ブダペストの夜

お盆の時期にカミさんと東欧を旅行し、先々週の日曜日にはブダペストに居ましたが、その夜はお婆さんが一人で切盛りしている、小さなバーに行きました。そこは不思議な空間で、多くのアンティークな家具や人形が飾られている中で老犬と猫が出迎えてくれます。そんな店で、私が一番興味を惹かれたのは、Panasonic製のブラウン管テレビでした。

私は、このテレビの誕生に立ち会ったことがあるような錯覚を覚えました。今から約30年前に、Panasonic製のブラウン管テレビを組立てている工場の臨検監督をしたことがあるのですが、今では、そんな工場はどこにもなくなってしまいました。そして、監督官を辞める2,3年前(今から7,8年前)に、ブラウン管テレビ専門の処分場を臨検監督しました。ブラウン管テレビを処分する時に発生する有害物質に、そこで働く労働者が被曝していないかを確認する仕事でした。処分場に山のように積まれたブラウン管テレビを見た時に、一時代が終わったことを感じました。

日本ではブラウン管テレビがほぼ絶滅し、海外のホテルのテレビはほとんど韓国製や中国製になってしまった現在、メイドインジャパンの最盛期の製品に、日本と遠く離れた異国の地で巡り合ったことに深い感慨を覚えました。そして、こんな素敵なバーを紹介してくれたガイドさんに感謝しました。

ガイドさんは、ブダベストに旦那様と犬4匹と一緒に住む、日本人の40代の女性で、インターネットの「現地のガイド紹介」のサイトで依頼しましたが、とても聡明な方で、カミさんと私の好みを瞬時に理解し、この店を紹介してくれました。

前回のブログ記事で「Uber」のことを批判的に書きましたが、webを通した仕事の依頼に素敵な出会いがあることを経験しました。

(注:写真の奥にいるのは、この店の「犬」です)

尾瀬紀行~T.M氏より

今週は、私のブログを休みます。

本日、台風10号が来ているのに、飛行機に乗ります。恐いです~

私の記事の替わりに、毎週写真を提供してくれているT.M氏(現役の某地方労働局の技術系職員)の紀行文です。

まずは写真から。

はるかな尾瀬 〜花の旅、山の旅〜

今年は梅雨明けが遅く、8月に入りようやく夏空が見られるようになり、同時に高温多湿の気候がもたらされる季節になりました。

この季節の休日は、私はエアコンが嫌いなので、自然で涼しい場所に避暑することにしています。

今回は、私の避暑の体験にお付き合いいただければと思います。

7月下旬、涼しい尾瀬に、尾瀬沼の山小屋に泊まりながら、大江湿原のニッコウキスゲの鑑賞と、燧ヶ岳(ひうちがたけ)登山に行って来ました。

この時期の尾瀬は、朝夕は10℃前後と肌寒く、日中は30℃前後まで気温が上がり結構暑く、一日の気温差が大きいのですが、湿度が低いためとてもさわやかな気候です。

一言で尾瀬と言いますが、尾瀬は尾瀬国立公園に属する地域で、代表格の尾瀬ヶ原に始まり、尾瀬沼、大江湿原、あやめ平、三条ノ滝、平滑ノ滝、至仏山(しぶつさん)、燧ヶ岳、会津駒ヶ岳などと広範囲に多くの見どころがあります。

大江湿原のニッコウキスゲは、福島県の雄国沼、長野県の車山(霧ヶ峰)に勝るとも劣らないほどの大群落を形成し、今年の大江湿原は、昨年よりも花の数が多く、湿原が黄色に染まるほど、見事な咲きっぷりでした。(写真をご覧ください。)

一日湿原を歩いていると、太陽を遮るものがほぼないため、結構日焼けし、真っ黒になってしまいました。

登山した燧ヶ岳は、国内では東北地方以北の最高峰で、柴安嵓(しばやすぐら、標高2,356m)、俎嵓(まないたぐら、標高2,346m)の二つの峰を持つ双耳峰の山で、眼下に尾瀬沼と尾瀬ヶ原、見上げると至仏山、会津駒ヶ岳、平ヶ岳、会津磐梯山などの山々の展望が実に見事です。

尾瀬へは、喧騒がない福島県檜枝岐村の七入(なないり)の登山口から入り、江戸時代の交易の道であった会津沼田街道をたどり、静かな山旅が楽しめました。

皆様も、暑いこの季節(今年は異常に暑いですね!)、市街地を離れ、避暑に行かれてみてはいかがでしょうか。

職場の人間関係

(ニッコウキスゲ、T.M氏の日光シリーズ1)

前々回のブログ記事に、「46年前に宇宙戦艦ヤマトがイスカンダルに旅立った」と記載したところ、ある人から「45年前の間違いではないか」という指摘を受けましたが、調べてみると、確かに「宇宙戦艦ヤマト」のテレビ放映は1976年前(45年前)でした。

間違いを記載したことをお詫びします・・・

そんな訳で、本日は少しだけ「ヤマト」に関連した話をします。

映画「アルキメデスの大戦」を観てきました。テーマはけっこう深いのですが、ストーリーは、太平洋戦争前の戦艦ヤマト建造のための予算を巡る帝国海軍内の権力闘争を描いていました。組織内の権力闘争を、意外な側面から描くというストーリーは、現在テレビで放映中の池井戸作品ドラマの「ノーサイドゲーム」を連想させます。池井戸ドラマで「ラクビー」にあたるものが、「アルキメデスの大戦」では「数学」に該当します。まあ、映画評については、yahoo!映画のレビューでも見てもらうことにして(けっこう好評価です)、私がこの映画の中で注目したのは、海軍の中にあるヒエラルキーと、それを理不尽と思わない兵士たちの姿です。

この映画の中の主人公である帝大生(数学の天才)は、ひょんなことで山本五十六海軍中将と知合いになり、数学の才を買われ、戦艦ヤマト建造経費の不正経理の調査をすることになりますが、調査に必要なため海軍に就職することになり、いきなり「少佐」という地位を与えられます。主人公は、「軍隊は嫌いだ」と公言するくらいですから、軍隊内の自分の地位には無関心です。しかし、彼を取り巻く人々(例えば、彼の部下になった、エリート少尉)は、主人公の地位と言動のギャップに悩まされ、ある時は怒り、ある時はあきれかえります。主人公のように、組織内の階級というフィルターをとおさずに軍人と接するならば、素の人間が見えてきます。逆に言うと、組織の中では人は、「地位」というものを纏わないと落ち着けないものなのでしょう・・・

最近ある地方労働局に勤務している友人と、酒を飲んでこんな話をしました。

労働局長と郵便局長では、どちらが偉いんだろうか?

もちろん、こんな話題は「下の下」です。でも、盛り上がりました。「労働局長」と「郵便局長」の給与は、下っ端であった私の数倍くらいでしょうが、多分同じくらいではないかと想像します。部下の数でしたら、私の知る某労働局は1000名くらいですし、大規模郵便局では、非正規職員の数を含めれば、それくらいの職員がいることがあります(従業員50人未満がほとんどでしょうが)。

その職場にいる者にとっては、自分の所属する「長」が、No1に思えてしまけど、関係のない第三者から見ると、結局は両方ともただのオッサンですし(女性管理職の方、ごめんなさい)、それに恭しく仕える者が、時には滑稽に思えてしまうこともあります。

私が新監だった時、埼玉県の朝霞にある労働研修所で、100名近い同期の者と泊り込みの研修受けていました。朝から、研修所長が私たち研修員に対し、「今日は、元事務次官の××さんが来るから、その時間帯は見苦しい所を見せないように」という訓示をしました。現役の事務次官が来るならともかく、「元」事務次官が来るからといって、何て大げさなんだと思いましたが、実際にその人が研修所に来た時は、所長がピリピリして施設内を案内していました。その緊張度合いが、私にはとても面白く思えました。

その元事務次官から何も感じぬ私のようなものは、結局、出世をしないで役人生活を終えるものなんだなと、気付いたのはようやく最近のことです(もう、遅いです!)。

 

今日は取り留めのないことを書きました。

来週はブログを休みます。

替わりに、今週中ごろに、いつも写真を提供してくれている、T.M氏の記事を載せますので、彼の華麗な写真をお楽しみ下さい。

無給医・監督署何してんの?

(乙女高原のクリンソウ・山梨県山梨市、by T.M)

7月29日のNHKオンラインに、次のような記事が掲載されていました。

大学病院などで診療しても給与が支払われない無給医と呼ばれる若手医師の存在を、国が初めて認めてから1か月がたちます。当時の国の調査に回答を保留した大学病院のうち6つは、今も「調査中」だとしていますが、院内で働く若手医師からは適切な調査が行われているのか、不安を訴える声も出ています。

「無給医」は、大学病院で診療しても自己研さんなどを理由に給与が支払われない、若手医師や歯科医師のことです。

国は長年、こうした無給医の存在を認めてきませんでしたが、先月末に、全国50の大学病院に2191人の無給医が確認できたと初めて公表しました。

この調査では慶應義塾大学や東京大学など5つの大学にある7つの病院が、所属する1304人について回答を保留しました。

(略)

大学は取材に対し、「200人は、他の大学や病院などに本務を有する非常勤の医師で、大学としては、本人が診療技術や手技、知識の研さんを希望しているので無給で任用しているが、弁護士などと相談して適切な対応を検討している。大学院生の多くは、調査の対象としていないが、診療した場合は、給与を支払っている」としています。

この問題って、その地域の大学病院の所轄労働基準監督署が、臨検監督して、「賃金未払」の法違反があったら是正勧告書を交付すれば、問題解決なのではないでしょうか。そして、期日までに是正されなければ、検察庁に書類送検すればいいだけだし、捜査の過程で必要なら病院にガサ入れ(強制捜査)をすりゃいいんだし、場合によっては病院長の逮捕もありだろ・・・と労働基準監督官OBの私はそう思います。

とは言っても、「一人前でない奴をどうやって鍛える」ということについては、確かに考えなければならない問題だと思います。医師資格を持っていても、キャリアがゼロという者は、いざという時に役にたちません。

いっそのこと、無給を認めてしまえばどうでしょうか?そのかわり、患者からは診察代を取らなければ良いのです。医師は、腕はあやふやで無給のボランティア、患者はそれを承知で診てもらうが、お金は払わない。これなら、なんとなく筋がとおるような気がします。

組織として責任のある仕事をしてもらいたいのなら、「報酬」を支払わなければ、責任を取らせられないでしょう(「責任」を取らせられない腕だからから「無給」なんだという反論には、先に述べた、「じゃ、金を取るな」ということになります)。

しかし、医師が「無給」というのは、元監督官の私も初めて聞きました。「見習い」の者が「サービス残業」をするというのは、「職人さん」が多い業界では当たり前のところがあります。私も、何度も「労働者からの申告」で、そういう事業場を取締りました。「料理人」の世界で見習いが修行のために、朝早くから夜遅くまで働くのが通常ですし、「美容師」さんの世界では、店の修了後に「研修」と称して、新人さんが強制的に実習をやらされます。(もっとも、「美容士」さんの場合は「客」がからまないで、実習の試験台が当事者の新人の知合いのケースが多いので、「強制性」を排除すればギリギリ逃げれます)。

お医者様の世界が、他の業種と比較し、「サービス残業」の世界でなく、「完全な無給」である理由は、「早く一人前になって患者を治したい」という医師の責任感と使命感、そして「将来は高給なんだから」エリート意識があるからかも知れません。でも、そんなこと令和の時代には通用しないでしょう。

マスコミあたりだと、この医師の無給問題は、医師の長時間労働の問題と同列に扱われることが多いようですが、問題の質が違います。「医師の長時間労働」の問題は、改善されなければならないものですが、「地域社会の公共性」を考慮すれば、「すぐに改善」は不可能です(だから、「働き方改革」法案でも、「医師の労働」は別扱いになっています)。

でも、「無給」については、すぐに是正可能なはずです。だから、冒頭の「監督署は何してる」ということになるのです。