くの事業場に賃金に充当できる資金があることは稀です。だから、賃金不払い事件は、この期待可能性の捜査により、「所定期日に賃金が支払われなかったこと」を証明するといった単純な事件でなく、倒産事業場の資金の流れを解明するといったとても難しい捜査となってしまうのです。                                                        

                                 (続く)

 

賃金不払い事件

(パリ・ダカに出場のポルシェ、by T.M)

こんな新聞記事がありました。 

9月12日ー時事通信 晴れ着の着付けやレンタルを手掛ける「はれのひ」(破産)が、従業員に定められた賃金を支払わなかったとして、横浜南労働基準監督署は12日、最低賃金法違反(不払い)容疑で、同社と元社長の篠崎洋一郎被告(56)=詐欺罪で起訴=を横浜地検に書類送検した。認否は公表していない。 送検容疑は、東京や神奈川、福岡など5都県にある事業所の従業員計27人に対し、昨年8月1日から31日までの賃金計約510万円を支払わなかった疑い。

 横浜南署の担当の方、お疲れ様でした。この件はマスコミ等の対応が相当たいへんだったと思います。通常なら、本件のように「法的破産が成立し」「国による未払賃金の立替払いの事務処理を破産管財人が行っている」ケースでは送検しません。倒産がらみの賃金不払い事件で監督署が送検するのは、「事業主が法的破産もせずに、立替払いの事務処理を労働基準監督署が行った」ケースです。まあ、破産手続きという事業主の「最後の責任」を果たせば、未払い賃金は国により、(原資を労災保険の資金から)立替払いがされるから、まあいいかという考えです。もっとも「立替払い」といっても、事業主から後日返済されることはありませんけど・・・

検事の中には「賃金不払い事件」の送致を嫌がる方もいます。そして、送致してもほとんどは起訴されることはありません。大抵は「起訴猶予」という処分になります。賃金不払い事件は初めてという若い検事の方に次のような質問をされたことがあります。

「労働基準法に規定はあるけど、『賃金不払い』がなぜ犯罪なんですか。」

私は、家族を養う労働者が生活の糧である賃金が払われずに、どのような悲惨なことになるかを説明しました。すると、その検事は次のように答えました。

「あらゆる『債務不履行』について、そんな悲劇の側面はあるじゃないですか。私が尋ねているのは、債務不履行は通常は民事事件なのに、なぜ賃金不払事件だけは刑事事件なんだということです。」

検事の指摘どおり、例えば日本では「手形の不渡り」は犯罪事件として取り扱われません。いくつもの会社が連鎖倒産したり、自殺者がでたとしても、最初に手形の不渡りを出した会社の社長は、そのことにより処罰されることはないのです。

今回の「ハレノヒ」の事件で、社長は成人の日に、多くの成人式を向えた方とその親御さんと迷惑をかけた行為について、刑事罰を問われることはありません。被害者の方は、「債権者の一人」という立場に過ぎないのです。

また、「てるみくらぶ」のように、倒産により旅行中のお客様に帰りの飛行機の手配ができなかったことについても、そのこと自体は犯罪行為ではありません。

債務不履行は詐欺事件にまで発展しなければ犯罪にはなりません。つまり、経営者が最初から「客をだます」つもりで、その行為を行わなければ犯罪行為とならないです。「何とかなると思い」あるいは「倒産を回避しようとギリギリまで努力」している限り、無能な経営者に損失を被った債権者の自己責任とされてしまうのです。

つまり、「ハレノヒ」も「てるみくらぶ」も、法的責任を問われているのは、新聞記事に取り上げられた「事件」ではなく、「賃金不払い」であり「銀行に対し、虚偽作成した帳簿を示し融資を受けた詐欺行為」についてなのです。

                           (続く)

 

 

年間960時間の残業

(川崎マリエン展望台よりの夜景、by T.M)

先週お休みしたので、今日は少し長文を載せます。

先週、厚生労働省のHPには「働き方改革」関係法案の法律改正内容が公表されました。内容を確認したのですが、国会の審議時間が少なかったせいか、やはり荒っぽい作りになっているようです。

今回の労働基準法の改正について、「年間の残業時間の上限は360時間」がひとつの目玉でした。そして、「どうしても仕方ない場合は、上限年間720時間」ということでした。しかし、以前よりこの改正について、「休日労働が抜道になっている」という指摘がありましたが、改正内容を見てみると、その指摘が正しいことが分かりました。

その抜道を使うことによって、年間960時間、ひと月平均80時間、最長ひと月100時間の残業が可能になります。しかも特別条項付きの36協定を使用せずにです。

労働基準法で規定される休日には「所定休日」と「法定休日」の2種類があります。「法定休日」は、労働基準法35条で規定されたもので「週1日又は4週4日」(注)を事業主が労働者に与えなければならないものです。その日に労働をした場合は35%増しの割増賃金を支払わなければなりません。

(注) 私個人の意見ですが、「法定休日は4週間に何日でも可能」と判断しています。「週1回もしくは4週4回」としたのは、今回の強引な法改正を実施する後付けの法解釈によるものと思います。理由は後述します。

所定休日は、「1週40時間の労働時間」を行うために実施される休日です。多くの会社は、現在「1日の労働時間8時間労働、週休2日制」を実施していますが、週40時間制を遵守すれば良いのですから、「1日の労働時間6時間40分、週休1日制」でも可能な訳です。実際にそのような会社はあります。「1日8時間週休2日制」について、2日の休日の中で1日は前述の「法定休日」でありますが。もう1日は「所定休日」と呼ばれるもので、法定休日の労働が35%の割増賃金なのに対し、所定休日の労働は通常の残業とみなされるので25%の割増賃金でかまいません。

さて、今回の法改正の残業規制の「年間の残業時間の上限は360時間、特別な場合は720時間」の残業時間の範疇の中に、この「法定休日の労働時間」は含まれていないのです。そこが、法律の抜道となります。

多くの会社(特に建設会社)は、「月曜日から土曜日までは所定労働日、土曜日を所定休日、日曜日を法定休日、日曜日だけは絶対に休めるようにする」と決めています。

このような場合は、法改正によって「月曜日から土曜日までの残業時間の合計は、ひと月45時間まで」となることになります。これが、今回法改正の狙いでした。ところが、「法定休日の労働」について規制がかかっていないので、「月曜日から金曜日までは所定労働日、土曜日を法定休日、日曜日を所定休日、日曜日だけは絶対に休めるようにする」と就業規則を変更すると、「月曜日から金曜日までの残業時間の合計は、ひと月45時間まで、土曜日の労働時間は何時間でも可能」というようになってしまうのです。

「年間の残業時間の上限は360時間、特別条項を締結した場合の年間の残業時間は720時間まで」にも法定休日の労働時間は含まれません。法定休日の労働時間が含まれるのは「ひと月平均80時間の残業、ひと月最長100時間まで可能」という条項です。従って、80時間×12ヶ月=960時間。「年間960時間、ひと月平均80時間、最長ひと月100時間の残業が可能」ということになります。

さて、注釈にも書いておいたのですが、今回の法改正に基づく省令の改正で、厚生労働省は「労働基準法第35条に基づく法定休日とは、週1日又は4週4日」と強引に決めてしまいました。これは、少しひどいことだと思います。

労働基準法第35条で定められた休日とは、「少なくとも週1日(第1項)」もしくは「4週で4日以上(第2項)」のことを示しています。つまり、どのように法解釈しても法定休日は、「最低基準(週1日又は4週4日)以上何日でも与えることができる」と判断できます。

ところが、今回の省令の改正で厚生労働省は、労働基準法施行規則第16条で示す「36協定の様式」の裏の注意事項で「労働基準法の規定による休日は週1日又は4週4日」と、こっそりと改正しました。

私はこの改正の主旨については理解できます。法定休日の日数を労働基準法第35条を文字通り解釈して無制限とすれば、さらなる法の抜道が生じ、労働者にとってデメリットとなってしまうからです。つまり、今までの労働基準法の解釈によると、「法定休日を増やせば、割増賃金を多く払う日が増えるので労働者のためになった」ことが、今後は「法定休日を増やせば労働者の不利益になる」と判断されるようになったということです。

しかし、このような姑息な方法で、「法律に反する省令」を定めることはおかしいことと思います。

因みに、平成27年度に厚生労働省が作成した36協定の様式を記載したリーフレットには、「労働基準法の規定による休日は週1日又は4週4日」というような記載はありません。ただし、労働基準法コンメンタール(厚生労働省労働基準局編)によると、「36協定の規定が適用となる、法第35条に規定する週1回の休日を指す」と記載されていますが、これは単にそれ以上の休日については、「36協定が必要ない」と述べていることであると思います。

お休みです

滅茶苦茶忙しいです。今日もメール残業です。

(昔、公務員がフロシキに書類一式を入れて自宅に持ち帰り、自宅で仕事をすることを「フロシキ残業」と言ったそうです。現代では、自宅のパソコンにメールで資料を送り自宅で仕事をすることを「メール残業」と呼ぶそうです。また、携帯用のパソコンから会社内のサーバにアクセスし、社外で仕事をする人が増えているようです。噂に聞いた話では、某広告代理店では、残業規制が厳しくなって定時になえると社内から追い出されるもので、皆この社外残業をするようになったとのことです。そういえば、カフェや新幹線の車中でパソコンを広げて仕事をしている人が、最近特に多くなってきたような気がします。)

そんな訳で今日は、ブログ更新しません。

いつも、写真を提供してくれる私の親友のT.M氏が秋田へ出張したそうです。しばらくは、T.M氏の写真、「秋田シリーズ」をお楽しみ下さい。

(飛行機から見る鳥海山、by T.M)

最低賃金(2)

(長崎シリーズ、by T.M)

玉木雄一郎議員のツイッターについて、今回も述べます。前回のブログで紹介したツイッターの後で、同議員は次のようにも発言しています。 

「当然、最低賃金異常が望ましいですが、生きがいを求めて働きたい意欲のある高齢者の働く場の確保がままらない実態があります。なので、下限(例えば最低賃金の7割)を設け、その下限との差額を助成することも一案ですし、逆転現象を防ぐため、生活保護費との整合性も考えていきたいと思います。最賃法第7条の障がい者就労に関する最賃の特例をイメージしてツイートしたのですが、不十分な説明となり反省しております。問題意識は、最低賃金をそのまま適用すると、働く方の雇用の機会を奪ってかえって不利な結果を招く場合をどのように回避すればいいのか、ということです」 

もうよせばいいのに、どんどん泥沼に踏み込んでいくような発言ですね。 

最賃法第7条の最賃特例とは、「減額特例」と呼ばれるもので、昔は最低賃金適用除外許可と呼ばれていました。私も、監督署勤務の時は年に何回もこの調査をしました。「精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者」に適用されます。もっともなぜか「身体の障害の者」についての申請はなく、「精神の障害の者(知的障害者)」の申請ばかりでした。 

知的障害者を雇用して頂く企業は、社会奉仕の意欲が高く、会社の規模に関係なく、ほとんどが優良企業です。しかし、中には知的障害者が不満を言えないことをいい事に、虐待をしている会社もありました。経理が書いた給与明細を、社長が勝手に書き換え差額を懐に入れていたのです。この会社については、私が担当で書類送検をしたのですが、社長を取調中に、捜査官としてはあるまじきことですが、怒りで体が震えてきました。 

さて、この減額特例を高齢者に適用するということは、監督署が申請のあった高齢者は、高齢であるがゆえに「普通の人より労働能率が落ちる」ことを調査で判明させねばならないのですが、この調査にはたして高齢の方は耐えられるでしょうか。また、申請事業場で1人にこの申請を許可すると、必然的に他の高齢者も許可申請が為されると思います。高齢者と比較される「普通の人」には、多分「他の高齢者」が含まれない雰囲気が職場内にできてしまうからです。 

玉木議員は「合意のできた労働者に適用」と仰りますが、これは現場を知らない発言です。まず第一に「合意のない契約」なんて、論理的にありえないからです。労働契約締結時に、「何となく雰囲気に飲まれて合意した」「訳が分からず書類にサインした」なんてケースは山ほど聞きますが、残された書類は「合意のできた契約書」としか言えないのです。それにサインしなければ仕事はないと言われれば、職を探す高齢者は「合意」するしかないと思います。そうして雇用された最賃以下の高齢者が、「最低賃金が支払われなければならないパートタイマー」の職を奪っていくとしたらとんでもないことになります。

玉木議員は、「高齢者の最賃特例」を制度化するようなことを仰ってもいますが、もう少し現場を見るべきでしょう。