万葉集と申告(3)

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(頂きものの写真です)

(続き)

その料亭(A亭)を訪問したのは、秋も深まった季節で、紅葉が美しい小高い山の麓にその料亭は所在した。私が案内された応接室は、それは華やかなものだった。骨董品を見る目がなくとも、それとなく分かる高価なアンティークなソファに座らされ、壁には値段の高そうな絵とその隣には、時のイギリス首相がこの料亭の前で撮影したと思われる写真が飾られていた。やがて、オーナーと名乗る人があらわれた。もう大分高齢の老人で、渡された名刺には「M・K」と印刷されていた。その苗字は日本の旧財閥の名称と同じものだった。
その老人は、威厳に満ちた顔つきと態度で、私に対し、淡々と、自分がなぜ賃金を支払っていないかを説明し、労働者の不実を責める言葉をひとしきりに述べた。
そして、話の区切りにお茶を一口飲むと、数秒私の顔を見つめていた。そして、突然こんな質問をした。
 「あなたは、額田王(ぬかたのおおきみ)を知っていますか。」
私の頭はこの突拍子もない質問に混乱した。ただ、話を合わせることにした。この質問の解答のヒントについては、偶然数日前に読んだ永井路子氏の著書に書かれていたことを思い出した。
私は答えた。
 「あのー、額田王ですか。壬申の乱の」
その言葉を聞くと、老人の顔つきはすっかり変わり、笑顔満面となり、学生を指導する老教授といった雰囲気になった。そして、自分は額田王の研究をしていると言った。
私はそれに対し、永井路子氏の著述と手塚治虫氏作「火の鳥・太陽篇」でそのことを知ったと説明したところ、老人は、私が額田王を知っていた事実に興奮し、ものすごい勢いで話し出した。

(続く)