労働組合の陳情の思い出(2)

(日本三大奇橋の一つ、甲斐の猿橋・山梨県大月市、by T.M)

(前回までの話)

監督署の一課長時代、労働組合のナショナルセンターの支部の人が多数で監督署に陳情しにきた時に、大企業の女性正社員が、「人事異動で清掃の仕事をさせられることになった。そんな仕事したくない」という言動をしましたが、私はその言葉に切れました。

私は、女性組合員に対し、次のように尋ねました。(私は普通に話したつもりですが、内心は怒りでいっぱいでした)

私「あなたは、清掃の仕事に人事異動されたということですが、あなたがその清掃の仕事をする前に、その仕事は誰がしていたのですか?」

女性組合員「それはパートさんや、派遣の人です」

私「それでは、あなたがその仕事をすることになって、そのパートさんや、派遣の方は現在なんの仕事をしているのですか」

女性組合員「契約が終了したり、解雇になったんですが、そんな事知りません。」

私「つまり、あなた方正社員の雇用を守るため派遣やパートの方は契約を打ち切られたり、解雇になったが、あなたはそんな仕事はしたくないと言うのですね」

ここで、女性組合員は私の怒りに気付いたようで、黙ってしまいました。

私は続けました。

「ここで、人事異動の妥当性を問うことはできません。労働組合員という理由で、不当な人事を受けたなら、それは不当労働行為にあたりますが、それは監督署では判断できません。私は解雇されたパートの方や派遣の人を気の毒に思います。」

私が、陳情の時にこんなことを言い出したのには、訳があります。陳情のひと月くらい前に、女性組合員が勤務している大企業の工場が大量のパート従業員や派遣の方を解雇等したのですが、私は解雇された複数の方から相談を受けていたのです。相談者の中には、シングルマザーで子供を育てている人もいました。

私は、その時の陳情でパート労働者や派遣の方の解雇について、何等かの要請があるかと思っていたのですが、陳情ではその話題は何もありませんでした。

さて、私は、「陳情の時は黙って頭を下げる。ノラリクラリ回答する。」といった役所の暗黙のルールを破った訳ですが、陳情の途中で、「今の私の言動は後から労働組合に責められ問題になるかな」なんて考えてしまいました。web上での炎上はなかった時代ですが、労働組合は気に食わない役人の言動については、役人個人を糾弾するビラ配りなどは平気でしていた時代でした。

そんな心配をしながら陳情が終了した時に、陳情時に組合員席の後ろに座っていたひと達が複数名私に向かってきました。私は咄嗟に「まずい」と思いました。何か文句を言われると思ったのです。

ところが、一番最初に私のところに来た方は、名刺を差し出しこう述べました。

「××労働組合の○○です。今度相談に来ますのでよろしくお願いします。」

その人は地域の小さな会社の労働者が集まっている労働組合の役員でした。

それから、何人もの人が、私に名刺を差し出しました。名刺を持っていなかった人は、口頭だけで挨拶をし、私の名刺を受取りました。

私は、陳情の最後に大勢の人から自己紹介を受けるのは初めての事なので驚きました。何が起きているのか分かりませんでした。しかし、彼らが帰った後に気付きました。あの女性組合員と陳情を先導していた男性組合員(大手事業場正社員)は他の団体の組合員から「浮いていた」のです。

20年前の労働基準監督署での出来事ですが、非正規労働者の増加が著しい現在、私はあの時の陳情を思い出します。