万葉集と申告(4)

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(続き)

大化の改新により、蘇我氏から権力を奪還した英雄天智天皇は、その弟である大海人皇子より妻の額田王を取り上げる。額田王は、この2人の男性の列席する宴会で、他の大勢の者たちの見守るなかで、かの有名な歌を披露する。

「茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる」
(紫草の咲く野を、標野を行くとあなたが袖を振って合図なさった。野守にそれを見られてしまったのではないでしょうか)

自分を見捨てた大海人皇子に対する怨歌である。
すると、大海人皇子は次のような返歌をする。

「紫草のにほゑる妹を憎くあらば人妻ゆゑに吾恋ひめやも」
(紫草のように美しい、匂うがごときあなただから、人妻なのに私は恋をしているのだ)」
これもまた、変わらぬ心を詠った恋歌である。

大勢の目の前で堂々とこの歌のやり取りを、妻と弟がするなら、天智天皇も苦笑いをするしかなかったのだろうが、心中はどうであっただろうか。

そして天智天皇崩御の後、大海人皇子は天智天皇の子である大友皇子に叛旗を翻し、史上名高い「壬申の乱」に突入していくのである。
多分、大海人皇子(後の天武天皇)はマキャベリストの政治家だったのだろう。実力者の天智天皇の崩御の後に、冷酷に天皇の地位を簒奪したことが事実なのだと思う。
 しかしそれでは、歴史愛好家達(歴史オタク)は面白くない。ここは、何が何でも、女を天皇に取られた情けない王子が、その女の非難と挑発をこめた勇気ある行動に奮起し、剣を取り革命を志したと思いたいのである。「臆病者を勇者に変えるのは女性だけ」そんな西洋の諺を信じていた方が人生は楽しいのである。

そして、この料亭のオーナーの老人は、まさしくその類の人だった。

(続く)

万葉集と申告(5)

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(続き)
申告監督の最中に事業主と「壬申の乱」の話をすることに違和感を覚えながらも、私は取りあえず老人に話を合わせることとした。

老人はものすごい勢いで自分のことを話出した。老人は学生時代に歴史の勉強をしたかったが、親が許してくれなかったので、仕方なく慶応大学で経済の勉強をしたこと。それでも歴史研究の夢を捨てられず、現在80歳を過ぎているが早稲田大学の文学部の大学院に通っていること。在野で歴史学の論文を何本も書いていること。今度、歴史関係の雑誌に「壬申の乱」について、新しい切り口から論文を掲載するので、ぜひ読んで欲しい等々。

私はしゃべり続ける老人の話の途中に、今回訪問した初期の目的である労働者への未払賃金について話題にすると、老人は「それは全額すぐに払います。」と言って、また自分の得意のフィールドの話を続けるのだった。

そして最後に老人と私は「額田王はいい女だった。」ということで意見が一致した。

私は退席する前に老人と次の約束をした。「老人は労働者にすぐに賃金を全額支払うこと。そうすれば、私がインターネットで壬申の乱の情報を集めプリントアウトする。」
20年前は、まだインターネットの黎明期であったので、私の申し出を老人はとても喜び、すぐに承諾してくれた。
その翌々日のことである。申告労働者から、未払賃金が全額支払われたとの連絡があった。労働者は早期解決を感謝していた。それから、一週間位してから、私は自宅のパソコンでインターネットから収集した「壬申の乱」についての情報をその老人宛てに郵送した。彼からの礼状は直ぐにきた。論文はまだ出来上がっていないので、雑誌は少し待って欲しいと書かれていた。

それから3ヶ月後のことである。私はもうその申告事件のことは忘れていたが、A亭のおかみと名乗る女性から電話があった。老人が死んだということであった。

(続く)

万葉集と申告(6)

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(頂いた画像です。旧古河庭園のバラの花です。)

(続き)

A亭のおかみさんからの電話は、老人が風邪をこじらせ一週間程前に亡くなったということだった。死ぬ数日前に彼の論文が掲載された雑誌が出版され、老人は私にその雑誌を送りたいと言っていたというので、それを郵送するということであった。私は少し迷ったが、おかみさんに「郵送するには及ばない。私が取りに行く」と述べた。
数日後、私は午後の半休を取得した。そして、鎌倉駅近くの花屋で花束を購入するとA亭を尋ねた。老人の仏壇は世田谷の自宅にあるとかで、そこには何もなかったが、生前彼が好きだった場所でお線香を上げてくれというおかみさんに案内され、ある座敷に通された。「MK(老人)はここで庭を観ることが好きでした」というおかみさんの示す先には桃の花が満開だった。
帰り際、おかみさんから「歴史研究」という雑誌と彼の色紙を手渡された。わずか600円足らずのその雑誌ではあるが、おそらくは老人の遺作となりであろう論文が掲載されていた。

ところで、彼の私へのこのプレゼントであるが、果たして国家公務員倫理法に違反しているであろうか。監督官として被申告者との過度の付き合いはいかがなものであろうか。
私は難しいことを考えることを辞めた。そして、老人と女の話をしただけだと思うことにした。

彼の色紙は、料亭で結婚式を挙げるカップルに毎回彼が贈っていたものらしい。彼の自筆でこう書いてあった。
   水無月乃 我妻能久尓波 佐久花乃
   尓保不賀言戸志 伊間佐加利奈利
    (みな月の 東の国は さく花の
     匂うがごとし いま盛りなり)

子供のような老人と関わった、現役時代の不思議な申告処理の思い出である。

(終り)